俺だけが見えるモノ

未田不決

文字の大きさ
上 下
16 / 27

16.目前で思う

しおりを挟む
 夏休みを控えた週末、俺は水着選びデートに出かける。

 田舎の学生デートというのはショッピングモールだと相場が決まっている。田舎の交通手段で出掛けられる範囲かつ、学生の経済力で十分に楽しめるプラン。
 例えばデートコースなんて言われるところは大抵が観光地として整備されていて趣きがある。しかし、見て楽しめるというだけで娯楽には欠ける。だからと言って転々とデートスポットを回っていてはそれだけで日が暮れる。俺には高級なものをプレゼントできるような財布の余裕もないから、デートするなら一度淀淵と行ったあのショッピングモールに落ち着く。
 今回は山野がデートに着いて来るということもあり、見知った場所の方が都合が良い。

 俺はベッドに寝転がりながら呆然と明日のことを考えていた。
 デートの目的は夏に備えて水着を買うことと、山野の願いを聞くこと。連れて行けと言われたから連れて行くだけで、山野が本当のところどうしたいかは分からない。だから、俺はただただ平穏無事にデートが終わることを願っていた。

 俺には友達がいない。前の学校での友達はもう半年連絡を取っていない。だからスマホで一度に沢山のメッセージを捌いたこともなかった。
 いつも連絡を取り合っている淀淵が放課後一緒に話したぶりに連絡を送って来る。

 ――ブー。ブー。ブー。

「明日だよ」

 バイブレーションしながら点灯した画面には淀淵からのメッセージが浮かぶ。
 俺は素早くスマホを取って、慌てて画面ロックを解除する。そしておぼつかない指の動きで返信した。

(何時に家出る?)

 疑問符を付け忘れて、それだけ遅れて送信した。

 学校の前を通る大通りに沿って配置されたバス停はショッピングモールの近くまで続いている。時間は一時半間掛からないくらい。自転車で飛ばせばもう少し早く着く。
 家があるのは住宅地だから、大通りに出てバス停まで行くには四分。淀淵とあるけば七分ほど掛かるのではないだろうか。

「バスの時間調べないと」

 淀淵は意味の分からない疑問符を浮かべたキャラクターのスタンプを添える。黄色い丸顔が小首を傾げて仰向けの手を顔の横に添えている。下唇と顎のところの皺の主張がやたら激しい。

(前は十時二十分のやつだったはず)

 俺は朧げの記憶で答える。

「それじゃあ、十時前に総磨家行くから」

 今度はサムズアップしたキャラクターが添えられる。

 スマホにインストールされた便利アプリの一つでバスが二十三分発であることを確認した。

(分かったよ)
(おやすみ)

(――おい)

「もう寝るの?」

 山野は五分も待たず既読を付けた。

『なに』

(――週末デート件。明日十時二十分のバスで行くから)

(最近、寝付き悪くて。明日起きれなくなるから)

『そう』

「寝るまで通話したげようか?」

(余計寝れなくなる)

『分かったわ』

 俺が返すと淀淵からは号泣するキャラクターのスタンプが送られて来る。

「おやすみ」

 最後にはハートマークを浮かべるキャラクターが添えられた。

 俺はスマホの電源を切って充電ケーブルを挿し、それを枕元に投げた。
 まだ十九時なのにカーテンの向こうからの光は弱々しく、部屋の明かりを消せば立派に眠れそうだった。

 ――ブー。ブー。ブー。

 スマホのバイブレーションが鳴る。

 スマホを枕元に置くのようになったのは、淀淵と知り合って使用頻度が上がったこともあるが、それでも耳元近くに置いているのは、ここ最近の寝不足で目覚ましの効きが悪いからだった。

