俺だけが見えるモノ

未田不決

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20.雨の日

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 カーテンレールの隙間から曇天の青く白んだ光が差す部屋に、スマホのLEDライトの強烈なフラッシュが明滅する。

「プールいけないよ」

 スマホを見ると淀淵からそんなメッセージが届いていた。
 カーテンを開けて外を見ると、深々と雨が降っている。

(俺に言われても)

 俺の越してきたこの辺りは思ったよりも天気が悪い。父の生まれ育ったこの土地は『のんびりとしていて過ごし易いが、少し雨が多くて天気が悪い』とは聞いていた。ただ、それでも俺はこの夏に淀淵とプールや海なんかに行けると考えていた。
 調べてみると一年のうちの半分以上が雨らしい。全く少し雨が多いどころではない。比率なら少し晴れ間があるくらいのものである。
 半分雨なら曇りや風の強い日なんかはもっと多くて、海水浴が出来る条件が整う日なんて滅多に来ないだろう。
 ということで、海は一先ず諦めてプールへ行こうという話になっていた。
 けれど雨が降っていれば寒くてプールに行こうという気にもならない。
 夏休みに入ってからずっと機会を伺ってきたが、外に出られないので淀淵とはダラダラとメッセージを送り合ったり、通話をするくらいしか出来ていない。

「遊びたい」

 そう言われても、この生憎の天気では出来ることはお家デートぐらいしかない。

(何する?)
(一緒に宿題でもする?)

 俺は適当に提案してみて、勉強会のことを思い出す。俺にとってお家デートは地雷感がある。

「早くない?」

 淀淵はそう返すが、彼女ほどの不真面目さならむしろ早いくらいが丁度良いと言うか――。

(夏休みの宿題するのに早いも遅いもないだろ)

 そもそも真面目な感性なら、毎日決まった量をコツコツとやるものではないのだろうか。

「はやい」

 淀淵の三文字にはそれ以上の追及は許さないという、驚くほどの圧力がこもっていた。
 俺が気圧されて返信できないでいると、しばらくして

「ホラー映画一緒に見る?」

 と淀淵が提案する。

(好きなの?)

 俺は正直好きではない。染み付いた幽霊対策から気持ちよく驚けないし、本物を見ている俺からすれば、どんなに怖いホラーでも現実感のないフィクションにしか見えない。

「苦手」
「一人だと見られないから一緒に見よ」
「今からアタシの家来れる?」

 もう決定事項のようである。俺も淀淵も部活をしていなから、暇だと言うのはお互いに分かっている。

(準備したら)

 と俺は仕方なく答えた。

「じゃあ一時間後ぐらいに来て」

(分かったよ)


 ――ピンポーン。

 俺がお隣の淀淵宅のドアベルを押すと、直ぐに扉の向こうから階段を駆け降りる音が聞こえて、

「入って」

 と淀淵が出てきた。

 淀淵は部屋着姿だった。タボついた五分袖のTシャツに、キャラクターのプリントされたショートパンツを履いている。

 淀淵に促されて彼女の部屋に入ると、ローテーブルの上に二十四インチぐらいのテレビが直置きされ、電源ケーブルが延長コードを経由してベッドの脇のコンセントまで続いている。

 俺がそれを訝しげに見ると、淀淵は言う。

「スマホだと見にくいじゃん?くっ付いて見ないといけないから。アタシはそれでもいいけど、折角の映画鑑賞会だから臨場感だそうと思って」

 見覚えのない取っ手つけたようなテレビは、そのままどこか別の部屋から持って来た即席のものらしかった。
 そして淀淵はテレビの電源を点けて、部屋の電気を消す。
 明かりがない部屋はホラー映画を見るにはまだ明る過ぎるぐらいだが、曇り空の暗鬱とした仄明かりが満ちて、どこか不穏な気配が漂う。

「ほら、座って」

 淀淵は自分のベッドをぽんぽんと叩き、そこへ俺を座らせる。そして、俺の隣に寄り添うように自分も座って、枕元からリモコンを出してテレビを操作する。

 有料動画配信サービスの画面には無数の映画タイトルが表示され、ホラーでジャンル分けされた中から淀淵が選んだのは洋画のパニックホラーだった。

 恐怖感がじんわりとにじり寄って来るみたいなジャパニーズホラー。穏やかさと不穏さの緩急を繰り返し、良い意味で期待を裏切って、緊張したり身構えていてもしっかりと驚けたり、展開が理解できて目を背けたくなる恐怖がある。恐ろしさの演出ではリアルを上回っている、と俺は思う。

 それに対して洋画ホラーはもう少し簡単な作りである。唐突に驚かせてみたり、ハイスピードで追いかけて来たり、不利な戦いを強いられたり、グロテスクだったり、仕掛けの規模が大きかったり。

 俺と淀淵が見たのはそんな洋画ホラー的な要素の詰まったものだった。

 舞台は勿論海外で、湖が近くにあるどこかの町。日本で言うと少々過疎っぽい田舎の町みたいだが、海外の場合は土地が広いから過疎というわけではないのだろう。ある日を境に、主人公たちが湖から広がる霧によって閉鎖された町に閉じ込められ、次から次へと絶望的な状況に追いやられる。人の幽霊という言うより、化け物が主人公たちを襲い、人間の混乱と狂気の渦巻く中で最後に主人公だけが生き延びて取り残される。映画はそんな内容だった。

 日本では見慣れない風景、あからさまに作り物の化け物たち。人の理解の範疇を超えた化け物の存在と、それによってだんだんと狂気地味ていく人間の様子は、日本で言う恐ろしさとは何かが違う。
 日本のホラーには無い人の混乱に焦点を置いた映画のつくり。そういう要素が案外にも新鮮で、今更リアリティがないなんて不評することも出来ず、俺はかなり満足出来た。日本のホラー映画にもあるような誰も救われない終わり方も納得出来た。

 ジャパニーズホラーを見た時の感想は「怖い」とか「気持ち悪い」を中心に、言葉に出来ないような不安感が中心になると思う。
 しかし今回は――。
 映像に集中する俺の横で淀淵が「危ない」とか「この人嫌い」とか「結局どういうこと?」と言っていたのが印象的だった。

「面白かった?」

 淀淵が不安そうに訊く。

「俺は面白かったけど、日和は?」

「うーん」

 淀淵は俯いてしばらく考えると、ベッドに尻を擦りながら近くへ寄って来て俺の腕にくっ付く。胸の横のところを当てるように重心を掛ける。
 柔らかく薄い部屋着の生地の向こうからはっきりと淀淵の体温を感じ、上から見下す緩い胸元の無防備な肌色にドキドキする。

 ――見るべきか、目を逸らしておくべきか。

 淀淵は夢中になってテレビを見ている。

「――もう一本だけ見よ」

 淀淵は勇んで言う。

「次はちゃんと怖いヤツ」

 そう言って彼女は映画タイトルを吟味する。
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