106 / 166
#19ー3
しおりを挟む
れることができるわけがなかった。自分たちが当然のようにできることの大部分ができない楓は、入学から半年ほどで同級生たちのいじめの標的にされるようになった。持ち物を隠されたり落書きされるという典型的なことから、給食のパンやご飯を大量に口に押し込まれたり、トイレの個室で上から水をかけられたりと、一歩間違えば命に関わる危険なものもあった。ほぼ一緒に行動していたサラリーマンは、下手に子供に手を出したり口をはさんだりすることを教師陣から止められており、その存在は牽制にならなかった。
学校は黙って見ていなかった。ホームルームの時間などで子供たちに何度も注意をし、いじめへの対策マニュアルが不充分だった時期としては最高レベルの対策を講じた。
だが問題は、解決どころか悪化の道をたどっていった。
ノートパソコンを持った、教師でもない太った男と四六時中一緒に行動する女の子が、ほかのクラスや学年に知れ渡らないわけがなかった。それも、何も知らずに後ろから肩を触って挨拶するだけで教師から監視の目をつけられることになる厄介者。楓が学校中から煙たがれ、多くの生徒から距離を置かれるようになるのに時間はかからなかった。障害者に関する専門知識のない教師たちも、腫物を触るような扱いをするしかなく、楓とほかの生徒の間に大きすぎる差異を作り出すことにつながった。
これらの状況を黙って見ていなかったのは、同じ学校に通う兄の隆だけだった。彼は昼休みなどの長い休み時間になると、楓のいる教室の近くに行き、彼女に何かあれば飛び出して妹を守るようになっていた。この年の子供なら、もっと同級生の友達と遊びたいと思うのが普通だが、隆はそれを押し殺して妹を守る道を選んでいた。それが彼なりの、兄として果たすべき責任だった。
そんな中、事件は楓が二年生だった時の一学期半ばの昼休みに起こった。
その日も隆は、いつものように楓のいる教室にやって来た。ずいぶん前から、ほかの学年の問題にいちいち首を突っ込むなと、生徒指導の先生から言われていたが、彼はそれを無視していた。別にいじめを理由に暴力を振るう気などさらさらなかったからだった。隆は教室の前側の引き戸にはめ込まれたガラスから中の様子を確認した。
彼はすぐに室内の異常さに気づいた。教室内の子供たちの大半がロッカーのある後ろの窓際の角に集まって何かをしていたのだ。角にいない生徒たちの中に楓はおらず、角の塊のすぐそばでは、パソコンを持った例のサラリーマンが動揺した様子を見せている。
いてもたってもいられなくなった隆は後ろのドアから教室に入ると、自分より背の低い下級生たちの塊の中を覗き込む。
「おら、なんとか言ったらどうだよ、藤木」
「『私がこの花瓶割りました』って言いなさいよ」
「人間なんだからしゃべれるだろ?」
「そうだよ。早く言えよ、藤木」
二年生たちがよってたかって心ない言葉を吐いていたのは、教室の本当の隅でうずくま
学校は黙って見ていなかった。ホームルームの時間などで子供たちに何度も注意をし、いじめへの対策マニュアルが不充分だった時期としては最高レベルの対策を講じた。
だが問題は、解決どころか悪化の道をたどっていった。
ノートパソコンを持った、教師でもない太った男と四六時中一緒に行動する女の子が、ほかのクラスや学年に知れ渡らないわけがなかった。それも、何も知らずに後ろから肩を触って挨拶するだけで教師から監視の目をつけられることになる厄介者。楓が学校中から煙たがれ、多くの生徒から距離を置かれるようになるのに時間はかからなかった。障害者に関する専門知識のない教師たちも、腫物を触るような扱いをするしかなく、楓とほかの生徒の間に大きすぎる差異を作り出すことにつながった。
これらの状況を黙って見ていなかったのは、同じ学校に通う兄の隆だけだった。彼は昼休みなどの長い休み時間になると、楓のいる教室の近くに行き、彼女に何かあれば飛び出して妹を守るようになっていた。この年の子供なら、もっと同級生の友達と遊びたいと思うのが普通だが、隆はそれを押し殺して妹を守る道を選んでいた。それが彼なりの、兄として果たすべき責任だった。
そんな中、事件は楓が二年生だった時の一学期半ばの昼休みに起こった。
その日も隆は、いつものように楓のいる教室にやって来た。ずいぶん前から、ほかの学年の問題にいちいち首を突っ込むなと、生徒指導の先生から言われていたが、彼はそれを無視していた。別にいじめを理由に暴力を振るう気などさらさらなかったからだった。隆は教室の前側の引き戸にはめ込まれたガラスから中の様子を確認した。
彼はすぐに室内の異常さに気づいた。教室内の子供たちの大半がロッカーのある後ろの窓際の角に集まって何かをしていたのだ。角にいない生徒たちの中に楓はおらず、角の塊のすぐそばでは、パソコンを持った例のサラリーマンが動揺した様子を見せている。
いてもたってもいられなくなった隆は後ろのドアから教室に入ると、自分より背の低い下級生たちの塊の中を覗き込む。
「おら、なんとか言ったらどうだよ、藤木」
「『私がこの花瓶割りました』って言いなさいよ」
「人間なんだからしゃべれるだろ?」
「そうだよ。早く言えよ、藤木」
二年生たちがよってたかって心ない言葉を吐いていたのは、教室の本当の隅でうずくま
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
自殺探偵 刹那
玻璃斗
ミステリー
炎天下のビルの屋上で『樹塚井実月』は自殺しようとしていた美少年『愛河刹那』と出会う。
しかしその少年は自殺しようとしている割には自分を容姿端麗、頭脳明晰な完璧人間だと言い張るナルシストだった。
そして刹那の自殺を止めようとした実月は何故か彼と一緒に親友の自殺の謎を解くことになってしまう。
しかも話をしようと立ち寄った喫茶店で殺人未遂事件が起こり……
※他サイトに投稿していたものをコツコツ投稿する予定です。
※絵は自作
何故、私が.......
