嘘に嘘を塗り重ねて

桜花

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第二章 現実世界へ

夫の苦悩

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さかのぼること1週間。


翌朝になっても妻は帰ってこなかった。
何度も連絡したが、『現在使われておりません』という冷たい電子音が耳に響くばかり。携帯会社に確認すると、やはり解約されていた。

何故、突然出て行ってしまったんだ?
最近はスキンシップも減っていたし、愛想を尽かされたのか?
じゃあ、昨日の朝の、あの甘いひと時はなんだったんだろう。

今思えば、まるでお別れのための儀式のようにも思える、妻からのワガママなかわいいおねだりだったように思う。


東京に友人がいるという話も聞いたことがない。ではどこへ?
地方に親友がいるとは聞いたことがあったが、どこだったかまでは思い出せない。しかし頼るとするならば、その親友だろう。

とにかく、これは関係者に報告しないとならない案件だ。
これは俺個人の問題ではない。グループ活動している上で、『事実婚をした妻が消えた』というのは非常にマズい。
俺は妻を信用しているが、会社の上層部はそうではないだろう。リークされたらどうするんだ、そう考えるのが一般的だ。

俺は迎えに来たマネージャーに即事実のみを報告した。現場に到着したらメンバーへも。
会社の上層部にはマネージャーが報告してくれた。どうやら、探偵や興信所を使ってすぐにでも見つけ出すらしい。
まるで不倫の証拠を探すような、犯罪者を探すような、会社側からはそんな気迫を感じて少し寂しくもあり、悲しくなった。

さくらはリークするような子じゃないのに。
そんな事のために家を出て行った訳ではないだろうに。

俺は頭の片隅に『もしかして』という疑念を抱きながらも、誰にも話さなかった。


―――


この日の仕事はトークバラエティ。
奇しくも、テーマは『理想の結婚相手』
スケジュールは前から決まっていたことだ、今日の仕事が『理想の結婚相手』について語ることは知っていた。
知っていたけれど、今の俺にはかなり酷な仕事だ。メンバーも何も言わないが、俺の状況を心配してくれているのは伝わってきた。
何年も一緒に戦ってきたんだ。言葉など無くても、いてくれるだけで十分だ。

いてくれるだけで十分…それはさくらにも言えることだ。


感情に蓋をして、仕事用の仮面を被り、画面の向こうに笑顔を向けながらトークを展開していく。

「俺は料理できる人がいいですね、自分が何もできないんで!」

一瞬、栄養士をしているさくらの顔が頭をよぎったが、すぐに仕事の頭に切り替えた。
私情など挟んでいたら、この世界で生きていくことなど到底無理だろう。


収録が終わり楽屋へ戻ると、マネージャーから何枚か画像を見せられた。防犯カメラの映像らしい。これがさくらで合っているか、という確認らしかった。

「うん、間違いないよ」

「分かりました」

慌ただしく楽屋を去るマネージャーの背中を見送り、自分は何も行動できない現実に虚しくなった。俺が、妻を探してほしいと言っておきながら、俺自身は何もしていない。情けない。

俺に今できることは、画面の向こうに笑顔を向けて、仕事をこなすことしかなかった。
これは自ら望んだ仕事だ。そして、この仕事をしていたからさくらにも出会えた。


なんと皮肉なものだろう。
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