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二日目 事件
二日目・4 俳優達は舞台上で対決する
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手持ち無沙汰そうにしていた他の人達も僕らについて来て、結局体育館には全員がそろう羽目になってしまった。
僕らと木野さんは舞台の真正面に陣取り、戸田さんと大江さんは舞台の上に立った。さっきまであんなに嫌がってた癖に、いざ舞台に立ってみると、大江さんはものすごく真剣な表情になっている。
当たり前だ、と木野さんは言った。
「賢治は決して大根役者じゃない。むしろ、結構な実力を持ってる方だと思う。そんなあいつでも、下手をすると食われちまうんだよ、あのバカにな」
「へー……そうなんですか?」
「それにしても珍しいね、部長自ら裏方に徹するなんて」
三沢さんが、木野さんに話しかけて来た。
「俺はそっちが性に合ってんだ。派手なことはあいつらに任しときゃいい。──そんなことより、おまえよく平気な顔して俺と話せるな。今んとこ俺は殺人の容疑者ってことになってんだぜ?」
「だからさ。俺はあんたを取材してみたいんだ。いっぺんミステリものとかクライム・ストーリーとか撮ってみたいって思っててね。本物の殺人事件に出くわすなんてまたとない機会だ、逃す手はないだろ?」
不謹慎なことをぬけぬけと言う。
「三沢さん、そんな言い方ってないでしょう」
僕はなんだか無性に腹が立った。仮にも人一人死んでるってのに、「またとない機会」だの「取材」だの言っている三沢さんが、僕には理解出来なかったのだ。
だが。そんな僕を制したのは、他ならぬ木野さんだった。
「おまえも相当表現者の業背負ってるみたいだな。あのバカと話合いそうだ」
「まあね」
そう言って三沢さんは僕の隣に座り込んでカメラを回し始めた。
──稽古が、始まった。
僕の思った通り、やはりそれは推理ものだった。物語は、ある富豪の屋敷に世界的な名探偵が到着する場面から始まる。この名探偵を演じているのが戸田さんだ。探偵は、かねてから懇意にしていたこの家の主人が殺された、という知らせを聞いて駆けつけて来たのだ。探偵は早速捜査を始める。
怪しい家人や客達の中に混じって、たまたま取材に来ていただけの新聞記者の青年がいた。これが大江さんの役である。彼にはただ一人動機と呼べるものがなく、最初は探偵に協力的な態度を見せるが、話が進むにつれて、だんだん彼が犯人であることが判って来る。
記者が犯人だという事がはっきりして来る中盤以降は、ほとんど探偵と犯人の──戸田さんと大江さんの──二人芝居の様相を呈して来る。
そんな光景を見ながら、僕はさっき木野さんが言った言葉の意味をはっきりと思い知った。
数人の登場人物が入り乱れる前半、戸田さんは犯人以外の人物の全てを演じ分けていたのだった。そこにいるのは戸田さん一人であるのに、仕草もしゃべり方もまったく別のキャラクターとして僕の眼に映った。全ての役の台詞をそらんじているという点も含めて、驚異的だった。その芝居をちゃんと受け止め、さらに自分の演技を返している大江さんも、只者ではなかった。
そして、芝居が進んでこの二人だけの展開となって行くにつれ、演技のテンションは稽古とは思えないほど高くなって行った。台詞の一つ、仕草の一つにさえ息詰まるような気迫が感じられる。探偵と犯人が対峙する舞台の上には、激しい動きなど何もないと言うのに、空間全体に火花が散っているかのように気合と緊張に満ち満ちていた。その光景は、剣道の試合で間合いを取っている姿を彷彿とさせる。二人は明らかに、互いに一本を取れる一撃を相手に打ち込もうとしていた。
「これはホワイダニットを狙ってるようだね」
三沢さんが不意に言った。目は舞台上の二人にくぎ付けになっている。
「ホワイ……何です?」
「ホワイダニット。要するに、謎の要点をどこに置いてるかってことさ。犯人探しを主題にしてるなら、フーダニット。トリックを主としたものなら、ハウダニット。この芝居の最大の謎は、動機のない犯人が何故殺人を犯したか、ってことだから──」
「ホワイ、ですか」
どうやら専門用語らしい。さすがにミステリものを撮ってみたい、と言っただけのことはある。
「でも、正直ちょっと戸田君達を見くびってたようだな、俺は。こんなすごい役者だとは……思っても見なかった」
三沢さんは素直な感嘆の言葉を口にした。僕の視界のはじっこで、木野さんがひそかに、その癖はっきりと嬉しそうに微笑むのが見えた。そして同時に、どこか落ち着かなげに爪を噛む柴田さんの姿も目に入った。
場面は折しもクライマックス、探偵が犯人を告発するシーンだ。
「……よし、こんくらいにしとくか」
突然そう言って戸田さんが演技をやめてしまった。大江さんも気を抜く。舞台を覆っていた「気」が、一瞬のうちに消えてなくなった。ありがとうございました、と大江さんが戸田さんに頭を下げた。三沢さんが舞台に向かって声を投げかけた。
「いいところで止めるね?」
