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秘密の料理
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神楽坂でのデート以降、秋頼から毎日メッセージが届くようになった。一日に二、三通やりとりする程度であったが、自分を気にかけてくれている。
好きな色…好きな花…好きな食べ物…。沢山の質問を投げかけてくる。好きなことを伝えれば、秋頼はそれについて調べてくれる。秋頼はちゃんと自分を見てくれる。
メッセージのやりとりをしている内に、学生時代、秋頼は渡英していたと知った。イギリス家庭料理が得意らしく、悠も彼の料理が好きなようだ。
「教えて下さい‼」と頼んだところ、二人で会員制倉庫型スーパーに買い出しに行き、その後料理を学ぶことになった。悠は今、ニューヨークに出張中で一週間程家を空けている。こっそり、料理の腕を上げるチャンスだ。
「おはよう」
「おはようございます」
秋頼は、絢聖を車で迎えにきてくれた。悠も絢聖も車を所有していない為、ドライブは久しぶりでわくわくする。
「高速に乗って移動するが…酔いやすくはないかい?」
「大丈夫です!」
「ならよかった。会員になったのは良いが、大型スーパーなんて独り身だと中々行かないからね。一緒に行けて嬉しいよ」
秋頼はバーベキューをする際に、スーパーの会員になったようだがそれっきり行ってないそうだ。
「僕も嬉しいです」
「そうか…全て大容量だから、食料を買ってシェアしてもいいかもしれない。悠は、よく食べるだろう?」
「はい。冷凍したら持つし助かります!」
スーパーは広大で日用品から食料品まで幅広い取り揃えだ。
「メインはコテージパイだからな…。挽き肉、じゃがいも、玉ねぎ、ベイリーフは必須だな」
「挽き肉は何の料理にも使えるので助かりますね」
「それなら良かった。流石に一キロは家だけじゃ厳しい」
他愛ない会話をしながら、買う物を選ぶ。悠に髭剃りの大容量パック、常備用にカット野菜の冷凍。
「必要なものは充分に買えたな。買い忘れはないね?」
「ないです!楽しかった~」
いつもなら家事としてこなす買い物。それが楽しくて仕方ない。秋頼の家に帰り、お茶で一息吐くと調理を開始する。
「まずはマッシュポテトを作ろう。パイにも使えるし汎用性が高い」
「はい」
エプロン姿の秋頼は、紳士感が増し格好いい。
「あっ、そうだ君のエプロンも用意しておいたんだ」
「あっ、ありがとうこざいます」
ネイビーのシンプルなデザインは、絢聖好みだ。何より、自分の為に、秋頼が選び、購入してくれたと思うと温かい気持ちになる。
「好みがわからなかったから、こちらで勝手に選んでしまったが、大丈夫そうかい?」
「全然大丈夫です!すごい素敵です」
「それなら良かった」
穏やかに笑う秋頼の笑顔が眩しい。エプロンを一緒に着て、キッチンに二人で立つ。秋頼にそんな気はないんだろうが、新婚みたいで…照れてしまう。
「まずはじゃがいもを剥いて切ったらレンジで火を通してくれるかい?」
悠と同じく効率を優先する秋頼は煮て火を通すことより、レンジを使うことを選んだ。
ピーラーを貸してくれたが、包丁の方が剥き慣れている。皮を剥き、いもを三、四センチ位に切り、レンジで加熱する。
「秋頼さん…火が通りましたよ」
「おっ…しっかり火が通っているな。熱いうちに、いもを潰して塩こしょうで味をつけてくれ」
いもをマッシュする。悠はきっと潰し過ぎない位が好みだろう。
「味…どうですか?」
潰したじゃがいもを小皿に取り分け、秋頼に試食してもらう。熱々な夫婦みたいで、くすぐったい。
「丁度いいよ…すごく美味しい」
「ありがとうございます!」
悠は美味しいとガツガツ食べるだけで、詳しい感想がない。だから、秋頼の反応が嬉しかった。
「牛乳とバターを加え更にマッシュしてくれ。潰し加減は好みでいい」
「はい」
いもの潰し方は粗く、塩こしょうとバターをしっかり入れる。調理方法は単純なのに、調味料の分量やいもの潰し具合で味が大きく変わる。マッシュポテトは奥深い料理だった。
「出来たようだな…マッシュポテトが出来たことだし、次はパイ作りに取り掛かろう」
「はい…楽しみです」
「まずは、たまねぎと人参を細かく切ろう。私が玉ねぎを切るから、絢聖君は人参をみじん切りにしてくれるかい?」
「えっ?両方とも僕切りますよ!教えて頂いているのに申し訳ない…」
「いや、私が一緒に作りたいんだ。それに、君を泣かせるわけにはいかない」
「なっ…玉ねぎを切る位で泣きませんよ」
「そうかもしれないが…私が切りたい。我儘を聞いてくれるかい?」
「まぁ、秋頼さんが言うなら…よろしくお願いします」
何て過保護なんだと思ったが、大切にされているようで嬉しい。
「玉ねぎは切れたよ」
「こちらも切れました」
「おっ!流石だ。手早いな」
「そんな…秋頼さんだって早いし、切り方綺麗です」
秋頼は沢山褒めてくれる…悠は普段こんなにちやほやしてくれない。頬が赤くなってないかが心配だ。
「君は褒め上手だな」
「そんな…本当のことです!」
ちゃんと伝える為に、秋頼を見つめる…その時。唇にやわらかい感触がある…キスされていた。
「可愛いな君は…」
「なっ…」
あの日、挿入寸前の行為をしたとはいえ、今日は、そんな雰囲気を一切醸し出してこなかった。完全に不意打ちだ。
「こんな可愛い恋人がいたら、悠も心配でたまらないだろうな…」
「それは…ないです」
「全くないわけではないと思うがな…まぁいい、君に隙があるから、こうやって会える。悠の甘さに感謝しよう」
「僕も…秋頼さんに会いたかった」
今度は絢聖からも口づける。さっきより少しだけ濃いキス。
「んっ…」
もっと深いキスをしたいが、調理中だ…。名残惜しさを感じつつも唇を離す。
「そんな熱っぽい顔をされたら、君の服を脱がせたくなってしまう」
秋頼の大きく温かい手が絢聖の頬を包む。甘い言葉に、優しい手付き。こんなに胸が高鳴るのはいつ振りだろう…。
「いいですよ…」
「君は健気だが…何でもさせてしまう危うさがあるな。気持ちは嬉しいが、調理の途中だ」
「はい…」
頬から温かさが離れる。秋頼の冷静な態度が…淋しい。彼に求められたい…興奮させたい。でも、今纏わりついたら、面倒と思われる。
「物分りがいいな。では、牛挽き肉をある程度炒めたら、たまねぎを加えて透明感が出るまで炒めてくれるかい?」
「はい」
肉が茶色くなるまで加熱し、玉ねぎを加える。美味しそうな匂いが漂いお腹が空いてくる。
「おっ、いい感じだ。塩こしょうで味を調えたら、ベイリーフを加えてくれ」
マッシュポテトに、こしょうをしっかり効かせたので今回は塩こしょうを控えめにする。ベイリーフの爽やかな香りが、心地良い。
「こんな感じですか?」
「素晴らしいよ…人参を足して軽く炒めてくれるかい?」
人参を軽く炒める位では、火が通らない。大丈夫なのだろうか…?疑問に思いつつも、指示に従い一分程炒めた。
「炒めました」
「チキンブロスを加えて、薄力粉をこし器で振りかけ、トマトペーストを混ぜ合わせてくれるかい?」
「チキンブロス?」
「簡単に言うと、鶏の出汁さ」
「鶏ガラとは違うんですか?」
「脂肪分が全然違う。極力、骨の部分だけを煮込んで出汁を取るんだ。流石に一から作るのは大変だからね…用意したのは市販のものだが」
「そうなんですね!さっぱりしてそう」
「その通りだ。出汁の色に透明感があって、臭みがなくあっさりしている」
「あの…」
「んっ?どうした?」
「どこでこれ売ってるんですか?」
買い出しの時は購入していない。おそらく秋頼が、常備しているものだろう。
「通販さ…気になるならサイトを教えてあげよう。家の分も、少し分けてあげるから持って帰るといい」
「ありがとうこざいます!」
コテージパイの他にも、色んな料理に使えそうな出汁だ。多忙な悠に、美味しく栄養を摂ってもらいたい。
悠が出張から帰ってきたら、美味しいご飯を沢山作ってあげたい。秋頼に気持ちが傾いているとはいえ…やはり悠が好きだ。
「悠のことを想像していただろう?君はいじらしいな…」
「そっ、そんなことないです!いつも悠、反応薄いというか…手の込んだものより単純な料理が好きで」
恥ずかしくてつい否定してしまう。だが、悠が繊細な料理を理解出来ないのは事実だ。一言で言うと、作り甲斐がない。
「顔を真っ赤にして可愛らしかったのに、今度は悲しそうにするね…大丈夫だ。言っただろう?悠は、この料理が好きなんだ。安心しなさい」
秋頼が励ましてくれる…大事な二人の時間だ。つまらないものにはしたくない。
