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第85話 73 夜明け前が一番暗い

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 焦りを増長させるかのように、心音がうるさく体の中で鳴り響く。混乱しすぎて思考がうまく回らない。そのせいで無意識に口から漏れてしまっていた言葉は、自分に言い聞かせるためのものだった。

「思い違い、ですか?」

 私の呟きを拾い上げたクライブが怪訝そうに眉を僅かに顰めた。
 どういうことだと言わんばかりに強い眼差しで見据えられて、息が止まる。失言だった、と気づいてももう遅い。胸の奥から恐怖が込み上げてくる。無意識に足が半歩後ずさった。

(こわい)

 私は何を浮ついていたんだろう。
 自分がしでかしてきたことを棚に上げて、偽りの自分に与えられる甘さと優しさに溺れていた。そんなものを受け取る資格などないと思いながらも、今だけだからと言い訳を繰り返して甘んじてきたツケが回ってきたのだ。
 物理的に縋れるものは両手に抱えた本だけで、抱き締める手に力が籠る。だけどこんなもの何の役にも立たない。せいぜい投げつけて、この場から逃げ出すぐらい。でもクライブ相手じゃ数秒も稼げない。無駄な悪足掻きでしかない。

(それに私が逃げられる場所なんて、もうどこにもない)

 ここから逃げても、どこにも行けない。

「アルト様」

 真っ青になっているだろう顔を強張らせたせいか、クライブは距離を詰めることはなかった。困惑した表情を見せて、気遣う声を掛けてくれる。
 これが以前の、出会ったばかりの頃のクライブだったら容赦なく距離を詰めて詰問してきただろう。
 けれど今は私を怖がらせないようにしているのがわかる。手を伸ばしても届かない距離を留め、私が口を開くのを待っている。
 コクリ、と自分の喉が鳴った。

(まだ……まだ、時間はある。あとほんの少ししかないだろうけど、まだ今この時にどうこうなるわけじゃない)

 私の仮説が正しければ、時間の問題だというのはわかっている。だけどまだほんの少し、時間はある。

「ごめんなさい……もう少し、考える時間をください」

 緊張で乾いた喉からなんとかそれだけ絞り出した。懇願した声は擦れて震えた。抱えた本の下、早鐘を打つ心臓はいつ胸を突き破ってもおかしくないほど強く鳴り響いている。
 たいした時間稼ぎにならない。けれど、私にはまだやらなければならないことがある。もしこれが認められなければ、全部投げ出して発狂してしまいそう。

「わかりました」

 本来なら、そんな時間は認められないだろう。けれどクライブは頷いてくれた。
 それだけで安堵から足元から崩れ落ちそうになった。だけどへたり込んでいる場合じゃない。情けない自分を叱咤して足に力を入れ、踵を返すと屋敷に向かって早足で歩きだす。
 ああでも、私はちゃんと歩けている?
 一歩進むごとに足元から崩れ落ちていきそうな恐怖がまとわりついてくる。先に進むのが怖い。だけどここで立ち止まったら、二度と立って戦えなくなる気がした。
 まだ諦めるわけにはいかない。諦めたくない。
 まだ、死にたくない。誰も死なせたくない。



 なんとか屋敷に戻った時には息が上がっていた。戻るまでの間、内心訝しがられているのだろうけどクライブはずっと黙っていた。 
 屋敷に戻るなり、私の手から本は取り上げられた。兄に届けるまでが私の仕事で、咄嗟に取り返そうとしたけれど問答無用で宛がわれている客室へと押し込まれてしまった。

「シークヴァルド殿下には、熱気に当てられたから体調を崩されたと報告しておきます。メリッサ嬢をすぐに呼んでまいりますから、おとなしく休んでください」
「……はい」

 クライブの立場では、そんな嘘は許されない。それにこんなことを言っておいて、それでも兄には報告するのだとは思う。
 だけど今は兄の顔をまともに見られると思えなかったので有り難かった。傍から見ても、私の様子はおかしいと思う。しかし取り繕うだけの余裕がもうない。大人しく頷き、部屋へと入った。
 扉を閉め、遠ざかる足音を聞いてから、壁を背にずるずるとその場に座り込む。今にも叫んでしまいそうな衝動を両手で押さえて抑えて堪える。

(もう、どうしたらいいのかわからない……っ)

 足掻いて、 もがいて、ここまでやってきた。
 そのすべてが無駄になるだなんて認めたくはない。

(私は間違えた?)

 動かなければよかった? 助かりたいなんて考えて、余計なことをしなければよかった?
 こんなことになるならば何もせず、以前と同じようにただ静かに同じ毎日を繰り返していればまだよかった?

(でもそれだって、いつかは必ず限界がきた)

 ならば、どうすればよかったの。
 噛み締めすぎたせいで切れた唇から鉄錆に似た味が広がる。

(せめてメリッサだけは、逃がさなきゃ)

 だけど、どうやって。メリッサは馬に乗れる? 乗れたとしても平生は城の中で暮らしているメリッサが長時間、馬を走らせることが出来るとは思えない。
 ならば誰かに頼む? 普段なら動いてくれるだろうセインがいないのに、誰に頼めるというの。
 こんなことならもっとデリックと仲良くなっておくべきだった……いや、デリックじゃだめだ。兄側の人間になんて頼めるわけがない。いっそメリッサのことを命を懸けるほどに好きだというならともかく、外見に一目惚れしただけの相手に期待は出来ない。
 それならば馬車? その前に、どこに逃がすの。城? エインズワース公爵領?
 メリッサの家であるマッカロー伯爵はそこまで力があるわけではない。それでも一番無難なのはそこしかない。いますぐ国外に逃げ出してくれたらなんとかなるかもしれない。
 だけど、どんな理由でメリッサをここから出せばいい? 城に戻ってからじゃ、きっと間に合わないっ。

「アルフェ様!」

 そのとき扉をノックする音が響いて、聞き慣れた声が耳に届いた。弾かれたように声のした方に向ければ、普段からは考えられない勢いでメリッサが飛び込んでくる。
 部屋を見渡し、壁を背に座り込んでいる私を見て息を呑んだ。すぐに扉を閉めて、目の前に膝を着く。優しい榛色の瞳が痛みを受けたように揺れ、何も聞かずにぎゅっと抱きしめられる。

「メリッサ。ごめん。ごめん……っ」

 目頭が熱い。泣いている場合なんかじゃないのに視界が歪む。体が震えて、何かに縋りたくてメリッサの背に両手を伸ばした。
 私が守らなければならなかった、大事な人。

(なんて私は馬鹿だったの)

 大事だと思っていたのなら、叩きだしてでもメリッサを遠ざけるべきだった。話を聞いてくれないという言い訳をして、与えられる優しさに甘んじてしまった。
 そしてどこにも逃げ場がなくなった今、こんなにも後悔する。こうなることは、どこかでわかっていたはずなのに。

(だって、独りになりたくなかった……!)

 そんな子供みたいな我儘で、大事だと思う人を縛り付けた。
 結局私は、いつだって自分が大事なだけだった。
 だって、独りになるのは怖かった。寂しかった。誰かに愛してほしかった。女である私でも必要なのだと、そう言ってほしかった。ここにいてもいいのだと、認められたかった。
 だって私は家族に疎まれて可哀想でしょう? 誰もが私を利用しようとしていて気の毒でしょう? 女なのに男として生きなくてはいけなくて哀れでしょう?
 だから私に同情して。
 可哀想だと思うなら傍にいて。
 気の毒に思うなら優しくして。
 哀れむのなら、私を愛して。
 そんな傲慢さを押し付けて、自分と同じ年の無力な女の子に縋りついた。ひとつ上なだけの男の子を引き留め続けた。私を育ててくれた乳母の精神を疲弊させ、穏やかに過ごすはずだったメル爺の老後も台無しにした。
 本当に大切だと思うなら、突き放すべきだったのに。

「ごめん、っ私は……なんて、馬鹿なことを」
「いいのです。大丈夫」
「でも、もう、だめかも、しれない……っ。私はメリッサ一人、逃がしてあげられない」
「本当は私だけなら逃げる機会はあったのです。それこそ母と一緒に離れることも出来ました。それでもアルフェンルート様にお仕えすると決めたあの時から、最後まで一緒にいると決めているのです」

 私の頭を胸に抱えるように抱き締めているメリッサの心音は速い。責めればいいのに、私の頬を両手で挟んで覗き込んできたメリッサは強張った顔に笑みを乗せる。
 嫌。嫌だ。死なせたくない。

(でもまだあれは私の仮定であって、そうと決まったわけじゃないっ)

 だけど思い至ってしまったそれをありえないと思いながらも、妙に納得できてしまう自分がいる。
 血の気の引いた己の顔は熱を取り戻してくれない。肌にまとわりつく熱気は紛れもなく夏特有のものであるというのに、奥歯を噛み締めていないと体が震えそうになる。

(前提条件から、間違っていたんだ……!)

 エインズワース公爵家の人間が私を殺すはずがない。そんなことをしても何ひとつメリットはないのだから。
 誰もがそう思っていたことだろう。
 メル爺や私自身もそう考えていたし、兄も前に「エインズワース卿がアルフェを手に掛ける意味は全くない」と首を捻っていた。
 だからこそ現時点においても尚、疑われている伯父が拘束されていない。エインズワース公爵家の力が強いとはいえ、この前提がなければとっくに捕えられていた。
 けれどよくよく思い返せばエインズワース公爵家の人間の中で私を王にしたいのは、祖父であるエインズワース公爵だけだ。
 セインは私を王に掲げるなど無理だとわかっているし、母に至っては、私が女であることが露見した方がいいと考えているのだと思う。
 あの人は私が女であると罪を暴かれて、エインズワース公爵家を断絶させたいと望んでいるはずだから。

 ……実のところ、私は母に疎まれている理由を知っている。

 乳母もメル爺も、私が傷つかないようにと考えたのか一度も語らなかった。だけど人の口には戸が立てられない。
 王宮というのは、至る所に悪意が潜んでいる。
 私をよく思わない人は多かったし、私を利用しようとしていた人も私が懐かないと知れば、掌を返したように悪意を向けてきた。貴族の、しかも高官ともなると自尊心の強い者が多い。
 以前、どんなに遜っても自分の思うようにならない私に痺れを切らした一人が、隠されていた事実をぶちまけた。
 あれは私がまだこの状況をどうにかしようと一人、図書室で無駄な努力をしていた頃に聞かされた話だ。



『──そんなに貴方に覇気が無くては、貴方を生むために最愛の恋人を犠牲にせざるを得なかった妃殿下もさぞお嘆きでしょう』

 蔑んだ眼差しで、嘲笑うかのような笑みを浮かべる相手に、そのとき私は驚愕の目を向けた。

『おや、そんなことも御存じでないのですか? でしたら教えて差し上げましょう。貴方は知っていなければならない。他でもない、貴方自身に関わる話なのだから』

 そう言って語りだされた話は、全く寝耳に水の話だった。

『妃殿下には、陛下に嫁がれる前にとても仲睦まじい許嫁がおられたのですよ。彼は妃殿下の兄君の親友でもあり、あの方たちはいつもとても仲が良くていらした』

『ですがエインズワース公爵夫人が亡くなってから、エインズワース公爵は娘の子を王位に付けるためだけに、婚約を破棄させようとなさったのです』

『妃殿下もそれに素直に納得されればよかったのに、兄君も一緒になって愚かにも反対されたのです。そのすぐ後で妃殿下の許嫁であった彼は、騎士生命を絶たれた。いえ、騎士生命だけではありませんな』

『片腕を使い物にならなくされ、両目も潰された。あの状態で生きていくなど、どれほどの苦行でしょう。将来有望な青年だったというのに、あれでは死んだ方がマシだ』

『それもすべて、妃殿下に貴方を産ませるため。貴方を得るためだけに、妃殿下は愛する者にそれほどの仕打ちを与えることになったのです。それからの妃殿下は、とても見ていられなかったと聞いております。それでも第二王妃として、嫁がされた』

『──つまり貴方は、妃殿下のかつての許嫁と妃殿下自身の犠牲を払って、存在しているのですよ』



 自分の重さを思い知るべきだと、突き付けられた。
 聞かされた話は衝撃的で、目の前は真っ暗になった。言葉という刃で喉をかっ切られたよう。声は出せなかった。目に見えない言葉で人はあれほどまでに深く深く傷つけられるのだと、その時初めて知った。
 その反面、告げられた真実によって納得もできた。
 なぜ自分がこれほどまでに疎まれているのか。女に生まれたからなのだと、ずっと思っていた。
 勿論、それが一番だと思う。だけどもし自分が男として生まれていたとしても、母が私を愛することなどなかったのだと、そうわかった。
 当時はひたすらにショックで、それこそ息をすることすら罪だとすら思えるほどに苦しかった。
 今はほんの少しだけ、かつての大人だった自分の目から見れば、冷静に母親のことを考えられる。

(かといって、自分に強いられた現状を許せるわけではないけれど)

 母が私を生んだのは、二十歳そこそこ。逆算すれば、惨劇が起こった当時は母もまだ十代。
 自分が我儘を言ったせいで、生涯を共にすると誓っていた恋人の人生を奪ったのだ。
 耐えられるだろうか。私なら、耐えられない。そんなことを命じた父親を殺したいほど恨んで、憎んで、そして浅はかだった自分自身も心から呪うだろう。
 それでも抗うことも出来ず、母は第二王妃となった。
 そこまでして据えられた王妃の座。恋人を犠牲にした以上、何が何でも男児を生まねばと思ったに違いない。そうでなければ、そこまでの犠牲を払って王妃となった意味がない。

 けれど生まれたのは、女である私だった。

 ただでさえ疲弊していた母の精神は、限界を超えたのだと思う。
 男児さえ生まれれば、許されるかもしれない。報われたと言えるのかもしれない。犠牲は無駄ではなかったのだと、己に言い聞かせることも出来た。
 だけど生まれてきたのは、まるで罪を知らしめるかのように何の意味もない女児だった。
 絶望したのだろう。やはり許されることではなかったのだと自分を責めて、母は手に負えないほど発狂した。
 さすがにこの状態では二人目の子など望めないと、そのときのエインズワース公爵も判断したに違いない。

 そして私は、女の身でありながら皇子であると偽ることになった。

 もし次に男児が生まれるようなことがあったとしても、そのときは私は処分すればいいだけだとエインズワース公爵は考えたのだろう。
 その時の母は狂気に呑まれて、まともな判断など出来なかったのか。それとももう子を産まなくていいのだと、反対しなかっただけか。
 結果としてあの人は、私を自分の父親に売ったのだ。自分が解放されたいがために。
 ……もしくは、もしかしたらその時点で母は復讐することを決めていたのかもしれない。
 父と、そして自分自身に。この呪われた血に。
 こんな惨劇と茶番を起こす愚かな家を、自分達の代で絶やすことを決意したのかもしれない。
 こんな馬鹿げた企みが達成されることなどない。妄執に囚われているエインズワース公爵以外、誰もが当たり前にわかることだ。
 女の身でありながら皇子と偽っている私を捨て駒に、きっと母は狂っている父親の愚かな夢を覆し、捻じ伏せる日を夢見て生きている。
 そして母は断頭台の上に立たされても、勝利の高笑いをするだけだろう。

(だからこそあの人が私を守ることなど、ない)

 そして同時に、伯父が私を守ることも、きっとない。
 あのとき語られた話が真実であるならば、伯父は親友と妹、二人を壊されたことになる。
 伯父は母を陛下に嫁がせることに反対したというほどだから、王位に執着はないはず。どころか父親を諫めようとしたと考えられる。
 エインズワース公爵にとっては、一族の悲願を理解しない息子は煙たかっただろう。
 だが当時、他に後継ぎのいないエインズワース公爵は長子を無碍にも出来ない。どう扱ったものかと苦心していたのではないだろうか。
 あの頃祖父が娼館に通っていたのは公爵夫人を亡くしたからだけではなく、手っ取り早く代わりの世継ぎを設けたかったからかもしれない。
 そして見つけ出すまでに時間はかかったが、生まれたのがセインだ。
 伯父が私の元にほとんど来なかったのは、エインズワース公爵が私に近づけさせたくないと考えたからだと思った方が自然だ。かといってまだあの頃は、将来的に私を支えていくべきは伯父だから会わせないわけにもいかない。その迷いが、あの頻度だったのだと思う。
 そしてあの伯父は、私に会う度に同情的だった。
 『ここに生まれたというだけで、次王になることを強いられて可哀想に』という同情が見えた。
 でも彼も、結局は父親であるエインズワース公爵には逆らえなかった。
 妹と親友を犠牲にして皇子が生まれた以上、これが天命なのだと諦めていたのかもしれない。
 
(そう。私が本当に、皇子であれば)

 今思えば、きっと伯父は、知らされていなかったのだ。

(私が──女だって)

 ただでさえ馬鹿げた謀。冷静な人間から見れば、あまりにも愚かしい策としか思えない。
 誰がそんなことを考えつき、実際に行動に移すなどと考えるだろう。あの伯父が知っていれば、当然止めたはず。

 だから彼には、私の性別は知らされなかったに違いない。

 私はエインズワース公爵家の人間は、全員私が女だと知っていると思っていた。ずっとその前提で考えていた。
 まさか次期エインズワース公爵となる人間がそれを知らないだなんて、考えるわけもない。

(今になって伯父様が動いたということは、きっとどこかで私が女だと知ったから……っ)

 これに関しては、私が打つ手を間違えた。私が下手に動きまわったせいで、エインズワース公爵も動いた。
 ラッセルが私の近衛騎士として配置されて間もなく、セインはエインズワース公爵に呼び出された。エインズワース公爵邸から帰って来てからも、しばらくは様子がおかしかった。
 私が襲われた祝祭日にセインと二人で話したとき、セインは私に「今の生活に未練はないのか」と確認した。「ない」と答えた私に安堵を見せた。
 そして確かあの時、セインは「爺と話してると洗脳されそうになる」と言った。
 私の言葉よりも、エインズワース公爵の提案の方が魅力的に思える何かを示されたのだと思う。
 私を王に据えれば代わりにセインに自由を与える、とか。でも秘密を知っているセインを生きて解放するとは思えない。セインもそれは重々理解しているはず。だとしたら、公爵の地位を約束されたのかもしれないけど、セインは貴族社会が面倒で嫌いだ。
 エインズワース公爵が何を取引材料にしたのかはわからない。結局、セインは私の意志を優先してくれたわけだから、そこは考えても仕方ないかもしれないけど。
 肝心なのは、もしそこで伯父が二人の会話を聞いたのだとしたら。
 例えば長子を排し、セインを次期公爵に据えるという話になっていたとしたら。
 そこであの二人が、私が女であるとわかるような話をしていたとしたら。

(伯父様は罪は正すべきだと、考えた)

 どちらにしろ、そうなれば伯父に未来はない。迷うことなく決行したとしてもおかしくはない。
 祝祭日の城にはいつもより格段に人がおらず、しかし高官が確実に集まる。私を殺害するにはもってこいの状況。
 伯父は自分が犯人であることを隠してはいなかった。ただ確実に私を殺すために、暗殺という形を取ったに過ぎない。
 ただ暗殺というには派手だったのは、エインズワース公爵家としてこの罪を闇に葬り去るつもりがなかったからだ。単に私を処分するだけなら、いくら毒に慣らされた体とはいえ致死性の毒を盛れば十分だったのだから。
 もし私の殺害が失敗に終わっても、伯父が拘束されて罪を白日の下に晒されれば、それでいい。
 そう考えたに違いない。だから隠蔽もしなかった。

(……伯父様が拘束されたら、終わり)

 今頃エインズワース公爵は躍起になって暴走した息子の不始末の対応に当たっているはず。伯父は監禁されているかもしれない。もしくは、口封じで殺されている可能性もなくはない。
 だけどそこで息子を殺してしまえば、余計に怪しまれるのは必須。
 どちらにしろ、私という存在が白日の下に晒されるのは時間の問題。

(私が打てる手って、あと何があるの)


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