「オチは本番まで見せねーよ」
ミステリだもんな、と戸田さんは無邪気に笑った。大江さんがなんだかホッとした表情を見せた。
僕らと木野さんは舞台の真正面に陣取り、戸田さんと大江さんは舞台の上に立った。さっきまであんなに嫌がってた癖に、いざ舞台に立ってみると、大江さんはものすごく真剣な表情になっている。
当たり前だ、と木野さんは言った。
「賢治は決して大根役者じゃない。むしろ、結構な実力を持ってる方だと思う。そんなあいつでも、下手をすると食われちまうんだよ、あのバカにな」
「へー……そうなんですか?」
「それにしても珍しいね、部長自ら裏方に徹するなんて」
三沢さんが、木野さんに話しかけて来た。
「俺はそっちが性に合ってんだ。派手なことはあいつらに任しときゃいい。──そんなことより、おまえよく平気な顔して俺と話せるな。今んとこ俺は殺人の容疑者ってことになってんだぜ?」
「だからさ。俺はあんたを取材してみたいんだ。いっぺんミステリものとかクライム・ストーリーとか撮ってみたいって思っててね。本物の殺人事件に出くわすなんてまたとない機会だ、逃す手はないだろ?」
不謹慎なことをぬけぬけと言う。
「三沢さん、そんな言い方ってないでしょう」
僕はなんだか無性に腹が立った。仮にも人一人死んでるってのに、「またとない機会」だの「取材」だの言っている三沢さんが、僕には理解出来なかったのだ。
だが。そんな僕を制したのは、他ならぬ木野さんだった。
「おまえも相当表現者の業背負ってるみたいだな。あのバカと話合いそうだ」
「まあね」
そう言って三沢さんは僕の隣に座り込んでカメラを回し始めた。
──稽古が、始まった。
僕の思った通り、やはりそれは推理ものだった。物語は、ある富豪の屋敷に世界的な名探偵が到着する場面から始まる。この名探偵を演じているのが戸田さんだ。探偵は、かねてから懇意にしていたこの家の主人が殺された、という知らせを聞いて駆けつけて来たのだ。探偵は早速捜査を始める。
怪しい家人や客達の中に混じって、たまたま取材に来ていただけの新聞記者の青年がいた。これが大江さんの役である。彼にはただ一人動機と呼べるものがなく、最初は探偵に協力的な態度を見せるが、話が進むにつれて、だんだん彼が犯人であることが判って来る。
記者が犯人だという事がはっきりして来る中盤以降は、ほとんど探偵と犯人の──戸田さんと大江さんの──二人芝居の様相を呈して来る。
そんな光景を見ながら、僕はさっき木野さんが言った言葉の意味をはっきりと思い知った。
数人の登場人物が入り乱れる前半、戸田さんは犯人以外の人物の全てを演じ分けていたのだった。そこにいるのは戸田さん一人であるのに、仕草もしゃべり方もまったく別のキャラクターとして僕の眼に映った。全ての役の台詞をそらんじているという点も含めて、驚異的だった。その芝居をちゃんと受け止め、さらに自分の演技を返している大江さんも、只者ではなかった。
そして、芝居が進んでこの二人だけの展開となって行くにつれ、演技のテンションは稽古とは思えないほど高くなって行った。台詞の一つ、仕草の一つにさえ息詰まるような気迫が感じられる。探偵と犯人が対峙する舞台の上には、激しい動きなど何もないと言うのに、空間全体に火花が散っているかのように気合と緊張に満ち満ちていた。その光景は、剣道の試合で間合いを取っている姿を彷彿とさせる。二人は明らかに、互いに一本を取れる一撃を相手に打ち込もうとしていた。
「これはホワイダニットを狙ってるようだね」
三沢さんが不意に言った。目は舞台上の二人にくぎ付けになっている。
「ホワイ……何です?」
「ホワイダニット。要するに、謎の要点をどこに置いてるかってことさ。犯人探しを主題にしてるなら、フーダニット。トリックを主としたものなら、ハウダニット。この芝居の最大の謎は、動機のない犯人が何故殺人を犯したか、ってことだから──」
「ホワイ、ですか」
どうやら専門用語らしい。さすがにミステリものを撮ってみたい、と言っただけのことはある。
「でも、正直ちょっと戸田君達を見くびってたようだな、俺は。こんなすごい役者だとは……思っても見なかった」
三沢さんは素直な感嘆の言葉を口にした。僕の視界のはじっこで、木野さんがひそかに、その癖はっきりと嬉しそうに微笑むのが見えた。そして同時に、どこか落ち着かなげに爪を噛む柴田さんの姿も目に入った。
場面は折しもクライマックス、探偵が犯人を告発するシーンだ。
「……よし、こんくらいにしとくか」
突然そう言って戸田さんが演技をやめてしまった。大江さんも気を抜く。舞台を覆っていた「気」が、一瞬のうちに消えてなくなった。ありがとうございました、と大江さんが戸田さんに頭を下げた。三沢さんが舞台に向かって声を投げかけた。
「いいところで止めるね?」
「オチは本番まで見せねーよ」
ミステリだもんな、と戸田さんは無邪気に笑った。大江さんがなんだかホッとした表情を見せた。
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