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第92話 幕間 後悔先に立たず(後編)

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※シークヴァルド視点


 気力も体力も限界だったらしいアルフェは、泣き疲れて眠りに落ちてしまった。
 涙に濡れた頬を手で拭い、とりあえず今は休ませるべきだと改めて乾いたタオルに包んでベッドに寝かせた。

「後は任せてもいいか」
「はい、お任せくださいませ。シークヴァルド様のお部屋は隣にご用意しております」
「わかった。こちらは適当にやるので気にしなくていい」

 頷いたセリーヌに任せて、自分に用意されていた隣室へとクライブを連れ立って移動した。
 セリーヌはランス伯爵家の一人娘だ。
 普段のセリーヌは入婿の夫を立てて一歩引いた位置にいるが、夫が動けない場合の采配は彼女が取れるので心配はない。それに若い頃は家を継ぐつもりで女騎士を目指していたという彼女は腕が立つ。
 だからこそ、私の乳母に選ばれたというのもある。
 メリッサ嬢もすぐに案内されてくるだろうから、アルフェに関しては二人に任せておけば心身ともに問題はないだろう。

 そして私には、まだ対応すべき事案が残っていた。

 案の定、部屋に入るなりクライブが「どういうことですか」と怒りを滲ませた声を投げつけてきた。

「説明していただきたい。母も、父にもこのことを知らされていたのですか!? それでどうして僕には言ってくれなかったのですか!」

 せめて着替えてから話したいところだが、まず説明しなければクライブは引き下がらないだろうことはわかっていた。
 むしろ今まで我慢して黙っていただけ、身の程を弁えていたと言える。
 単に驚きすぎて、動揺のあまり身動きが取れなかっただけの可能性もあるが。

 密かに息を吐き、濡れたシャツを脱ぎながら浴室を覗いた。用意されていたタオルを手に取ると、自分同様に濡れそぼったままのクライブに投げつけてやる。

「じゃあ訊くが。私が最初からアルフェが女だと教えていたら、おまえはどうした?」

 自分もタオルを手に取って、濡れた体と髪を乱暴に拭きながらクライブに問いかけた。
 疲れているから座って話したいが、濡れたままソファに座るのは憚られて立ったまま話を続ける。

「それは……っ」
「どうせアルフェの事情も鑑みず、義憤に駆られて良からぬことしかしなかっただろう。それに教えなかったとはいえ、私は最初からくれぐれも丁重に扱えと言ったはずだ。違うか?」

 クライブは身に覚えがあるのか、ぐっと喉を詰まらせた。
 最初にクライブをアルフェの元にやった時、クライブが良からぬ行動を起こす可能性を考えなかったわけではない。
 だが私の傍にいるのが一番多いのがクライブだ。クライブが自分の目で見て納得しなければ、この先どうにもならない。
 アルフェが身を呈して私を庇ったのをその目で見ていたわけだから、本気で手を掛けることはないと確信して送り出した。
 少々試すような真似はやりかねないという不安もあったが、非力な子どもを手に掛けるような奴ではない。
 それぐらいは長い付き合いでわかっている。
 それにアルフェもある程度は試される覚悟でいるだろう。
 そう思っていたが、クライブに伴われてやってきたアルフェが蒼褪めて強張った顔をしているのを見た時に、選択を誤ったと思った。

 想定より遥かに、アルフェは繊細だった。

 これに関しては、認識の甘かった私が悪かったとしか言えない。信用回復が遅れた原因は紛れもなく自分達にある。
 クライブの行動は残念ながら予想通りだったとはいえ、そんな最初の頃のクライブに女だと教えられるわけがない。

「最初の頃はともかく、もう教えてくれていても良かったでしょうっ」

 クライブは眉間に皺を寄せた険しい表情をして、苦々しい声を吐き出した。
 これまで自分がアルフェにしでかしてきた数々が脳裏を過っているだろうことは、想像に難くない。
 皇子に対してだとしても相当無礼なことをしていたようだが、皇女となれば尚更だ。
 それを横目に見つつ、溜息を吐きながら新しいシャツに袖を通した。クライブは渡してやったタオルを使うことなく、握りしめたまま苦渋に満ちた顔をして立ち竦んでいる。

