111 / 193
西の森探検隊 3匹の鹿
しおりを挟む腕の中でぐったりと力の抜けた身体を支える。
聞こえてくる呼吸は大分安定しているけど、表情が見えないからなんとも言えない。
パニックを起こすよりは意識を失っていた方が楽だろう。だけど次に目を覚ました時にまだこの状態だったら、また同じことになるかもしれない。
こいつが目を覚ます前にどうにかここを出たいところだけど、と考えたところで扉の向こうに人の気配がした。足音と話し声が近付いてくる。
誰かがこの状況に気づいて探しに来たのかもしれない。
重い扉が開いて眩しい光が入り込む。
「瀬尾!大丈夫!?…ってあれ?」
「清春いるか!?って相楽?」
揃いも揃って似たような反応で入ってきたのはアホ会長と知らない金髪の男だった。
腕の中の存在を起こさないように抱き上げて、扉へと向かう。
「色々あって気失ってるから、静かに」
それを見てまた騒ぎ出しそうな二人に向かって事前に釘を打つ。アホ会長が心配そうな顔をして「清春は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
「今は大丈夫だと思うけど。嫌がらせで閉じ込められて、俺は巻き添えくらった感じ」
「そうか、とりあえず部屋に連れて行こう。ああ、そっちの金髪の奴は清春の同室だ」
「あ、どうも羽宮です。すみません、瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます。後はオレが連れて行くんで」
そう言って伸ばされた腕に荷物を引き渡そうとして、俺の服を掴む手が離れない事に気づく。
「…クソが。いいや、一応保健室連れて行くから。あんたは後でそっちに迎え行って」
「あ、はい」
「じゃ。会長は犯人捜ししといてください」
二人に背を向けて言葉通り保健室に向かって歩き出す。腕の中の存在はちっとも重くないのに煩わしくてたまらない。どうして俺がこんな奴のために少しの揺れもないように慎重に歩いてやらないといけないんだろう。
『瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます』
どうしてあんな一言が引っかかるんだろう。まるで自分のものかのような言い方が気に入らない、なんて笑える。
どうして服を掴んでいるだけの手を離せなかったんだろう。力を入れれば簡単に振り落とせそうなこの手を、どうして。
「…ヨダレ出てるし」
保健室のベッドに寝かせてようやく確認した表情は、呆れるくらいのアホ面だった。
こういうところだけはなにも変わってない。
馬鹿で間抜けなお前。
このままずっと、眠っていればいいのに。
そうしたらまた、あと一度だけ、俺はお前のことを大切にしてやれそうな気もした。
昔みたいに、なにもなかったように笑ってくれれば。
「なんてな」
ありえない、そんなの。
もうお前に裏切られるのなんて懲り懲りだ。
俺のきよはもうこの世界のどこにもいない。
だからあいつに似た顔で、声で、俺に近付くなよ。
同じようなことを言うなよ。
「…目障り」
早く消えてほしい、俺の目の前から。
そうしてもう二度と現れないでほしい。
このままお前が死んでくれれば、俺はきっと楽になれるのに。
思考が行き過ぎたところで、不意に眠っていたはずのその目が薄く開かれた。
朧げな瞳が俺の姿を捉えて瞬く。
「めえ…?」
幼い子どもが親に寄せるような全幅の信頼と、甘えを滲ませた舌足らずな声が俺を呼んだ。
懐かしいその響きに思わず息を呑む。
うたた寝の合間に目を覚ますと、きよは決まって視界に入った俺のことをそんな声で呼んだ。
夢現な瞳が真っ直ぐに俺を見つめて笑う。
真っ黒に見える虹彩は、近くで覗くと青みがかっているのがよくわかるのだ。
光の差し込む角度で様子を変えるその瞳から目が離せないのは今に限った話じゃない、昔からずっとそうだ。
きよは事あるごとに俺の目が綺麗だと言って褒めたけれど、俺からしたらきよの目の方がよっぽど綺麗だった。
どんな宝石よりも、なんて陳腐な言葉が浮かぶほどに。
「めい、だいすきだよ」
そんな傍迷惑な一言を残して、目の前の男は糸が切れたように再び眠りについた。
『……おれはおれだよ』
静かな寝顔を見ていたら、そう言って寂しそうに笑った顔を思い出した。
「俺は大っ嫌いだよ、お前のこと」
お前はきよじゃない。
そうじゃないとダメなんだ。
だって俺、きよのことは嫌いになれないんだから。
聞こえてくる呼吸は大分安定しているけど、表情が見えないからなんとも言えない。
パニックを起こすよりは意識を失っていた方が楽だろう。だけど次に目を覚ました時にまだこの状態だったら、また同じことになるかもしれない。
