地平線の頌賦~horizonal Ode~

ななち

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第十四話

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「ごめん、気分を悪くしたよね?」

 眼前にしゃがみこんだオードに、セロは慌てて首を横に振った。

「いっいえ、大丈夫です。…っていうか、そういう師匠は腹が立たないんですか!?」

 セロが腹を立てる必要は、多少あったとしても、オードほどのことはないだろう。

「そうだなぁ。まぁ、口は悪いけれど…。でも、唯一ここに訪問してくれる血縁者なわけだし…。」

 やや歯切れ悪く答え、一瞬何かを考えた後、オードは笑顔をセロに向けた。

「叔父の名前はヤンというんだ。叔父は自分からは名乗らないと思うからね。ああいう性格の人だし。」

 名前など、覚えたくもないとでもいうように顔をしかめながら、適当に頷くセロ。
 何でも顔にでる、素直すぎる性格は純粋な妖精達では見たことがないものだった。思わずオードは笑みを浮かべてしまう。

「今日は、俺の部屋で寝てもらえるかな?君の寝台、叔父上が使うだろうから。」
「え!?」

 セロはそのオードの言葉を理解すると、眉をよせ、剣呑に目を細める。口もかなりゆがんでいた。
 あからさまに「嫌だ。」という顔をしてみせたので、オードは目を大きく見開いてしまった。

「あ、すみません。あなたの叔父上様なのに。」

 しかし、すぐに表情を改め、セロは謝罪した。
どんなにいけすかない男でも、あれはオードにとっては親戚。信じられないが、血のつながりがある関係。
 そんな人間を他人から非難されたらあまりいい気はしない…のだろう。
 妖精社会ではあまりそういった感覚は起きないのだが、セロは、これまでの旅で人間の中での血による縁の深さを知っていた。
 どれほど嫌味で理不尽な男で、性格最悪な男でも、オードにとっては大切な人なのだろう。

「いや、そういう反応も仕方がないよ。ああいう人だから、敵が多くて。」

 苦笑を浮かべて、オードはセロの頭をなでた。

「とにかく、今日は俺の部屋でゆっくり休みなさい。」
「師匠はどうなさるんですか?」

 素朴な疑問というか、弟子としては当然の疑問をぶつけると、オードは一瞬、答えに窮した。

「ここで、寝ようかなぁ、と考えてはいるけれど。」

 言いづらそうにしながらも出てきた言葉に、セロは途端に眉間に深い皺を浮かべた。

「え!?ここで、ですか!?」
「あぁ。客室は君が使っているあの一室だけだからね。」

 セロは板張りの床を叩いて言った。それからまた目を剣呑に細め、身体を小刻みに震わせた。
 何を考えているのか…。オードにも手にとるように分かる。
もっと温和な客人ならともかく、あの叔父のために家の主が寝室を追い出されるのだ。オード自身はともかく、ヤンのことをよく思っていない(というか思いようのない)セロとしては、我慢の限界もいいところだろう。
 だが、セロの口は何か文句を言うことはなかった。
恐らく、心の中では激しい罵倒と暴力の限りをヤンにくりだしているのだろうが、それを口や行動に示さなかった。
 何度も何度も深呼吸をして、腹の底から湧き上がる激しい感情を何とか自分の内側で消化すると、セロは声をだした。

「師匠!!」
「ん?」

 半眼にした目をそのままに、セロはオードを見た。
 言ってやりたいことは山ほどある。
 オードに対して、というより、叔父であるヤンに対してではあるが、ここまでやられて何も言わないオードにだって、何か言ってやるべきだ。だが、口にしたのは別のことだった。

「私が、ここで寝ます。だから師匠は自分の寝室でお休みください。」

 そもそもあのいけ好かない男がここで寝たらいいのだが、それはオードが許さないだろう。ならば、二番目に厄介になっているセロこそがここで寝るべきだ。
 幸いセロは純粋な人間ではない。そのため、かなり体調を戻している現段階において、本当はそれほど睡眠も必要ない。だから今日寝付けなかったとしても全く問題ないのだ。
 とはいえ、寝ることが大好きなセロは、必要なくても暇さえあれば寝ているような半妖精のため、楽しみを減らされるのは腹立たしいことなのだが。

「いや、でも、君もお客だからね。」
「いいえ、私はあなたの弟子ですから、あなたより贅沢なんてできません!!第一、師匠が許してくれたって、その…。」

 言いよどむセロの目線が、テーブルの一輪差しにささっている妖精草に注がれる。 思わずオードは「あぁ。」と呟いて頷いてしまった。何の変化もみせず、可愛らしい綿毛のような花を咲かせる妖精草。そんな花が、何となくセロを睨みつけているような気がする…。

「じゃあ、そうしてもらおうかな?毛布くらいしか用意できないから、申し訳ないけれど…。」
「気にしないでください。十分です。」

 気を使ってくれるオードの優しさは本当に嬉しい。これほどまでに優しい人間は、そうそういないだろう。彼に弟子入りできたことは運がいいことだ。
 しかし、それに比べてあの叔父のヤンときたら…。
 きっと、オードの父親はオード似で善良な人間だったのだろう。それはもう、本当に誰からも愛される人格の持ち主だったに違いない。で、その兄弟のヤンは、正反対の負の因子のみを持って生まれてきたのだ。だからあのような最悪男が誕生したのだろう。
 うんうんと、唸ってそんな勝手な推理をしているセロを見て、オードは目を細めた。
 ヤンに対して、絶対にいい感情は持っていないだろう。持てるような行動など、一切していないのだから当然だ。
 だが、セロは逃げ出すことはしなかった。
 ほとんどの人間や妖精は、ヤンに睨まれただけで皆逃げ腰になるのだ。実際、妖精草の妖精達は、ヤンと目があった瞬間に、二度と姿をあらわさなくなった。
 それも、妖精相手ということでヤンの眼光は敵意に満ちていたこともあり、余計かもしれない。ヤンは極端に妖精を嫌う。その時、妖精草の妖精に向けた眼光は、今日の二倍ほどはすさまじかった。
 それにしても、会話がすんだ後でも、落ち込むどころか怒りに燃え、燃えているわりには全く文句もいわずに耐えに耐えているセロはこれまでのヤンと対峙した人や妖精の中でも際立っている。
 なかなか根性と忍耐力がある妖精だ。だてに混血児として生きてきたわけではないのかもしれない。
 今まで負ってきた苦労は、彼を卑屈にさせず、逆に彼の力になっているのかもしれない。
 オードは無言で、セロの頭をなでた。驚いた表情をしたセロだったが、すぐ嬉しそうに笑ってみせたので、なんとなくほっとする。

「じゃあ、食器片付けたら毛布、とってくるから。少し待っていてくれ。」
「あ、いえ!!私も片付け、手伝います!!」
「そう?ありがとう。」

 立ち上がったオードに続いて、セロが勢いよく立ち上がる。料理の匂いで倒れかけていたとは思えない俊敏さだ。
 食器を持って部屋を出て行く二人の姿を、妖精草は溜め息をつくかのように一度小さく揺れた。
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