「はい…ありがとうこざいます。後で作り方メモさせて下さい」
「もちろんだよ!」
出汁を加え、薄力粉を振り、トマトペーストと一緒に混ぜ合わせる。
「混ざりました」
「では、水分がなくなるまでそのまま煮込んでくれ」
なるほど…煮込むから人参は軽く炒めるだけだったのだ。
「はい…」
グツグツと煮込まれている肉が美味しそうだ。なぜだか、昔から調理の中でも煮込む行為が好きだった。
「楽しそうに、フライパンを見てるな」
「何か、煮込むの好きなんです。理由はよくわからないんですけど」
「煮込み料理が好きな人は愛が重いって聞かないかい?」
それは初耳だ。だが…思い当たる節は少しある。
「煮込むのが好きなだけで、煮込み料理が好きだとは言ってません」
完全に屁理屈だ。だが、自分の性格を見破られた気がして悔しい。
「そうなのかい?私は煮込み料理が好きだ。共感してくれると思ったんだが。まぁ、中々普段時間が取れないから、もっぱらレンジに頼っているがな」
苦笑しながら秋頼が語る。彼も愛が重いタイプなのだろうか…そうならば嬉しい。
「僕も普段は、麺つゆとレンジに頼りきりです」
「麺つゆ最強だからな」
「はい。あっ…水分なくなってきました」
「では、グラタン皿に移して作ってあるマッシュポテトを上に重ねて広げてくれるかい?」
「はい…あの、でもパイ生地は?」
「あぁ、言ってなかったね。コテージパイという名前だが生地は使わない料理なんだ」
「そうなんですね!生地を使うと思い込んでました」
「名前にパイがつくからな、無理もない」
煮込んだものを敷き、上からマッシュポテトを被せる。
「すごい食べごたえありそう」
「悠向きだろう?マッシュポテトにフォークで筋をつけたら、オーブンに入れて完成だ」
「わかりました!」
フォークで器用に筋をつけ、温めたオーブンに料理を入れる。
「後は待つだけだな」
「はい!」
「待っている間、先に飲まないかい?サラダとチーズならすぐに出せる」
「嬉しいです!あっ、でも作り方のメモを取らないと」
「真面目だな…では、私がつまみと酒を用意するから、その間にメモをまとめてるといい」
「何か至れり尽くせりですみません」
「構わないよ。そうだ、部屋着に着替えときなさい」
「えっ?僕、着替えなんて持ってきてなくて」
「鈍いな。今日は泊まってくれないかという意味さ」
そう言うと、春樹の服を渡される。
「なっ!」
泊まるということは…いやらしいこともするんだろうか。色々と想像してしまい顔から火を吹きそうだ。
「エッチな想像でもしたかい?あの日のことを忘れられたかと心配していたが…憶えていたようだな」
「わっ、忘れるわけないじゃないですか‼」
「それなら良かった…泊まってくれるかい?」
「もちろんです」
何をされるかはわからないが、悠がいない部屋で一人淋しい思いをするよりましだ。
「よかったよ」
安心の表情を見せる秋頼が可愛らしい。いつも悠の行動や言動に一喜一憂しているから、自分の言動で振り回されてくれる彼が愛おしかった。
秋頼に渡された服に着替え、メモをまとめる。今度一人で作ってみよう。沢山練習して、完成度を高めていきたい。
「秋頼さん、メモ書き終わりました」
「おっ!勉強熱心だな…しっかりメモが取られてる」
「ありがとうございます…」
火加減、切り方、加熱時間など、細かいところまで書き留めた。これで、家でも作れるだろう。
「沢山書いて疲れただろう?こちらも準備出来た…乾杯しようか」
「はい!すごい!美味しそう」
サーモンとアボガドのサラダにチーズ。サラダは彩りが美しく食欲をそそる。
「簡単なものだが…そう言ってもらえると嬉しいよ。今、ワインを開けよう」
グラスに赤い液体が注がれる。
「赤ワイン…僕すごく好きで」
「それはよかった…この前もよく飲んでいたな。だが、酔いつぶれてはいけないよ。また私に襲われてしまう…」
「わっ、わかっています」
淋しいと泣き喚き、彼の温もりに溺れたあの日。記憶があるのは翌朝だけだが、夜はさぞ酷い醜態を晒したのだろう。
だが、酔っ払ったお陰で、秋頼とこのような関係になれている。秋頼は、恥ずかしがっている絢聖を見ながらくすりと笑っていた。
「本当からかい甲斐があるな」
「からかってるんですか?」
「どうだろうな…からかいではないと言ったら君はどうする?」
「それは…」
秋頼に求められたい…可愛がってもらいたい。けれど、二人の関係に名前を付けたくない…会いにくくなる位なら曖昧なままがいい。
神楽坂のデッキテラスで交わした約束を言い訳にして、あくまで行き過ぎた触れ合いということにしておけばいいのに。駆け引きが出来ない。何て答えればいいかがわからない。
けれど、今日秋頼に触れ合うことで息を抜かなければ、悠との関係に疲弊してしまう。
「答えられないかい?」
「はい…ごめんなさい」
謝る必要などないと伝えるように秋頼が髪を撫でてくる。
「真面目…だな。濁して話せばいいものを…真正面から捉えて」
「馬鹿みたい…ですか?」
いい歳して駆け引きも出来ないなんて…と、呆れられただろうか。
でも、付き合ったのは悠だけだ…セックスも彼としかしたことがない。戸惑うこと位、許して欲しい。
「そんなことないよ。無垢で可愛らしい…私色に染めたくなる」
「秋頼さん…」
あまりの歓喜に背筋がぞくぞくする。
そうだ…悠に初めてをあげた時、もっと沢山喜んでもらいたかった。好きな人の初めてを自分のものに出来ると感動して欲しかった。彼の色に染まりたかった。
正直…彼が求めることは何でもしてあげたい。悠の理想に…彼の色に染まれるのなら、何でもしたのに。悠は僕らしさを尊重した。
「そんなうっとりとした顔で見つめないでくれ…」
秋頼が動揺している…ドキドキしてくれている。この人を自分に依存させたい。自分を可愛がってくれる彼に支配され、支配したい。
「食事の前に…駄目ですか?」
「無垢な態度を見せたかと思ったら急に艶っぽくなるな」
「こんな僕は、嫌ですか?」
秋頼の好みはどんな人なのだろう…彼のことが知りたい。
「嫌ではないが…残念ながら君と違って若くないんだ。食事を摂らないと、バテてしまうかもしれない」
「僕が頑張ります」
「それも素敵な提案だがね。私はどちらかというと、好きな子を弄り倒したいタイプなんだ…一旦食事にしよう」
「わかりました…」
コテージパイが焼き上る前に軽く飲む予定だったのに、もうパイは焼けていた。
秋頼がそこまで言うなら、今は引いた方がいいだろう。
「色っぽくてとても素敵だったが…。楽しみは後だ。コテージパイをオーブンから取り出してくるから、座ってなさい」
「はい…あの…急に発情してごめんなさい」
「なっ…何てことを言うんだ君は」
閨での発言みたいだっただろうか。悪気なく言ってしまったが、オーブンで熱々になった皿を秋頼が落としそうになったのを見て申し訳なくなる。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…大丈夫だ。取り乱してすまなかった」
皿を落とすこともなく、火傷もない。何事もなくてよかった。
「怪我なくてよかったです」
「あっ、まぁ…そうだな。さて、ご飯にしよう」
秋頼は何かを言いたそうだったが、お腹が空いているのか早く食事に移ろうとしている。
「はい!」
「いただきます」
二人で手を合わせ、食事の挨拶をする。秋頼がサラダを分け、コテージパイを皿に盛ってくれた。
「ありがとうこざいます…」
秋頼はずっと自分を構ってくれる。一日中彼に尽くされ、幸せでいっぱいだ。
「構わないよ…温かいうちに食べよう」
「はい」
まずはコテージパイに手を付ける。
「どうだい?」
「すっごく、深みがある味で美味しいです」
パイは肉と野菜の旨みがぎゅっと詰まっていて味わい深い。食べごたえもあるし、確かに悠が好きそうな味だった。
「チーズをかけて焼くと更にボリュームか出る」
「それもいいかもしれないです!あと、ウスターソースを使ったり、ケチャップ使ったり色々アレンジ出来そう」
「もはやコロッケな気がするが…。まぁ、そもそもがイギリスの家庭料理だからな…各家、アレンジしている可能性が高い」
「そうなんですね…色んなパターンで作ってみたい」
秋頼は会話の反応がよく、話していて楽しい。
「こちらも食べてくれるかい?口を開けて?」
「んっ…」
秋頼がサラダを食べさせてくれる。子ども扱いされているようで恥ずかしい…。だが、厳格だった父はしてくれなかった行為…。
「ビネガーを使ったんだ」
スモークサーモンの濃厚な味と、ビネガーの爽やかさが口いっぱいにひろがる。これは、お酒に合う!
