木野友則の悪意

水沢ながる

文字の大きさ
上 下
21 / 25
三日目 結末

幕間 教師と刑事は舞台裏で語る

しおりを挟む
 高校生達が事情聴取を受けている合間に、武田は加西署の喫煙スペースで煙草をふかしていた。
「ああ、やっぱりここにいましたか」
 にこやかに話しかけて来たのは、自分をこの加西市に連れて来た──というより、運転手にしてくれた張本人だ。
「君はヘビースモーカーですから、きっと吸えるところにいると思ってました。ここで言うのも何ですが、煙草は身体に悪いですよ」
「余計なお世話だ」
「……今日は、僕の生徒達のためにご尽力いただいて、どうもありがとうございます」
 芦田はやけにしおらしく頭を下げた。
「殺人だからな。俺の仕事だ」
 武田はぶっきらぼうに答える。
「それに、今回はあんたの生徒がほとんど片付けちまってて、俺の出る幕はあまりなかったぜ」
「それでも、君の眼には面白いものが映ったんじゃないですか?」
「──ああ」
 紫煙が立ち昇る。

「霊力も何も持っていないのに、演技だけで人を呪った奴は初めて見たな」

 事件の解明、証拠の保管、犯人の確保。あの現場で木野友則がやったことは、それだけではない。あの犯人告発の場で、彼は確かに、犯人である柴田に呪詛をかけた。ただ彼自身の演技力のみで。
「それどころか、あいつ、殺人現場の“浄化”までやってのけてた。本人に自覚があるかどうかは知らないが」
 芸能はそもそも神に捧げるためのものだ。キリスト教の賛美歌や仏教の声明など、声の響きや節回しが特別な“場”を形作る効果があることを、昔の人々は感覚的に判っていた。
 殺人の現場には、被害者の無念や犯人の殺意など、人に悪影響を与える念が残りやすい。時にその念を浄化する必要がある。木野友則と明智悟のセッションは、意図せずその場の悪念を取り祓う力を生んでいたのだった。
「天賦の才です」
 どこか誇らしげに、芦田は言った。
「もっとも、場の浄化に関しては、明智君の音楽の才能との相乗ですが。……特異な才を持つ者が、その才能を悪意を持って使えば、あの柴田君のようなことになります。だからこそ、僕らは彼らの才能を正しく伸ばしてやらないといけないんですよ」
「あんた、本当に教師だったんだな」
「君、僕のことを何だと思ってたんですか」
 武田が友則と初めて会った時、彼は言っていた──「芦田風太郎は俺の才能に惚れ込んでいる」と。それを言ってやると芦田は、見透かされてますねえ、と笑った。
「……ところで、俺はあの大江っていう子を何処かで見た覚えがあるんだが、どうにも思い出せなくてな」
「警察官が高校生をナンパしないでくださいよ。特に大江君は、そういうのをひどく嫌がりますから」
「するかよ。……まあ、あれだけ綺麗な顔立ちをしてるんだ、何処かですれ違ったのが印象に残ってるだけなのかも知れねえな」
「──彼は、君や僕と同じくらい特異な血筋の生まれですよ」
 芦田の言葉に、武田は思わずそちらを見た。
「しかし、大江君自身は何も知りませんし、何の自覚もありません。出来れば一生、そっとしておきたいですね、僕としては」
「そうだな……普通の生活が送れるのなら、それに越したことはない」
 特異な出自によって他人と違った人生を歩まざるを得なかった二人の男は、自らの痛みをこらえるような気持ちと共に、しばし少年達の将来に思いを馳せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

量子迷宮の探偵譚

葉羽
ミステリー
天才高校生の神藤葉羽は、ある日突然、量子力学によって生み出された並行世界の迷宮に閉じ込められてしまう。幼馴染の望月彩由美と共に、彼らは迷宮からの脱出を目指すが、そこには恐ろしい謎と危険が待ち受けていた。葉羽の推理力と彩由美の直感が試される中、二人の関係も徐々に変化していく。果たして彼らは迷宮を脱出し、現実世界に戻ることができるのか?そして、この迷宮の真の目的とは?

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

臆病者は首を吊る

ジェロニモ
ミステリー
学校中が文化祭準備に活気づく中、とある理由から夜の学校へやってきた文芸部一年の森辺誠一(もりべ せいいち)、琴原栞(ことはら しおり)は、この学校で広く知られる怪異、首吊り少女を目撃することとなった。文芸部を舞台に、首吊り少女の謎を追う学園ミステリー。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...