16 / 47
第二章
第十六話 死なないために、仕事を全うするために
しおりを挟む
具体的にはね、とエマは得意げにピンと立てた指を振りながら語り出す。
長かったのでまとめると。
「……つまり、この世界はゲーム『君の夜空』そのものではなく、君の夜空を模した現実の世界だと言うことですか。ゲームとは少しずつ違うし、ゲームのような選択肢もなく、シナリオ通りの行動だって取らなくて良いと」
「そうよ、そういうこと。まぁでもあんまりシナリオを改変しすぎるとあたしも先が読めなくなるし、その分世界が歪んでひずむからほどほどにしなきゃいけないけどね」
ゲームと違ってモブと呼ばれ、フォーカスが当てられることのなかった人々もそれぞれの思考を持ち、それぞれの判断で行動するというわけですね。……それって当然のことなのですけど、めんどくさいです。ゲームと混同して考えちゃいそう。
はあー、と長く息を吐き出す。
なんだか気疲れして私はうつむいた。いつもならバサリと視界を狭める髪が落ちてこない。
当然だ、師匠がまとめてくれたのだから。
「ねぇエマ。私、喉が渇きました。台所ってどこですか?」
「あら。それなら侍女でも呼べば良いのよ。そこにハンドベルが置いてあるでしょ?」
言われて視線をさまよわせる。テーブルの上に落ち着いた銀色のベルが置いてあった。
ほんのりと魔力を感じる。
特になにも考えずその小ぶりなベルを振った。
リン、と澄んだ音が響く。
まもなくしてバタバタと大きな足音が部屋に近づいてきて、バンッとけたたましく扉が開かれた。
「お嬢様っ! 何かご用でしょうか?!」
入ってきたのは栗色の毛をポニーテールにまとめた、可愛らしい女の子だった。
見た目の年齢だけで言うのなら私と変わらないくらいだ。
まぁ魔女や魔法使いは普通の人間よりも総じて長命なので見た目の老化も遅い。
なので人間であろう彼女よりも私の方がずっと年上だと思われる。たぶんトリプルスコアどころじゃすまないくらい離れてる。
あくまで同じなのは見た目年齢だけだと言うことである。
それはともかく、慌てて来たらしい彼女の勢いに飲まれて私は呆然とこくこくうなずいた。
「え、うん、はい、あの、少し喉が渇きまして……?」
「あのね、アンタもう少し落ち着きなさいよ。仮にもリティの侍女なんだから」
私の肩を台にして頬杖をついたエマが呆れながら言う。
侍女さんはあわあわしながら落ち着きなくぺこぺこ頭を下げてくる。
「もっ、申し訳ありません! すぐに紅茶をお持ちいたします!」
「……そんなにかしこまらなくても。あああああ、行っちゃった。転びませんかねあの子」
どう見てもおっちょこちょいでドジっ子キャラな彼女が閉め忘れていった扉を閉めようと腰を浮かせる。
ついでになんとなく廊下をのぞいていると、エマがため息をついた。
「あの子、きみよぞ本編にもレイチェルの侍女として出てるのよ。モブで、名前もないけれど。見たまんまドジっ子でおっちょこちょいなんだけど紅茶を入れる腕だけはピカイチ。それを買われてレイチェルのそばにずっと居て、学園にも一緒に行くのよ」
「あー、なんか見たことある気がします。レイチェルは彼女をかわいがっていたんですよね。それで、バットエンドでは主人公と攻略キャラに対して壮絶にして凄絶な恨み節をぶつけてくる……」
きみよぞにおけるバットエンド。これは特定のキャラのルートに入っておきながらそのキャラを攻略できなかった際に見られる。
基本、バットエンドのレイチェルは今まで主人公にしてきた嫌がらせの数々が白日の下にさらされてしまい、極悪人として処刑されてしまう。(ちなみにハッピーエンドでは国外追放)
その極悪人として処刑された彼女を最期の最期まで慕い続けた侍女__つまり扉を閉め忘れていった彼女__は主人公とそのルートの攻略キャラを心の底からの憎悪と怒りを込めて罵倒する。
