木野友則の悪意

水沢ながる

文字の大きさ
上 下
8 / 25
二日目 事件

二日目・1 嵐は去り、何かが起こる

しおりを挟む
 幸いにも、裏山が崩れて一同そろって生き埋めになることもなく、朝が来た。

 台風の本体は過ぎ去ったらしく、多少まだ雲は残っていたが、雨はもう止んでいた。床の固い感触が、僕に今の状況を思い出させた。──そうだ、ここは学校なんだ。
 見まわすと、他の人達もめいめい起き出して来ているようだ。……あれ?
 ほんのちょっとした、違和感。何か変だ、何か……足りない? 僕は半分寝ぼけた頭で考えた。何だろう?
「おい、拓の奴ぁどこ行った?」
 戸田さんの声でやっと僕は何が足りないのか思い当たった。そうか、頭数が足りなかったんだ。見ると、菅原さんの寝ていたところには、シーツ代わりの布とかけていた毛布だけが残っている。
「えー? トイレじゃないんですかぁ?」
 大江さんが寝ぼけまなこで答えた。しかし、いつまでたっても菅原さんが戻って来る気配はなかった。念のため大江さんがこの階にあるトイレを見に行ったが、すぐに戻って来て首を振った。
「いませんでした。……代わりにと言っちゃ何ですが、とんでもないもん見つけましたよ」
 大江さんが抱えて来たのは、僕ら全員の携帯電話で──全部、びっしょり濡れていた。
「手洗い場で水没してました」
「何だよ……誰がこんなことを」
「寝てる間に荷物探って、持って行ったってことか」
 全員、自分の荷物を確認する。
「──携帯以外にはなくなってる物はなさそうです。財布も手付かずだし」
「菅原がいないんだな? それじゃ、菅原じゃないのか?」
 柴田さんが話に割り込んで来た。戸田さんが答える。
「とにかく菅原はいなくなっちまったんだ。今から探しに行こうと思う」
「校内か? 高所恐怖症の癖に」
「多分。外に出てもしょーがねェし」
「判った。ここにいる九人で手分けして探そう。……そうだな、三人ずつ組になって行くか」
 柴田さんの提案により、星風組、名美組、笹良組に分かれることになった。星風組は星風の三人、名美組は名美の二人と僕、笹良組は笹良の二人と柴田さん。そして、星風組は体育館周辺、笹良組は僕らのいる第一棟校舎、名美組は第二棟校舎を、それぞれ探すことになった。


 第二棟は多少山側に建っている関係で、渡り廊下も緩やかなスロープ状になっている。僕らは一組に一個割り当てられた懐中電灯を手に、菅原さんを探しに出かけた。まあ、雨が止んで空も明るくなっているので、ライトの必要性はあまりなかったのだけれど。
「まったく、人騒がせな奴だぜ。携帯ダメにした上に、いきなりいなくなるなんてよ」
 上月さんがぶつぶつ言っている。
「──陽介。これから、もっと不愉快なことが起きるかも知れないから、覚悟しといた方がいいよ」
 え? 僕と上月さんは、同時に声の主──明智さんを振り返った。明智さんは眼鏡の奥の瞳に物憂げな表情を浮かべ、何事か考えていた。
「もっと不愉快? なんすかそれ?」
 上月さんは、明智さんにだけは比較的丁寧な言葉遣いをする。
「小泉君、さっき誰か、菅原君は高所恐怖症だって言ってたよね?」
「はい。特に階段がダメで、手すりにつかまってないと降りれないほどで」
「そんな人が、果たして自分から下に降りようとするかな?」
 僕らは思わず立ち止まった。
「『階段を降りるのが怖い』って人が、初めて来た建物の最上階にいる。トイレなんかは一応使える。知り合いは三人しかいない上、他のところに人はいない。こんな状況下にあって、彼がわざわざ苦手な階段を降りてまで下に行く理由って、少なくとも僕は考えられない。菅原君がやったのかどうかはわからないが、誰かが携帯を水没させた理由もね」
 今更のように、戸田さんがやけに心配そうな表情で僕らと別れたのを思い出した。明智さんは今、それとそっくりな表情をしている。
「いなくなったこと、それ自体が不可解なことなんだ。その先にある理由を考えると……悪い予感がするんだよ」
 明智さんの言葉が終わるか終わらないうちに、廊下中に響く大声が僕らを振り向かせた。

「明智さ──ん!! 上月さ──ん!!」

 真っ青な顔をして駆け寄って来たのは、寺内君だった。寺内君はぜいぜいと荒い息をついた。
「どうした!?」
「す、菅原さんが……」
 なかなか言葉にならない。が、何か尋常じゃないことがあったのは、聞かなくても判った。明智さんが鋭く言った。
「木野君達には知らせたのか?」
「は、はい、三沢さんが……」
「判った。寺内君、案内してくれ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

量子迷宮の探偵譚

葉羽
ミステリー
天才高校生の神藤葉羽は、ある日突然、量子力学によって生み出された並行世界の迷宮に閉じ込められてしまう。幼馴染の望月彩由美と共に、彼らは迷宮からの脱出を目指すが、そこには恐ろしい謎と危険が待ち受けていた。葉羽の推理力と彩由美の直感が試される中、二人の関係も徐々に変化していく。果たして彼らは迷宮を脱出し、現実世界に戻ることができるのか?そして、この迷宮の真の目的とは?

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

臆病者は首を吊る

ジェロニモ
ミステリー
学校中が文化祭準備に活気づく中、とある理由から夜の学校へやってきた文芸部一年の森辺誠一(もりべ せいいち)、琴原栞(ことはら しおり)は、この学校で広く知られる怪異、首吊り少女を目撃することとなった。文芸部を舞台に、首吊り少女の謎を追う学園ミステリー。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...