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第5章

③感情の答え

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「使ってみる?」

立花たちばなルナは黒くて細いムチをあたしに差し出した。
叩かれた方はミミズ腫れどころか、肌が切れて血が出そうなくらいの質感。

迷わず受け取る。

冴木さえきは怯える表情をするかと思いきや、まだ口を閉じる気配はない。

37番沙羅、理解しろ。お前が黒木真咲くろき まさきを狂わせたんだ」

ムチを握っている右手を上げると動揺し始めたのが分かった。
相変わらずしょうもないことを言い続けているけど。

「黒木真咲は絶望し、自ら命を絶ってしまうかもな…」

さっきよりも早口。
声は少しだけ高くなった。

頑張って冷静を装ってるね、冴木。
落ち着かない目線と頬を流れる汗でバレバレ。

憎しみ、怒り。

あたしはどんな感情を抱く?
何をする?

「もし自殺したら、お前のせいだ!」

別に冴木を傷つけること自体に思うことはない。
犯罪者だし。お互いに。

「お前のせいで…。まて、そんな目で見るな…。や、やめろ!」

哀れな顔。
醜い。

「私が悪かった、申し訳ない! いや、申し訳ございません!」

「真咲も謝ってたね」

「何が望みだ? 何でもする、そうだ。出所! ここから出してやっても…」

あーうるさい、うるさい、うるさい!


ムチの当たった音は鼓膜に響き、衝撃は右肩まで伝わった。

懲罰房に訪れた沈黙を破ったのは立花ルナの拍手だった。

「フフフ、いいもの見れたわぁ。わたしは満足よぉ」

恐怖から漏れ出した液体は、冴木の足元に広がっていた水溜りを大きくした。
黄色くて臭い。

あたしは床を叩いたムチを立花ルナに返し、失禁している奴を見続けた。

漏らしきった後、ソレは調子を取り戻したように吠える。

「やっぱり、お前にはできないよな、37番! ヘタレめ、度胸のないクズめ!」

ふーん。そ。

あたしは何を思うんだろう?
朝から色々考えた。

ここに来てからも、ずっとモヤモヤしていた。
恐怖? 悲しみ? 憎しみ? 怒り?

どれに当てはまるんだろうって探し続けたけど、見つからなかった。

「あたしもう寝たい」

「そうねぇ、夜ふかしは美容の敵だし、同感だわぁ。じゃ、帰りましょ」

吠え声を背中に受けながら、2人で懲罰房を出る。

答え。

あんな奴、どうでもいい。
無関心。
色々考えるだけ時間の無駄だった。

名前も知らないし、あたしの人生からすればモブでしかないのよ。
真咲に集中すればいい。


✢✢✢


「できた囚人で嬉しいわぁ。あそこで叩いていたら、何も変わらないもの」

廊下を歩いて独房に戻る途中、ボソッと立花ルナが呟いた。
こっちの顔は見ないけど。
褒め慣れてないなコイツ。

「あんな奴、どうでもいいって気付いただけ」

「フフフ、おかえりなさい」

「何が?」

「わたしのおもちゃが帰ってきたってことよぉ」

「今度は何する気? 負けないけど」

自分の唇に指を当て、可愛い子ぶって「んー」とか言い始めた。
ちょっとイタいからやめてほしい。

でも、少しだけ見えてきた気がする。
立花ルナっていう女の人間性が。

もしかして、本当はー。
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