罵倒イベントが始まってからまもなくしてレイチェルの侍女であった彼女も嫌がらせへの関与を疑われ、この世界の警察に乱暴に引っ立てられていくのだが、そのさまが壮絶すぎて一部の人たちのトラウマになったそうだ。
文字だけならそんなに怖くないのでは? なんて思った方もいらっしゃるかもしれないのでここで確認しておきたい。乙女ゲーム『君の夜空』は全編フルボイスであると言うことを。
そのうえ彼女の声を担当したのは実力派と有名な声優さんで、演技にものすごい迫力がある。
さらに、彼女が主人公達を罵倒するシーン。
なんと、わざわざスチルが用意されているのだ。しかも攻略対象の数だけ、つまりバットエンドの数と同じだけ。台詞も同様だ。
ネットでは一時期『バットエンドだけ力はいりすぎかよ』『制作者はバットエンド至上主義の奴だな、絶対。異論は認める』などと騒がれていた。
件のシーンを思い出した私は軽く身震いしながら扉を閉め、ソファーに座り直した。
額に手を当ててうなる。
「とりあえず、バットエンドは回避しなきゃですね……でもちゃんと悪役令嬢もしなきゃ……うぅ、頭が痛い」
「リティ、がんば」
エマが他人事のように笑って、私は思いきり深いため息をついた。
追記。彼女が入れてくれた紅茶は前評判通りとても美味しかったです。
長かったのでまとめると。
「……つまり、この世界はゲーム『君の夜空』そのものではなく、君の夜空を模した現実の世界だと言うことですか。ゲームとは少しずつ違うし、ゲームのような選択肢もなく、シナリオ通りの行動だって取らなくて良いと」
「そうよ、そういうこと。まぁでもあんまりシナリオを改変しすぎるとあたしも先が読めなくなるし、その分世界が歪んでひずむからほどほどにしなきゃいけないけどね」
ゲームと違ってモブと呼ばれ、フォーカスが当てられることのなかった人々もそれぞれの思考を持ち、それぞれの判断で行動するというわけですね。……それって当然のことなのですけど、めんどくさいです。ゲームと混同して考えちゃいそう。
はあー、と長く息を吐き出す。
なんだか気疲れして私はうつむいた。いつもならバサリと視界を狭める髪が落ちてこない。
当然だ、師匠がまとめてくれたのだから。
「ねぇエマ。私、喉が渇きました。台所ってどこですか?」
「あら。それなら侍女でも呼べば良いのよ。そこにハンドベルが置いてあるでしょ?」
言われて視線をさまよわせる。テーブルの上に落ち着いた銀色のベルが置いてあった。
ほんのりと魔力を感じる。
特になにも考えずその小ぶりなベルを振った。
リン、と澄んだ音が響く。
まもなくしてバタバタと大きな足音が部屋に近づいてきて、バンッとけたたましく扉が開かれた。
「お嬢様っ! 何かご用でしょうか?!」
入ってきたのは栗色の毛をポニーテールにまとめた、可愛らしい女の子だった。
見た目の年齢だけで言うのなら私と変わらないくらいだ。
まぁ魔女や魔法使いは普通の人間よりも総じて長命なので見た目の老化も遅い。
なので人間であろう彼女よりも私の方がずっと年上だと思われる。たぶんトリプルスコアどころじゃすまないくらい離れてる。
あくまで同じなのは見た目年齢だけだと言うことである。
それはともかく、慌てて来たらしい彼女の勢いに飲まれて私は呆然とこくこくうなずいた。
「え、うん、はい、あの、少し喉が渇きまして……?」
「あのね、アンタもう少し落ち着きなさいよ。仮にもリティの侍女なんだから」
私の肩を台にして頬杖をついたエマが呆れながら言う。
侍女さんはあわあわしながら落ち着きなくぺこぺこ頭を下げてくる。
「もっ、申し訳ありません! すぐに紅茶をお持ちいたします!」
「……そんなにかしこまらなくても。あああああ、行っちゃった。転びませんかねあの子」
