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15.夏休みの予定
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結局、涙を堪えきれなかった山野は顔を隠して静かに泣いた。時間にして五分ぐらい。その間俺は静かに待って、小さな嗚咽が落ち着いて来た頃合いを見て、
「お前はどうしたいんだ?」
と語気を出来るだけ弱めて言った。
すると山野は震える息遣いから声を押し出すみたく言う。
「――てって」
「え?」
俺が訊くと眼球まで真っ赤にした山野がゆっくりと話す。
「ワタシもデートに連れてって。アンタのせいじゃないんでしょ、日和が変わったの。だったら、それを見極めるから。今の日和をきちんと見て、それで諦めるから」
山野の話では、彼女はしばらく前から淀淵に無視されている。その関係は『好き』か『どちらでもない』より『嫌い』だと考えるのが無難だろう。だとすれば、デートに山野を同伴させるのは無理があるし、そもそも俺は淀淵に他の女の話をしたことすらない。ハードルが高すぎる。仮にやるとしても――。
「淀淵になんて言うんだよ。俺は浮気する気なんてないんだけど」
「はあ?別にアンタとワタシがデートするなんて言ってないでしょ。ワタシは遠くで見てるから、だからワタシもデートに連れて行きなさい」
断ることは許さない。そんな険しい顔で山野は言った。
***
よくフィクションの中で見るようなテストの成績順位を生徒の目の付くところへ張り出す伝統は俺の高校にはなかった。それは転校前の学校でもそうだった。
自分の獲得した点数が分かるのは授業でテストが返却されるタイミング。俺は自分のことのように毎日ドキドキしながら、淀淵が解答用紙を受け取る様子を見守っていた。
「数学も赤点回避したよ」
授業中に淀淵からメッセージが届くので俺はスマホをマナーモードにしていた。
全てのテストが返却された日、帰りのホームルームでは担任が成績順位を確定するまではもう少し時間が掛かるとアナウンスした。点数や問題の正否に間違いがあることは珍しいことではなく、それらを訂正し、さらには今回のテスト問題は難しかったとか、生徒の出来が全体的に悪かった場合とかに合格のボーダーラインを下げ、赤点となる者を減らしたりする調整が行われる。
俺の平均的は恐らく八十点を超えているだろう。普通の生徒であれば全ての教科の点数を足して、今回なら十二で割ったものを言い合って、点数を競い合う文化があると思うが、ぼっちの俺には関係ない。足し合わせる必要も、十二で割る必要もない。それに、何もしないでも聞こえて来るクラスメートの平均点と、自分の点数を勝手に比べてどちらが高いか競い合う趣味は俺にはなかった。ただ七十点から八十点台後半をマークする十二枚の解答用紙をざっと見るに、平均点は八十点を超えるくらいだろうと予想できた。
淀淵の点数だけが俺の関心の対象だった。
いつものように淀淵と歩く放課後。校門に面する大通りに点々と現れるバス停を見ながら、俺は呆然と考え事をしていた。
隣をスキップするように歩く淀淵が、
「夏休みどうする?アタシ赤点なかったから遊びたい放題だけど」
と言ったからだ。
夏休みの宿題もあるから遊びたい放題ではないだろ。と俺は冷静に思ったが折角追試と補修を逃れて高揚している淀淵に、態々水を差すことを言うか?いや、言えるはずがない。
だからぼんやりと返答した。
「うーん、どうしようか」
俺が悩んだのは何も淀淵が遠回しに遊びに行こうと言ったからだけではない。
もう一つ、俺が頭を抱えるのは泣いていた山野小春に頼まれたこと。
「ワタシもデートに連れて行きなさい」
泣き腫らした山野が提案したこと。淀淵が変わってしまったのかを確かめるため、彼女自身が淀淵を諦めるために必要なんだと言う。
泣いている女の子を前にして、意志の強い山野を思い出して、体良く断る手段が思いつかなかった俺は連絡先まで交換してしまっていた。
――デート。
一体何に、どこへ誘おうか。
夏休みと言えば海、花火、プール、夏祭り、特殊なところで天体観測とかだろうか。夏休みはエアコンの訊いた部屋でのんびりしていたいが、淀淵の水着や浴衣はぜひ見たい。浴衣は良いが、水着は海やプールではなく自分だけが鑑賞したい。
夏祭りなんかは行ってもいいのだろうか。屋台が並んだ通りを練り歩くぐらいなら良いが、境内に淀淵のような罰当たりな存在を入れて問題ないのだろうか。
俺の頭の中には色々な想像が浮かび、勝手に膨らむ妄想に知恵熱が出て、余計に暑さにやられそうだった。
――そう言えば、俺って水着持ってたか?
