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第48話 40 事実は小説より奇なり
しおりを挟む翌日、メリッサは昨日のことなど無かったかのように屈託のない笑顔で話しかけてくれた。
個人的な朗報と共に。
「アルフェンルート様が頼まれていたお菓子ですが、出来上がったと報告がございました。自信作だそうですよ」
それどころじゃなくてすっかり忘れていたけれど、メリッサに言われて思い出す。
先日マルシェで買った小豆は、食用としても多めに購入していた。アイピローにする分だけは省いて、お目当ての菓子の完成予想図を添えて料理人に託していたのだった。
あんこはスーパーで缶詰になっているのしか買ったことがなかったので、自分で煮方がわからなかったから料理人に丸投げしてしまった。
『小豆は砂糖で甘く煮詰めて、小さなパンケーキに挟んでください』という適当な注文にも関わらず、どうやらそれが完成したらしい。さすがはプロ。
(やったー! どら焼きが食べられる!)
懐かしいお菓子が食べられそうで、自然と顔が綻ぶ。
近頃ずっと精神的に忙しいので、これぐらいのお楽しみは許してほしい……。
「それは楽しみ。それなら今日メル爺のところに持っていこうかな」
「でしたら、お伺いする時間に合わせてご用意しておきますね」
「うん。頼むね」
メル爺にも昨日の話はしておかなければならないから、丁度いい。
久しぶりに喜色満面で答えた私を見て、メリッサも笑顔を返してくれた。
*
しかし午後のダンスの練習の後、準備してもらったどら焼きの入った籠を手に医務室を訪れたところ、メル爺の姿はなかった。
トイレだろうと考えて護衛を先に返すと、勝手知ったるなんとやらで医務室に立ち入った。
急患に備えて部屋は常時施錠されていないので、基本的に誰でも出入りは出来る。ただメル爺が怖いから、あまり人が来ないというだけで。
(それでも私がいると、誰かしら来るのだけど)
「アルト様」
「ひっ!」
訓練広場へと続く窓の方からいきなり聞き慣れてしまった声を掛けられて、反射的に肩が跳ねた。
勢いよく振り返れば、悲鳴を上げられて引き攣った顔をしたクライブと目が合う。
(来ると! 思ってた!)
よくも顔を出せたな!
と思う気持ちもあるけれど、これは想定範囲内。
私だっていい加減に学ぶ。ただ自然と顔は強張る。体も強張る。
「こんにちは、クライブ」
アレはなかったことにすると言ったのは私だし、なかったことにしたいのも私なので、多少顔は強張ったままだと思うけど出来るだけ平然を装って挨拶をする。
全っ然、欠片も気にしていませんから。
するとクライブは見るからに、明らかにほっとした顔をした。
もしかしたら、口もきかないと思われていたのかもしれない。ちゃんと挨拶をした私を見て、嬉しそうに目元を緩める。
「こんにちは、アルト様」
(そういう顔をするのは卑怯だと思う……っ)
おかげでこっちはどんな顔をしたらいいかわからない。仏頂面になっているだろうけど、そういう態度を取られるとこんな顔をしている私の心が狭いように思えてくる。
「メル爺なら不在です」
「そのスラットリー老からご伝言です。急患が入ったので、今日はいつ戻れるかわからない旨をアルト様にお伝えするようにと承っています」
伝えられた言葉に思わず息を呑んだ。
そういう伝言を、なぜクライブに……いや、クライブは私の姿が見えると声を掛けてくるとわかっているからだろうけど。
でも、そういうことはセインに言っておいてほしい。
と思ったけど、セインは今日は私が頼んだ例の件で街に行っていなかった。今頃どうせ無駄になるだろうとは思っているだろうに、律儀に働いてくれているはずである。
「そう、ですか」
おかげで思いがけずクライブと二人きりという状況に、気まずくて細い息が漏れる。
「お帰りになられるようでしたら、お部屋までお送りしましょうか?」
しかもそんな申し出までされて思わず頭を抱えたくなった。
だからクライブと仲がいいと思われるのは困るのだと、何度言ったら……仕方がない。
もう一度呼吸をして、覚悟を決めるとクライブにまっすぐ視線を向けた。
「クライブ。少し時間はありますか」
「はい」
「なら周りを見渡して、誰にも見られていないことを確認したら入りなさい」
今日は日差しも強くて暑いから、中庭ではなく城の中を通って医務室までやってきた。それでも尚、私に気づくクライブは相当アレだと思うけど、この辺はもう「クライブだから仕方ない」で済ませる。
クライブは怪訝な顔をしたものの、一応周りを確認してから部屋に入ってくる。ただ入ってきたガラス戸はなぜか開けたまま、入り口間際の場所に佇んだ。
前科があるだけに私を気遣ってなのだろうけれど、さすがにそんな令嬢相手みたいなことをされる方が気まずい。
今日の私は普段通り髪も後ろで一つに束ねているし、服も当然ながら通常通り男装だ。だから間違っても先日のようなことにはならない。なるわけがない。
自分にそう言い聞かせてから、開けられたままのガラス戸に視線を向けた。開けたままだと今は都合が悪い。
「ちょっと内緒話があります。扉は閉めてかまいません」
そう言えば、躊躇いはしたもののクライブは言われるままに戸を閉めて入ってくる。
その間にどうせならお茶を淹れようと、いつもメル爺がやっているようにマッチでアルコールランプに火をつけてお湯を沸かした。メル爺愛用の緑茶葉も頂戴して、二人分のお茶を用意する。
メリッサが休みの時は自分でやっていることなので、たいした手間ではない。
だけど私のその姿を見て、クライブはぎょっと目を剥いた。
「本当にアルト様はご自分でお茶を淹れられるのですね」
「この程度出来なくてどうするのですか。それより、まだ私をその偽名で呼ぶのですか」
クライブを見上げ、さっきから気になっていたことを突っ込めば苦笑いされた。
「偽名というか、これは愛称の類だと思うのですが。いけませんか?」
「……人前で呼ばないのなら、かまいません」
私としては偽名のつもりだったから、未だにそう呼ばれるのはちょっと不思議な気もするのだけど。
しかしクライブはなんとなく引きそうになかったので、溜息混じりに許容する。
愛称で呼ぶということは、それなりに好意を抱いてくれているということなのだと思えば、あまり否定するのも気が引けた。
それに「殿下」と呼ばれる度に、自分が王族なのだと思い知らされる気がするので名前の方が気楽でもある。
「人前だと不都合がありますか」
「前にも言いましたが、あまり私がクライブと仲がいいと誤解されるようなことは困ります」
エインズワース公爵の手前、兄の乳兄弟で側近の近衛であるクライブと仲がいいと思われるのは困るのだ。
ただでさえ、近頃こうして医務室まで出歩いていること自体好ましく思われていない。その中には、クライブが監視と称して私に近づいてくることも含まれているはずだ。
多分そのせいで、私の護衛達が入れ替わってしまっているのだから。
幼い頃から仕えてくれている人達だったから、ある程度の融通をきかせてくれていた。そんな彼らを私の周りから排除したということは、『大人しくしていろ』というエインズワース公爵の警告だ。
それでも私は別に護衛が変わったところで気にも止めないというスタンスを貫いているわけだけど、これ以上目につくような真似は避けたい。
「出来れば、極力近づかないでほしいとも思っています」
テーブルはないのでお茶はメル爺の診療机の上に置き、掛けなさい、とクライブに手で診療用の椅子を示す。
私もいつもメル爺が座っている椅子に腰掛けて、ティーカップに緑茶を注ぐとクライブの方へと置いた。
「内緒話というのは、それですか」
クライブが低めた声で問いかけてくる。それに「そうです」と頷いて、持ってきた籠に手を伸ばした。
昨日は一日中雨が降った上に、今日は雲一つない快晴のせいで不快なほど蒸し暑い。メル爺がいつ戻ってくるかわからない以上、こういう気候の時は置いておいたら腐らせてしまう可能性が高い。
(仕方ない。クライブに1個あげよう)
防腐剤が入っているわけではないので、メル爺には残念だけどクライブに食べてもらおう。
セインとメリッサの分は置いてきてあるから持ち帰る必要はないし、一人でどら焼き二つも食べきれない。
「……それは僕が、あんなことをしでかしたから仰っているのですか」
「は…、っ!?」
そんな呑気なことを考えてどら焼きに伸ばしかけた手が、不意に痛いぐらい掴まれて阻まれた。
ぎょっと目を剥いてクライブを見れば、やけに切羽詰まった怖い顔をして私を見据えている。
一瞬、状況が理解できなくて息を呑んだ。
(えっ!? 今そんな話してた!?)
誰もあの時の話なんて、蒸し返すつもりはなかったのだけど!
そう思ったけれど、自分が言った言葉を思い返してみれば、確かにタイミングが悪かった。
先日のあんなことがあった後でこう言われれば、そういう意味で近寄るなと言っているように聞こえるに決まっている。
しかし我ながら間抜けだと思うけど、あの件に関しては今はまったく考えていなかった。
確かになるべく近寄らないでおこうという気持ちはあった。けど、わざわざ突き放すようなことを宣言するつもりなどなかった。逃げると追いかけたくなるものだから、そう言ったところで逆効果になるのは目に見えている。
正に、今のように!
「私の周りの目が厄介だから、表面上は大人しくしてほしいという意味で言っただけですがっ?」
「あんな真似をした僕を不快だと、視界にも入れたくないと、そう言っているわけではなく?」
腕を掴まれているせいで、取れる距離は限られている。緑の瞳に見据えられて、条件反射で全身に緊張が走った。
「誰もそこまで言っていませんっ。来るなと言っても来るでしょうから、もっと隠れてやってほしいと言いたかっただけで……それより顔が近いですッ」
近い! ほんとに近いから! それに怖い!
出来る範囲で離れて小声ながらも鋭い声を上げれば、クライブが息を呑んで、ばつが悪そうな顔をしながら掴んでいた手を離した。
「……申し訳ありません」
手を離されたことに安堵して、細く長く息を吐き出した。心臓はバックンバックンとけたたましく鳴り響いている。
生き物が一生のうちに打てる脈の回数は決まっているというから、私はクライブのせいでこれまでに相当寿命を縮めていると思う。
(ほんとに猟犬みたいっ)
逃げたら追いかけてくるって、どれだけ予想通りなの。
宥めるように胸を押さえ、もう一度呼吸をする。少し椅子を引いて距離を取ってから、改めて口を開いた。
「とにかく、私がクライブと親しいということは、必然的に兄様とも親しいように見えてしまうでしょう。少し周りの目を気にしてほしいと言いたいのです。……近頃、兄様の方はどうなのですか。危ない目に、遭われているのではないのですか」
私の方にまで警告が来ているということは、兄はそれ以上危険なことが多いのではないのか。
考えただけで、心臓が縮みそうな恐怖を覚える。殺されることの恐怖は、私は誰よりも知っている。
顔を強張らせてクライブを伺えば、クライブは誤魔化すように、少し困った笑みを浮かべた。
「そちらに関しては、その為に僕らがいるわけですからご安心ください」
「!」
否定はされず、ただ安心させるように口にした言葉を聞いた瞬間、ものすごく今更なことに気づいてしまった。
むしろなんで今まで、考えなかったんだろう。
(そうだ……兄様が危ない目に遭うってことは、必然的にクライブだって、そういう目に遭ってるってことなんだ)
当たり前だけど。護衛なのだから、それは当然のことだけど。
むしろ兄よりも危ない目に遭ってきたのではないのかと、今更ながらに気づく。
(なんでこんな当たり前のことに、気づかなかったの)
自分の愚かさに愕然としてしまう。思い至ると同時に、顔から血の気が引いていく。
自分や兄が守られる立場だということが当たり前すぎて、傲慢にも肝心なことがわかっていなかった。
守ってくれる人がいるということが、空気のように当たり前だった。だからその人も同じ人なのだということを、完全に失念していた。
けしてロボットだと思っていたわけじゃない、ただ護衛は傍で守るものだということが当然の概念になっていて、その中身を、意味を、ちゃんとわかっていなかった。
「……ごめんなさい」
「なにがですか?」
「クライブの仕事をけして軽んじて見ていたつもりはないのですが、私は肝心なことをちゃんと理解できていなかった」
クライブは唐突に暗い顔で謝った私を見て、虚を突かれたように困惑を見せた。
それはそうだろう。守られるということは、その代わりに自分達を庇い、戦っている人がいるということ。代わりに傷つくこともあるということ。
それをちゃんと理解していなかったなど、きっと思いもしない。
「ええと、つまり兄様だけでなく、クライブにも恐ろしい思いをさせてしまっているのだと思って……今更過ぎるとは思うのですが、ごめんなさい」
「別にアルト様がけしかけているわけではありませんから、謝られる必要はないことです」
「それでも責任の一端が私にないとは言えません」
むしろ大有りだ。私は一体どれだけの人の迷惑と犠牲の上に、存在しているのだろう。
ぎゅっと唇を噛み締めて、拳を爪が食い込むほど強く握り締める。
このまま小さく溶けて、消えてしまいたい衝動に駆られる。
死ぬのは怖いし、死にたくはないけど、生きているのも時にひどく息苦しい。
「貴方はなんでも自分のせいにして、抱え込み過ぎです」
「!?」
すると不意に伸びてきた手が、噛み締めていた唇を強引に指でこじ開けた。
ぎょっと目を剥いてクライブを見れば、しまったと言わんばかりに無礼を働いた手はすぐに離れていく。
(な、な…っいま、口! 指だけど、口に触っ……なんなの!?)
前にもこんな事あった気がするのだけど!? 癖? 癖なの!?
「すみません、つい。切れてしまうかと思いまして」
「クライブはちょっと私に気安すぎると思うのです…っ」
今まで考えていたことなんて一瞬で吹っ飛んだ。恨み言の一つも言いたくなる。
小さな親切、大きなお世話という言葉を叩き込んでやりたい。いつもこういうわけのわからないことをして、私を振り回すのはやめてほしい!
唇を引き結び、ぎっと睨みつけると、クライブは一度目を逸らした。だけどすぐに私を見やり、憎たらしいことにちょっと笑う。
なんでここで笑えるかな!?
「アルト様はちょっと怒ってるぐらいの方が、元気があっていいと思います」
「こういう元気の出し方は必要ありません」
全っ然フォローになってないから! 確かに元気は出たけど、その分大事な気力も削がれた気がする。
でも何を言ったところで堪えた様子は見せないような気がして、私ばかりが振り回されて腹立たしい気持ちを宥めようと籠に手を伸ばした。
「もういいです。これを食べたら、出ていってください」
これ以上口を開いて私を掻き乱さないよう、これでも齧ってその口を封じていてほしい。
いっそ自分で全部やけ食いしたい気持ちもあったけど、お腹を壊すことは目に見えているので、半紙に包まれたどら焼きを突き出した。
「こちらは何ですか?」
「先日、小豆を買ったでしょう。あれで作ってもらったお菓子です。どら焼きという異国のお菓子なのですが、甘くて美味しいはずです」
自分の分も取り出し、やけくそ気味に噛り付く。
でも一口食べれば、単純だと思うけど、素朴で優しい甘さにほんわかと心が癒されていくのを感じる。料理人が自信作だと言った気持ちがわかる。
上手に煮られた小豆は豆本来の食感も残っていて、パンケーキも紙に書いて指定した通りちゃんとどら焼きの皮になっていて甘い。完璧すぎる。
「上品な甘さで美味しいですね。シークヴァルド殿下は苦手だと思いますが、陛下ならお喜びになりそうです」
「そうですか」
「折角ですから、陛下にも差し上げたらよいのではないですか?」
「……なぜそこで陛下が出てくるのですか」
どら焼きを齧っていた口を止めて、眉を顰めてクライブを見る。
(なぜここで、ピンポイントに陛下なの)
確かに先日、陛下は甘い物が好きだとクライブから聞いた。だからといって、私は父である陛下にお菓子を贈るほど気安い関係にはない。
先日の夜にほんの少しだけ距離は縮まった気がするけど、まだあれから陛下は何も言ってきていない。
一朝一夕にどうにかなるような話ではないから、こちらも長期戦で構えるつもりだからそれはいいのだけど。
「僕はずっと誤解していたのですが、アルト様は実は陛下と仲がよろしいのでしょう?」
「そう思われるような交流はありませんが……。一体どうしてそんな勘違いをされているのでしょうか?」
言われている意味がわからなくて、呆然と聞き返す。
いったい全体、何がどうしてそうなった?
私があの人と顔を合わせるのは年に1、2度。それも言葉を交わすのは1分にも満たない時候の挨拶のみ。数m離れた数段高い玉座に向かって礼を取り、顔を見るのなんてほんの数秒……否、1秒もあるかどうか。
それで仲がいいと言われたら、私とクライブなんて親友レベルということになってしまう。
「先日、お二人で話されていたではありませんか」
「! 見て、いたのですか?」
あの深夜の密会を。実際には密会とも言えない、邂逅に等しい。
さすがにそれは聞き逃せなくて、動揺のあまり言葉に詰まり顔が険しくなった。じわり、と首筋に冷たい汗が滲む。
「クライブは、深夜の中庭まで巡回するのが仕事なのですか」
(私を監視して、陛下に告げたのは、クライブ?)
射貫くような強さで見据えれば、クライブが目を瞬かせて首を傾げた。その困惑を隠しもしない態度はとても演技には見えない。
それでも睨むような強さで見つめ続ければ、クライブが「深夜の中庭はよくわかりませんが」と弁解をする。
「僕が言っているのは、昨日の図書室でのことです」
「図書室……?」
「シークヴァルド殿下にそろそろアルト様がいらしているかもしれないと聞いて、一応様子見に伺った時に、お二人が話されているのをお見掛けしました」
覚えのないことを言われて眉を顰める。
確かに、昨日図書室には行った。でもそこで陛下らしい人には会っていない。私が会って話したのは、先生だけ。
「見間違いでは?」
「いくらなんでも、陛下とアルト様を見間違えるわけがありません」
「ですが私は、昨日陛下のお姿など見ていません」
そう言い切ると、不意にクライブが怖いぐらい真剣な顔をした。私をまっすぐに見据えて、「殿下」と強い口調で呼びかける。
その呼び方と険しい表情に、反射的に背筋が伸びた。
「失礼なことを確認させていただく無礼をお許しください」
「……許します」
「陛下のお顔を、ちゃんと覚えておられますか?」
一瞬、返事に詰まった。
覚えている、と言い切るには心もとない。
でもつい一昨日の夜に会ったばかりだ。暗かったからちゃんと顔なんて見えていなかったけど、でも一目で陛下とわかったわけだから、覚えていると言ってもいいと思う。
「勿論、覚えています。当たり前でしょう」
「ならば昨日殿下がお話しされていた方が陛下だというのも、理解されていますよね?」
「……だからそれは覚えがないと言っています」
じわり、じわり、と嫌な予感が急速に胸の中に広がっていく。
まさかそんな、馬鹿な。
(ありえない、だって)
私が知っている陛下はいつも鷹揚に玉座に座り、長く波打つ金髪が印象的な、白い荘厳さ漂うローブを纏っている。
その姿は絵本に出てくるような、正に王様。
「では聞き方を変えます。殿下が昨日お話しされていた方は、どんな方ですか。性格でも、格好でも、なんでもかまいません」
「どんな、と言われても……」
震えそうになる声を抑えて、そんなわけがない、と念じながら口にする。
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「はい」
「空色の目に、モノクルを掛けた、」
「ええ」
「……いつも高官に見えない格好の」
「そうですね」
「…………、飴をくれる人」
そこまで言うと、クライブがなんとも言えないような、苦虫を噛み潰した表情で苦々しく嘆息を吐き出した。
「その方が、陛下です」
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