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16.目前で思う
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夏休みを控えた週末、俺は水着選びデートに出かける。
田舎の学生デートというのはショッピングモールだと相場が決まっている。田舎の交通手段で出掛けられる範囲かつ、学生の経済力で十分に楽しめるプラン。
例えばデートコースなんて言われるところは大抵が観光地として整備されていて趣きがある。しかし、見て楽しめるというだけで娯楽には欠ける。だからと言って転々とデートスポットを回っていてはそれだけで日が暮れる。俺には高級なものをプレゼントできるような財布の余裕もないから、デートするなら一度淀淵と行ったあのショッピングモールに落ち着く。
今回は山野がデートに着いて来るということもあり、見知った場所の方が都合が良い。
俺はベッドに寝転がりながら呆然と明日のことを考えていた。
デートの目的は夏に備えて水着を買うことと、山野の願いを聞くこと。連れて行けと言われたから連れて行くだけで、山野が本当のところどうしたいかは分からない。だから、俺はただただ平穏無事にデートが終わることを願っていた。
俺には友達がいない。前の学校での友達はもう半年連絡を取っていない。だからスマホで一度に沢山のメッセージを捌いたこともなかった。
いつも連絡を取り合っている淀淵が放課後一緒に話したぶりに連絡を送って来る。
――ブー。ブー。ブー。
「明日だよ」
バイブレーションしながら点灯した画面には淀淵からのメッセージが浮かぶ。
俺は素早くスマホを取って、慌てて画面ロックを解除する。そしておぼつかない指の動きで返信した。
(何時に家出る?)
疑問符を付け忘れて、それだけ遅れて送信した。
学校の前を通る大通りに沿って配置されたバス停はショッピングモールの近くまで続いている。時間は一時半間掛からないくらい。自転車で飛ばせばもう少し早く着く。
家があるのは住宅地だから、大通りに出てバス停まで行くには四分。淀淵とあるけば七分ほど掛かるのではないだろうか。
「バスの時間調べないと」
淀淵は意味の分からない疑問符を浮かべたキャラクターのスタンプを添える。黄色い丸顔が小首を傾げて仰向けの手を顔の横に添えている。下唇と顎のところの皺の主張がやたら激しい。
(前は十時二十分のやつだったはず)
俺は朧げの記憶で答える。
「それじゃあ、十時前に総磨家行くから」
今度はサムズアップしたキャラクターが添えられる。
スマホにインストールされた便利アプリの一つでバスが二十三分発であることを確認した。
(分かったよ)
(おやすみ)
(――おい)
「もう寝るの?」
山野は五分も待たず既読を付けた。
『なに』
(――週末デート件。明日十時二十分のバスで行くから)
(最近、寝付き悪くて。明日起きれなくなるから)
『そう』
「寝るまで通話したげようか?」
(余計寝れなくなる)
『分かったわ』
俺が返すと淀淵からは号泣するキャラクターのスタンプが送られて来る。
「おやすみ」
最後にはハートマークを浮かべるキャラクターが添えられた。
俺はスマホの電源を切って充電ケーブルを挿し、それを枕元に投げた。
まだ十九時なのにカーテンの向こうからの光は弱々しく、部屋の明かりを消せば立派に眠れそうだった。
――ブー。ブー。ブー。
スマホのバイブレーションが鳴る。
スマホを枕元に置くのようになったのは、淀淵と知り合って使用頻度が上がったこともあるが、それでも耳元近くに置いているのは、ここ最近の寝不足で目覚ましの効きが悪いからだった。
俺にとって、スマホが鳴る――それ即ち目覚ましのはずだったが、辺りは真っ暗で真っ黒。時間は分からない。がしかし、エアコンからは夜の冷たい匂いのする気がした。
目覚ましじゃないなら何だ?誰からだ?
