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《1DAY》

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 魔法士という職業は基本的に何でも屋だと思われている。上級魔法士ともなれば、なんでもできる便利屋だとまで思われているんじゃないだろうか。
 国お抱えの立場の身は日々やることが山のよう。
 魔獣討伐補助に、魔道具や武器の強化と魔力補給、時に呪いの解呪や怪我の治療。そして本来の仕事である魔法の研究。

 城内に併設された魔塔の中であてがわれた一室に籠って作業していると、あっという間に一日が終わる。
 今日も気づけばとっくに窓の外は日が暮れていた。夜闇に包まれて真っ暗だ。
 体が空腹を訴えてくるが、城内の食堂はこの時間ではもう閉まっているだろう。

(晩飯食いそびれた)

 悔やんでも仕方ない。疲れてるし、さっさと寝てしまうか。
 ぐっと伸びをして席を立とうとした、そんな時だった。
 部屋の扉をノックされる音が響いた。
 こんな時間に、また厄介ごとの持ち込みか? 無視してしまいたい。

「上級魔法士ヨルク殿、第二騎士団所属ラルフ・ブライトナーです。しばしお時間いただけるでしょうか」

 しかし、扉の向こうから低く耳心地の良い声が丁寧な口調で頼んでくるので気が変わった。

(珍しいこともあるもんだな)

 ラルフ・ブライトナーとは、魔獣討伐の際に何度か顔を合わせて会話をしたことがある。いつだって丁寧で誠実な態度を崩さない、優秀な魔法騎士だ。
 下世話な噂がある俺相手でも蔑んだり、色眼鏡で見ることもない。ちゃんと一人の上級魔法士として礼節をわきまえて接してくれていた。
 だから、俺の中の好感度はかなり高かった。
 とは言っても、こんな風に夜いきなり訪れてくる付き合いなどはしたことなかった。極たまに昼食の時間が合えば、同席して軽く会話をする程度の相手だ。
 知人以上友人未満といったところか。同僚というのが一番しっくりくる。
 そんな相手が、こんな時間に?
 首を傾げつつも魔塔の廊下に続く扉を開く。
 扉の向こうにはダークブラウンの清潔感ある短髪で、翡翠色の切長の瞳が印象的な美丈夫が佇んでいた。すっきりとした頬の輪郭ははっきりしていて男らしく、それでいて無骨すぎることもない。
 その顔がやけに切羽詰まって見える。

「何の用?」

 城内に不穏な気配は感じなかったが、もしや緊急事態か? それにしては、ラルフは私服姿だ。
 思わず身構えた俺を見て、ラルフは微かに頬を緩めて申し訳なさそうに眉を下げた。

「申し訳ありません。私的にお話しさせていただきたいことがあるのですが」
「あんたが、俺に? こんな時間に?」
「どうしても、ヨルク殿と話したかったんです」
「ふうん? まあ、別にいいけど。どうぞ」

 何かを相談されるほど親しくした覚えはなかったんだが。俺はラルフを密かに気に入っていたから、かまわないんだけど。
 性格は良いし、顔も好みだし。無駄なく鍛え上げられた均整の取れた体には、一度抱かれてみたいなと思っていたくらいだ。
 真面目な堅物っぽいから、冗談でもそんなことは口にしないけど。
 雑多に物が溢れかえった部屋だが、ひとまずどうぞ、と促した。来客用の茶葉なんてないから、酒でいいかな。

「適当に座……れるところがないか。ちょっと待って。それと飲み物は酒しかないけどいい?」
「お気遣いなく」
「話があるならリラックスできた方がいいだろ」
「いえ、素面でお話しさせていただきたいんです」
「それならとりあえず、ここに座って」

 わざわざ上級魔法士である俺に話をしたいと言うくらいなら、きっと内容はややこしそうだ。
 魔法書や魔道具だらけの長ソファーを、なんとか人が一人座れる状態にする。埃が舞ったのは見なかったことにしてくれ。
 ラルフが腰を下ろすのを見て、自分は作業机の椅子を引き寄せて腰掛ける。
 向き合うとラルフは俺を見て真剣な顔をした。
 そんなに深刻な相談なのか?
 まあ、だいたいのことは対応できるから大丈夫だとは思うけど。

「で、話って?」

 遠慮なく切り出せば、ラルフは意を決したように口を開いた。

「実はつい先程、魔女の告白を断ったら『男しか好きになれない』呪いをかけられたんです」

 言われた言葉を脳内で反芻して、一瞬ぽかんとした。

 『男しか好きになれない』呪い。

 恋多き魔女が振られた時にたまに使う、嫌がらせの呪いである。
 ノンケの人間からしたら迷惑なことこの上ない。
 ラルフは眉根を寄せた難しそうな表情で俺を見つめてくる。そんな顔をしていても、精悍な顔立ちは見苦しくならないからすごい。