「だからですかね…さっぱりしていて、美味しい」
「だろう?気に入ってもらえたようで良かった」
「はい、お酒とも相性ばっちりです!」
グラスに口を付けワインを飲む。このワインは渋みが少なく魚、肉共に相性が良い。
「あまり飲み過ぎないようにな…」
苦笑しつつも、チーズが盛られた皿を近くに置いてくれる。
「わかって…れす」
「もう呂律が回ってないじゃないか…」
秋頼が絢聖の隣に移動してくる。自分の腰に手を回し、そこを擦りながら、食事を摂っている。
おざなりな触れ方に不満を感じるのに、体が反応してしまう。彼に触れられるだけで、全身が喜びを示していた。
「あっ…あの」
このままでは、勃ってしまう。
「あぁ…感じてしまうかい?」
「…っ」
こくんと頷き、秋頼に見つめる。
「すまない…食事中に行儀が悪かったな」
「いえ…」
秋頼の手が腰から離れる。名残惜しいが、おざなりにされるより、しっかりと触れられたい。
「飲み直そうか」
そう言う秋頼に、先程の淫らな雰囲気は一切ない。それが淋しくもあるが、後でゆっくりいちゃつけるならそれでいい。
秋頼と穏やかな食事を楽しんだ後、風呂を借りた。フリージアの爽やかなボディーソープの香りが心地良い。清涼感のある香りを好む悠とは、全然違う匂い…自分の好みに近い、甘く…けれど、爽やかさのある香り。
そして何より、秋頼と同じ香りを纏えるのが嬉しい…。
「上がりました」
「あぁ…ゆっくり出来たかい?」
「はい!とっても!すっごくいい香りでした」
バスミルクはオスマンサス。つまり、金木犀の香りで、ボディーソープはフリージア、シャンプーとリンスはライムとリーフグリーン…どの香りも素晴らしく、老舗メゾンのスパに来たような気分だった。
「ならよかった。料理に…香り。君とは趣味が合うな」
「本当です!今日一日中楽しい!」
こんなに心から笑ったのはいつ振りだろう。
「本当に君は可愛い…男っていうのは、素敵な人に喜んでもらえるのが一番嬉しいし…誇りなんだ」
「もぉ…僕だって男ですっ!すごくわかります…喜んでもらえるってすごく満たされる」
秋頼とはとても気が合う。自分が、無理をしていない。自然体の自分で、秋頼を満たすことが出来る。
「悠と先に出会っていたのが惜しいよ…」
秋頼が抱きしめてくる。きっと僕は、彼が好きだ…。秋頼は安心感を与えてくれる。
「そんなこと言わないで…自分の気持ちがわからなくなる」
好きの種類は難しいが、彼にされること全てが喜びであり、快である…それは事実だ。だが、悠に向ける気持ちと同じものかがわからない。
「そうだな…私だって、君を悩ませたいわけじゃない」
「我儘でごめんなさい」
「構わないよ…私は君を甘やかしたい。それだけだ」
「ありがとうこざいます…」
秋頼はいつも欲しい言葉を適切なタイミングでくれる。だから…依存してしまう。
「私も風呂に入ってくる。髪を乾かして、歯を磨いたらベッドに入っていてくれるかい?」
「わかりました」
ベッドは一つしかない。一緒に寝ることが確定した…心臓が早鐘を打つ。ミュゲの香りがする布団に包まれる。早く、秋頼に愛されたい…そう思い、彼がベッドに入ってくるのを待った。
「寝てしまったかな?」
秋頼が優しい声で問いかけてくる。どんな態度を取れば良いかがわからず、背を向けながら答えた。
「寝てはないです…」
「そうか…なら良かった」
「っ!」
秋頼が布団に入り込む…そして後ろから抱き込まれた。緊張で体が固まってしまう。
「すまない…いきなりでびっくりさせたね」
抱きしめてきた腕を解かれてしまう。離れたくない…。
「大丈夫です」
背を向けるのを止め、振り返る。秋頼と向き合うと、その逞しい胸に顔を寄せた。自分と同じフリージアの花の香り…同じ匂いを纏い、彼に所有されている気分になる。
所有されるということは、執着されているということ…つまり、手放したくないと感じてくれているという証明だ。
今は所詮、ごっこ遊びでも構わない。この安心感に溺れていたい。
「そうか…嬉しいよ。今日の絢聖君は私と同じ香りがするね」
「はい…もっと、秋頼さんの匂い欲しい」
「もっと…?」
「たくさん、匂いつけて…」
「マーキングみたいだな」
苦笑しつつも、秋頼が覆いかぶさってくる。彼の目を見つめれば、その瞳に隠しきれない欲を感じる。求められている…そう思うと興奮が増していく自分がいる。
「マーキング嫌ですか?」
「嫌じゃないから困ってるんだ…君は悠のなのに…」
「悠は…自由を好むというか…そういうの嫌いですから…」
「そんなことはないと思うが…まぁ、あの子は放し飼いが過ぎるな」
絢聖のことをあまり観察していない悠は、自分の変化に気付くこともないのだろう。淋しいのにありがたい…そして、悔しい。
悠が放置し過ぎるから、恋人は他の男といちゃついている。いっそのことバレしてしまいたい…嫉妬に狂う悠が見たい…激しい感情をぶつけられたい。それでいっぱい自分に執着してくれればいいのに。
けれど、嫌悪されて見放されたくない。反応が薄かったら、それこそ耐えられない。悠の顔色を伺うのはいつも自分だ…。
「秋頼さんは、ちゃんと繋いでいてくれますか?」
「あぁ…今はね」
ずるい言い方…けれど、お互い様だ。秋頼を利用して自分は現実逃避をしている。
「嬉しい」
秋頼の首に腕を絡める。すると、秋頼が服に手を入れ、腹に触れてくる。
「沢山食べたな」
「んっ…やぁ、言わないで」
絢聖は華奢であるが、胃下垂傾向で食べた後、腹が大きくなる。ぷっくりと膨らんだお腹を確かめるのに秋頼が撫で回してくる。体型を指摘されているようで恥ずかしい。
「私が作ったり、作り方を教えた物が入っていると思うと興奮するよ」
「もぉ…へんたい」
「君も大概だと思うがな…」
「んっ…」
腹を弄られたまま、口付けられ、肉厚な舌で口腔を探られる。あまりに…気持ちがいい。
中の壁も、舌も、歯も全てを確認するようなキス。快楽に支配され、首に絡めた腕を布団に落としてしまう。
「感じやすいな…」
悦楽に体に力が入れられない絢聖は、子どものように秋頼に服を脱がされる。
不測の事態だった前回と違い、秋頼へ信頼が高まり始めている今日は、以前より警戒心が薄いせいか、快楽に溺れるまでも早い。
「やぁ…僕だけ」
上半身を裸にされ、ぷっくりと立ち上がった胸の突起が露わになる。下半身にある欲望は反り返り、服を押し上げていた。
「心配しなくていい。私も脱ぐよ…」
絢聖の腰に跨りながら、秋頼が上衣を脱ぐ。前は状況に動揺して観察出来なかったが、年齢を感じさせない引き締まった体。
悠より逞しく美しい肢体…。悠より優れた男に支配される…歪な悦びが自分を満たし、優越感を与えてくれる。
「秋頼さん綺麗…」
さっきまで体に力が入らなかったのに、腕が勝手に動く。吸い寄せられるように、彼の胸板に触れていた。やはり…秋頼は何もかもが自分の好みだ。
「今日は積極的だな…」
自分の手に秋頼が手を重ねてくれる。首…胸…腰…布を纏った男根…全て確認させるように触らせられる。
「だって、幸せ」
こんな理想の男に可愛がってもらえるのだ。そして、その男を満たす立場に君臨出来るのだ。
ずっと、操を立てて彼氏一筋だった自分が馬鹿みたいに感じる。
「私もこんなに求められて幸せだ」
秋頼はきっとモテる。なのに、僕に求められることを喜ぶなんて…彼も僕と一緒で淋しいのだろうか。だったら、今夜ぐらい孤独を感じさせたくない。
「いっぱい可愛がって…」
腰を浮かせ体を擦り付け、秋頼の性器を刺激する。
「いやらしい子は大好きだ…だが、主導権は私が握りたい」
「あぁん!」
乳首を噛まれる。舌で右胸を虐められ、左胸を揉みしだかれ、服越しからでもわかる立派な男根を絢聖の体に擦り付けてくる。
一気に色んなところを刺激され、ただただ甘い声を上げるしかない。
「すごい濡れ方だ…」
秋頼の巧みな愛撫に、先走りが溢れ彼から借りた服をびしょびしょにしてしまっている。
「あぁ…あっ、ごめん…なさっ…ふく…よごして」
謝っている間も容赦なく秋頼は攻めてくる。濡れた服が纏わりつき気持ちが悪い…このままだと出てしまう。早く脱がして欲しい。
「おや?まだ服を気に掛ける余裕があるようだな…」
左胸を弄っていた手が、下肢に移動してくる。服越しに欲望を擦られ、そこは爆発寸前だった。
「余裕ない…だめ…だめ…でちゃ…やぁっ」
腰を逃がし刺激を避けようとするが、布の上からしっかりと性器を掴まれ、秋頼の両腿で体を挟まれ、身動きが取れない…逃げ場がない。
「我慢出来たら飲んであげるから耐えなさい」
秋頼は上体を少し起こすと、互いの性器を服越しに擦り合わせる。彼が腰を動かす度に、裏筋が刺激され吐精感が込み上げてくる。
「ほんっと…だめぇ…あっあ…あぁ––––」
耐えきれず白濁を吐き出す。ギリギリのタイミングで秋頼が服を脱がし、口で絢聖の精を受け止めた。小分けにゆっくりと飲精する彼の姿は酷く淫らで、浅ましくも興奮し、再び性器が膨らんでくる。
「全部飲んだ…大分薄いな」
悠との性生活が覗かれているようでいたたまれない。悠はあっさりとした性格ではあるが、性欲は強くセックスレスとは縁遠い生活だった。
「……まぁそれなりにしています」
何てコメントしていいかがわからず、正直に答えた。
「その割に快楽に弱いな…」
「だって、悠はそんなにねちっこくしてくれない」
「してくれない…ね」
「はい…」
ベッドの中で、他の男の話をするなんてマナー違反かもしれないが、話題を振ってきたのは秋頼だ。なのに、秋頼が考え込む素振りを見せるから不安になる。
「フェラは出来るかい?」
「したことはあります…だけど自信なくて」
悠好みに仕込まれたいと思っていた時期もあったが「充分に気持ちがいいから好きにしてくれていい」と濁され、その願望は叶わなかった。
「君は器用だから大丈夫だ…不安ならちゃんと教えるから頑張れるかい?」
「はい」
「では、四つん這いになって腰を高く上げた状態で、私のを咥えてもらえるかい?」
足首に引っ掛かっていた服を脱ぎ全裸になる。尻を高く掲げ腹ばいになると、秋頼の逞しいそれの先端を咥えた。
「おっき…」
秋頼の男根は巨大で、亀頭を口腔に含むので精一杯だ。唇の端が引っ張られて痛い。
「小さいお口には酷だったか…」
苦笑しながら、秋頼が腰を引いてしまう。
「やぁっ…舐める」
慰めるように、秋頼が髪を撫でてくる。期待されなくなってしまった気がして辛い。
「やり方を変えるだけさ…口を大きく開けて」
「んっ…」
指示された通りに口を大きく開く。歯医者で治療を受ける時みたいで恥ずかしいが仕方ない。
「そのまま舌を下顎に張り付けるように出来るかい?」
舌を可能な限り顎の方に下げる。そうすると自然と、口が大きく開いてくる。
「上手だ…挿れるよ」
「んっー」
絢聖の頭を軽く押さえると、再び口に性器を挿入される。大きく左右に張り出た先端が何とか口腔内に収まるが、圧迫感がすざまじい。
だが、秋頼の先走りの味を感じ、勝手に唾液が溢れてきている。
「狭いな…だが、上手だ」
唾液で滑りがよくなると、少しずつ頭を押さえる力を強め、口腔の奥まで性器を進めてくる。一番太い亀頭部分が全て入った…その時だった。
「んぐっ…んっ!」
尻を突き上げながら、奉仕をしている無防備な絢聖の蕾を秋頼は弄ってくる。秋頼の右手で巧みに、愛撫をされ、左手は性器から口を離さないように、頭を押さえられ続けている。窄まりも口腔も支配され、まともな思考が出来ない。
「もう少しだ…」
「んっ!」
秋頼が前に屈んだので、竿の部分まで口腔に侵入してくる。苦しさに涙が出そうだ。だが、同時に蕾の肉壁の良いところを的確に刺激され腰が揺れてしまう。
「っ!えらいな…ちゃんと全部口に含めてる」
「…っ…ひぃ」
褒められると嬉しく、もっと気持ち良くさせたくなる。だが、咥えているのが精一杯で、頭を前後に動かせない。なので、陰嚢を揉みながら、性器を吸い上げた。
「…っ」
快楽を感じてくれたようで、息を漏らしている。一瞬、腰を動かされそうになったが堪らえたようだった。
「お礼だ…」
蕾に挿入されている指を三本に増やされる。その老獪な攻め方に、翻弄されるしかなく、突き上げていた尻を落とし、口から秋頼の剛直を離してしまいそうになる。
「悪いな…」
「んっ…っ!」
体から力が抜けたタイミングで、秋頼が絢聖の頭を強く押さえ、腰を緩く前後させてくる。
口腔内の壁に秋頼の先走りを擦り込まれ、苦しいのに支配される悦びに震えてしまう。
「っ…」
秋頼は二、三回腰を動かすと、口から性器を抜く。絢聖の目の前に現れた性器は尋常ではない大きさで、固い。パンパンに腫れ上がるそれは発射寸前だった。
「飲みます…」
自分が逞しくしたそれの味を早く確かめたい。そう思い、剛直の前で大きく開口した。
「嬉しい申し出だが…かけたいんだ」
秋頼に熱っぽい顔でお願いされたら断ることなんて出来るはずがない。
「どこにですか?」
会話中に萎えないように、秋頼の性器を手で扱きながら問う。
「っ…手淫が巧み過ぎるな…君は」
「だって、萎えたら嫌…」
「本当…健気で可愛い…絢聖君はどこにかけて欲しい?」
「それは…あ…そこが…いいです」
先程まで弄られていた蕾が疼く。早くここを慰めてもらいたい。
「あそことは?ここかい?」
扱くのを止めさせられ、脇の下に手を入れられ持ち上げられる。膝立ちにされ、そのまま、乳首を軽く捻られた。
「ひゃあっ…!ちがっ…」
「では、ここ?」
「やぁっ」
今度は臍を舐められる。びっくりして、そのまま後ろに倒れてしまう。秋頼にお尻を見せつける体勢になり、局部を隠そうと必死に布団を手繰り寄せようとするが、阻止されてしまった。まるで、猛獣に追い詰められた小動物のようだ。
「そうか、ここかい?」
そのまま腕を押さえつけられ、脚の間に体を割り込まれる。そして、無防備なそこに秋頼の剛直があてがわれた。
「そこだけど、だめぇ…入んない」
秋頼の剛直はあまりにも大きい…受け入れるには準備が足りていない。
「君は…挿入しないという約束を忘れているだろう」
秋頼が苦笑した気がするが何も考えられない。快楽と雰囲気に負け、思考が停止している。
「おっきいのだめ、でも中欲しぃ」
「欲張りだな…四つん這いなって、よくそこが見えるように手で開きなさい。入口にかけてあげよう」
秋頼が腕の拘束を解く。我儘な要望に困りながらも、結局秋頼は甘やかしてくれる。
四つん這いになり、双丘を秋頼に向けると、尻の肉を自分で掴み左右に開き、蕾を露わにした。
「かっ、かけてください…」
「あぁ…ちゃんと開けていなさい」
「はいっ…」
「っ…!」
秋頼は左手の指で、蕾を割り開くと、右手で数回性器を扱き、秘蕾に向かって白濁を打ち付けた。
侵入してきた量は僅かだが、精液が中の肉を濡らし、尻全体は白濁にまみれた。
「あぁっ…すごい」
「まるで犯してるようだな…」
「うれしっ…」
秋頼に余裕なく求められ、甘やかされ、彼の匂いを付けられ征服される。自分は秋頼に必要とされている…そう証明されたようで安心する。
「私も嬉しいよ…こんなに求められて男冥利に尽きる」
双丘に放たれた体液を秋頼がティッシュで拭ってくれる。下半身が綺麗になると、上体を起こされ、後ろから抱き込まれる。
「嬉しい?重くない…?」
「感じ方によるんじゃないか?私は君ぐらいわかりやすい方が好みだ。期待されたり、求められたりすると温かい気持ちになる」
あぁ…秋頼はやっぱり自分と一緒だ。重い方が安心するのだ。だから、秋頼と一緒にいると心地がいい。
彼の温もりに包まれながら、そのまま眠りに落ちていった。
好きな色…好きな花…好きな食べ物…。沢山の質問を投げかけてくる。好きなことを伝えれば、秋頼はそれについて調べてくれる。秋頼はちゃんと自分を見てくれる。
メッセージのやりとりをしている内に、学生時代、秋頼は渡英していたと知った。イギリス家庭料理が得意らしく、悠も彼の料理が好きなようだ。
「教えて下さい‼」と頼んだところ、二人で会員制倉庫型スーパーに買い出しに行き、その後料理を学ぶことになった。悠は今、ニューヨークに出張中で一週間程家を空けている。こっそり、料理の腕を上げるチャンスだ。
「おはよう」
「おはようございます」
秋頼は、絢聖を車で迎えにきてくれた。悠も絢聖も車を所有していない為、ドライブは久しぶりでわくわくする。
「高速に乗って移動するが…酔いやすくはないかい?」
「大丈夫です!」
「ならよかった。会員になったのは良いが、大型スーパーなんて独り身だと中々行かないからね。一緒に行けて嬉しいよ」
秋頼はバーベキューをする際に、スーパーの会員になったようだがそれっきり行ってないそうだ。
「僕も嬉しいです」
「そうか…全て大容量だから、食料を買ってシェアしてもいいかもしれない。悠は、よく食べるだろう?」
「はい。冷凍したら持つし助かります!」
スーパーは広大で日用品から食料品まで幅広い取り揃えだ。
「メインはコテージパイだからな…。挽き肉、じゃがいも、玉ねぎ、ベイリーフは必須だな」
「挽き肉は何の料理にも使えるので助かりますね」
「それなら良かった。流石に一キロは家だけじゃ厳しい」
他愛ない会話をしながら、買う物を選ぶ。悠に髭剃りの大容量パック、常備用にカット野菜の冷凍。
「必要なものは充分に買えたな。買い忘れはないね?」
「ないです!楽しかった~」
いつもなら家事としてこなす買い物。それが楽しくて仕方ない。秋頼の家に帰り、お茶で一息吐くと調理を開始する。
「まずはマッシュポテトを作ろう。パイにも使えるし汎用性が高い」
「はい」
エプロン姿の秋頼は、紳士感が増し格好いい。
「あっ、そうだ君のエプロンも用意しておいたんだ」
「あっ、ありがとうこざいます」
ネイビーのシンプルなデザインは、絢聖好みだ。何より、自分の為に、秋頼が選び、購入してくれたと思うと温かい気持ちになる。
「好みがわからなかったから、こちらで勝手に選んでしまったが、大丈夫そうかい?」
「全然大丈夫です!すごい素敵です」
「それなら良かった」
穏やかに笑う秋頼の笑顔が眩しい。エプロンを一緒に着て、キッチンに二人で立つ。秋頼にそんな気はないんだろうが、新婚みたいで…照れてしまう。
「まずはじゃがいもを剥いて切ったらレンジで火を通してくれるかい?」
悠と同じく効率を優先する秋頼は煮て火を通すことより、レンジを使うことを選んだ。
ピーラーを貸してくれたが、包丁の方が剥き慣れている。皮を剥き、いもを三、四センチ位に切り、レンジで加熱する。
「秋頼さん…火が通りましたよ」
「おっ…しっかり火が通っているな。熱いうちに、いもを潰して塩こしょうで味をつけてくれ」
いもをマッシュする。悠はきっと潰し過ぎない位が好みだろう。
「味…どうですか?」
潰したじゃがいもを小皿に取り分け、秋頼に試食してもらう。熱々な夫婦みたいで、くすぐったい。
「丁度いいよ…すごく美味しい」
「ありがとうございます!」
悠は美味しいとガツガツ食べるだけで、詳しい感想がない。だから、秋頼の反応が嬉しかった。
「牛乳とバターを加え更にマッシュしてくれ。潰し加減は好みでいい」
「はい」
いもの潰し方は粗く、塩こしょうとバターをしっかり入れる。調理方法は単純なのに、調味料の分量やいもの潰し具合で味が大きく変わる。マッシュポテトは奥深い料理だった。
「出来たようだな…マッシュポテトが出来たことだし、次はパイ作りに取り掛かろう」
「はい…楽しみです」
「まずは、たまねぎと人参を細かく切ろう。私が玉ねぎを切るから、絢聖君は人参をみじん切りにしてくれるかい?」
「えっ?両方とも僕切りますよ!教えて頂いているのに申し訳ない…」
「いや、私が一緒に作りたいんだ。それに、君を泣かせるわけにはいかない」
「なっ…玉ねぎを切る位で泣きませんよ」
「そうかもしれないが…私が切りたい。我儘を聞いてくれるかい?」
「まぁ、秋頼さんが言うなら…よろしくお願いします」
何て過保護なんだと思ったが、大切にされているようで嬉しい。
「玉ねぎは切れたよ」
「こちらも切れました」
「おっ!流石だ。手早いな」
「そんな…秋頼さんだって早いし、切り方綺麗です」
秋頼は沢山褒めてくれる…悠は普段こんなにちやほやしてくれない。頬が赤くなってないかが心配だ。
「君は褒め上手だな」
「そんな…本当のことです!」
ちゃんと伝える為に、秋頼を見つめる…その時。唇にやわらかい感触がある…キスされていた。
「可愛いな君は…」
「なっ…」
あの日、挿入寸前の行為をしたとはいえ、今日は、そんな雰囲気を一切醸し出してこなかった。完全に不意打ちだ。
「こんな可愛い恋人がいたら、悠も心配でたまらないだろうな…」
「それは…ないです」
「全くないわけではないと思うがな…まぁいい、君に隙があるから、こうやって会える。悠の甘さに感謝しよう」
「僕も…秋頼さんに会いたかった」
今度は絢聖からも口づける。さっきより少しだけ濃いキス。
「んっ…」
もっと深いキスをしたいが、調理中だ…。名残惜しさを感じつつも唇を離す。
「そんな熱っぽい顔をされたら、君の服を脱がせたくなってしまう」
秋頼の大きく温かい手が絢聖の頬を包む。甘い言葉に、優しい手付き。こんなに胸が高鳴るのはいつ振りだろう…。
「いいですよ…」
「君は健気だが…何でもさせてしまう危うさがあるな。気持ちは嬉しいが、調理の途中だ」
「はい…」
頬から温かさが離れる。秋頼の冷静な態度が…淋しい。彼に求められたい…興奮させたい。でも、今纏わりついたら、面倒と思われる。
「物分りがいいな。では、牛挽き肉をある程度炒めたら、たまねぎを加えて透明感が出るまで炒めてくれるかい?」
「はい」
肉が茶色くなるまで加熱し、玉ねぎを加える。美味しそうな匂いが漂いお腹が空いてくる。
「おっ、いい感じだ。塩こしょうで味を調えたら、ベイリーフを加えてくれ」
マッシュポテトに、こしょうをしっかり効かせたので今回は塩こしょうを控えめにする。ベイリーフの爽やかな香りが、心地良い。
「こんな感じですか?」
「素晴らしいよ…人参を足して軽く炒めてくれるかい?」
人参を軽く炒める位では、火が通らない。大丈夫なのだろうか…?疑問に思いつつも、指示に従い一分程炒めた。
「炒めました」
「チキンブロスを加えて、薄力粉をこし器で振りかけ、トマトペーストを混ぜ合わせてくれるかい?」
「チキンブロス?」
「簡単に言うと、鶏の出汁さ」
「鶏ガラとは違うんですか?」
「脂肪分が全然違う。極力、骨の部分だけを煮込んで出汁を取るんだ。流石に一から作るのは大変だからね…用意したのは市販のものだが」
「そうなんですね!さっぱりしてそう」
「その通りだ。出汁の色に透明感があって、臭みがなくあっさりしている」
「あの…」
「んっ?どうした?」
「どこでこれ売ってるんですか?」
買い出しの時は購入していない。おそらく秋頼が、常備しているものだろう。
「通販さ…気になるならサイトを教えてあげよう。家の分も、少し分けてあげるから持って帰るといい」
「ありがとうこざいます!」
コテージパイの他にも、色んな料理に使えそうな出汁だ。多忙な悠に、美味しく栄養を摂ってもらいたい。
悠が出張から帰ってきたら、美味しいご飯を沢山作ってあげたい。秋頼に気持ちが傾いているとはいえ…やはり悠が好きだ。
「悠のことを想像していただろう?君はいじらしいな…」
「そっ、そんなことないです!いつも悠、反応薄いというか…手の込んだものより単純な料理が好きで」
恥ずかしくてつい否定してしまう。だが、悠が繊細な料理を理解出来ないのは事実だ。一言で言うと、作り甲斐がない。
「顔を真っ赤にして可愛らしかったのに、今度は悲しそうにするね…大丈夫だ。言っただろう?悠は、この料理が好きなんだ。安心しなさい」
秋頼が励ましてくれる…大事な二人の時間だ。つまらないものにはしたくない。
「はい…ありがとうこざいます。後で作り方メモさせて下さい」
「もちろんだよ!」
出汁を加え、薄力粉を振り、トマトペーストと一緒に混ぜ合わせる。
「混ざりました」
「では、水分がなくなるまでそのまま煮込んでくれ」
なるほど…煮込むから人参は軽く炒めるだけだったのだ。
「はい…」
グツグツと煮込まれている肉が美味しそうだ。なぜだか、昔から調理の中でも煮込む行為が好きだった。
「楽しそうに、フライパンを見てるな」