俺は首を捻って頭の横のスマホを見る。画面にはいつもの緑色の受話器のマークが描かれているが、ぼやける視界では誰からの通話なのか分からない。
――取り敢えずスマホを取らないと。
俺はスマホを手に取って、眼前五センチメートルに迫るスマホの画面を眺めるところを想像したが。
――身体が動かなかった。
動かせるのは少しの首と瞼と目線だけ。呼吸も出来るから肺も動かせるわけだが、動かそうと思った腕は、肩から指先にかけて全く動かない。
俺はすっかり慣れて来た金縛りだと気付いて、とにかく身体を動かそうとする。電話に出ないと。頭をゆっくり振り乱し、横隔膜を使って体の内から力んでみる。しかし身体は動かない。
俺が葛藤している内にスマホはぱたりと静かになった。
――ああ。俺が出られないと思って呼び出しを諦めたのか。
電話に出られなかった。なのに、俺はどこか安堵して目を閉じた。後数秒も続ければ眠れそうなくらい、俺の意識は身体を抜けてベッドに沈み込んでいた。
「――もしもし」
俺の耳元で声がした。声の主は淀淵である。しかし、どこかガサガサとしたホワイトノイズに埋もれている。
俺は眠気で何も不思議だとは考えなかった。勝手に通話が繋がったことになんて無関心で、返事をしようと口をゆっくりと開けた。
金縛りでろくに動きはしなかったが、それでも言葉にならない声を上げた。
「あああ」
「総磨くん?」
電話の向こうの淀淵の声が不安がっている。
――今金縛りに合っていて上手く話せないんだ。
俺は胸中でそう訴える。
駄目だ。もう意識が持たない。
俺は気付けば自分の寝息が耳に届いていて、次の瞬間には朝を迎えていた。
朝六時に自然と目を覚ますと電話はまだ淀淵と繋がっていて、通話時間は四時間を超えていた。
もう電話の向こうからは何の音も聞こえない。淀淵の寝息が聞こえるかとも思ったが、繋いだまましばらく待ってみて、それから
「切るぞー?」
と言って、五秒が経ってから電話を切った。
田舎の学生デートというのはショッピングモールだと相場が決まっている。田舎の交通手段で出掛けられる範囲かつ、学生の経済力で十分に楽しめるプラン。
例えばデートコースなんて言われるところは大抵が観光地として整備されていて趣きがある。しかし、見て楽しめるというだけで娯楽には欠ける。だからと言って転々とデートスポットを回っていてはそれだけで日が暮れる。俺には高級なものをプレゼントできるような財布の余裕もないから、デートするなら一度淀淵と行ったあのショッピングモールに落ち着く。
今回は山野がデートに着いて来るということもあり、見知った場所の方が都合が良い。
俺はベッドに寝転がりながら呆然と明日のことを考えていた。
デートの目的は夏に備えて水着を買うことと、山野の願いを聞くこと。連れて行けと言われたから連れて行くだけで、山野が本当のところどうしたいかは分からない。だから、俺はただただ平穏無事にデートが終わることを願っていた。
俺には友達がいない。前の学校での友達はもう半年連絡を取っていない。だからスマホで一度に沢山のメッセージを捌いたこともなかった。
いつも連絡を取り合っている淀淵が放課後一緒に話したぶりに連絡を送って来る。
――ブー。ブー。ブー。
「明日だよ」
バイブレーションしながら点灯した画面には淀淵からのメッセージが浮かぶ。
俺は素早くスマホを取って、慌てて画面ロックを解除する。そしておぼつかない指の動きで返信した。
(何時に家出る?)
