地平線の頌賦~horizonal Ode~

ななち

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第二十二話

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 朝食をすませたオードとセロは、今日の開店準備に入った。いつものことながら、忙しく準備を済ませた後、セロはオードに言われて店の花を少しもらうと、森の方へと向かった。

「男のセロがいなくなって、君が店に出ていたら、なんだか違和感があるからね。店番は俺がやっておくから、君は花をスリナに供えに行ってくれ。」

 そう言われ、納得して外に出たセロは、驚いてしまった。
 何人も町の人に出会ったが、どこから流れたのだろう?

「あぁ。あんたがセロの妹さんかい?兄さん風邪をひいたんだってねぇ?」
「うわっ!!さすがあのセロの妹!!美人だねぇ、驚いた!!」

 という声を、あちこちからかけられたのだ。セロが着ている女物のエプロンドレスをどこから仕入れてきたのか、この『セロの妹』設定を、一体どうやって町中に広めたのかわからないが……。
 全てオードが朝のうちに回したもののようだ。

「わっからないなぁ、あの人。」

 穏やかな笑みを浮かべ、おおらかに全てを受け入れているような人間なのに、動きは実に俊敏で、根回しも素早く、どこか隙がない。
 表面には現していないだけで、何かとてつもないものを抱え込んでいるようにも見える。もっとも、それがなにかは全くわからないが。

「お前…!!」
「え?」

 思案にくれながら森へと入って行き、昨日スリナが力を使い果たした場所に到着すると、そこには先客がいた。
 それは、セロも知っている人物である。

「あ!!師匠の叔父上!!」
「お前。妖精だったんだな…!?」

 それは、嫌味で意地が悪い、性格最悪男。そして、何より信じられないことに、セロの大切な師匠の叔父に当たる人間・ヤンだ。

「どういうつもりだ、何を女性化している。」
「今日気付いたらなっていたんです!!なんでそんなに睨むんですか!!」

 剣呑な視線は、前回の訪問時よりなお鋭くなっている。こちらに向けてくる嫌悪感も、前回の比ではない。

「人間かと思っていたんだがな。上級妖精か。人間と同じ姿だから分からなかった。侮ったか。」
「はっ半分は人間ですからね!!私、純粋な妖精じゃないし。」
「何?混血児か…!」
 
 人間・妖精・混血児。セロの肩書きが変わるにつれてヤンの視線は険しさを増していく。

「これ以上、オードの傍にいるな。妖精とわかった以上、容赦はせん。」
「なっ、なんでそんなことをあなたに命令されなければならないんですか!!」
「オードは人がいいから言えないだけで、お前のことなど迷惑としか思っていない。それが分かるから言っているんだ。」

 ここからしばらく、双方は無言となり、睨みあった。どちらも相手を鋭い眼光で睨んでいたが、セロは若干押され気味だ。

「単刀直入に言う。私はお前が嫌いなんだ。」

 沈黙は、ヤンによって破られた。

「なっ!?……そんなの私も同じです!!」

 あまりに簡単に言われたので、理解するのに時間を要したが、セロは負けじと言い返した。

「そうか、両想いでよかった。」
「変な言い方しないでください!!」

 嫌い、と言った手前、どこかでショックを受けている自分に気付き、セロは頭を振った。ヤンはオードにとって、大切な叔父なのだ。
 どれだけこの男が非情でも、オードの事を大切にしていなくても。
 それでもオードはこの叔父を慕っている。それが、オードの表情でわかってしまっている。
 彼の大切な人に嫌われているということは、セロにとって気持ちのいいことではない。

「お前たち妖精はどうしてそう無神経なんだ。」
「どういう意味ですか!?」
「お前はオードにとって邪魔な存在でしかないんだよ。なぜ自覚しない。」
「どうして邪魔なんて決め付けるんですか!!」

 確かに居候の身で、迷惑をかけているかもしれない。だが、だからといってこの男に言われる筋合いはセロにはなかった。

「では、必要であることを証明できるとでも?」
「そっそれは…。」
「ほら見ろ。お前は単なる邪魔者なんだ。」
「それじゃあ、あなたは私が邪魔であることを証明できるんですか?」
「できるとも。」

 あっさりと返されたので、セロは言葉を続けることができなかった。

「……そんなの、できるわけがない。」

 数回、口を開閉させて、やっとのことで言葉を返す。
 だが、弱弱しいその声は、ヤンに哀れみの笑みを浮かべられるほど情けないものだった。

「お前には、オードを諦めてもらう。」

―――諦める―――

 心臓が、高鳴った。

 この男は、オードが親しみを持っている人物。
 自分よりも、オードの中で大きな存在。
 だからなのだろうか?まだ何の話も聞いていないのに、不安で仕方が無い。

「もう時間がない。『あいつ』にここの場所がばれてしまったようだしな。これは私の失態だ。ちまちまと証拠隠滅したところで、もうどうしようもないだろう。運命は回り始めた。止めることは叶わない。この流れに、お前のような妖精がいると迷惑なんだ。」
「え?」

 ヤンは、ちらりとセロを見た。蔑んだ目の中に、何か、複雑な感情が溢れている。

「とにかく、お前は必要ない。早く妖精達の草原に戻れ。オードが妖精術士を辞めた時点で、お前のような上級妖精とは付き合いはなくなっているはずなんだ。だから、いい加減オードにつきまとうのはやめてもらおう。」
「…どうしてそんなことを、あなたに言われなくてはならないんですか?」

 瞳に浮かびかけた涙を流すことを懸命に堪えて、セロはヤンを睨み付けた。

「私はお前がいることを認めるつもりはない。オードを苦しめたくなければ諦めろと言っているんだ。私は今、実に紳士的に振舞っているんだぞ。」

 そう言ったヤンの目に、セロは思わずすくんでしまった。
 決して睨んでみせているわけではない。だが、強烈な意志が見える瞳だった。その目は、自分の決めたことを決して曲げない、曲げさせないという強い決意と、そうする力を十分に持つ人間の目だ。

「オードの重荷になりたくなければ、自分から出て行け。最後の警告だ。」

 何も言えなくなったセロに対し、そうとだけ言うと、再び蔑むように目を細めて、セロを一度だけ見ると、踵を返して歩き始めた。

「どこに行くんです!?」
「お前には関係ない。ここでの用事はもうすんだからな。」

 足早に、森の奥へと去って行く姿は、周囲を警戒しているようにも見えた。
 どこか前回のような余裕がないように見えるのは気のせいなのだろうか?
 わからないが、その姿を止めることもできず、セロはこぼれ落ちそうな涙をこらえて、ヤンの姿が見えなくなるまで、その背を睨みつけていた。
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