「何か、煮込むの好きなんです。理由はよくわからないんですけど」
「煮込み料理が好きな人は愛が重いって聞かないかい?」
それは初耳だ。だが…思い当たる節は少しある。
「煮込むのが好きなだけで、煮込み料理が好きだとは言ってません」
完全に屁理屈だ。だが、自分の性格を見破られた気がして悔しい。
「そうなのかい?私は煮込み料理が好きだ。共感してくれると思ったんだが。まぁ、中々普段時間が取れないから、もっぱらレンジに頼っているがな」
苦笑しながら秋頼が語る。彼も愛が重いタイプなのだろうか…そうならば嬉しい。
「僕も普段は、麺つゆとレンジに頼りきりです」
「麺つゆ最強だからな」
「はい。あっ…水分なくなってきました」
「では、グラタン皿に移して作ってあるマッシュポテトを上に重ねて広げてくれるかい?」
「はい…あの、でもパイ生地は?」
「あぁ、言ってなかったね。コテージパイという名前だが生地は使わない料理なんだ」
「そうなんですね!生地を使うと思い込んでました」
「名前にパイがつくからな、無理もない」
煮込んだものを敷き、上からマッシュポテトを被せる。
「すごい食べごたえありそう」
「悠向きだろう?マッシュポテトにフォークで筋をつけたら、オーブンに入れて完成だ」
「わかりました!」
フォークで器用に筋をつけ、温めたオーブンに料理を入れる。
「後は待つだけだな」
「はい!」
「待っている間、先に飲まないかい?サラダとチーズならすぐに出せる」
「嬉しいです!あっ、でも作り方のメモを取らないと」
「真面目だな…では、私がつまみと酒を用意するから、その間にメモをまとめてるといい」
「何か至れり尽くせりですみません」
「構わないよ。そうだ、部屋着に着替えときなさい」
「えっ?僕、着替えなんて持ってきてなくて」
「鈍いな。今日は泊まってくれないかという意味さ」
そう言うと、春樹の服を渡される。
「なっ!」
泊まるということは…いやらしいこともするんだろうか。色々と想像してしまい顔から火を吹きそうだ。
「エッチな想像でもしたかい?あの日のことを忘れられたかと心配していたが…憶えていたようだな」
「わっ、忘れるわけないじゃないですか‼」
「それなら良かった…泊まってくれるかい?」
「もちろんです」
何をされるかはわからないが、悠がいない部屋で一人淋しい思いをするよりましだ。
「よかったよ」
安心の表情を見せる秋頼が可愛らしい。いつも悠の行動や言動に一喜一憂しているから、自分の言動で振り回されてくれる彼が愛おしかった。
秋頼に渡された服に着替え、メモをまとめる。今度一人で作ってみよう。沢山練習して、完成度を高めていきたい。
「秋頼さん、メモ書き終わりました」
「おっ!勉強熱心だな…しっかりメモが取られてる」
「ありがとうございます…」
火加減、切り方、加熱時間など、細かいところまで書き留めた。これで、家でも作れるだろう。
「沢山書いて疲れただろう?こちらも準備出来た…乾杯しようか」
「はい!すごい!美味しそう」
サーモンとアボガドのサラダにチーズ。サラダは彩りが美しく食欲をそそる。
「簡単なものだが…そう言ってもらえると嬉しいよ。今、ワインを開けよう」
グラスに赤い液体が注がれる。
「赤ワイン…僕すごく好きで」
「それはよかった…この前もよく飲んでいたな。だが、酔いつぶれてはいけないよ。また私に襲われてしまう…」
「わっ、わかっています」
淋しいと泣き喚き、彼の温もりに溺れたあの日。記憶があるのは翌朝だけだが、夜はさぞ酷い醜態を晒したのだろう。
だが、酔っ払ったお陰で、秋頼とこのような関係になれている。秋頼は、恥ずかしがっている絢聖を見ながらくすりと笑っていた。
「本当からかい甲斐があるな」
「からかってるんですか?」
「どうだろうな…からかいではないと言ったら君はどうする?」
「それは…」
秋頼に求められたい…可愛がってもらいたい。けれど、二人の関係に名前を付けたくない…会いにくくなる位なら曖昧なままがいい。
神楽坂のデッキテラスで交わした約束を言い訳にして、あくまで行き過ぎた触れ合いということにしておけばいいのに。駆け引きが出来ない。何て答えればいいかがわからない。
けれど、今日秋頼に触れ合うことで息を抜かなければ、悠との関係に疲弊してしまう。
「答えられないかい?」
「はい…ごめんなさい」
謝る必要などないと伝えるように秋頼が髪を撫でてくる。
「真面目…だな。濁して話せばいいものを…真正面から捉えて」
「馬鹿みたい…ですか?」
いい歳して駆け引きも出来ないなんて…と、呆れられただろうか。
でも、付き合ったのは悠だけだ…セックスも彼としかしたことがない。戸惑うこと位、許して欲しい。
「そんなことないよ。無垢で可愛らしい…私色に染めたくなる」
「秋頼さん…」
あまりの歓喜に背筋がぞくぞくする。
そうだ…悠に初めてをあげた時、もっと沢山喜んでもらいたかった。好きな人の初めてを自分のものに出来ると感動して欲しかった。彼の色に染まりたかった。
正直…彼が求めることは何でもしてあげたい。悠の理想に…彼の色に染まれるのなら、何でもしたのに。悠は僕らしさを尊重した。
「そんなうっとりとした顔で見つめないでくれ…」
秋頼が動揺している…ドキドキしてくれている。この人を自分に依存させたい。自分を可愛がってくれる彼に支配され、支配したい。
「食事の前に…駄目ですか?」
「無垢な態度を見せたかと思ったら急に艶っぽくなるな」
「こんな僕は、嫌ですか?」
秋頼の好みはどんな人なのだろう…彼のことが知りたい。
「嫌ではないが…残念ながら君と違って若くないんだ。食事を摂らないと、バテてしまうかもしれない」
「僕が頑張ります」
「それも素敵な提案だがね。私はどちらかというと、好きな子を弄り倒したいタイプなんだ…一旦食事にしよう」
「わかりました…」
コテージパイが焼き上る前に軽く飲む予定だったのに、もうパイは焼けていた。
秋頼がそこまで言うなら、今は引いた方がいいだろう。
「色っぽくてとても素敵だったが…。楽しみは後だ。コテージパイをオーブンから取り出してくるから、座ってなさい」
「はい…あの…急に発情してごめんなさい」
「なっ…何てことを言うんだ君は」
閨での発言みたいだっただろうか。悪気なく言ってしまったが、オーブンで熱々になった皿を秋頼が落としそうになったのを見て申し訳なくなる。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…大丈夫だ。取り乱してすまなかった」
皿を落とすこともなく、火傷もない。何事もなくてよかった。
「怪我なくてよかったです」
「あっ、まぁ…そうだな。さて、ご飯にしよう」
秋頼は何かを言いたそうだったが、お腹が空いているのか早く食事に移ろうとしている。
「はい!」
「いただきます」
二人で手を合わせ、食事の挨拶をする。秋頼がサラダを分け、コテージパイを皿に盛ってくれた。
「ありがとうこざいます…」
秋頼はずっと自分を構ってくれる。一日中彼に尽くされ、幸せでいっぱいだ。
「構わないよ…温かいうちに食べよう」
「はい」
まずはコテージパイに手を付ける。
「どうだい?」
「すっごく、深みがある味で美味しいです」
パイは肉と野菜の旨みがぎゅっと詰まっていて味わい深い。食べごたえもあるし、確かに悠が好きそうな味だった。
「チーズをかけて焼くと更にボリュームか出る」
「それもいいかもしれないです!あと、ウスターソースを使ったり、ケチャップ使ったり色々アレンジ出来そう」
「もはやコロッケな気がするが…。まぁ、そもそもがイギリスの家庭料理だからな…各家、アレンジしている可能性が高い」
「そうなんですね…色んなパターンで作ってみたい」
秋頼は会話の反応がよく、話していて楽しい。
「こちらも食べてくれるかい?口を開けて?」
「んっ…」
秋頼がサラダを食べさせてくれる。子ども扱いされているようで恥ずかしい…。だが、厳格だった父はしてくれなかった行為…。
「ビネガーを使ったんだ」
スモークサーモンの濃厚な味と、ビネガーの爽やかさが口いっぱいにひろがる。これは、お酒に合う!
