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《1DAY夜》
しおりを挟むラルフに選んでいいと言ってしまった手前、やっぱりセックスしようとは言い辛い。
それに無意識下で男同士の性行為を避けたとも考えられる。
手間がかかるけど一週間、朝晩キス生活をするしかなさそうだ。
「あんたがそれでいいなら、付き合うけどさ……」
「ラルフ、と呼んでください。ヨルク殿のことはヨルクと呼ばせていただいても?」
「ああ、好きに呼んでいいよ。ええと、とりあえず一週間よろしく。ラルフ」
「はい。世話をかけます」
名前を呼んだら、ラルフはくしゃりと顔を綻ばせた。人懐っこい大型犬の幻覚が見えた。
そんなに嬉しそうにされるとさぁ、呪いのせいだとわかってるのに俺まで絆されそう。
はあ、と細く気づかれないように息を吐き出す。
大変なことになってしまった。どうすんだ、これ。どうするもこうするもないけど。
「とりあえず夜寝る前と朝起きてすぐにキスしなきゃならないんだけど、ラルフは一週間ここに住める?」
確かラルフは騎士宿舎暮らしだったはずだ。俺がラルフの部屋に乗り込むのは、集団生活を主とする騎士達の目を考えると問題がある。
「一週間くらいでしたら問題ありません。俺よりヨルクはいいんですか?」
「ここはあんまり他人のことは気にしないから」
俺が暮らすこの魔塔には他にも魔法士は住んでいるが、基本的にはお互い不干渉だ。魔獣討伐で必要な時だけ連携するくらい。平生は各自の研究や仕事で個人活動が多い。
これまでここに男を連れ込んだことはないが、一週間くらいなら、男を連れ込んでいても気にされないだろう。
もし気づかれたところで、互いに興味も持たないというべきか。魔法士同士の人間関係はドライだ。変わり者が多いせいかもしれない。
だからラルフみたいに、全面的に好意を押し出されると弱い。
立ち上がって、生活スペースである隣室へと移動する。
どうぞ、と促した部屋にはベッドとクローゼット、食事をする年季の入ったテーブルと椅子がひとつあるだけ。それとシャワールームが付いている。
普段は隣の作業室で過ごすから、ソファーすら置いてない簡素な部屋だ。
「ラルフはベッド使って」
「俺は椅子に座った状態でも眠れます」
「どんな拷問だよ。騎士は体が資本だろ。ちゃんとベッド貸してやるって」
俺は乱雑に物が積まれた隣室のソファーでなんとか寝るしかない。ラルフより俺の方が断然細いから、なんとかなるだろ。
「世話になる身で、これ以上ご迷惑はおかけできません。俺が隣のソファーを貸していただきます」
しかしラルフは生真面目な顔をして、隣室に向かいかけた俺を遮った。堅物め。
ならば、と上目遣いで唇の端を吊り上げた。
「じゃあ、一緒にベッドで寝る?」
呪いとはいえ俺に恋してる状態で、我慢できるか?
我慢できずにヤルならヤルで、解呪されるから問題もないんだが。
軽い気持ちで言った言葉にラルフが言葉を詰まらせた。数秒悩ましげに眉根を寄せてから、「わかりました」と頷く。
えっ。やっぱりセックスすることにした?
「ヨルクさえ良ければ、一緒に休みましょう」
でもラルフに「寝る」ではなく「休む」と言われてしまった。
「え? 眠れるの?」
「……そういうことは、やはり好きになっていただいてからしたいので」
「真面目だなぁ。俺の噂、知ってるだろ? 軽蔑しないの?」
あまりにも真面目にラルフが言うので、思わず感心してしまった。
そんなラルフから見たら、俺って尻軽じゃない?
