和製切り裂きジャック

九十九光

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#10ー3

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 私は投げやりになりながらそう言った。それに対してパパは、「え? 誰の……」と、これまた素っ頓狂なことを口にする。「この流れで橋本さん以外誰がありえるの!」と怒鳴ってやると、「知りません!」と、なぜか敬語で返答した。
「……。パパの謹慎期間中に、一度橋本さんの家に行って謝りに行ったほうがいいよ」
 私は気持ち心を落ちつかせながらアドバイスした。それに対してパパは、木に止まったカブトムシでも捕まえるような速さで手を上げた。
「家の場所……、知らないんですけど……」
「……。同期の仲いい警部さんいたじゃん。山下警部。あの人に聞けば?」
 この時のパパは、この程度の知恵も働かないほど錯乱していたみたいだった。
 さっきうちについたと同時に口にした文句からもわかるだろうが、この男は昭和的な価値観を持つ人だった。亀の甲より年の功みたいな理念を、平成末期のこの時期に本気で信じて仕事をしている人なのだ。じゃなきゃこんなまぬけな問題を起こすわけがない。
 だがこの人の弱点は、その態度をうちの中ではお酒の力なしでは貫き通せないところだった。女二人の中に男一人となると、肩身が狭くなって酔った勢いに任せないと気が小さくなるのも確かにわかる。私だって、男ばかりの中に一人だけで放り込まれれば、確実にあがってまともな会話ができなくなる(そんな経験自体ないのだが)。
「……。わかったよ。じゃあすぐにでも山下に電話入れてみるよ」
 そしてパパは、「もう立っていいかな?」と言いたげに私のほうを見つめてくる。私が数十秒間黙り続けてようやく、パパは恐る恐る正座の姿勢を崩して立ち上がった。別に了承なんか求めなくてもいいと思うのだが。
 私が壁に掛けられた針時計を確認すると、時刻は午後九時を回ったあたりだった。今かけると絶対迷惑だから明日にすればいいのに。一般企業で営業マンとかしてないと、これくらいの常識も欠如するのだろうか。まあ今回の場合は、限りなく友達に近い関係の人への電話だから、そういう体裁はいらないかもしれないが。
 パパはリビングの片隅から伸びているタコ足配線につながる充電器につながっているガラケーに向かって、足の痺れと闘いながらゆっくりと歩いていく。
 その次の瞬間だった。
 まだ誰も触れていないパパのガラケーがバイブする音が、テレビの音声以外聞こえなかった部屋の中に響き渡る。先に誰かがパパに連絡を入れてきたのだ。
 パパはガラケーを開き、画面上に映し出されている文字を確認すると、自分の右耳に画面部分を押し当てた。
「ああ。俺だ」
 パパは電話の向こうの誰かにそう告げた。どうやらアドレスを登録してある、知り合いからの電話らしかった。だとすると電話の向こうの人間も警察の人間だろう。仕事一筋のあの人がそれと関係のない趣味をして、そこで人脈を形成するような真似をしないことは
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