どう見てもおっちょこちょいでドジっ子キャラな彼女が閉め忘れていった扉を閉めようと腰を浮かせる。
ついでになんとなく廊下をのぞいていると、エマがため息をついた。
「あの子、きみよぞ本編にもレイチェルの侍女として出てるのよ。モブで、名前もないけれど。見たまんまドジっ子でおっちょこちょいなんだけど紅茶を入れる腕だけはピカイチ。それを買われてレイチェルのそばにずっと居て、学園にも一緒に行くのよ」
「あー、なんか見たことある気がします。レイチェルは彼女をかわいがっていたんですよね。それで、バットエンドでは主人公と攻略キャラに対して壮絶にして凄絶な恨み節をぶつけてくる……」
きみよぞにおけるバットエンド。これは特定のキャラのルートに入っておきながらそのキャラを攻略できなかった際に見られる。
基本、バットエンドのレイチェルは今まで主人公にしてきた嫌がらせの数々が白日の下にさらされてしまい、極悪人として処刑されてしまう。(ちなみにハッピーエンドでは国外追放)
その極悪人として処刑された彼女を最期の最期まで慕い続けた侍女__つまり扉を閉め忘れていった彼女__は主人公とそのルートの攻略キャラを心の底からの憎悪と怒りを込めて罵倒する。
罵倒イベントが始まってからまもなくしてレイチェルの侍女であった彼女も嫌がらせへの関与を疑われ、この世界の警察に乱暴に引っ立てられていくのだが、そのさまが壮絶すぎて一部の人たちのトラウマになったそうだ。
文字だけならそんなに怖くないのでは? なんて思った方もいらっしゃるかもしれないのでここで確認しておきたい。乙女ゲーム『君の夜空』は全編フルボイスであると言うことを。
そのうえ彼女の声を担当したのは実力派と有名な声優さんで、演技にものすごい迫力がある。
さらに、彼女が主人公達を罵倒するシーン。
なんと、わざわざスチルが用意されているのだ。しかも攻略対象の数だけ、つまりバットエンドの数と同じだけ。台詞も同様だ。
ネットでは一時期『バットエンドだけ力はいりすぎかよ』『制作者はバットエンド至上主義の奴だな、絶対。異論は認める』などと騒がれていた。
件のシーンを思い出した私は軽く身震いしながら扉を閉め、ソファーに座り直した。
額に手を当ててうなる。
「とりあえず、バットエンドは回避しなきゃですね……でもちゃんと悪役令嬢もしなきゃ……うぅ、頭が痛い」
「リティ、がんば」
エマが他人事のように笑って、私は思いきり深いため息をついた。
追記。彼女が入れてくれた紅茶は前評判通りとても美味しかったです。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
悪役令嬢に転生したけど、知らぬ間にバッドエンド回避してました
神村結美
恋愛
クローデット・アルトー公爵令嬢は、お菓子が大好きで、他の令嬢達のように宝石やドレスに興味はない。
5歳の第一王子の婚約者選定のお茶会に参加した時も目的は王子ではなく、お菓子だった。そんな彼女は肌荒れや体型から人々に醜いと思われていた。
お茶会後に、第一王子の婚約者が侯爵令嬢が決まり、クローデットは幼馴染のエルネスト・ジュリオ公爵子息との婚約が決まる。
その後、クローデットは体調を崩して寝込み、目覚めた時には前世の記憶を思い出し、前世でハマった乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生している事に気づく。
でも、クローデットは第一王子の婚約者ではない。
すでにゲームの設定とは違う状況である。それならゲームの事は気にしなくても大丈夫……?
悪役令嬢が気付かない内にバッドエンドを回避していたお話しです。
※少し設定が緩いところがあるかもしれません。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる