最初のものがたり

ナッツん

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泣け!

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「勇磨、なんで、土曜日、
一緒に行ってくれるの?映画好きとか?」

長い坂道を下りながら思い切って聞いた。

もう、夏だな。

まだ梅雨も来てないけど夏の香りがする。

「ナナの心の声が聞こえたから。勇磨、助けてぇーって」

ふざけて笑う。
もうっ。

「でも、本当に助けて欲しかったでしょ。
立川、あれ、強敵だよ。
俺は騙されないけどツバサはどうかな。
天然すぎるというか、純朴というか、」

うん、勇磨の言う事、分かる。

ツバサくんはあの子の下心なんて気が付いてなくて、
純粋に映画に誘った。

あの子はツバサくんが好きだ。

間違いない。

なんなら私の気持ちも気が付いてるかもしれない。

だけど、ふと思う。

ツバサくん、やっぱり、私の事も完全に友達としか思ってないんだな。

少しでも好きだと、友達以上だと思ってくれてたら、簡単に香澄ちゃんと3人で、なんて言わない。

ツバサくんにとっては映画が観たいだけで相手が誰かなんて関係ないんだ。

スイーツとかもそうだ。

男の子1人じゃ行きにくいって、
ただそれだけの理由だから、私じゃなくても。

今はあの子が側にいるから。

もう、私の事、必要なくなるね、きっと。

ダメだ、涙が。

さっきはギリギリで堪えたのに。

「勇磨、ごめん、用事思い出した。先帰る」

それだけ言って走り出した。

「おい、ナナ!」

そう叫ぶ声が後ろから聞こえたけど、もう限界だ。

これ以上、話すと震える声がバレる。

そのまま振り返らずに走った。

走ったら涙を我慢できる気がした。

大丈夫と繰り返す。

でも大丈夫なんかじゃなかった。

やっぱ、ちょっと泣こう。

勇磨とバスケの練習をした公園のベンチに座った。

リュックを抱きしめて顔をうずめた途端に涙が溢れた。

声を出すのは恥ずかしいから、静かに泣いた。

こんな事、初めてだった。

私以外の子がツバサくんに近付いたり、
ツバサくんが他の女の子と、仲良く話す光景ですら、見た事なかったかもしれない。

ツバサくんに関して負けたと思った事も。

側にいるのが私じゃない事も。

その子の方がツバサくんを理解してると感じた事も。

近付けない雰囲気も。

ツバサくんが誰かを思いやって、
自分のツラさを押し込める姿も。

私、なんで自信あったんだろう、笑える。

よく考えたら分かるのに。

あんなに優しくてかわいいツバサくん。

女の子がほっとく訳ないのに。
バカだなぁ、私。
どうしたらいいんだろう。

ツライ。

強くリュックにしがみついて丸まって泣いた。

瞬間、私の頭に誰かが手を置いた。
驚いて見上げると勇磨だった。

「ふっ、ひでぇ顔!」

鼻で笑った!

悔しいけど、もう涙は止められない。
そのまま、またリュックを抱く。

「中の教科書とか濡れるぞ」

そう言いながら私のリュックを取り上げ横に置く。

「返してよ、バカ。つかまるトコが必要なの。
あと、先に帰って」

1人にしてよ、今は泣く時間。
気が済むまで泣きたいのに。

「ナナは、かわいくないな」

うるさいっ。
勇磨にかわいいとか思われなくていいから。
早く帰ってよ。

「仕方ないなぁ、ここにつかまれ」

後ろ向きになり、私の両腕を引っ張り自分の背中にしがみつかせる勇磨。

私は勇磨の背中を抱くカタチになり、動揺した。

でも勇磨が私の両手を掴んでるから離れられない。

お、男の子の背中って…

「ほら、リュックよりいいだろ。
早く泣け。泣いていつもの性格悪いお前に戻れ」

ひと言余計なんだよ。

それに、大きくてがっしりした背中に抱きつくなんて…

変な緊張で涙が止まったじゃん!