「教えていたら今までのような態度でいられたか? 無理だろう。ただでさえ不安定な状態のアルフェに、こちらが気づいていることなど悟らせるわけにはいかなかった」
「それは、そうかもしれませんが……っ。なぜシークはアルト様が女性だとわかったのですか!?」
「見舞ったときに喉仏がなかった。何より、どう見てもあれは女の手だった」

 普段はきっちりと締められている襟に隠されていた細い首に目を奪われ、そこにあるべきものがないことに眉を顰めた。
 シーツから覗く肩は痩せているで片付けるには華奢で、数年ぶりに触れた手はほっそりとしていた。
 それに加えて、自分はアルフェが小さい頃に図書室で呟いた言葉を憶えていた。



 図書室の中二階にある窓は中庭に面している。中庭では極たまに第二王妃がお茶会を開いていた。
 それを窓に張り付いて見ていたアルフェが、小さく『いいな』と呟いたのを聞いたことがあった。
 羨ましそうに呟かれた独り言は、そのときは母親と会える女性たちを羨んだのだと思っていた。

『……ドレス、きれい』

 けれど続けて呟いた言葉は予想と違った。
 それを聞いた時、ドレスなんて着たいのかと驚かされた。
 しかしアルフェは乳姉が女だったから、当時は感化されただけだろうと深く考えなかった。
 でも吐息混じりの淋しげな声と、伏せられた瞳。諦めて口を引き結び、逃げるように図書室から出て行った小さな体が妙に頭に残っていて、不思議と忘れられなかった。

 アルフェの話を聞いた限りでは、この時に自分を女だと認識していたかどうかはわからない。わかっていたとしたら不用意に口にしないだろう。薄々気づいているぐらいの頃だったのではないだろうか。
 そしてこの時の言葉の意味を、あの表情の理由を、アルフェを見舞ったときにやっと理解した。
 あれはそういうことだったのか、と。
 気づくと同時に、どれほど悔やんだかわからない。



(そのことがなかったとしても、たぶん気づけたとは思うが)

 性別の差は、手と足に如実に表れる。
 正装していれば手袋をするが、平生アルフェはそのままの手を晒していた。女性にしては大きい方だが、何度確認しても細い指に小さめの爪は女のそれでしかない。 
 クライブは自分も周りも剣を握る者にばかり囲まれているから、剣を握らない少年の手はあんなものだと思っていたのだろう。
 令嬢達に余計な期待をされると面倒だと、舞踏会も私の護衛を理由にダンスを徹底的に避けていたので、女の手に馴染みがなかったせいも多分にある。

 しかし頭では理解していなくても、本能的に女だと判断していたのだとは思う。

 私の虚弱な弟というだけでは片付けられないほどに、アルフェに心を傾けていた。皇子だと思っているはずなのに、時々道を踏み誤っていたらしいほどに。
 最初は勿論、ただ警戒して見ていただけだろう。
 けれどアルフェの人となりを知るほどに、違う意味で目が離せなくなっていることには気づいていた。

 アルフェが私を害する意思がないことは、早々に理解したはずだ。その上でアルフェは傍から見ていると、妙に不安にさせられる。心配で目が離せなくなる。
 笑っているのに本当に笑ってはいないし、前向きなように見えて、表情に諦めが滲み出る。
 ふとした瞬間に深い青い瞳は輝きを失くして不安げに揺れていた。それでいて普段は誰かに頼る素振りを見せようとしない。頼ろうとしても、その口は躊躇いを見せる。
 そんな頑なだった相手が、自分に向かって信頼を寄せてくれたら。
 少しでも取り繕われた表情を崩して、本当に笑いかけてくれるようになったら。
 自分の存在が、支えのひとつになっていることに気づいたら。

(……心を揺さぶられるに決まっている)

 案外これで面倒見のいいクライブのことだ。騎士という性質も合わさって、守ってやらなければならない、という感情が首を擡げてもおかしくはない。
 それに付随して、愛しく思う感情が芽生えるのも自然と言える。
 真摯に向き合えば、アルフェにはちゃんと伝わる。
 人の悪意に触れ過ぎたせいか、向けられる感情には敏感だ。アルフェがこちらの心情を汲み取って、心を寄せて信頼できるようになるのなら、私でもクライブでもどちらでもよかった。
 まずは信用されなければ、踏み込むことも出来ない。

 毒矢を受けたものの一命を取り留めた後、アルフェは前向きさを取り戻したように見えた。
 最初が最初だっただけに手間取ったが、それでも徐々に心を開きかけているように見えていた。
 私とも繋がって、このままうまくいけば救ってやれるんじゃないかと思っていた。
 その矢先に、城で自身が賊に襲われたことで、アルフェは気づかなくていいことに気づいてしまった。
 襲われる恐怖と、自分がこれまでそれを兄である私に強いていたという現実。

(せっかく一度はなんとか持ち堪えたというのに)

 きっとそれまでは私が襲われたと聞いても、王に庇護されているのだから大したことじゃないと考えていたに違いない。どこか遠いところで起こる自分には関係ない事象だと思っていただろうことを、実感して、理解してしまった。
 これまで気にしないフリをして精神を保たせていたというのに、現実を知ったことで、罪の意識に囚わせてしまった。
 元々、一度は崩壊寸前まで疲弊していた精神だ。なんとか取り繕ってやってきていたところを、再び崩されてしまった。

 アルフェの限界が近かったのは、目に見えていた。

 スラットリー老の屋敷を訪れた時のアルフェは、疲弊しきっていて息をすることすら辛そうだった。蒼褪めた顔で、苦し気な呼吸の合間から真実を告げようとしていたのはわかっていた。
 けれど、アルフェは踏み込めなかった。
 それを責める気はない。
 アルフェの世界はとても狭い。閉ざされた世界の中で片手に満たない数の大事な存在は、アルフェにとってすべてだった。
 ただでさえ失うかもしれない恐怖を味わったばかり。守れたものを手放すことになるようなことなど、言えるわけがない。
 だからあの場は適当に濁して、逃がしてやった。
 罪の意識に囚われて崩壊しそうな意識を別のことに向けさせなければと、ランス領に行くことを提案したのだ。

 しかしここに来る途中も、来てからも、何度か仄暗い目をしていたことには気づいていた。
 笑っても、それに気づくと楽しむことは許されないのだと自分に課しているかのように顔から感情が無くなる。
 前向きになろうとする気持ちと、罪の意識で不安定に揺れていた。

 昼間に町に出したときもそうだ。
 私が一人虚しく囮を務めていたところに帰ってきたのは、難しい顔をしたクライブと頼んでいた本だけだった。
 アルフェが途中で放り出すとは思えないので怪訝に思えば、どうやらクライブが余計なことを口にしたらしい。今にも倒れそうな顔になってしまったから、部屋で休ませていると聞いて溜息が漏れた。
 それに加えて、クライブが顰め面で気になることを口にした。

『アルト様とお茶を飲んできたのですが、毒味をすると申し出たら、自分は並大抵の毒では死ねないからいいと仰ったんです』

 それはそうだろう。私の意志を無視して、私を推す者の中に毒を盛る連中がいなかったとは思えない。
 アルフェが幼い頃に体調を崩していたのは、毒殺に備えて体を毒に慣らしていた影響もあったと思われる。
 それに毒矢を受けた時に持ち堪えたことを考えても、アルフェを相当毒に慣らされている。
 だから、それがどうしたと視線を向ければ、クライブは真剣な顔をして言い聞かせるように言った。

『毒で「死なない」のではなく、「死ねない」と仰ったんです。無意識にそう口にされるその意味がわかりませんか』

 今度は私が顔を顰める番だった。
 ふとした瞬間に思い知らされる、アルフェに纏わりつく死の気配。
 いつまでもそれは拭われることなく、時折垣間見えた。
 生きることを諦めていないようでいて、心のどこかでそんなことは許されないと感じている。
 本当は、もっとはやくに女だとわかっているのだと言ってやれればよかった。大丈夫だと、そう言って安心させてやれればよかった。
 けれど一度は死のうとした身だ。
 一手でも誤れば、今度こそ本当にアルフェは自分の命を顧みないように思えた。
 罪の意識から、自ら消えてしまうんじゃないかと思えてならなかった。
 だからこそ信用に値されるまでにならなければ、下手に触れることが出来ない。慎重にその心の内を探っては、アルフェから踏み込めるようになるまで待つしかなかった。

 今夜、刺客が来る危険性を考慮しても、アルフェを部屋に戻さず話を聞いたのはそういう理由もあった。
 クライブもあの時のアルフェの顔を見て何かしら悟ったからこそ、危険を承知で連れてきたのだろう。
 それを受け入れたのは私の判断であり、クライブやアルフェは責められない。あの場で湖に飛び込むことになったのは私の不手際だ。
 そこでふと、重要なことを思い出した。

「そういえばさっきアルフェは私が死んだと言っていたな。心臓が止まって、息もしていなかったと。どういうことだ。本当にそうだったのか? ならどうして私はここで生きている?」

 情けない話、飛び込んだ時に受けた衝撃が強すぎて意識が飛んでしまったようだった。
 次に目が覚めた時には全身が痺れたようにだるくて、泣いているアルフェに睨まれて怒鳴りつけられていた。
 庇ってやったのに一体全体何なんだ、という気持ちが強く出て、頭が上手く動いていないこともあってうっかり口を滑らせてしまった。
 不覚だったと思うが、あれほど思いつめていたアルフェがやっと本音を零した。
 だからあれは結果としてはよかったのだろうが、なぜああいう状況になっていたかがわからない。
 眉を顰めて問いかければ、クライブが息を詰めた。しかしすぐに表情を引き締めて口を開く。

「アルト様が仰った通り、僕がシークを岸に引き上げた時は心臓も止まっていましたし、息もしていませんでした。それは間違いありません。それを見てアルト様が、蘇生する、と仰ったんです」
「蘇生する?」
「黙って見てろと言われて、最初はシークの心臓辺りを両手で何度も圧していたのです。しばらくそうしていて、息を吹き返さないのを見て、僕に同じ事をしろと命じられました。それから……」

 そこまで言って、クライブが躊躇いがちに言葉を途切れさせた。
 こちらとしては何があったのか早く知りたいので視線で続きを促せば、クライブが眉を寄せる。困惑を見せつつ、躊躇いがちに続けた。

「……シークに、口づけをしたんです」
「は?」

 真顔で理解の出来ないことを言われて、思わず気の抜けた間抜けな声が漏れた。

「ですから、アルト様が、シークに口づけたんです」

 もう一度同じ内容を繰り返され、数秒お互いに固まった。
 だが黙っていては話が進まない。動揺しつつも平静を装って、「それで?」となんとか先を促す。

「それからすぐに肋骨を折らない程度の強さで心臓を圧せと僕に言われて、強く圧したところで息を吹き返しました。僕が圧したから息を吹き返したのか……アルト様のキスで、生き返ったのか。どちらかわかりません」
「……なんだ、それは。姫のキスで生き返るなど、お伽話か」
「僕は見た事実を言ったまでです」

 思わず突っ込んでしまったが、憮然とした表情でそう言われては信じないわけにはいかない。
 口づけとやらに関しては全く記憶にないが、どうりで先程から肋骨が打撲でもしたかのようにやたらと痛むはずだ。
 まだこれでも緊張状態にあるから痛覚が麻痺しているだけで、アルフェが私に口づけるのを見ていたクライブが、動揺のあまり勢い余って肋骨に罅ぐらい入れていてもおかしくはないと思える。
 
(まぁ、それもアルフェの中にある知識の一つだったのだろうが……)

 蘇生させた方法とキス云々に関しては、後でアルフェが目を覚ましてから聞くしかない。
 たぶん我々の知らない医療技術なのだろう、と思う。
 だがアルフェはたまたま運が良かっただけだと言っていた。
 確実性があるわけではないのかもしれないが、今回はアルフェの咄嗟の対処で生き返ったことに違いはない。私が死んでいたなどと、アルフェとクライブが揃って嘘を言うわけもないのだから。

「なんというか……つくづく取扱いに困る奴だな」

 死者を生き返らせるなど、想定外にも程がある。さすがに全身が総毛立った。
 恐れも当然あるが、しかしそれは嫌悪感より興奮に近い。しかも自分はその恩恵に預かった立場だ。
 神の領域に踏み込むほどの未知なる知識というのは、それだけで宝である。
 でもだからこそ、この先の取り扱いに困る部分もあった。

「アルト様のことを、どうされるおつもりですか」

 クライブが顔を強張らせ、まっすぐに私を見据えた。感情を抑えるように握られた拳は震えている。
 大きく息を吐き出して気持ちを落ち着かせてから、クライブに向き直った。
 
「女の身でありながら、皇子であると謀っていた。勿論それを企てた者が罰せられるが、アルフェも全くの無罪とはいかないな」

 本来ならば。

「アルフェには死んでもらうか、一番簡単で手っ取り早いのは幽閉……」

 そこまで言ったところで、勢いよく伸びてきた手に胸倉を掴まれた。

「守ると言っておきながら、見捨てる気ですか! あれほど追い詰められた姿を見ておいて、よくもそんなことが言えるなッ」

 シャツが破れんばかりの強さで引き寄せられ、間近から射殺さんばかりに剣呑に輝く眼差しで凄まれた。
 凄まじい剣幕と、喉笛に噛みつかんばかりの獰猛さを露わにしたクライブの姿に驚いて目を丸くしてしまった。

(ここで私が頷いたら、今にもアルフェを連れて逃げそうな勢いだな)

 私が思っていた以上に、クライブはアルフェに心を向けていたらしい。
 しかし焦る気持ちはわかるが、まだ全部言っていないのに早とちりするのはやめてもらいたい。
 胸倉を掴むクライブの手首を掴み返し、咎めるように睨みつけた。

「話は最後まで聞け。アルフェには死んだフリをしてもらうか、幽閉したことにして裏で保護してどこかで静かに暮らせるようにしてやればいいと、最初は思っていた」

 そこまで言えば、クライブが目を瞠ってシャツを掴んでいた手から力を抜く。それを振り払い、襟を正してから続ける。

「だがそれだとアルフェは一生日陰で暮らすことになる。私は、アルフェに本来の位置を取り戻してやりたい。だからまぁ、……今回の件でそれはなんとかなりそうだ」
「なんとかなりそうとはどういうことですか。あやふやに言うのはやめていただきたい」

 私の言葉でやっと少し安心したらしい。クライブが僅かに表情を和らげた。だが追及の手は止まない。
 しかしまだこちらとしても構想段階なので、言うわけにはいかない。うまくいかなかったら、責められるのは目に見えている。

「私はおまえの主人だったと思うのだが、胸倉を掴んでおきながら、謝りもせずになぜおまえはそんなに偉そうなのだ?」
「申し訳ありません。ですが先程は主人としてではなく、乳兄弟として屑に成り下がったのかと思って叱ろうとしただけです」

 冷ややかな目を向けれてやれば、やっとここで謝られた。しかし反省している素振りはない。
 たかが数か月年上なだけで、時々兄面をするのが気に食わない。

「とにかく、おまえが心配しているようなことには多分ならない。後のことはとりあえずもう少し頭を落ち着かせてからだ」

 そこまで言えば、ようやく渋々だが納得したようだった。
 さすがに私も疲れてきた。一度死んでるのだから、もう少しお手柔らかにしてもらいたいものだ。
 しかし今の態度を見ていて改めて思ったが、本当に私が道を誤った時に、こいつは今のように私を諫めるのだろう。たとえそれで私に切り捨てられることになったとしても。
 どんなときでも遠慮なく言ってくれるからこそ、信頼しているとも言える。
 時折暴走するのは、もう少しどうにかしてほしいが。

(アルフェも苦労しそうだな)

 ふとそんなことが脳裏に過って、無意識にクライブの感情を認めてしまっている自分に気づいて顔が歪んだ。


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