「だからですかね…さっぱりしていて、美味しい」
「だろう?気に入ってもらえたようで良かった」
「はい、お酒とも相性ばっちりです!」
グラスに口を付けワインを飲む。このワインは渋みが少なく魚、肉共に相性が良い。
「あまり飲み過ぎないようにな…」
苦笑しつつも、チーズが盛られた皿を近くに置いてくれる。
「わかって…れす」
「もう呂律が回ってないじゃないか…」
秋頼が絢聖の隣に移動してくる。自分の腰に手を回し、そこを擦りながら、食事を摂っている。
おざなりな触れ方に不満を感じるのに、体が反応してしまう。彼に触れられるだけで、全身が喜びを示していた。
「あっ…あの」
このままでは、勃ってしまう。
「あぁ…感じてしまうかい?」
「…っ」
こくんと頷き、秋頼に見つめる。
「すまない…食事中に行儀が悪かったな」
「いえ…」
秋頼の手が腰から離れる。名残惜しいが、おざなりにされるより、しっかりと触れられたい。
「飲み直そうか」
そう言う秋頼に、先程の淫らな雰囲気は一切ない。それが淋しくもあるが、後でゆっくりいちゃつけるならそれでいい。
秋頼と穏やかな食事を楽しんだ後、風呂を借りた。フリージアの爽やかなボディーソープの香りが心地良い。清涼感のある香りを好む悠とは、全然違う匂い…自分の好みに近い、甘く…けれど、爽やかさのある香り。
そして何より、秋頼と同じ香りを纏えるのが嬉しい…。
「上がりました」
「あぁ…ゆっくり出来たかい?」
「はい!とっても!すっごくいい香りでした」
バスミルクはオスマンサス。つまり、金木犀の香りで、ボディーソープはフリージア、シャンプーとリンスはライムとリーフグリーン…どの香りも素晴らしく、老舗メゾンのスパに来たような気分だった。
「ならよかった。料理に…香り。君とは趣味が合うな」
「本当です!今日一日中楽しい!」
こんなに心から笑ったのはいつ振りだろう。
「本当に君は可愛い…男っていうのは、素敵な人に喜んでもらえるのが一番嬉しいし…誇りなんだ」
「もぉ…僕だって男ですっ!すごくわかります…喜んでもらえるってすごく満たされる」
秋頼とはとても気が合う。自分が、無理をしていない。自然体の自分で、秋頼を満たすことが出来る。
「悠と先に出会っていたのが惜しいよ…」
秋頼が抱きしめてくる。きっと僕は、彼が好きだ…。秋頼は安心感を与えてくれる。
「そんなこと言わないで…自分の気持ちがわからなくなる」
好きの種類は難しいが、彼にされること全てが喜びであり、快である…それは事実だ。だが、悠に向ける気持ちと同じものかがわからない。
「そうだな…私だって、君を悩ませたいわけじゃない」
「我儘でごめんなさい」
「構わないよ…私は君を甘やかしたい。それだけだ」
「ありがとうこざいます…」
秋頼はいつも欲しい言葉を適切なタイミングでくれる。だから…依存してしまう。
「私も風呂に入ってくる。髪を乾かして、歯を磨いたらベッドに入っていてくれるかい?」
「わかりました」
ベッドは一つしかない。一緒に寝ることが確定した…心臓が早鐘を打つ。ミュゲの香りがする布団に包まれる。早く、秋頼に愛されたい…そう思い、彼がベッドに入ってくるのを待った。
「寝てしまったかな?」
秋頼が優しい声で問いかけてくる。どんな態度を取れば良いかがわからず、背を向けながら答えた。
「寝てはないです…」
「そうか…なら良かった」
「っ!」
秋頼が布団に入り込む…そして後ろから抱き込まれた。緊張で体が固まってしまう。
「すまない…いきなりでびっくりさせたね」
抱きしめてきた腕を解かれてしまう。離れたくない…。
「大丈夫です」
背を向けるのを止め、振り返る。秋頼と向き合うと、その逞しい胸に顔を寄せた。自分と同じフリージアの花の香り…同じ匂いを纏い、彼に所有されている気分になる。
所有されるということは、執着されているということ…つまり、手放したくないと感じてくれているという証明だ。
今は所詮、ごっこ遊びでも構わない。この安心感に溺れていたい。
「そうか…嬉しいよ。今日の絢聖君は私と同じ香りがするね」
「はい…もっと、秋頼さんの匂い欲しい」
「もっと…?」
「たくさん、匂いつけて…」
「マーキングみたいだな」
苦笑しつつも、秋頼が覆いかぶさってくる。彼の目を見つめれば、その瞳に隠しきれない欲を感じる。求められている…そう思うと興奮が増していく自分がいる。
「マーキング嫌ですか?」
「嫌じゃないから困ってるんだ…君は悠のなのに…」
「悠は…自由を好むというか…そういうの嫌いですから…」
「そんなことはないと思うが…まぁ、あの子は放し飼いが過ぎるな」
絢聖のことをあまり観察していない悠は、自分の変化に気付くこともないのだろう。淋しいのにありがたい…そして、悔しい。
悠が放置し過ぎるから、恋人は他の男といちゃついている。いっそのことバレしてしまいたい…嫉妬に狂う悠が見たい…激しい感情をぶつけられたい。それでいっぱい自分に執着してくれればいいのに。
けれど、嫌悪されて見放されたくない。反応が薄かったら、それこそ耐えられない。悠の顔色を伺うのはいつも自分だ…。
「秋頼さんは、ちゃんと繋いでいてくれますか?」
「あぁ…今はね」
ずるい言い方…けれど、お互い様だ。秋頼を利用して自分は現実逃避をしている。
「嬉しい」
秋頼の首に腕を絡める。すると、秋頼が服に手を入れ、腹に触れてくる。
「沢山食べたな」
「んっ…やぁ、言わないで」
絢聖は華奢であるが、胃下垂傾向で食べた後、腹が大きくなる。ぷっくりと膨らんだお腹を確かめるのに秋頼が撫で回してくる。体型を指摘されているようで恥ずかしい。
「私が作ったり、作り方を教えた物が入っていると思うと興奮するよ」
「もぉ…へんたい」
「君も大概だと思うがな…」
「んっ…」
腹を弄られたまま、口付けられ、肉厚な舌で口腔を探られる。あまりに…気持ちがいい。
中の壁も、舌も、歯も全てを確認するようなキス。快楽に支配され、首に絡めた腕を布団に落としてしまう。
「感じやすいな…」
悦楽に体に力が入れられない絢聖は、子どものように秋頼に服を脱がされる。
不測の事態だった前回と違い、秋頼へ信頼が高まり始めている今日は、以前より警戒心が薄いせいか、快楽に溺れるまでも早い。
「やぁ…僕だけ」
上半身を裸にされ、ぷっくりと立ち上がった胸の突起が露わになる。下半身にある欲望は反り返り、服を押し上げていた。
「心配しなくていい。私も脱ぐよ…」
絢聖の腰に跨りながら、秋頼が上衣を脱ぐ。前は状況に動揺して観察出来なかったが、年齢を感じさせない引き締まった体。
悠より逞しく美しい肢体…。悠より優れた男に支配される…歪な悦びが自分を満たし、優越感を与えてくれる。
「秋頼さん綺麗…」
さっきまで体に力が入らなかったのに、腕が勝手に動く。吸い寄せられるように、彼の胸板に触れていた。やはり…秋頼は何もかもが自分の好みだ。
「今日は積極的だな…」
自分の手に秋頼が手を重ねてくれる。首…胸…腰…布を纏った男根…全て確認させるように触らせられる。
「だって、幸せ」
こんな理想の男に可愛がってもらえるのだ。そして、その男を満たす立場に君臨出来るのだ。
ずっと、操を立てて彼氏一筋だった自分が馬鹿みたいに感じる。
「私もこんなに求められて幸せだ」
秋頼はきっとモテる。なのに、僕に求められることを喜ぶなんて…彼も僕と一緒で淋しいのだろうか。だったら、今夜ぐらい孤独を感じさせたくない。
「いっぱい可愛がって…」
腰を浮かせ体を擦り付け、秋頼の性器を刺激する。
「いやらしい子は大好きだ…だが、主導権は私が握りたい」
「あぁん!」
乳首を噛まれる。舌で右胸を虐められ、左胸を揉みしだかれ、服越しからでもわかる立派な男根を絢聖の体に擦り付けてくる。
一気に色んなところを刺激され、ただただ甘い声を上げるしかない。
「すごい濡れ方だ…」