ぼっちで暑いのが何より苦手な俺は中学のいつからかプールに入った記憶がない。海であれば小学生の頃に家族で行ったきりである。
中学の頃には水泳の特別授業があったから探せば出てくるのかも知れないが、身体が入るかどうかは微妙なところである。
「……先ず、水着買いに行かないとか」
俺が呟いた。
「良いね。アタシも大きくなってるし。総磨はどんなのが好き?可愛いの?エロいの?」
淀淵は自分の胸を触りながら言う。
「よど――日和だったら大人っぽいのの方が似合いそう」
俺はその様子に鼻の下が伸びないように奥歯に力を入れた。
「あー、エロいのね。りょうかい」
淀淵は目を細めてへへへと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
海やプールは難しいが、買い物や夏祭りなら人混みと程よく視線の切れる障害物があって山野を誘うのにも丁度良い。
俺も山野と淀淵が遭遇して空気が悪い修羅場になるよりは、できるだけ二人を近付けさせたくない。
「いつにしようか?」
「早い方がいいでしょ?でないとプールとかも行けないし」
淀淵は口の端を少し曲げ楽しそうに言った。
「お前はどうしたいんだ?」
と語気を出来るだけ弱めて言った。
すると山野は震える息遣いから声を押し出すみたく言う。
「――てって」
「え?」
俺が訊くと眼球まで真っ赤にした山野がゆっくりと話す。
「ワタシもデートに連れてって。アンタのせいじゃないんでしょ、日和が変わったの。だったら、それを見極めるから。今の日和をきちんと見て、それで諦めるから」
山野の話では、彼女はしばらく前から淀淵に無視されている。その関係は『好き』か『どちらでもない』より『嫌い』だと考えるのが無難だろう。だとすれば、デートに山野を同伴させるのは無理があるし、そもそも俺は淀淵に他の女の話をしたことすらない。ハードルが高すぎる。仮にやるとしても――。
「淀淵になんて言うんだよ。俺は浮気する気なんてないんだけど」
「はあ?別にアンタとワタシがデートするなんて言ってないでしょ。ワタシは遠くで見てるから、だからワタシもデートに連れて行きなさい」
断ることは許さない。そんな険しい顔で山野は言った。
***
よくフィクションの中で見るようなテストの成績順位を生徒の目の付くところへ張り出す伝統は俺の高校にはなかった。それは転校前の学校でもそうだった。
自分の獲得した点数が分かるのは授業でテストが返却されるタイミング。俺は自分のことのように毎日ドキドキしながら、淀淵が解答用紙を受け取る様子を見守っていた。
「数学も赤点回避したよ」
授業中に淀淵からメッセージが届くので俺はスマホをマナーモードにしていた。
全てのテストが返却された日、帰りのホームルームでは担任が成績順位を確定するまではもう少し時間が掛かるとアナウンスした。点数や問題の正否に間違いがあることは珍しいことではなく、それらを訂正し、さらには今回のテスト問題は難しかったとか、生徒の出来が全体的に悪かった場合とかに合格のボーダーラインを下げ、赤点となる者を減らしたりする調整が行われる。
俺の平均的は恐らく八十点を超えているだろう。普通の生徒であれば全ての教科の点数を足して、今回なら十二で割ったものを言い合って、点数を競い合う文化があると思うが、ぼっちの俺には関係ない。足し合わせる必要も、十二で割る必要もない。それに、何もしないでも聞こえて来るクラスメートの平均点と、自分の点数を勝手に比べてどちらが高いか競い合う趣味は俺にはなかった。ただ七十点から八十点台後半をマークする十二枚の解答用紙をざっと見るに、平均点は八十点を超えるくらいだろうと予想できた。
淀淵の点数だけが俺の関心の対象だった。
いつものように淀淵と歩く放課後。校門に面する大通りに点々と現れるバス停を見ながら、俺は呆然と考え事をしていた。
隣をスキップするように歩く淀淵が、
「夏休みどうする?アタシ赤点なかったから遊びたい放題だけど」
と言ったからだ。
夏休みの宿題もあるから遊びたい放題ではないだろ。と俺は冷静に思ったが折角追試と補修を逃れて高揚している淀淵に、態々水を差すことを言うか?いや、言えるはずがない。
だからぼんやりと返答した。
「うーん、どうしようか」
俺が悩んだのは何も淀淵が遠回しに遊びに行こうと言ったからだけではない。
もう一つ、俺が頭を抱えるのは泣いていた山野小春に頼まれたこと。
「ワタシもデートに連れて行きなさい」
泣き腫らした山野が提案したこと。淀淵が変わってしまったのかを確かめるため、彼女自身が淀淵を諦めるために必要なんだと言う。
泣いている女の子を前にして、意志の強い山野を思い出して、体良く断る手段が思いつかなかった俺は連絡先まで交換してしまっていた。
――デート。
一体何に、どこへ誘おうか。
夏休みと言えば海、花火、プール、夏祭り、特殊なところで天体観測とかだろうか。夏休みはエアコンの訊いた部屋でのんびりしていたいが、淀淵の水着や浴衣はぜひ見たい。浴衣は良いが、水着は海やプールではなく自分だけが鑑賞したい。
夏祭りなんかは行ってもいいのだろうか。屋台が並んだ通りを練り歩くぐらいなら良いが、境内に淀淵のような罰当たりな存在を入れて問題ないのだろうか。
俺の頭の中には色々な想像が浮かび、勝手に膨らむ妄想に知恵熱が出て、余計に暑さにやられそうだった。
――そう言えば、俺って水着持ってたか?
ぼっちで暑いのが何より苦手な俺は中学のいつからかプールに入った記憶がない。海であれば小学生の頃に家族で行ったきりである。
中学の頃には水泳の特別授業があったから探せば出てくるのかも知れないが、身体が入るかどうかは微妙なところである。
「……先ず、水着買いに行かないとか」
俺が呟いた。
「良いね。アタシも大きくなってるし。総磨はどんなのが好き?可愛いの?エロいの?」
淀淵は自分の胸を触りながら言う。
「よど――日和だったら大人っぽいのの方が似合いそう」
俺はその様子に鼻の下が伸びないように奥歯に力を入れた。
「あー、エロいのね。りょうかい」
淀淵は目を細めてへへへと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
海やプールは難しいが、買い物や夏祭りなら人混みと程よく視線の切れる障害物があって山野を誘うのにも丁度良い。
俺も山野と淀淵が遭遇して空気が悪い修羅場になるよりは、できるだけ二人を近付けさせたくない。
「いつにしようか?」
「早い方がいいでしょ?でないとプールとかも行けないし」
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