でも少し安心する。

大きくて温かくて、リュックよりいい。

ヤバイ、止まった涙が、また…

もう、いいや、泣いちゃえ!

背中だから、勇磨に泣いてる所を
見られる心配もない。
そういえば、勇磨の前で泣くのは2回目だ。
この前はタオルをかぶせて隠してくれた。

ごめん、勇磨!
もう、涙、止まらない!

ツバサくんが好き。

かわいくて守ってあげたい。

だけど気持ちを伝えられない。

だって答えは分かってるから。

困らせるだけだから。

困らせるくらいなら言いたくない。

なんだ、私、なんなの?

なんで、ツバサくんを悲しませたくない、
悩ませたくないが優先するのか。

それに、怖い。
振られるのが
ハッキリと女の子として見てないって。
考えた事ないって言われるのが。

あーこんがらがる。

泣いては途中で自分にイライラして勇磨の背中を何回も叩いた。

でも勇磨は1つも文句を言わず、ずっと私の好きにさせてくれた。

少しずつ泣くのにも疲れた頃、心が軽くなってきた。

結局、好きには変わりない。

思いを伝えられないのも変わらない。

友達でもいいから近くにいたい。

頼ってくれたら力になりたい。

たとえ香澄ちゃんの方が近くにいたとしても私に出来る事が1つでもあるなら。

よし、また少し頑張ろう。

心が軽くなり勇気も出てきた。
勇磨の背中から離れてベンチから立ち上がった。

「よし」

と気合を入れた。
勇磨には泣きはらした顔はみせたくないから、
背中を向けたまま、お礼を言った。

「ありがとう。スッキリした。じゃあ、帰る」

そのまま歩き出そうとした私の腕を勇磨が引っ張った。

バランスを失い、座ってる勇磨の上に倒れた。

勇磨が私を受けとめる。

膝の間に入り込み背中に勇磨の胸の筋肉と硬い腕を感じて思わず声を上げた。

「わー!何すんの!変態!やめて」

勇磨が私を離して爆笑する。

「なんだよ、倒れて来たから受け止めたのに変態呼ばわりすんなよ。」

お、おいっ

「なんで倒れたと思ってるの?勇磨が引っ張るからでしょ。バカ!」

まだゲラゲラと笑う。

「顔!」

そう言われて泣きはらした顔だと気付く。

あー。

まぁいいか。

勇磨だもんな。

「もう、いいよ。見られたくないと思ったけど、勇磨にカッコつける事なかった。」

諦めた。

いーや。
だいたい、泣くのも勇磨の前だけで他の誰かなら我慢してた。

「なんだ、それ。俺にも気を使え」

そう言って前ボタンを外し背中の濡れたシャツをパタパタする。
シャツを扇ぐから上半身がまたはだける。
目線をそらし困る私を見て余計に扇ぐ。

「おもしれー」

もう、あったまきた。

笑いが止まらない勇磨に背を向けて横に座った。

ムカつく!

なんなの、勇磨って。

中2病の時もイライラしたけど、今はなんかバカにされてるみたいで余計にムカつく!
不機嫌にふくれる私に更に大爆笑する。

「あれ、勇兄とナナちゃんだ!」

その声に振り返ると、ミアンちゃんとリノさんが手を振っていた。
私も立ち上がって手を振った
2人がニコニコして近づいて来た。
相変わらず、2人とも超かわいい。
なんだ、最強姉妹!
横の勇磨をチラ見して残念さに同情した。
それに気付いた勇磨はあからさまに嫌な顔をする。
負のオーラのみ受け継いだ男。