神々廻
ミステリー
最近、殺人鬼が貴族の青年を中心に殺し回っていると言う噂が広まる。
貴族の青年だけを狙うと聞いていたのだが、何故か私の従者が狙われてしまい、それを目撃してしまった私は一命は取り留めたものの、足を刺されてしまった。
殺人鬼は誰?私に異常に執着して、段々とオカシクなって行く義弟?それとも........?
第4回ホラー・ミステリー大賞に応募してます。誤字が合ったら教えて頂けると嬉しいです!!
完結 王室スキャンダル 巻き込まれた伯爵令嬢は推理するし恋もする!
音爽(ネソウ)
ミステリー
王家主催の夜会にて宴もたけなわとなった頃、一騒動が起きた。「ボニート王女が倒られた」と大騒ぎになった。控室は騒ぎを聞きつけた貴族達が群がり、騎士達と犇めきあう。現場を荒らされた騎士隊長は激怒する。
ところが肝心の姫がいないことに気が付く……
一体王女は何処へ消えたのか。
キケンなバディ!
daidai
ミステリー
本作は架空の昭和時代を舞台にしたレトロな探偵物語。ハードボイルドコメディです。
1984年の夏、梅雨の終わり頃、神戸の和田岬に謎の女性が流れ着いた。謎の女性は瀕死状態であったが、偶然発見した私立探偵〝真部達洋(まなべたつひろ)〟に救われて一命を取り留めた。だが。彼女は過去の記憶を失って自分の名前すら分からなかった。
ひょんなことから真部探偵が謎の女性に面倒を見ることになり、彼女は〝山口夏女(やまぐちなつめ)〟と名付けられた。
「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」
百門一新
ミステリー
雪弥は、自身も知らない「蒼緋蔵家」の特殊性により、驚異的な戦闘能力を持っていた。正妻の子ではない彼は家族とは距離を置き、国家特殊機動部隊総本部のエージェント【ナンバー4】として活動している。
彼はある日「高校三年生として」学園への潜入調査を命令される。24歳の自分が未成年に……頭を抱える彼に追い打ちをかけるように、美貌の仏頂面な兄が「副当主」にすると案を出したと新たな実家問題も浮上し――!?
日本人なのに、青い目。灰色かかった髪――彼の「爪」はあらゆるもの、そして怪異さえも切り裂いた。
『蒼緋蔵家の番犬』
彼の知らないところで『エージェントナンバー4』ではなく、その実家の奇妙なキーワードが、彼自身の秘密と共に、雪弥と、雪弥の大切な家族も巻き込んでいく――。
※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
探偵たちに時間はない
探偵とホットケーキ
ミステリー
前作:https://www.alphapolis.co.jp/novel/888396203/60844775
読まなくても今作だけで充分にご理解いただける内容です。
「探偵社アネモネ」には三人の探偵がいる。
ツンデレ気質の水樹。紳士的な理人。そしてシャムネコのように気紛れな陽希。
彼らが様々な謎を解決していくミステリー。
今作は、有名時計作家の屋敷で行われたミステリー会に参加することに。其処で事件が発生し――
***
カクヨム版 https://kakuyomu.jp/works/16818093087826945149
小説家になろう版 https://ncode.syosetu.com/n2538js/
Rising Star掲載経験ありのシリーズです。https://estar.jp/selections/501
「#運命再起動:裏切りから始まる愛の再発見」
AI小説探究者
ミステリー
主人公
名前:朝比奈 蓮(あさひな れん)
年齢:25歳
外見:身長180cm、短髪、常にスーツを着用。冷静沈着な印象を与えるが、目にはどこか寂しげな輝きがある。
個性:非常に理性的で計算高い。一見冷たく見えるが、実は深い情緒を秘めている。恋愛には慎重で、一度信じた人を深く愛する。
背景:大手広告代理店で働くエリートサラリーマン。大学時代に失恋したことがあり、その経験から恋愛に臆病になっている。
関係性:大学時代の恋人・美咲(みさき)と別れてからは、深い恋愛関係を築けずにいる。
動機と目標:真実の愛を見つけること。しかし、過去の失恋の影響で、なかなか心を開くことができない。
サブキャラクター
名前:小野 美咲(おの みさき)
年齢:25歳
外見:長い黒髪、柔らかな印象を与える顔立ち、いつも明るく振る舞っている。
個性:誰とでもすぐに打ち解けることができる社交的な性格。しかし、その裏には計算高く、自分の欲望を優先する一面も。
背景:朝比奈蓮の大学時代の恋人。蓮とは別れたが、彼女にはまだ蓮への未練が残っている。
関係性:蓮のことを忘れられずにいるが、彼の心を再び掴むために秘密の計画を進めている。
時代背景:2020年代の現代。SNSやメールが主なコミュニケーション手段として用いられているが、人々は依然として対面での深い関係性を求めている。新型ウイルスの影響で、人々の間には距離感が生じているが、徐々に日常が戻りつつある時期。
小説の始まりと終わり
あらすじ:朝比奈蓮は、ある日の帰り道、偶然古本屋で美咲と再会する。久しぶりの再会に戸惑いながらも、彼は彼女との過去を振り返り、心に秘めた感情に気づき始める。
そんな美咲の秘密の計画が明らかになり、蓮は自分の心に正直になる決断をする。彼は真実の愛とは何か、そして自分自身が何を求めているのかを理解しようとしていたが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる