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第二章

第十六話 死なないために、仕事を全うするために

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 具体的にはね、とエマは得意げにピンと立てた指を振りながら語り出す。
 長かったのでまとめると。

「……つまり、この世界はゲーム『君の夜空』そのものではなく、君の夜空を模した現実の世界だと言うことですか。ゲームとは少しずつ違うし、ゲームのような選択肢もなく、シナリオ通りの行動だって取らなくて良いと」
「そうよ、そういうこと。まぁでもあんまりシナリオを改変しすぎるとあたしも先が読めなくなるし、その分世界が歪んでひずむからほどほどにしなきゃいけないけどね」

 ゲームと違ってモブと呼ばれ、フォーカスが当てられることのなかった人々もそれぞれの思考を持ち、それぞれの判断で行動するというわけですね。……それって当然のことなのですけど、めんどくさいです。ゲームと混同して考えちゃいそう。
 はあー、と長く息を吐き出す。
 なんだか気疲れして私はうつむいた。いつもならバサリと視界を狭める髪が落ちてこない。
 当然だ、師匠がまとめてくれたのだから。

「ねぇエマ。私、喉が渇きました。台所ってどこですか?」
「あら。それなら侍女でも呼べば良いのよ。そこにハンドベルが置いてあるでしょ?」

 言われて視線をさまよわせる。テーブルの上に落ち着いた銀色のベルが置いてあった。
 ほんのりと魔力を感じる。
 特になにも考えずその小ぶりなベルを振った。
 リン、と澄んだ音が響く。
 まもなくしてバタバタと大きな足音が部屋に近づいてきて、バンッとけたたましく扉が開かれた。

「お嬢様っ! 何かご用でしょうか?!」

 入ってきたのは栗色の毛をポニーテールにまとめた、可愛らしい女の子だった。
 見た目の年齢だけで言うのなら私と変わらないくらいだ。
 まぁ魔女や魔法使いは普通の人間よりも総じて長命なので見た目の老化も遅い。
 なので人間であろう彼女よりも私の方がずっと年上だと思われる。たぶんトリプルスコアどころじゃすまないくらい離れてる。
 あくまで同じなのは見た目年齢だけだと言うことである。
 それはともかく、慌てて来たらしい彼女の勢いに飲まれて私は呆然とこくこくうなずいた。

「え、うん、はい、あの、少し喉が渇きまして……?」
「あのね、アンタもう少し落ち着きなさいよ。仮にもリティの侍女なんだから」

 私の肩を台にして頬杖をついたエマが呆れながら言う。
 侍女さんはあわあわしながら落ち着きなくぺこぺこ頭を下げてくる。

「もっ、申し訳ありません! すぐに紅茶をお持ちいたします!」
「……そんなにかしこまらなくても。あああああ、行っちゃった。転びませんかねあの子」

 どう見てもおっちょこちょいでドジっ子キャラな彼女が閉め忘れていった扉を閉めようと腰を浮かせる。
 ついでになんとなく廊下をのぞいていると、エマがため息をついた。

「あの子、きみよぞ本編にもレイチェルの侍女として出てるのよ。モブで、名前もないけれど。見たまんまドジっ子でおっちょこちょいなんだけど紅茶を入れる腕だけはピカイチ。それを買われてレイチェルのそばにずっと居て、学園にも一緒に行くのよ」
「あー、なんか見たことある気がします。レイチェルは彼女をかわいがっていたんですよね。それで、バットエンドでは主人公と攻略キャラに対して壮絶にして凄絶な恨み節をぶつけてくる……」

 きみよぞにおけるバットエンド。これは特定のキャラのルートに入っておきながらそのキャラを攻略できなかった際に見られる。
 基本、バットエンドのレイチェルは今まで主人公にしてきた嫌がらせの数々が白日の下にさらされてしまい、極悪人として処刑されてしまう。(ちなみにハッピーエンドでは国外追放)
 その極悪人として処刑された彼女を最期の最期まで慕い続けた侍女__つまり扉を閉め忘れていった彼女__は主人公とそのルートの攻略キャラを心の底からの憎悪と怒りを込めて罵倒する。
 罵倒イベントが始まってからまもなくしてレイチェルの侍女であった彼女も嫌がらせへの関与を疑われ、この世界の警察に乱暴に引っ立てられていくのだが、そのさまが壮絶すぎて一部の人たちのトラウマになったそうだ。
 文字だけならそんなに怖くないのでは? なんて思った方もいらっしゃるかもしれないのでここで確認しておきたい。乙女ゲーム『君の夜空』は全編フルボイスであると言うことを。
 そのうえ彼女の声を担当したのは実力派と有名な声優さんで、演技にものすごい迫力がある。
 さらに、彼女が主人公達を罵倒するシーン。
 なんと、わざわざスチルが用意されているのだ。しかも攻略対象の数だけ、つまりバットエンドの数と同じだけ。台詞も同様だ。
 ネットでは一時期『バットエンドだけ力はいりすぎかよ』『制作者はバットエンド至上主義の奴だな、絶対。異論は認める』などと騒がれていた。
 くだんのシーンを思い出した私は軽く身震いしながら扉を閉め、ソファーに座り直した。
 額に手を当ててうなる。

「とりあえず、バットエンドは回避しなきゃですね……でもちゃんと悪役令嬢もしなきゃ……うぅ、頭が痛い」
「リティ、がんば」

 エマが他人事のように笑って、私は思いきり深いため息をついた。
 追記。彼女が入れてくれた紅茶は前評判通りとても美味しかったです。
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