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第39話 33 そういうとこだぞ!
しおりを挟む落ち着かない。非常に落ち着かない。
「相変わらず馬が苦手なのですね」
渋い顔で体を強張らせている私に気づき、クライブが呆れた口調を投げかけてくる。
しかし言わせてもらえるなら、けして馬が苦手なわけではない。その証拠に、先日からメル爺には乗馬をしてみたいと訴え続けている。その度に、「なりません」の一言で却下されているけれど……
メル爺的に女性が、しかも本来は皇女が単身で馬に乗るなど言語道断らしく、私の計画は頓挫中だった。
それはともかく、私が顔を顰めているのは馬のせいではない。
「今は馬が苦手というより、この体勢が恥ずかしいのです」
「ドレス姿ですから致し方ありません。ご辛抱ください」
兄付きの侍女が乗合馬車に乗るとは思わなかったから半ば予想はしていたけれど、現在クライブと馬に二人乗りをさせられている。
しかも私がエプロンドレスの為、馬を跨ぐことが出来ずに横座り状態で乗っていて、腰にはがっしりとクライブの片腕が回されている状況。
これに辟易するなという方が無理だと思う。
女装をしている分、胸の心配しなくてもいいけど、それでもここまで密着すると落ち着かない。バレないかとずっと体を強張らせているし、以前のように背中を預けるのとは違って、お互いの顔が見えるから気拙い。
とても心臓に悪い体勢だ。
「今更なのですが、クライブが侍女と一緒に出掛けるのは目立ちませんか?」
城から出るまでは、さりげなくクライブが背に庇ってくれていたからそこまで私は目立っていなかったとは思う。
だが第一皇子のお使いという名目で街に降りるとしても、わざわざ近衛が侍女と出掛けるものなのだろうかという疑問が湧いてくる。
「今の殿下はシークヴァルド殿下付きの侍女という扱いですから、場合によっては皇太子妃になりえるかもしれない方だと思われます。僕が護衛に付いていても、おかしいことではありません」
そう言われて、納得できた。
第一皇子付になれるということは貴族の娘なのは間違いないし、あわよくばそういうことを期待して娘を出仕させている親もいるだろう。
そして兄がもし侍女を気に入っていれば、こういう状態にもなりえるってことらしい。兄の婚約者候補認定されるのはいただけないけど、今日だけのことだと思えば大事にはならないのだろう。
「でも馬に二人乗りすることになるとは思いませんでした」
「侍女のお使いで騎士が馬を出すことは珍しくありませんよ。騎士も侍女にお願いされれば、仲良くなるチャンスだと喜んで馬を出しますからね」
「そういうものなのですか」
私の知らない王宮内の恋愛事情を聞いてしまって、感心してしまった。仕事中にこれ幸いとイチャイチャしている者たちがいるのかと思うと、平和で素晴らしい。
そう思ったのが伝わったのか、クラウドが意外そうに私を見る。
「仕事中に不謹慎だと、お咎めにならないのですか?」
「それほど目くじらを立てるようなことではないでしょう。侍女と騎士の関係が円滑なのは望ましいことですし、平和でいいことだと思います」
少なくとも、昔私が経験した昼休みにコンビニへ行く時間も取れず、ロッカーの備蓄カップ麺を啜りながらデスクに噛り付いて、周りも自分もギスギスした一触即発状態で仕事するより、ずっと健全だと思う。
むしろこれぐらい緩い方が、生きていて楽しそう。
「クライブもそういうことをするのですか?」
ふと純粋な好奇心から訊いてみれば、クライブが「僕はそれほど暇ではありません」と苦笑いをする。
本当か誤魔化してそう言っているのか、いまいち読めない。
(でもこの顔でこの立場なら、モテないはずがない)
さっき着替える時に私に投げかけた言葉といい、この姿の私に対する態度といい、女性慣れしていそうだと思ってしまう。
しかし女性慣れしていそうな割に、クライブが私が女だと気づく様子は今のところ全くない。
よほど私の体が女らしくないのか……勿論、それは私にとって良いことである。
きっと私は、クライブの周りにいる女の子達とは、比べ物にならないのだろう。
クライブならどんな可愛い女の子も綺麗なお姉さんもよりどりみどりだろうから、周りにいるのは女性はみんな柔らかくて、綺麗で、愛らしいのが当たり前。
それが女性というものだと知っているからこそ、色気なんて欠片もない、棒きれのような体の私が女であることなど想像もしないに違いない。
私もメリッサにダンスを付き合ってもらう度、抱きとめた体は柔らかくて、いかにも女の子だと感じる。
でも私の場合は小食に加えて太らない体質なので肉より骨が当たる。
これで女だと思えと言う方が無理な気がしてきた。
運動しない文系の貴族の子息の中には、私みたいにひょろ長い子供もよくいる。多分それと同系列に認識されているのだと思えば、とりあえず安心していいのかもしれない。
「もうすぐ街に着きます。つきましては、一つお願いがあります」
そんなことを考えている内に、クライブにそう話しかけられたので顔を上げて小首を傾げた。
「街で殿下とお呼びするわけにはいきませんので、名前でお呼びする許可をいただきたい」
「どうぞ。アルでもアルフェでも、好きに呼んでくださって構いません」
なんだそんなことかと胸を撫で下ろした。やけに真剣な顔をするから、何事かと思った。
そういえば以前セインと街に出た時も、偽名を考えておけばよかったと後悔した覚えがある。
「ですが、アルフェだと兄様もそう呼んでいるので、誰かに聞かれたら危険でしょうか?」
「そうですね。出来ればそちらは避けたいところです」
自分の子供に、王族にあやかった名づけをする者は珍しくない。丸被りは不敬に当たるから無いけれど、似通った名前はたまに聞く。私にちなんだ名前だと、アルとか、ルートとか。
ただ珍しくないとはいえ、クライブが連れている侍女がアルフェと呼ばれるのは、やはり怪しすぎる。しかし全く違う偽名を使っても、呼ばれ慣れていないから自分のことだと気づけない。
「ならば、アルトで。これなら呼ばれても自分のことだとわかります」
アルフェンルートの最初と最後を取って、短縮しただけなのでわかりやすい。
「アル」でもいいけれど、「アルト」の方が聞いた時の印象が変わる気がする。それに私が生まれたぐらいの頃だと、私と第二王妃にちなんでアルトリアという名の女の子も多い。
ならばアルトリアの方が自然なわけだけど、母と韻が被るので気が引けた。
「では、アルト様」
「侍女なのですから、敬称はいりません。むしろ、私がクライブ様と呼ばなければならないのでは……?」
メリッサも、セインをセイン様と呼んでいる。爵位の差の問題もあるとはいえ、基本的に男性を立てて女性が引くのがこの国の常識だ。
それに倣えば、私もそう呼ぶべきでは? なんとなくクライブ相手だと抵抗があるけど。
クライブを伺えば、クライブも相当嫌だったのか顔を引き攣らせて「やめてください」と即座に拒否を示した。
「もし本当に婚約者候補の立場であれば、僕がアルト様と呼んでいてもなんらおかしいことではありません」
言われてみれば、それもそうだった。よかった。クライブ様と呼ばなければいけないかと思っていたから、今まで通りでよさそうでほっとする。
呼び名にケリがついたところで、城下の入り口まで辿り着いたのでクライブが先に馬を下りた。当たり前のように手を差し出されて、躊躇いつつも手を借りて降りる際、抱きとめられるような形で下ろされたので顔が引き攣る。
(これはちょっと無理! 恥ずかしい!)
完全に女の子扱いに落ち着かなくて、顔が羞恥に熱くなる。
「クライブ、随分手慣れていますね」
今は侍女の格好をしているから周りにおかしく思われないよう、おざなりに出来ない気持ちはわかるけど。
荷物のように抱えられることが多かったから、こういう扱いをされると本当に落ち着かない。
恨みがましい目を向けると、クライブの笑顔が引き攣った。
「さっきから僕のことを女たらしだと勘違いされていませんか?」
「違うのですか? 女性の服の着替えの手伝いを申し出れるぐらいなのに」
「!」
違わないでしょう。見るからにたらしてそうだもの。
さすがに侍女をとっかえひっかえしない程度の分別はあるだろうけど、近衛騎士の宿舎は独身男所帯だというから、休みには仲間を誘って花街に繰り出してそう。
(別にクライブの私生活がどうだろうと、仕事さえしっかりしてくれればいいのだけど)
それでもさりげなく一歩距離を置けば、手首を掴まれて引き留められたのでぎょっとした。
「だからそれは誤解です。男も女も、服の構造的にそう違わないでしょう。だいたいあの方に仕えていて、いつ女性と付き合う暇があると思うのですか」
別に付き合わなくても、そういうことは出来ますし。さすがにそこまで口には出さないけど。
「よく私に話しかけてくるので、案外暇なのかと思っていました」
「それは貴方が特別なんです!」
痛いほど手首を掴まれたまま、強い口調でそう言い切られたので思わず絶句した。
……これは、いけない。
私がもし普通の女の子なら、ものすごく勘違いしそうな言い方だった。勘違いして、舞い上がってしまってもおかしくないぐらい、真剣な面差しだった。
(うわぁ……)
しかし生憎と私は、それを素直に喜べるような可愛い性格ではなかった。
むしろ怖い。
素でこういうことを言ってのけてしまえる、騎士という生き物が未知過ぎて恐ろしい。
心臓がバクバクとうるさいぐらい全速力で駆け足をしているのは、間違いなく驚愕のせいだ。
(クライブは私を男だと思っているから、そういう意味ではないことはわかってるのだけど)
それでも、これはちょっと誤解されてもおかしくない状態だと言ってやりたい。
落ち着いて。言葉を選んで。
(リアル騎士って、素でこういうことを言っちゃうから本当に性質が悪い。無理。砂吐きそう。居た堪れない……っ)
乙女ゲームをプレイしていたとはいえ、あくまでヒロインを神視点で見ていたに過ぎない。立場としては、ヒロインを応援し隊の一員だ。
自分の身をヒロインに置き換えてプレイしたことはなく、それでも尚、乙女ゲームの選択肢には時折もぞ痒さを覚えてのたうち回ったこともあった。
おかげでこういう状況に置かれても歓喜など感じるわけもなく、どころか動揺と焦りしか湧いてこない。
こういう時って、どうするのが正しいの?
ヒロインは赤面していたり、「嘘ばっかり」とか唇を尖らせてみたりするんだろうけど、私の場合は恋愛的な意味じゃないし。
もし恋愛だったとしても、固まっていたと思う。どう考えても、柄じゃない。
おかげで無意識に眉を顰めて口をへの字に曲げた、苦い顔になってしまった。
「クライブ。そういう言葉は私ではなく、好きな女性にでも言ってください」
私に言われても、困ります。
特別扱いされているのはわかっているけど、ここで宣言されても、どうしろと。ありがとうとでも言っとけばいいの?
それもなんだか違う気がする。
「! そういう意味ではないのですが」
「そんなことはわかっています」
私の困惑と呆れが伝わったのか、慌ててクライブが掴んでいた手を離した。熱が離れていったことに、少しほっと胸を撫で下ろす。
びっくりした。本当にびっくりした。
おかげでまだ心臓がバクバク鳴り響いている。
思うに、クライブは自分が女をたらしているつもりはなくても、きっとこうやって無意識に落として言ってるんだろうな、というのを垣間見せられたようだった。
余計に性質が悪いことに、気づいてほしい。
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