和製切り裂きジャック

九十九光

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#8-8

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 ついさっき会ったばかりの人に一歩間違えると不快な印象を与えかねない話をするのは、経験するとわかるが緊張するものだ。それでも、この話題は自分から始めたという責任がある。どうか怒らないでね、と心の中でお願いしながら、私は自分の純粋な意見を橋本さんに伝えた。
「……。相当頭のいい人だと思いますよ。四回も事件を起こしておいて、目撃証言はおろか、指紋を含めた痕跡も何一つ残していないんですから。綿密に計画を練って、警察をバカにするようなことを繰り返して、それをどこかから見て楽しんでる。そんな人じゃないかと思います」
 めちゃくちゃ緊張した。やっぱり声に出すのと文章にするのとでは、さらけ出せる本心の情報量が全然違う。
 この時期には、和製切り裂きジャックの人物像を想像する人がネット上にあふれかえっていた。東大や早稲田などの名門大学を卒業しているとか、警察や検察、弁護士などで犯罪者や捜査官の心理を熟知している人だとか、愛知県内にある大企業に勤めるエリートサラリーマンだとか。中にはかっこいい長身の美男子だとか、比較的小柄な若い女性だとか、ロシアの金髪幼女だとか。どこからその情報が出てきたんだと言いたくなるような犯人の外見に関する考察も出てきている。いずれも愛知県在住の人ではない、そうだとしても名東区や千種区以外の場所に住んでいる人たちが面白半分で言っていることが大半だと私は考えていた。この状況はいくらなんでも不謹慎すぎやしないかと思う人もいるかもしれないが、人間というものは自分と直接関係ない悲劇を冗談にして笑うことができるようにできている。日本列島がオーストラリアの横に書かれている画像に、『ご近所トラブルで引っ越してきました』とコメントする人もいるくらいだ。
 実際、私も和製切り裂きジャックに対して変な美化を頭の中でしていたかもしれない。今までの常識に当てはまらないような凶悪な事件に社会の闇や時代の流れを当てはめようと頭を働かせる人は、あまり表に出てこないだけで日本の知識人には大勢いる。文系の大学で哲学の基礎みたいな授業を取ると、オウム真理教の地下鉄サリン事件に大きな物語の崩壊みたいな難しい言葉をはめ込んで、起こるべくして起こったみたいに展開していく話を聞くことも珍しくない。凶悪な事件や深刻な災害に当事者として関わらない人は、悪とか悲劇とかいう存在に対して憧れにも美にも近い感覚を感じるのかもしれない。その典型的な症状の一つが美化だ。
 人間は他人事を笑ったり美化したりする力がある。そして私を含め、大半の人間はその力に溺れるようにできている。
「そういう考え方もあるだろうけど……」
 物思いにふけっていた私に、橋本さんは不意を突くように声をかけてきた。
「俺は案外、中卒とか無職とか、すごくもなんともない人が犯人でもおかしくないと思ってるよ。未解決事件の犯人ってのは、のちの人たちの想像が想像を呼んで、どんどん大げ
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