実際には選んでるとはいえ、誰とでも寝ると有名なのにな。聞いたことがないわけじゃないだろうに。
「下世話な事を言う者もいますが、当人たちが納得しているのなら余計なお世話でしょう。噂している者だって、それと俺だって、ただ発散させたいだけの時はありますからね」
さらりと言われて、ラルフでもそういう時あるんだ!?と目を瞠った。
「その割に、ラルフに誘われたことないけど?」
俺を気になってたって言うなら、声を掛ければ良かったのに。まあ呪われてでもなきゃ、男相手にそんな気にならないだろうけど。
するとラルフが苦く笑った。
「ああいう時に好きな相手を利用するのは、ちょっと。対価を支払って発散させてもらう人達とは、また違います」
そんなもんか。そんなもんなのか……。なんだろうな。もしかして俺って結構大事に思われていたのでは。
なんて、勘違いしそうになった。
こいつは絶賛呪われ中なのだ。これも過去の記憶が都合よく改竄されてる可能性は高い。
危ない危ない。絆されるところだった。
「ええと。じゃあ今夜は一緒に寝る、ということで」
ひとまず色々話して疲れてるし、眠ると決めたら眠気が襲ってきた。シャワーは朝でいいな。
いや、やっぱり寝込みを襲われた時のことを考えて洗っておくべきか。と考えたけど、面倒さの方が上回った。
ラルフ当人が「しない」と言っているのだから、試してみようじゃないか。
「じゃ、俺は疲れてるから寝るけど。キス、する?」
本来の目的である、おやすみのキス。
解呪で舌まで入れろという指定はなかった。軽く唇に触れるだけでいい。
俺としては濃厚でもかまわないんだけど。こんな真面目で誠実そうに見える男がどんなキスをするのか、ちょっと興味がある。
人差し指で唇を示した。
誘うように小首を傾げて笑いかけてしまうのは、今までの人生がまあまあ爛れていたからだ。条件反射で悪いな。
この身に流れる男好きの魔女の血は、なかなか拭えないみたいだ。
じっと見つめたら、翡翠色の瞳が愛し気に細められた。
待って。そういう表情をされると調子狂う。なんか本気で俺のこと好きみたいじゃん。
いや、好きなんだろうけどね。呪いのせいで!
剣だこで硬くなった掌が頬に触れる。指先は熱を持っていて、じわりと熱い。
ゆっくりとラルフの顔が近づいてくる。
なんでだろ。なんかすごい心臓がドキドキする。ただのキスでこんなに身構えるって、今までなかったのに!
目の前で閉じられた瞳を縁取る睫毛は思ったより長い。落ちた影がやけに色っぽく見える。
端正な顔から目が離せない。ふっと唇に息が掛かって、ピクリと肩が跳ねた。
次の瞬間、ふわり、と唇に触れる柔らかい感触。
一瞬だけ感じ取れた熱。
それは堪能する時間なんてなくて、瞬きひとつしてる間にすぐに離れていった。
「ありがとうございます、ヨルク。おやすみなさい」
耳をくすぐる低い声はしっとりと鼓膜を震わせた。
掌も離れてから、ようやく自分が息をすることを忘れていたことに気づいた。
「あ、ああ。うん。おやすみ、ラルフ」
絞り出した声は平静を装えていただろうか。心音がやたらとうるさくて、逃げるみたいにベッドに滑り込んだ。
たかがキスで、なんで俺はこんなに動揺させられてるんだ。
だって、まるで大事なものに触れるように優しかったから。
そんな風に扱われて、平常でいられるわけがない。やけに顔が熱い。
背を向けて横になった俺の後ろで、ぎしりと更に一人分の重さが乗ってベッドが軋む。
ドクドクと心臓が全身を駆け巡っているかのよう。なんで俺が緊張しなきゃならないんだ。
込み上げる焦りを押し殺す俺の背後に、同じくベッドに滑り込んできた人の温もりが伝わってくる。
狭い一人用ベッドなので当然体が触れ合う。でもお互いに背中を向け合っているから、なんだかすごく変な感じだ。聞こえてくる心音はどちらのものなんだろう。
やけに速いような。自分と同じような。
その内にその音と温度が心地よくなってきて、不思議とウトウトとしてくる。
……なんか、喧嘩中の熟年夫婦みたいな図だな。
そんな風に自分を茶化してるうちに緊張は溶けていく。後ろでは時折居心地悪そうに、時々ごそごそされてるけど。
(でも、手は出してこないんだな)
宣言通り我慢する気なのか。
そう思うと、ふふっと笑いそうになった。
そんな努力をする姿が可愛いな。
なんて思いながら、気づけば俺の意識は眠りの中に引き込まれていた。
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