こいつが目を覚ます前にどうにかここを出たいところだけど、と考えたところで扉の向こうに人の気配がした。足音と話し声が近付いてくる。
誰かがこの状況に気づいて探しに来たのかもしれない。
重い扉が開いて眩しい光が入り込む。
「瀬尾!大丈夫!?…ってあれ?」
「清春いるか!?って相楽?」
揃いも揃って似たような反応で入ってきたのはアホ会長と知らない金髪の男だった。
腕の中の存在を起こさないように抱き上げて、扉へと向かう。
「色々あって気失ってるから、静かに」
それを見てまた騒ぎ出しそうな二人に向かって事前に釘を打つ。アホ会長が心配そうな顔をして「清春は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
「今は大丈夫だと思うけど。嫌がらせで閉じ込められて、俺は巻き添えくらった感じ」
「そうか、とりあえず部屋に連れて行こう。ああ、そっちの金髪の奴は清春の同室だ」
「あ、どうも羽宮です。すみません、瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます。後はオレが連れて行くんで」
そう言って伸ばされた腕に荷物を引き渡そうとして、俺の服を掴む手が離れない事に気づく。
「…クソが。いいや、一応保健室連れて行くから。あんたは後でそっちに迎え行って」
「あ、はい」
「じゃ。会長は犯人捜ししといてください」
二人に背を向けて言葉通り保健室に向かって歩き出す。腕の中の存在はちっとも重くないのに煩わしくてたまらない。どうして俺がこんな奴のために少しの揺れもないように慎重に歩いてやらないといけないんだろう。
『瀬尾のこと助けてくれてありがとうございます』
どうしてあんな一言が引っかかるんだろう。まるで自分のものかのような言い方が気に入らない、なんて笑える。
どうして服を掴んでいるだけの手を離せなかったんだろう。力を入れれば簡単に振り落とせそうなこの手を、どうして。
「…ヨダレ出てるし」
保健室のベッドに寝かせてようやく確認した表情は、呆れるくらいのアホ面だった。
こういうところだけはなにも変わってない。
馬鹿で間抜けなお前。
このままずっと、眠っていればいいのに。
そうしたらまた、あと一度だけ、俺はお前のことを大切にしてやれそうな気もした。
昔みたいに、なにもなかったように笑ってくれれば。
「なんてな」
ありえない、そんなの。
もうお前に裏切られるのなんて懲り懲りだ。
俺のきよはもうこの世界のどこにもいない。
だからあいつに似た顔で、声で、俺に近付くなよ。
同じようなことを言うなよ。
「…目障り」
早く消えてほしい、俺の目の前から。
そうしてもう二度と現れないでほしい。
このままお前が死んでくれれば、俺はきっと楽になれるのに。
思考が行き過ぎたところで、不意に眠っていたはずのその目が薄く開かれた。
朧げな瞳が俺の姿を捉えて瞬く。
「めえ…?」
幼い子どもが親に寄せるような全幅の信頼と、甘えを滲ませた舌足らずな声が俺を呼んだ。
懐かしいその響きに思わず息を呑む。
うたた寝の合間に目を覚ますと、きよは決まって視界に入った俺のことをそんな声で呼んだ。
夢現な瞳が真っ直ぐに俺を見つめて笑う。
真っ黒に見える虹彩は、近くで覗くと青みがかっているのがよくわかるのだ。
光の差し込む角度で様子を変えるその瞳から目が離せないのは今に限った話じゃない、昔からずっとそうだ。
きよは事あるごとに俺の目が綺麗だと言って褒めたけれど、俺からしたらきよの目の方がよっぽど綺麗だった。
どんな宝石よりも、なんて陳腐な言葉が浮かぶほどに。
「めい、だいすきだよ」
そんな傍迷惑な一言を残して、目の前の男は糸が切れたように再び眠りについた。
『……おれはおれだよ』
静かな寝顔を見ていたら、そう言って寂しそうに笑った顔を思い出した。
「俺は大っ嫌いだよ、お前のこと」
お前はきよじゃない。
そうじゃないとダメなんだ。
だって俺、きよのことは嫌いになれないんだから。
10
「いいね」「お気に入り登録」「しおり」などもお願いします!感想も書いていただけると嬉しいです。
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした
水の入ったペットボトル
SF
これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。
ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。
βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?
そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。
この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

最強と言われてたのに蓋を開けたら超難度不遇職
鎌霧
ファンタジー
『To The World Road』
倍率300倍の新作フルダイブ系VRMMOの初回抽選に当たり、意気揚々と休暇を取りβテストの情報を駆使して快適に過ごそうと思っていた。
……のだが、蓋をひらけば選択した職業は調整入りまくりで超難易度不遇職として立派に転生していた。
しかしそこでキャラ作り直すのは負けた気がするし、不遇だからこそ使うのがゲーマーと言うもの。
意地とプライドと一つまみの反骨精神で私はこのゲームを楽しんでいく。
小説家になろう、カクヨムにも掲載
VRおじいちゃん ~ひろしの大冒険~
オイシイオコメ
SF
75歳のおじいさん「ひろし」は思いもよらず、人気VRゲームの世界に足を踏み入れた。おすすめされた種族や職業はまったく理解できず「無職」を選び、さらに操作ミスで物理攻撃力に全振りしたおじいさんはVR世界で出会った仲間たちと大冒険を繰り広げる。
この作品は、小説家になろう様とカクヨム様に2021年執筆した「VRおじいちゃん」と「VRおばあちゃん」を統合した作品です。
前作品は同僚や友人の意見も取り入れて書いておりましたが、今回は自分の意向のみで修正させていただいたリニューアル作品です。
(小説中のダッシュ表記につきまして)
作品公開時、一部のスマートフォンで文字化けするとのご報告を頂き、ダッシュ2本のかわりに「ー」を使用しております。
Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷
くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。
怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。
最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。
その要因は手に持つ箱。
ゲーム、Anotherfantasia
体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。
「このゲームがなんぼのもんよ!!!」
怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。
「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」
ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。
それは、翠の想像を上回った。
「これが………ゲーム………?」
現実離れした世界観。
でも、確かに感じるのは現実だった。
初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。
楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。
【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】
翠は、柔らかく笑うのだった。

最悪のゴミスキルと断言されたジョブとスキルばかり山盛りから始めるVRMMO
無謀突撃娘
ファンタジー
始めまして、僕は西園寺薫。
名前は凄く女の子なんだけど男です。とある私立の学校に通っています。容姿や行動がすごく女の子でよく間違えられるんだけどさほど気にしてないかな。
小説を読むことと手芸が得意です。あとは料理を少々出来るぐらい。
特徴?う~ん、生まれた日にちがものすごい運気の良い星ってぐらいかな。
姉二人が最新のVRMMOとか言うのを話題に出してきたんだ。
ゲームなんてしたこともなく説明書もチンプンカンプンで何も分からなかったけど「何でも出来る、何でもなれる」という宣伝文句とゲーム実況を見て始めることにしたんだ。
スキルなどはβ版の時に最悪スキルゴミスキルと認知されているスキルばかりです、今のゲームでは普通ぐらいの認知はされていると思いますがこの小説の中ではゴミにしかならない無用スキルとして認知されいます。
そのあたりのことを理解して読んでいただけると幸いです。

ビースト・オンライン 〜追憶の道しるべ。操作ミスで兎になった俺は、仲間の記憶を辿り世界を紐解く〜
八ッ坂千鶴
SF
普通の高校生の少年は高熱と酷い風邪に悩まされていた。くしゃみが止まらず学校にも行けないまま1週間。そんな彼を心配して、母親はとあるゲームを差し出す。
そして、そのゲームはやがて彼を大事件に巻き込んでいく……!
※感想は私のXのDMか小説家になろうの感想欄にお願いします。小説家になろうの感想は非ログインユーザーでも記入可能です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる