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《7DAY》

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 カーテン越しに明るい昼の光が差し込んでいるのを感じた。ゆっくりと重たい瞼を持ち上げる。
 全身が心地よい倦怠感に包まれていた。
 それだけでなく、物理的に裸の腕にがっしりと抱え込まれていた。背中には自分以外の人の体温がある。

(そっか……昨日はラルフと寝たんだっけ)

 一度達した後に「もう一度」と強請られて、なし崩し的に明け方まで頑張ってしまった。
 『男しか好きになれない』呪いの解呪条件は、これで見事達成されたわけだ。

(起きたら、この付き合いは終わっちゃうんだろうなぁ)

 ラルフはどんな顔をするだろう。
 安堵する? 呪いに飲まれた自分の有り様を嫌悪する?
 俺のこと、不快感を露わにして見てきたらどうしよう。

「起きましたか、ヨルク」

 ぎゅっと俺を抱きしめる腕に力が込められた。背中から声を掛けられてビクリとしてしまう。
 でも、その声はとても柔らかい。
 期待半分、不安半分で恐る恐る振り返る。
 するとそこには昨日と変わらないラルフがいた。翡翠の目と目が合うと、ふわりと笑ってくれる。

「おはようございます、ヨルク。といっても、そろそろ昼ですが」

 そして当たり前の挨拶のように、今まで通りにちゅっと俺にキスをした。

「ラルフ……?」
「はい?」
「呪いは解けたんじゃないのか?」

 信じたかったけど実は半分は信じていなかったので、呆然とラルフを見つめてしまった。
 もう解呪のキスは必要ないわけで。そもそも呪いは既に消えているはずなのに。
 どうして、俺にキスなんか。
 ラルフは俺の困惑を感じ取ったのか、呆れ切った息を吐き出す。

「解呪されていると思いますよ。ヨルク以外の男を思い浮かべても変な気分にはならないので」
「えっ、なにそれ。今まで男を想像するとムラムラしてたの!?」
「最悪の気分でしたね」

 ラルフは渋い顔で頷く。
 魔女の呪い、えぐすぎる。怖すぎる。そこまで無差別は俺でも嫌だよ。
 ラルフがベッドの上に起き上がって、ついでに両手で俺を引っ張って起こしてくれた。向かい合って座ってから、一度ごくりと息を呑む。

「…………でも、俺はいいわけ?」
「だから最初から言っているじゃありませんか。呪われる前から、ヨルクのことが好きでした。……やっとわかっていただけましたか?」

 ラルフの視線が下肢に向けられたので釣られて見下ろした。そこで存在を主張しているものを発見してしまい、息を呑む。慌てて視線をラルフの顔に戻した。
 わかった。充分わかったから!

「でもそれなら、なんで呪われる前に言わなかったんだよ。俺、誰とでも寝てたろ」
「ヨルクを取り巻くその他多数の一人にはなりたくなかったので」

 ラルフが自嘲気味に笑う。
 それは今までの俺の行動を考えると否定できない。ごめん。反省する。

「ですが、呪われてそこら中の男を見るだけで変な気分になるようになってしまったので。それなら手遅れになる前に、と告白しにきたんです。呪いで気が大きくなっていたせいもあります」
「なるほど、それで……」

 淡々と語られて、今更ながらに自分の対応の酷さに頭を抱えたくなった。呪いのせいだと決めつけて、かなり素っ気なく振っていた記憶がある。
 それでもラルフは諦めずに、何度も想いを伝えてくれていたのだ。
 そう思うと胸の奥が熱くなって、ぎゅっと心臓を掴まれたみたいに苦しくなる。

「ですが、俺は恋人にしていただけたんですよね?」
「うん」

 確認されて、一も二もなく大きく頷いた。
 これからは不安にさせるようなことはしないから。絶対大事にする。
 すると、ラルフが嬉しそうに目を細めて笑う。男臭いのに、やっぱり大型犬みたいな可愛さもある。
 ずっとそうやって俺の隣で笑わせてあげたい。

「今日まで休みですし、約束していた甘い物を食べに行きましょうか」

 ラルフが以前に約束していた話を持ち出した。
 叶わないだろうと思っていた約束が果たせると思うと、思わず笑顔になる。
 でも、折角だけどそれはまた今度にしよう。機会はこれからいつでもあるのだから。
 代わりに、今日はもっとしたいことがある。

「それなら貰った林檎でアップルパイでも作るか。今日は家でラルフとイチャイチャしたい」
「それは嬉しいですけど、作ってくれるんですか?」
「絶賛するほど美味くはできないと思うけどな」
「とても楽しみです」

 ラルフが本当に嬉しそうに目尻を下げて喜ぶから。
 堪らない気持ちになって、『これからもよろしく』と告げる代わりに、恋人のキスをした。




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