疑問符を付け忘れて、それだけ遅れて送信した。
学校の前を通る大通りに沿って配置されたバス停はショッピングモールの近くまで続いている。時間は一時半間掛からないくらい。自転車で飛ばせばもう少し早く着く。
家があるのは住宅地だから、大通りに出てバス停まで行くには四分。淀淵とあるけば七分ほど掛かるのではないだろうか。
「バスの時間調べないと」
淀淵は意味の分からない疑問符を浮かべたキャラクターのスタンプを添える。黄色い丸顔が小首を傾げて仰向けの手を顔の横に添えている。下唇と顎のところの皺の主張がやたら激しい。
(前は十時二十分のやつだったはず)
俺は朧げの記憶で答える。
「それじゃあ、十時前に総磨家行くから」
今度はサムズアップしたキャラクターが添えられる。
スマホにインストールされた便利アプリの一つでバスが二十三分発であることを確認した。
(分かったよ)
(おやすみ)
(――おい)
「もう寝るの?」
山野は五分も待たず既読を付けた。
『なに』
(――週末デート件。明日十時二十分のバスで行くから)
(最近、寝付き悪くて。明日起きれなくなるから)
『そう』
「寝るまで通話したげようか?」
(余計寝れなくなる)
『分かったわ』
俺が返すと淀淵からは号泣するキャラクターのスタンプが送られて来る。
「おやすみ」
最後にはハートマークを浮かべるキャラクターが添えられた。
俺はスマホの電源を切って充電ケーブルを挿し、それを枕元に投げた。
まだ十九時なのにカーテンの向こうからの光は弱々しく、部屋の明かりを消せば立派に眠れそうだった。
――ブー。ブー。ブー。
スマホのバイブレーションが鳴る。
スマホを枕元に置くのようになったのは、淀淵と知り合って使用頻度が上がったこともあるが、それでも耳元近くに置いているのは、ここ最近の寝不足で目覚ましの効きが悪いからだった。
俺にとって、スマホが鳴る――それ即ち目覚ましのはずだったが、辺りは真っ暗で真っ黒。時間は分からない。がしかし、エアコンからは夜の冷たい匂いのする気がした。
目覚ましじゃないなら何だ?誰からだ?
俺は首を捻って頭の横のスマホを見る。画面にはいつもの緑色の受話器のマークが描かれているが、ぼやける視界では誰からの通話なのか分からない。
――取り敢えずスマホを取らないと。
俺はスマホを手に取って、眼前五センチメートルに迫るスマホの画面を眺めるところを想像したが。
――身体が動かなかった。
動かせるのは少しの首と瞼と目線だけ。呼吸も出来るから肺も動かせるわけだが、動かそうと思った腕は、肩から指先にかけて全く動かない。
俺はすっかり慣れて来た金縛りだと気付いて、とにかく身体を動かそうとする。電話に出ないと。頭をゆっくり振り乱し、横隔膜を使って体の内から力んでみる。しかし身体は動かない。
俺が葛藤している内にスマホはぱたりと静かになった。
――ああ。俺が出られないと思って呼び出しを諦めたのか。
電話に出られなかった。なのに、俺はどこか安堵して目を閉じた。後数秒も続ければ眠れそうなくらい、俺の意識は身体を抜けてベッドに沈み込んでいた。
「――もしもし」
俺の耳元で声がした。声の主は淀淵である。しかし、どこかガサガサとしたホワイトノイズに埋もれている。
俺は眠気で何も不思議だとは考えなかった。勝手に通話が繋がったことになんて無関心で、返事をしようと口をゆっくりと開けた。
金縛りでろくに動きはしなかったが、それでも言葉にならない声を上げた。
「あああ」
「総磨くん?」
電話の向こうの淀淵の声が不安がっている。
――今金縛りに合っていて上手く話せないんだ。
俺は胸中でそう訴える。
駄目だ。もう意識が持たない。
俺は気付けば自分の寝息が耳に届いていて、次の瞬間には朝を迎えていた。
朝六時に自然と目を覚ますと電話はまだ淀淵と繋がっていて、通話時間は四時間を超えていた。
もう電話の向こうからは何の音も聞こえない。淀淵の寝息が聞こえるかとも思ったが、繋いだまましばらく待ってみて、それから
「切るぞー?」
と言って、五秒が経ってから電話を切った。
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