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第97話 82 意地っ張りであれ
しおりを挟むメリッサは私の手を握ったまま、強張った顔で小さな唇を躊躇いがちに開いた。
「これからお話するのは、主に母とスラットリー老から受け継いだ話です。このようなことがなければ、本当は生涯お伝えするつもりはありませんでした」
心臓の音だけが自分の中でやけに大きく脈っているように感じる。聞きたくない、と本能が頭の中で警報を鳴り響かせている。
それでも目を逸らすわけにはいかなかった。黙ったまま、眼差しだけで話を促せばメリッサが細く息を吐き出した。そしてゆっくりと語り出す。
私に隠されていた、私の知らない事実を。
「アルフェンルート様は、エルフェリア様……妃殿下が陛下に嫁がれることになったご事情は、既にご承知のことと思います」
「……うん」
「あの状況下において、妃殿下が陛下に嫁ぐ以外の選択肢はございませんでした」
母が新たに別の婚約者を得ようにも、エインズワース公が同じことをするのは目に見えている。誰もが忌避したことだろう。
かといって公爵家の令嬢が誰にも嫁がない、というのは貴族社会を考えれば無理なことは理解できた。
母に用意された道は、ひとつしかなかった。
「陛下やシークヴァルド殿下にも、当時は圧力が掛かっていたと聞いております。妃殿下が嫁がれて皇子がお生まれになれば、血筋的に王位継承権が覆される可能性がございます。ですが陛下がいつまでも渋られるようなら、いっそシークヴァルド殿下を亡き者にしてしまえばいいと考える者もいたようです」
陛下は先妃が亡くなって1年は喪に服し、もう1年はきっと粘った。
だけどメリッサが言う通り、その間に何度も兄が暗殺されそうになっていたというのなら、そのあたりで陛下は折れたに違いない。
王である父が、幼い赤子を常時守るのも限度がある。ましてや先妃はこの国になんの伝手もなく、手駒は限られる。
そして血を貴ぶ傾向にあるこの国において、陛下が私の母を娶って正当な血を残すべきだと訴える者はエインズワース公爵以外にも多くいたのだろう。
「陛下はたぶん、シークヴァルド殿下をお守りするためだけに妃殿下をお迎えになられたのです。そのために、妃殿下を利用されたのです」
「メリッサ」
兄を責めているようにも聞こえる口調に、思わず咎める声が出ていた。
恨みたくなる気持ちはわかる。だけどそれをここで兄に言ってもどうしようもない。これは当事者である兄でも覆せないことなのだから。
「気にしなくていい。ただの事実だ」
しかし兄は気にした様子もなく言ってのけた。伺った顔はいつも通りで、兄自身も本心からそう思っているのがわかる。
とはいえ、メリッサは素直に「言い過ぎました。申し訳ありません」とバツが悪そうに目を伏せた。
「ですが陛下があの当時の妃殿下を助けるおつもりがあったのも事実です。あのときの妃殿下にとって、陛下に嫁いで男児を生むこと、それだけが救いだったのだと思われます」
そうでなければ、何の為に許嫁が犠牲になったのかわからない。
勿論、陛下が突っぱねて別の女性を娶ることも出来たはず。けれど陛下と妃殿下は従兄妹同士で、幼い頃から交流はあったと聞いたことがある。
陛下にもそのような境遇となった従妹を憐れむ程度の情はあったのだと思う。一応は母も被害者だ。
「そうして妃殿下は陛下に嫁がれ、1年以上経ってからアルフェンルート様を身籠られました。陛下が妃殿下の元に通われるのは極稀だったそうで、妃殿下にとって念願の御子でした」
暮らす宮が違うとはいえ、城には先妃の子どもである皇子がいた。既に王位継承者がいる状態で、本来なら母は必要ない。
ましてや陛下に歓迎されていないのならば、母にとって後宮は豪華なだけの牢だった。
そんな中で私を身籠るまで、さぞかし息苦しい場所だったことは想像に難くない。
自分が認められるために。
自分がここにくるために払われた犠牲のためにも。
母にとって皇子出産は悲願だったはず。