秋頼の巧みな愛撫に、先走りが溢れ彼から借りた服をびしょびしょにしてしまっている。
「あぁ…あっ、ごめん…なさっ…ふく…よごして」
謝っている間も容赦なく秋頼は攻めてくる。濡れた服が纏わりつき気持ちが悪い…このままだと出てしまう。早く脱がして欲しい。
「おや?まだ服を気に掛ける余裕があるようだな…」
左胸を弄っていた手が、下肢に移動してくる。服越しに欲望を擦られ、そこは爆発寸前だった。
「余裕ない…だめ…だめ…でちゃ…やぁっ」
腰を逃がし刺激を避けようとするが、布の上からしっかりと性器を掴まれ、秋頼の両腿で体を挟まれ、身動きが取れない…逃げ場がない。
「我慢出来たら飲んであげるから耐えなさい」
秋頼は上体を少し起こすと、互いの性器を服越しに擦り合わせる。彼が腰を動かす度に、裏筋が刺激され吐精感が込み上げてくる。
「ほんっと…だめぇ…あっあ…あぁ––––」
耐えきれず白濁を吐き出す。ギリギリのタイミングで秋頼が服を脱がし、口で絢聖の精を受け止めた。小分けにゆっくりと飲精する彼の姿は酷く淫らで、浅ましくも興奮し、再び性器が膨らんでくる。
「全部飲んだ…大分薄いな」
悠との性生活が覗かれているようでいたたまれない。悠はあっさりとした性格ではあるが、性欲は強くセックスレスとは縁遠い生活だった。
「……まぁそれなりにしています」
何てコメントしていいかがわからず、正直に答えた。
「その割に快楽に弱いな…」
「だって、悠はそんなにねちっこくしてくれない」
「してくれない…ね」
「はい…」
ベッドの中で、他の男の話をするなんてマナー違反かもしれないが、話題を振ってきたのは秋頼だ。なのに、秋頼が考え込む素振りを見せるから不安になる。
「フェラは出来るかい?」
「したことはあります…だけど自信なくて」
悠好みに仕込まれたいと思っていた時期もあったが「充分に気持ちがいいから好きにしてくれていい」と濁され、その願望は叶わなかった。
「君は器用だから大丈夫だ…不安ならちゃんと教えるから頑張れるかい?」
「はい」
「では、四つん這いになって腰を高く上げた状態で、私のを咥えてもらえるかい?」
足首に引っ掛かっていた服を脱ぎ全裸になる。尻を高く掲げ腹ばいになると、秋頼の逞しいそれの先端を咥えた。
「おっき…」
秋頼の男根は巨大で、亀頭を口腔に含むので精一杯だ。唇の端が引っ張られて痛い。
「小さいお口には酷だったか…」
苦笑しながら、秋頼が腰を引いてしまう。
「やぁっ…舐める」
慰めるように、秋頼が髪を撫でてくる。期待されなくなってしまった気がして辛い。
「やり方を変えるだけさ…口を大きく開けて」
「んっ…」
指示された通りに口を大きく開く。歯医者で治療を受ける時みたいで恥ずかしいが仕方ない。
「そのまま舌を下顎に張り付けるように出来るかい?」
舌を可能な限り顎の方に下げる。そうすると自然と、口が大きく開いてくる。
「上手だ…挿れるよ」
「んっー」
絢聖の頭を軽く押さえると、再び口に性器を挿入される。大きく左右に張り出た先端が何とか口腔内に収まるが、圧迫感がすざまじい。
だが、秋頼の先走りの味を感じ、勝手に唾液が溢れてきている。
「狭いな…だが、上手だ」
唾液で滑りがよくなると、少しずつ頭を押さえる力を強め、口腔の奥まで性器を進めてくる。一番太い亀頭部分が全て入った…その時だった。
「んぐっ…んっ!」
尻を突き上げながら、奉仕をしている無防備な絢聖の蕾を秋頼は弄ってくる。秋頼の右手で巧みに、愛撫をされ、左手は性器から口を離さないように、頭を押さえられ続けている。窄まりも口腔も支配され、まともな思考が出来ない。
「もう少しだ…」
「んっ!」
秋頼が前に屈んだので、竿の部分まで口腔に侵入してくる。苦しさに涙が出そうだ。だが、同時に蕾の肉壁の良いところを的確に刺激され腰が揺れてしまう。
「っ!えらいな…ちゃんと全部口に含めてる」
「…っ…ひぃ」
褒められると嬉しく、もっと気持ち良くさせたくなる。だが、咥えているのが精一杯で、頭を前後に動かせない。なので、陰嚢を揉みながら、性器を吸い上げた。
「…っ」
快楽を感じてくれたようで、息を漏らしている。一瞬、腰を動かされそうになったが堪らえたようだった。
「お礼だ…」
蕾に挿入されている指を三本に増やされる。その老獪な攻め方に、翻弄されるしかなく、突き上げていた尻を落とし、口から秋頼の剛直を離してしまいそうになる。
「悪いな…」
「んっ…っ!」
体から力が抜けたタイミングで、秋頼が絢聖の頭を強く押さえ、腰を緩く前後させてくる。
口腔内の壁に秋頼の先走りを擦り込まれ、苦しいのに支配される悦びに震えてしまう。
「っ…」
秋頼は二、三回腰を動かすと、口から性器を抜く。絢聖の目の前に現れた性器は尋常ではない大きさで、固い。パンパンに腫れ上がるそれは発射寸前だった。
「飲みます…」
自分が逞しくしたそれの味を早く確かめたい。そう思い、剛直の前で大きく開口した。
「嬉しい申し出だが…かけたいんだ」
秋頼に熱っぽい顔でお願いされたら断ることなんて出来るはずがない。
「どこにですか?」
会話中に萎えないように、秋頼の性器を手で扱きながら問う。
「っ…手淫が巧み過ぎるな…君は」
「だって、萎えたら嫌…」
「本当…健気で可愛い…絢聖君はどこにかけて欲しい?」
「それは…あ…そこが…いいです」
先程まで弄られていた蕾が疼く。早くここを慰めてもらいたい。
「あそことは?ここかい?」
扱くのを止めさせられ、脇の下に手を入れられ持ち上げられる。膝立ちにされ、そのまま、乳首を軽く捻られた。
「ひゃあっ…!ちがっ…」
「では、ここ?」
「やぁっ」
今度は臍を舐められる。びっくりして、そのまま後ろに倒れてしまう。秋頼にお尻を見せつける体勢になり、局部を隠そうと必死に布団を手繰り寄せようとするが、阻止されてしまった。まるで、猛獣に追い詰められた小動物のようだ。
「そうか、ここかい?」
そのまま腕を押さえつけられ、脚の間に体を割り込まれる。そして、無防備なそこに秋頼の剛直があてがわれた。
「そこだけど、だめぇ…入んない」
秋頼の剛直はあまりにも大きい…受け入れるには準備が足りていない。
「君は…挿入しないという約束を忘れているだろう」
秋頼が苦笑した気がするが何も考えられない。快楽と雰囲気に負け、思考が停止している。
「おっきいのだめ、でも中欲しぃ」
「欲張りだな…四つん這いなって、よくそこが見えるように手で開きなさい。入口にかけてあげよう」
秋頼が腕の拘束を解く。我儘な要望に困りながらも、結局秋頼は甘やかしてくれる。
四つん這いになり、双丘を秋頼に向けると、尻の肉を自分で掴み左右に開き、蕾を露わにした。
「かっ、かけてください…」
「あぁ…ちゃんと開けていなさい」
「はいっ…」
「っ…!」
秋頼は左手の指で、蕾を割り開くと、右手で数回性器を扱き、秘蕾に向かって白濁を打ち付けた。
侵入してきた量は僅かだが、精液が中の肉を濡らし、尻全体は白濁にまみれた。
「あぁっ…すごい」
「まるで犯してるようだな…」
「うれしっ…」
秋頼に余裕なく求められ、甘やかされ、彼の匂いを付けられ征服される。自分は秋頼に必要とされている…そう証明されたようで安心する。
「私も嬉しいよ…こんなに求められて男冥利に尽きる」
双丘に放たれた体液を秋頼がティッシュで拭ってくれる。下半身が綺麗になると、上体を起こされ、後ろから抱き込まれる。
「嬉しい?重くない…?」
「感じ方によるんじゃないか?私は君ぐらいわかりやすい方が好みだ。期待されたり、求められたりすると温かい気持ちになる」
あぁ…秋頼はやっぱり自分と一緒だ。重い方が安心するのだ。だから、秋頼と一緒にいると心地がいい。
彼の温もりに包まれながら、そのまま眠りに落ちていった。
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