(見るからにモテそうだもんな……魔女にも目をつけられるはずだ)

 ラルフは魔獣討伐を主とした、魔法の才も必要とする第二騎士団所属の騎士である。
 言葉遣いは丁寧で、それでいて戦闘に長けているからか所作に無駄がなく洗練されている。背も平均身長よりやや高い俺より更に高い。
 年は確か、俺と同じ27歳。
 モテて困るくらいの身なのだろうが、モテる人間もいいことばかりじゃないんだな。同情するよ。

「そりゃ、お気の毒様」

 本心から哀れみの言葉が出た。
 つまりそれで上級魔法士の俺なら解呪できるんじゃないか、というわけか。
 ううん、と思わず眉を寄せた。

(出来ないことはないけど、どうするかな)

 幸い俺は魔女を母と祖母に持つおかげで、魔女の呪いには詳しい。
 その呪いの解呪方法は幾つかある。
 だが、どれもこれもノンケの男には辛いものがあるのだ。

(男と両想いになれば解呪されるんだけど)

 しかし、この両想い判定が問題なのである。
 呪いに両想いだと認識させるには、『男と一晩セックスする』。
 もしくは、『一週間毎日、男とおはようのキスとおやすみのキスをする』。
 そのどちらかである。究極の二択だ。
 最初にこの呪いを考えた魔女の思う『両想い』の定義がそうなっていたのだろう。即物的かバカップルかのどちらかだが、それがいまだに受け継がれてしまっている。
 つまり、ノンケの男には地獄の解呪方法だ。
 呪われている間は恋をしている状態になっているからいいのだが、呪いが解けた後の心の傷がひどい。さすが性悪が多いと言われる魔女の呪いだけあって、とんでもなく趣味が悪いのである。

(俺が解呪に付き合うのはいいんだけど)

 幸か不幸か俺も魔女の血を引いているからか、男好きである。気持ちいいことも大好きだ。
 だから役得な案件なわけだけど、これまでのラルフの言動を思い出すと迷った。
 本当に良い奴なのだ。そんな相手を安易に俺の毒牙に掛けるのは躊躇われる。
 世間から男好きだと思われている俺にだって、良心はあるのだ。

(なるべくダメージが少なそうな解呪法……って、どっちだ?)

 やはり本人に選択させるべきだろうか。かわいそうだけど。
 はあ、と溜め息を吐いてラルフに視線を投げかけた。

「解呪方法はあるにはあるけど、あんたには辛いものがあるかも」
「いえ、呪いは解けなくともかまいません。ただ呪いのせいなんかではなく、元々あなたをお慕いしていたと言いにきたんです」
「は?」

 てっきり解呪の相談だと思っていたら、ラルフがとんでもないことを言い出した。おかげで間の抜けた声を上げてしまう。
 いや、俺らの接点って魔獣討伐で顔を合わせるくらいだったろ?

「やっぱりあんた、呪われてるんだな」

 絶句してしまう。なんて恐ろしい呪いなんだ。男なら誰でもいいのか。
 いや、わざわざ俺に言いに来たということは、これまで会った男の中でも許容範囲の人間が選ばれているのかもしれない。
 なにせ俺は、美女しかいないと言われる魔女の血を引いているので顔が麗しい。自分で言うのもなんだけど。
 魔獣討伐の後方支援とはいえ、騎士達に同行するだけあって困らない程度に体は鍛えているから女には見えないものの、それでも男の方にモテる。
 己の白いうなじにかかる長さの髪は細く柔らかくて白金。アーモンド型の二重の瞳は蠱惑的と言われる紫。すっと通った鼻梁に、やや笑って見えるらしい薄い唇。
 目元にある泣きぼくろが色気を滲ませているらしい。視線を向けるだけで、誘っていると勘違いされる。
 実際、その気になった時には遠慮なくこの見た目を利用している。
 だから世間に流れる「誰とでも寝る」という下世話な噂も半ば事実ではある。実際にはちゃんと厳選してるんだが。
 きっと俺に断られた奴が嫌がらせで噂を流してるんだろうな。

 それはともかく、今までラルフにそんな目で見られた覚えはない。
 だからやはり呪いが顕著に現れてしまっているに違いない。
 ……なんて考えていたら、不意に立ち上がったラルフが俺の前までやってきて片膝を突いた。
 そして熱の籠った眼差しが俺を見上げる。
 うわっ。何事!?

「そうやって呪いのせいだと誤解されたくないから、弁解する為にあなたの元に来たんです。ずっと前からあなたが好きでした」
「呪われてる奴は皆そう言うんだよ」

 ……駄目だ、こいつ。やっぱりがっつり呪われてるわ。
 呆れて言えば、ラルフは難しい顔をしたまま「違います」と否定する。
 でも違わないんだなぁ、残念だけど。
 かわいそうなものを見る目をした俺に焦ったのか、ラルフが強い眼差しで俺を見上げた。

「本当に、前から気になっていたんです」

 呪いが強力なのか、訴える真摯な声は切実さを滲ませる。

「魔獣討伐の際、あなたは自分を蔑んでいる相手も分け隔てなく治療して回っているでしょう。その懐の大きさと平等を忘れない強い精神を、いつも尊敬してました」
「仕事に私情を挟まないのは普通のことだろ」
「それでも人間ですから、多少の選別はしたくなるものでしょう」
「元々細かいことはそんなに気にしない性質なんだって」

 唐突に褒められて動揺してしまった。
 でも俺は当たり前の役割をこなしていただけだ。俺を嫌悪している人間のことなんていちいち覚えていないだけだし、治療する時だって「ヘマしてんなよ」とか「手間かけさせるな」とか悪態を吐きながらしている。
 恋をすると、そんな姿すら美談にされてしまうのか。怖い。
 しかしラルフはそれだけに止まらなかった。

「自分も疲れているのに、いつだって限界まで俺たちを守ってくれてますよね。騎士がへばって眠った後も、ずっと起きていて防御結界を維持されているのも知ってます」
「騎士が使い物にならない状態で結界が切れたら大惨事だからな?」

 そうなれば俺も危険な目に遭うし、また怪我をした騎士の治療に力を使わなければならない。結界を維持した方がマシだ。
 結果的に、自分の為なのである。

「それでも、結界が切れたら騎士はちゃんと戦いますよ。わかっているでしょう? だからあなたがいると思うと、いつも安心して休めるんです。感謝しています」

 丁寧に言葉を重ねられて、胸がモゾモゾと浮き立った。少し顔まで熱を帯びてる気がする。
 自分の為にしていたことだけどさ、こうやって見てくれていたんだと思うとやっぱり嬉しい。俺にだって人並みに心はあるのだ。
 恋をしてる分の色眼鏡が掛かっているとしても、ラルフが俺を認めてくれていたのは伝わってくる。素直に喜んでしまいそう。

「感謝は受け取るよ。でもそれはそれとして、やっぱり俺を好きだと思うのは呪われてるからだから、解呪しような」

 照れる気持ちを押し殺して、極力冷静に提案する。するとラルフは苦い顔をした。

「俺の気持ちは信じていただけないんですね」
「そういう呪いだからな」

 何度も言うけど。
 でもラルフも少なからず好感を抱いてくれていたなら、解呪は心の傷にまではならなさそうだ。一時の過ち、気の迷い、若気の至りとして心の奥に片付けてくれ。

「わかりました。では呪いを解除いただいてから、もう一度告白します」

 ラルフが真面目な顔をして真剣に口にする。
 もうやめてくれ。それ、後で悔いるのはあんたなんだぞ。頭抱えて「俺の記憶を消してくれ」とか呻く羽目になるんだからな。記憶消去の魔法なんて俺は使えないから頼るなよ。
 はあ、と溜息を吐いた。

「で、肝心な解呪の方法だけど」

 問題はここからだ。
 改めてもう一度ソファーに座り直してもらってから、真面目な顔を作って翡翠色の瞳を見つめた。

「男と一晩セックスする方か、それとも男と一週間、毎日朝晩キスする方……どっちがいい?」

 告げたら、ラルフは驚きに目を真ん丸く瞠って息を飲んだ。

「あんたが嫌じゃなければ、俺が相手するけど」
「それは、俺が選んでいいことなんですか……?」

 ラルフは絶句したまま問いかけてくる。

「まあ、俺はどっちでもいいし」

 今は呪いで俺に恋してる状態みたいだし、手っ取り早く前者を選ぶだろう。
 幸い作業場にしてるこの部屋の続き間は、私生活用の部屋である。ベッドもシャワーもあるし、簡易の台所も付いてる。
 サクッと一晩寝れば、呪いもスッキリ解呪されるだろう。
 俺は役得。ラルフも多少の後悔はするだろうが、人生経験だと思ってくれ。
 そう軽く考えていた俺を見つめて、ラルフは「では」と躊躇いがちに切り出した。

「あなたと一週間、キスをする生活を選びたいです」
「…………は?」

 えっ。そっち!?!!?



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