和製切り裂きジャック

九十九光

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#21ー7

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うな能なしには捕まらない。これからもお前たちの努力を、お前たちが知らないところであざ笑い、この街で悠々自適に殺しを続けてやろう。一流作家の推理小説のごとき事件に関わることができることを光栄に思うといい。
和製切り裂きジャック』

 それから二日後、愛知県警は橋本隆殺人事件の捜査本部を設置した。
 湯浅と山下を含めた前回の和製切り裂きジャック事件の担当者は全員集められ、さらに各地区の警察署から一、二名ずつの増援が加わった。人員を増やし、一度連続殺人犯を逮捕するという実績を持つメンバーを再集結させたそれは、絶対に二件目の犯行は起こさせないという、県警の意地が垣間見られる人選だった。
 そしてこの日、優に百人は超える捜査員たちが集まる会議室のプロジェクター前で、現場検証の結果を報告したのは湯浅だった。
「今回殺されたのは、橋本隆。愛知県警捜査一課だった刑事であり、今年三月に鈴木芳夫によって殺された、橋本楓の兄であります」
 この日の彼のしゃべり方は、一見すると一言一句が正確に聞き取れて非常に落ちついているように見えなくもなかった。だがこの口調を聞いて気が気でなかったのは、彼のことをよく知る山下だった。
 山下は今の湯浅のしゃべり方に、いつもの活力を感じることができなかった。彼が持っていた仕事への情熱というものが欠落して、どこか遠い場所へ一人で行ってしまったような話し方だと感じていた。湯浅の中にある、自分の部下を失ったことによる気持ちの落胆を、山下は誰に言われずとも理解していた。
 昨晩、山下は湯浅に、今度の捜査から外れることを電話で提言していた。
 山下は湯浅ほど感情的にアクションを起こす警察官を知らなかった。それは間違いなく、ほかの捜査員たちの尻を叩いて全体の士気を上げるのに貢献するものだった。
 だが今回は事情が違った。湯浅が橋本のことを気にかけていたことなど、誰の目にも明らかだった。それが今回、湯浅の最大の長所に悪影響を与えるのではと、山下は考えていた。極端に感情的になって冷静さを失うか、口で言ったほど身が入らず若手の指揮もままならないか。このどちらかに転ぶ可能性があると考えていた。
 それに対して湯浅は、よそ事を考えているような声でこう返した。
「どうしてもこの事件だけは自分の手で片づけたい」
 この一辺倒の返事に負け、山下はしぶしぶ今回の捜査本部に湯浅を加えた。だが今は、無理にでも彼を外すべきだったと、湯浅から見て右端最前列の席で人知れず後悔していた。
 そんな山下の思いも知らずに、湯浅は壇上での報告を続ける。
「死亡推定時刻は、第一発見時から見てちょうど四日前。帰宅したその日の内の夜に殺害されたものと考えられます。死因は、頭部を複数回、アルミ合金製の金属バットのような
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