 俺にとって、スマホが鳴る――それ即ち目覚ましのはずだったが、辺りは真っ暗で真っ黒。時間は分からない。がしかし、エアコンからは夜の冷たい匂いのする気がした。
 目覚ましじゃないなら何だ?誰からだ?
 俺は首を捻って頭の横のスマホを見る。画面にはいつもの緑色の受話器のマークが描かれているが、ぼやける視界では誰からの通話なのか分からない。
 ――取り敢えずスマホを取らないと。
 俺はスマホを手に取って、眼前五センチメートルに迫るスマホの画面を眺めるところを想像したが。
 ――身体が動かなかった。

 動かせるのは少しの首と瞼と目線だけ。呼吸も出来るから肺も動かせるわけだが、動かそうと思った腕は、肩から指先にかけて全く動かない。

 俺はすっかり慣れて来た金縛りだと気付いて、とにかく身体を動かそうとする。電話に出ないと。頭をゆっくり振り乱し、横隔膜を使って体の内から力んでみる。しかし身体は動かない。
 俺が葛藤している内にスマホはぱたりと静かになった。

 ――ああ。俺が出られないと思って呼び出しを諦めたのか。

 電話に出られなかった。なのに、俺はどこか安堵して目を閉じた。後数秒も続ければ眠れそうなくらい、俺の意識は身体を抜けてベッドに沈み込んでいた。

「――もしもし」

 俺の耳元で声がした。声の主は淀淵である。しかし、どこかガサガサとしたホワイトノイズに埋もれている。
 俺は眠気で何も不思議だとは考えなかった。勝手に通話が繋がったことになんて無関心で、返事をしようと口をゆっくりと開けた。
 金縛りでろくに動きはしなかったが、それでも言葉にならない声を上げた。

「あああ」

「総磨くん?」

 電話の向こうの淀淵の声が不安がっている。

 ――今金縛りに合っていて上手く話せないんだ。
 俺は胸中でそう訴える。
 駄目だ。もう意識が持たない。
 俺は気付けば自分の寝息が耳に届いていて、次の瞬間には朝を迎えていた。

 朝六時に自然と目を覚ますと電話はまだ淀淵と繋がっていて、通話時間は四時間を超えていた。
 もう電話の向こうからは何の音も聞こえない。淀淵の寝息が聞こえるかとも思ったが、繋いだまましばらく待ってみて、それから

「切るぞー?」

 と言って、五秒が経ってから電話を切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全く気付かないうちに大戦争が起きているハーレムラブコメ

天地諒夢有
恋愛
何気ない日常を過ごしていた主人公は、ある日を境に大きく変わっていく。 さまざまな人間に囲まれて、新たな世界を知っていく、幸せなストーリー。……と思っていたのか? 幸せのしの字もない壮絶な戦いが始まる。(唐突なネタバレ)

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

その声は媚薬.2

江上蒼羽
恋愛
【その声は媚薬】別視点、おまけエピソード詰め合わせ。 伊原 瑞希(27) 工事勤務の派遣社員 密かにリュークの声に悶えている重度の声フェチ 久世 竜生(28) 表向きは会社員 イケボを生かし、リュークとしてボイス動画を配信している。 ※作中に登場する業界については想像で書いておりますので、矛盾点や不快な表現があるかと思いますが、あくまでも素人の作品なのでご理解願います。 誹謗中傷はご容赦下さい。 R3.3/7~公開

クラスの美少女風紀委員と偶然セフレになってしまった

徒花
恋愛
主人公の男子高校生である「倉部裕樹」が同じクラスの風紀委員である「白石碧」が裏垢を持っていることを偶然知ってしまい、流れでセフレになってそこから少しずつ二人の関係が進展していく話です ノクターンノベルズにも投下した作品となっております ※ この小説は私の調査不足で一部現実との整合性が取れていない設定、描写があります 追記をした時点では修正するのは読者に混乱させてしまう恐れがあり困難であり、また極端に物語が破綻するわけでは無いと判断したため修正を加えておりません 「この世界ではそういうことになっている」と認識して読んでいただけると幸いです

処理中です...