「ナナちゃん、どうしたの?泣いてたの?」

そうだ、私、泣きはらしてた。
なんてお見苦しいとこを。
リノさんが優しく抱きしめてくれた。

「勇磨!女の子、泣かしちゃダメでしょ。
ごめんね、ナナちゃん。」

慌てて誤解を解く。

「違うんです。
私、ちょっとツライ事があって勝手に1人で泣いてて、勇磨は手伝ってくれたんです。」

とたんに2人が笑う。

「やだーナナちゃん、手伝うって何を?」

ミアンちゃんに聞かれ

「泣くのを」

その答えにまた2人が笑う。

「まぁ、そうだな。手伝ったかな。」

勇磨も笑う。
何か変な事言ってるのか、私?
リノさんが私の顔を覗き込んで、ほっぺをぷにっと触った。

「勇磨が女の子とあんなに笑って話してるの初めて見た。
ナナちゃんとだから笑えてるんだと思うの。
すごい力だと思う」

ミアンちゃんも

「うん、ミアンも初めて見た!」

まぁどうせ、私を女として見てないって事でしょ。
いーよ、いーよ。別に。

「勇磨にとって私は女の子じゃなくて友達だから。」

ふーん、とリノさんは勇磨を見る。

「なんだよ、リノ」

勇磨が眉を寄せる。

「別に。」

リノさんとミアンちゃんは目で会話して頷く。

「じゃあ行くね。ナナちゃんまたね。
勇磨、友達と仲良く、ね。」

含んだ感じでリノさんが言った。

「またね、ナナちゃん。
勇兄、ナナちゃんは女の子だからね。」

ミアンちゃんも何故か念を押して帰って行った。

「なんだ、アイツら。」

なんか、やり込められてる勇磨、おもしろい。
お姉さんと妹には弱いのか。
しかし、あの2人は天使だ。
今も2人のいい匂いが残ってる。
しかも。

「またリノさんにぎゅーってしてもらえた。
あー元気出たなぁ。
勇磨と友達になって良かった。」

リノさんの柔らかい腕を思い出す。
ふんわりいい匂い。

「俺の存在価値って。」

スネる。

「ナナ、前も言ったけど、アイツらと俺、結構、顔、似てるんだぜ。
言われるし。
リノに抱かれて喜ぶって事は俺にも抱かれたいって事だろ」

はだけたシャツから肌見せしながら両腕を広げる。

は?

バカなの?

「俺に抱かれたいって言っちゃったら意味が違うのでは?」

不覚にもドキッとしてしまった事を、
隠すようにツッコミを入れたけど、
想像以上に勇磨がうろたえた。

「いや、バカ、違うって。
そういう意味じゃ。
ナナがリノに抱かれて、じゃなくて抱きしめられて。
あー。うるせっ。ナナ、ウザイ」

は?は?は?

なんで?

なんで、そうなるの?

自分で言ってうろたえてるくせに。

おもしろい。

散々、肌見せで私をからかった罰だ。

仕返しだ。

「あー、勇磨が私に抱きしめられたいのか。
いーよ、おいで、ほら」

両手を広げてみる。

「お前」

自分の頭をクシャクシャにかいてイライラと何かを混ぜたような顔をする。

「もうっ。私をからかわないでよね。
男兄弟いないし、こっちは免疫ないんだし。」

ちょっと諦めたように私を見た。

「はーい」

おとなしく返事をする。
いい子だ。

少しまた話して勇磨が家まで送ってくれた。
帰り際に

「1人になってまた泣くなよ」

そう言われた。

言われて気が付いた。

今日、ほんの少し前の事なのに、泣いた事忘れてた。

ツバサくんとカスミちゃんの事で頭がいっぱいだったのに忘れてた。

勇磨がいるとアホだから笑える。

ツライ事も薄くなる。

それ以上に勇磨が笑えるから。

土曜日の映画は気が重いけど勇磨が一緒なら大丈夫かもしれない。

ツラくても、その後、笑えるかも。

良かった。
勇磨が一緒で。

存在価値あったよ、勇磨。
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