そんな母にとって、念願の子ども。
(だけど、私は……)
母が望む、子どもにはなれなかった。
「あの日、産気づかれた妃殿下の元にいたのは産婆、乳母となる私の母、もしもの為に城の医師であるスラットリー老。そして、エインズワース公です。あとは妃殿下の気心の知れた侍女が3名。兄君のオーウェン様は領主代理として領にいらしたため、ご親族はエインズワース公だけでした」
残る私の親族は父である陛下と兄だけ。陛下に兄弟はおらず、父方の祖父と祖母は二人とも既に他界している。
そこまで告げて、私の手を握るメリッサの手に痛いほど力が入った。爪が皮膚に食い込み、だけど痛いとは言えない空気がそこにはあった。
それはまるで私を、引き留めようとするかのように。
「そうして生まれたのが、アルフェンルート様でした。……擁護する気はございませんが、エインズワース公も最初はアルフェンルート様を皇子とするおつもりではなかったそうです」
その言葉に、弾かれたように顔を上げた。
「アルフェンルート様がお生まれになった時、エインズワース公は『なんだ、女か』と言われたそうです。『二人目に期待するしかない』と。ですがそのとき、妃殿下が錯乱されて……アルフェンルート様を、殺害なさろうとしたのです」
「!」
躊躇ってようやく開いた口から聞こえてきた言葉に、大きく脳を揺らされた。
体の中を流れる血の温度が一気に下がったかのように感じられる。さっきまでは冷たく感じられていたメリッサの手より、自分の指先の方が冷たくなった気がした。
(殺そうとした、って……なに、それ)
もう二人目なんて生みたくないから、私を皇子として育てたのではなかったというの?
「妃殿下は、生まれてくるのは男児だと疑っておられなかったのです」
ドクドクと頭が痛いほど激しく脈打ち出す。
自分が信じていた事実が根こそぎ倒されていくかのよう。足元から崩れ落ちていく錯覚に襲われて、目の前の景色がぐらりと歪む。
「皇子を産まなければ許されない。そう御自身に課していらしたのだと母が言っておりました。アルフェンルート様がお生まれになるまでに揃えられたお部屋も、誂えた服も、すべて皇子としてのものばかりでした」
確かに、私の部屋に女の子らしい要素はなかった。
城の内装というのはそういうものだと思っていたけれど、兄の暮らす皇太子宮の明るい色調と柔らかい印象の家具を見て、そうでないのだと知った。
「その意志だけで、それまで妃殿下はお心を支えておられたのです」
生まれる前から女である私は必要とされないどころか、想像すらされていなかったのだ。
自分がちゃんと座っていられているのかすらわからない。握られた手の力だけが私を現実に引き留める。
「ですが生まれたのが女児だと知って、やはり罪は許されないのだと。アルフェンルート様を殺して、ご自分も死ぬべきだと……そう仰って、周りの声にも耳に入らないほど狂われてしまったのです」
メリッサの語る言葉が右の耳から左の耳に通り抜けていく。うまく頭に入ってこない。
生まれてくる子供の性別の確率が2分の1だなんてこと、誰だってわかっていることでしょう。
そんな当たり前の想像すら許さないほどに、母が追い詰められていたのだとしても。
「……は、っ」
思わず喉から乾いた笑いが零れた。喉が震える。
こんな時に笑えるなんて。
こんな時だからこそ、いっそ笑いしか零れてこない。だってあまりにも今まで自分の抱えていた想いが、馬鹿馬鹿しくて。
(私は、あの人の罪が形となって生まれてきたのだとでも?)
「だったら生まれたそのときに、死なせてくれていればよかった……ッ!」
割れそうにガンガンと鳴り響く頭を抱え、喉の奥から悲鳴にも似た声を絞り出した。
絶望と貫かれたような胸の痛み、それと悔しさがごちゃ混ぜになって目頭が熱い。
吐き出さないと、心が保たない。
言ったところでどうにもならないことなんてわかってる。過去は覆らないし、ここにいる人達にはどうにもできない。
それでも叫ばずにいられない。
(こんな風に生んでくれだなんて、私だって頼んでない!)
いっそ自我も芽生えていない何も知らない頃なら、死なせてくれていればよかった。
真実を私が知ったら傷つくだろうと、誰も教えてくれなかったというのはわかる。実際、知った今は砕けそうに胸が痛い。呼吸するのが苦しい。
たとえ百人に認められたって、たった一人に否定されるだけでこんなにも痛い。
ましてやそれが、自分の母だったのなら。
(最初から教えてもらっていれば、期待しても無駄なんだって、諦めもついたのに……っ)
父には期待できなかった。
兄は遠い人だった。
乳母やメル爺には頼れる程の力はなくて、最後の綱は母しかいないのだと思っていた。
ここにおいて、私を守ってくれるのは母だけだと思っていた。
母が私を見捨てたと思い知った、あのときまで。
疎まれていたのは知っていた。女として生まれて、母の眼鏡に適わない自分が恥ずかしかった。
それでもあの人は私の母なのだから、と諦められなかった。メリッサと接する乳母の姿を見る度、母というのはこういうものなのだと信じていた。
あの人も、きっといつかはこんな風に私を見てくれる。
私の手を引いて、連れて逃げてくれる。
そう信じて縋ろうとしていた頃の私は、なんて滑稽なの。
私はこれまでずっと、母を可哀想な人だと思い込もうとしていた。
あんな人でも、関わりなんてほとんどなくても、まだ母だと慕う気持ちは残っていた。
恨む気持ちは当然ある。だけど、もう欠片しか残っていない愛情だったけど、どうしても捨てきれなかった。
(この想いは、どこにいけばいい?)
ぐしゃぐしゃに丸めて投げ捨ててしまえるほど、軽いものじゃない。即座に憎しみに変わるほど、割り切れるものでもない。
かといって抱えているのも苦しくて、持て余したそれに押し潰されそう。
両掌の下、砕けそうなほど強く歯を食い縛っていないと今にも叫んでしまいそうだった。
「アルフェンルート様……」
メリッサが躊躇いがちに私を呼んだ。私の背に気遣う手を添える。
小さい頃メアリーがしてくれたみたいに、優しく撫でて私を慰める。
その手はいつだって、姉のように私に接してくれた。
あの人が私を突き放しても、こうして傍に寄り添う人はいるのだと教えるように。
「…………ごめん。話を、続けて」
歪んだ顔を見せたくなくて、俯かせた顔を両手で覆ったまま口にした。自分でも驚くほど低い声だった。
ここまで来たら、私はやはり全部知っておくべきなのだ。
メリッサは息を呑み、私の背を撫でたまま再び話し出した。
「エインズワース公とスラットリー老、お二人で止めても尚暴れようとなさる妃殿下に精神を安定させる薬を飲ませ、咄嗟に、エインズワース公が『生まれてきたのは皇子だ』と言ったそうです。妃殿下は今出産したばかりで混乱している、生まれたのは間違いなく皇子だと、そう言って聞かせたのです」
そこまで告げて、メリッサが言葉を区切った。
「それはあくまでも、妃殿下を落ち着かせるためのその場しのぎの嘘のはずでした。陛下がお見えになれば、そのときに事情をお話するつもりでいたのです」
「でも陛下は、……来なかった」
陛下が生まれた私の元に行かなかったのは有名な話だ。
生まれる子には期待していないのだと、あの人は徹底して私を王位継承者から外す行動に出ていた。
そんなに不要ならば私など作らなければよかったのに。何度もそう思ったことがある。けれど母の事情や周りの状況がそれを許さなかったのだろう。
きっとそうやって時間を稼いで、兄が自分で身を守れるほどに育つのを待った。
母も私も、駒の一つでしかなかった。
「はい。事が事ですから、誰かに言付けできる内容ではございません。スラットリー老や母が陛下にお目通りを願いましたが、理由をつけて先延ばしにされたそうです」
そう言って、メリッサが歯噛みした。
「その間に一度は薬で落ち着いた妃殿下ですが、周りが改めて皇女であることを告げても、認められなかったのです。無理に言い聞かせれば、またアルフェンルート様を弑しかねない状況だったと聞いております。仕方なくその場は皇子とすることで、妃殿下からアルフェンルート様をお守りしていたのです」
母の狂気から、私を守ること──。
つまりそれが、私が皇子として育てられた真相だった。
「あくまでそれは、陛下にお伝えするまでの一時的な措置でした。ですがその間に、エインズワース公が生まれたのは皇子だと周りに言ってしまわれたのです」
「……あの人が」
エインズワース公爵がそれほど狂った母を見て、二人目など望めないと考えたのは当然の流れではある。
皇子であると言えば納得する娘を見て、これ幸いにと彼は乗っかった。
それが簡単に想像できてしまって、口から苦々しい息が漏れていく。
私を助けてくれたように見えて、結局あの人は私を利用することを選んだのだ。
「周りは蒼褪めました。スラットリー老は激怒したそうですが、言ってしまったことをなかったことにはできません」
ここで他の誰でもない、エインズワース公が皇子だと明言してしまったのが問題だった。
実は皇女であると言い直しても、一度そう口にした時点で王位簒奪を疑われる。ただでさえ陛下は、母……というよりエインズワース公爵家の在り方を疎んでいた。これ幸いと潰されかねない。
そうなると、出生時に周りに付いていた者も簒奪者として扱われる。
「母達は、アルフェンルート様を皇子としてお育てするしか道がなかったのです」
産婆はそこまで地位が高いわけではない。
母の侍女なら、良いところ育ちの年若い令嬢である。一人はエインズワース公爵家から連れてきた馴染みの侍女だったはずだけど、彼女達が恐れをなして動けなくなったとしてもおかしくはない。
メル爺ひとりで彼女達全員を庇うのは無理がある。
「母は悩んでいたと言います。何度か陛下に訴えるべきだと考えたそうですが、私がいたから、動けなかったのです」
メアリーには守るべき娘メリッサがいた。
母として、当然の行動だと思う。
そしてきっとその判断は、ある意味私を守るためでもあった。
いくら私が幼くても、禍根を残さないために処刑される可能性はある。
それにエインズワース公爵が独断で動いたとわかり、母も私も助かっていたとしても、私が女であると言うだけできっと母は許せない。女の姿になった途端、殺されていたと思う。
たとえエインズワース公が処刑されて、既にいなかったとしても。
母の中では、もうそれで片付く問題じゃない。
処理しきれない感情が溢れすぎて、脳の回線がショートしてしまったかのよう。まるで他人事みたいに思考が頭の中を通り過ぎていく。
「そうしてアルフェンルート様にだけ背負わせて、ここまで来てしまいました」
震える声に気づいてゆっくりと顔を上げれば、ぐしゃりと顔を歪めたメリッサがいた。
「本当は、何も知らないままで、いていただきたかった……っ」
メリッサが喉を詰まらせて、目元を朱に染めて唇を引き結んだ。
こういうとき、私はどんな感情を表に出せばいいのかわからない。胸にぽっかりと穴が開いているみたい。
胸の内で愛憎が鬩ぎあって、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしたい気持ちと、ふざけるなと叫んで怒り狂いたい気持ちが混在している。
(それとも、単に、悲しいのかもしれない)
虚ろな顔をしている私とは反対に、私の代わりにメリッサが大きな瞳に涙を浮かべている。それでも泣かないのは、当事者の私が泣いていないのにメリッサが泣く権利などないとでも思っているのか。
私の為に、そんな悲痛な顔をしてくれているのに。
きっと誰かに叫びたいほどの秘密だっただろう。それをずっと胸の奥に押し隠して、私に気づかせないようにしていてくれた。
こんな立場の私を気遣わなければならないメリッサの方が、辛かったはずなのに。
手を伸ばして濡れかけた目尻に触れれば、さらにメリッサが泣きそうに口元を歪めた。
「──アルフェが皇女であることを隠さねばならなかった理由が、王家側にあると言った意味がわかったか?」
それまで黙っていた兄が静かな口調で尋ねてきた。
その顔には後悔が滲みだしていて、痛みを受けているかのごとく顰められていた。
誰も彼もが、私の代わりに苦痛を味わっているかのよう。
おかげでほんの少しだけ、呼吸が楽になる。
「……妃殿下が、私が女だと殺しかねなかったから、ですか」
「ああ。妃殿下を欺くには、公的にも皇子とするしかない」
「それで世間が納得するとは思えません」
後付けだけど理由としては、理に適ってはいる、とは思う。実際、それが事の発端だ。
だけど問題はまだある。陛下が私を冷遇していたのは周知の事実。
「それに妃殿下は、私が女であることなんてとっくにわかっていたでしょう?」
必死に見つめても、母の目が私に向けられることはなかった。私を見ていても、目が合うことはない。絶妙にずらされる。人形じみていて、まるで夢を見ている瞳だった。
皇子の姿をしていても、あの人の目が私を映すことはなかった。
それはつまり、皇子だと思っていなかったということだ。
皇子だと本当に思い込んでいたならば、依存して溺愛するなりしていたはずだから。
とっくの昔に母は理解していて尚、私を皇子に据えたままにした。
「妃殿下がアルフェを女だとわかっていたかどうかなど、誰にも確かめようのないことだ。この辺は陛下がどうにかするだろう。元々、陛下が悪いのだから」
兄がなんとも不安になるようなことを言いながら、「それと、これはアルフェの意地の賜物でもあるんだが」と続けた。
「アルフェは礼状も、正式な書類にも、『アルフェンルート』としか記名しないだろう」
「それが私の名前ですから」
思わず眉を顰めて頷いた。
この国において、私しかこの名を名乗れるものはいない。私の前に生まれていた人で同名がいればともかく、こんな名前は私ぐらいしか見たことがない。
王族の名前と同じものを付けるのが不敬であるという暗黙の了解の元、王家は王家で被らないよう子供にややこしい名前を付けなければならない。
兄の名は、兄の生母の国ではたまに使われている名前らしいけれど、この国では珍しい。
「王位継承者であれば、おまえの名はアルフェンルート・フォー・ウィンザーとなる。でも一度もおまえはその名前を使っていない」
「そう名乗る資格はありませんから」
王と、王位継承権がある場合は、名前に「フォー」が入る。
だけど兄の言う通り、私は一度として皇子として名乗ったことはない。それは口頭でも、記名でも。
まだ成人前であり、私の名前は私だけしか使えないのをいいことに、一度も正式名は名乗らなかった。
口頭ならば、「ウィンザー王が第二子、アルフェンルート」。
書状ならば「アルフェンルート」と記名し、王族しか使えない封蝋印を使っていた。
兄から渡された正式な書類を記名する時は迷ったものの、結局名前だけで押し通した。突き返されなかったので、王族だとわかる名前だからそれで済むのだと安心していた。
「私は成人前から、すべてシークヴァルド・フォー・ウィンザーで通している。これが私とおまえの決定的な違いだ」
違いだと言われても、私にはそれがどう関係してくるのかよくわからない。立場が違うのだから当たり前です、としか言いようがなくて眉尻を下げた。
私が理解出来ていないのがわかったのか、兄は呆れることなく丁寧に言い直した。
「つまりな、私は成人前からずっと自分が王位継承者であると言っていた。皇子であれば、そう名乗るのが普通だと言うことだ。けれどアルフェはそうしていない。皇子ではないと言ってるようなものだ」
「こじつけではありませんか……!」
「だが、そのつもりで名前しか書いていなかったのだろう?」
「それは、そうなのですが」
あっさりと本心を突かれて、狼狽えつつも頷く。
どうしても、偽りたくなかった。自分が皇子であると、認めたくなかった。成人前だから出来たごり押しだ。
それは唯一の私の意地。
「一応それが証拠になると言うことだ」
「そんなもの、いくらでも偽造できます」
「正式文書の偽造は出来ない。既に他の者も見ているしな。それとアルフェに貰った礼状をすべて取っておいた私に感謝してほしいところだ。年季の入った紙の風合いと、幼い頃の下手な字は誤魔化しがきかない。必要があればいつでも提出してやろう」
絶句する私を見て、兄が小さく笑った。頼れる兄だろう?と言わんばかりだ。
なんとなく、ここで御礼を言うのは躊躇われた。
なぜそんなものを後生大事に取っているの。私の黒歴史を収集する趣味でもあるの!?
兄馬鹿だ。
この人、思ってたよりずっと兄馬鹿だった!
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