百々五十六の小問集合

百々 五十六

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世界創世記~数多の物語の末、今がある~【読み切り版】(未完)

沈みきって、最低点 国を統べる少年の物語編

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俺たちの反応を見て、そっとしておいたほうがいいと判断したのか、執行官と受付の女性は先に退室した。

去り際に受付の女性が、

「いつまでもいていいわ。心の整理をちゃんと付けるのよ」

憐れむような声で言った。

彼らの足音が遠のいていくことだけがわかる。

先程まで部屋の中でもわかるぐらい騒いでいた冒険者ギルド内の喧騒は全く耳に入らなかった。

彼らの足音が完全に途絶えると同時に俺とソリュは膝から崩れ落ちた。

隣を見ると、ソリュが手で顔を覆って泣いていた。

こいつの泣き顔なんて、もう5年くらい見てなかったな。

隣で泣いているソリュを見たことでやけに冷静でいられた。

やけになって暴れ出したいという気持ちがあったが、こいつを守らなきゃという気持ちが俺を冷静にさせた。

冷静になったからといって、悲しさがなくなるわけではなかった。

気づくと、頬を自然と涙が伝っていた。

あぁ、やっと人間になれると思ったのにな。

こんなスラムの生活から抜けて、ソリュと普通の生活をして、外に出ることなくこの街壁の中でのんびりと暮らしていきたかった。

これからも落ちているものをくすねたり、わざとカツアゲされてそれを撃退したという大義名分で金を稼ぐのかな?もう、そんな限りなく黒に近いグレーみたいな生活やりたくないよ。

でも、俺たちには冒険者としてやっていく力はないだろう。

知識も経験も、何より力が足りない。

全人口の8割が人生を各町の壁内だけで終える。

これはスラムの長老が教えてくれたことだ。

その通り、いい加護が手に入らないと、人間は最弱の魔物ですらまともに倒せない。魔物を倒せないと、レベルが上がらないから強くなれない。

人間は弱い。

壁内の不審者を撃退できる程度の力で、外の魔物に太刀打ちできたら、この街にはこんなにも高い壁は必要無いだろう。

イチかバチかで挑んで、運良く魔物の一体でも殺せればレベルが上がるから、最底辺の魔物を倒して、実力を亀の速度で上げていけば、いずれ安全に望遠できるのかな?

多分そんなことしたら、100回に99回は死ぬけど。

人生逆転できなかったなぁ。

思考が、どんどんとネガティブな方に流れていく。

冷静だから余計に頭が回って、嫌な方にどんどん流れていってしまう。

こんなことなら思考を放棄して発狂でもしていればよかった。

また引っ張られてしまった。

よし。頭の中の良くない流れを変えよう。

そのために俺は、涙が枯れ果てたのかもう涙を流さずに静かに丸くなっているソリュに声をかけた。

「なぁ、ソリュ。お前はどんな能力だったんだ?そんだけ泣き崩れてたってことは相当悪い加護だったんだろ?」

そう俺が言うと、ソリュはヤケクソ気味に叫んだ。

「あぁ、そうだよ。最悪だよ。どんな能力かも分からないレベルで、抽象的な能力だったよ。何が、『癒やしの力を人々に与える』だよ。どんな能力か分かったって、僕は強くなれないよ。人に何かを与える能力だから僕には恩恵がないよ、どうせ」

叫び終えるとまた頭を抱えて丸くなってしまった。

正直、ソリュらしい能力だと思った。

どうやったら癒せるのか。

そもそも癒やしとは何なのか。

全くわからないくらいに抽象的な能力だと思った。

急にまたソリュが顔を上げて俺に聞いてきた。

「レーヴだって顔が真っ青になって泣いてたじゃないか。相当悪い能力だったんだろ?」

最後にすがり寄るような、お前も仲間だろと言いたげな問いかけだ。

それ俺は涙を拭いながら応えた。

「俺の加護は、『民を率いる能力』だった。率いるような民がいねえんだよ。百歩譲って俺がもし領主の息子とかだったら、使えたかもしれないけどよぉ。それに、どんな効果があるのかさえ分からねえ加護なんだよ」

バケツに穴を開けたかのように、勢いよく不満がたれ流れた。

言葉に出すことで少しだけ、スッキリした。

俺には一つだけソリュの気持ちを聞きたいことがあったので聞いてみた。

「なぁ、相棒よ。お前はこれからどうしたい?あのスラムに戻っていつも通りに生きていくのか?それとも、賭けに出てみるか?」

真剣な眼差しで問いかけた。

するとソリュも真剣に受け止めたのかじっくり考えて答えた。

「今は決められない。そんなに冷静じゃないよ。一晩ぐっすり寝て、頭の中整理してから決めたいな」

ソリュらしい回答だった。

ここでムキになって、冒険するとかいってたら、全力で止めていた。

一拍おいて再びソリュが話しはじめた。

「でも…冒険者の登録はしとこうよ。成人したんだし。身分証がないと何かと不便でしょ?」

ソリュが案外冷静なことに驚いた。

「じゃあ、もうこの部屋を出て登録して帰るか」

思い立ったらすぐに行動だな。

俺は、立ち上がり未だに震えた膝を無理に動かして、歩き始めた。

ドアを開けると、再び冒険者ギルド内の喧騒が聞こえだした。

あぁ、やっと正常に戻ったんだな。

まぁ、未だに足は震えてるけど。

手をつなぎ、二人で必死にカウンターに向かう。

カウンターに向かう途中、クスクスと笑う声がそこら中から聞こえてきた。

あぁ、多分さっきの部屋の会話が聞こえてしまったのか。

「癒やすってwww」「戦えねえじゃんそんなのwww」「民を率いるってwww何様だよwww」「そっちもどうせまともに戦えないだろwww」「豚に真珠じゃねえかwwwてか、真珠でもねえかwww」「領主の息子だっていらないだろwwwそんなクソ加護www」心無い言葉がそこら中から聞こえてくる。心を抉るような言葉に耐えながらカウンターに一歩一歩向かっていく。

ソリュが俺の手を掴む力が強まる。

あぁ、こいつも必死に耐えてるんだな。

こいつが頑張ってんだから、俺はその倍は頑張らねえとな。

無意識に丸まった腰を伸ばし堂々と歩く。

地面のタイル以外が視界に入るようになり、視線が刺さるようで痛い。

やっとの思いで、カウンターまで着くと、俺は声をかけた。

「すみません。登録をお願いします」

先程の女性が対応してくれた。

「分かりました、登録ですね。それでしたらこちらの契約書に名前をお書きください」

差し出された契約書に目を通す。

契約書の内容は、

冒険者が死んでもギルドは責任を基本的に取らないこと。

依頼や素材の買い取りなど、ギルドを通す依頼の報酬の三割をギルドが仲介料としてもらうこと。

冒険者どうしのいざこざにギルドは関与しないこと。

ギルドの備品を壊した場合弁償すること。

ギルドからの招集にはやむを得ない場合を除き、応じなければならない。etc.

内容に不備はなさそうなので契約書にサインをする。

ソリュはまだじっくり契約書を読んでいた。

ソリュが、サインを書き終えるのを待ってから、受付の女性に提出した。

「これからあなた方二人は冒険者です。ぜひ命を大事に冒険なさってください。冒険者の死亡の半分は、登録後1年以内に起こっています。こちらが、あなた方の冒険者証です。等級は一番下の初心級です。なくされた場合、登録し直しとなってしまい、この初心級から再スタートとなるので絶対になくさないでください。最初の依頼を受けていきますか?」

長々とした受付の女性の機械的な説明を聞き終えた。

「いや、大丈夫です。依頼は後日でお願いします」

「そうですか。それなら今依頼の受け方について説明しますね。あちらの壁に貼ってある紙のうち依頼受諾可能等級に初心級が含まれている依頼ならどれでも受けることができます。白色の依頼書の場合、その紙を壁から剥がして持って来ていただければ依頼開始となります。赤色の依頼書の場合は、常時依頼ですので、剥がさずに、達成証明部位を受付に持参していただければこちらで達成処理を行います。通常の白色依頼は、期間が設けられているのでその期間内に達成できなかった場合、依頼が失敗となります。失敗した場合、違約金が課せられることがあるので依頼書をよく読んでください。また、依頼を10個以上失敗してしまいますと等級が一つ下がります。初心級の場合は下がりません。依頼の成功数が一定以上だと、等級が上がります。等級が上がれば失敗の数はリセットされます。以上で説明を終わりにします。詳しいルールはこの『冒険者ギルドルール全書』に書かれているので、ご確認ください。それでは良い冒険ライフを」

よく噛まないなぁ。

こんなに滑舌がいいだなんて羨ましい。

聞いている間、隣でソリュは船を漕ぎ始めた。

それを見た受付の女性は少しムッとしていた。

それから、二人してとぼとぼと家に帰った。

家につくと、着替えもせずそのまま、ベッドと言うにはいささか粗末な寝具にダイブした。



その夜、俺は懐かしい夢を見た。

俺と『公爵のジジイ』が出会った8年前の夢。希望が見えたあの日を思い出した。

『公爵のジジイ』、何年も前に忘れた名を俺は思い出した。

あれから一度もあいつの顔を見ていないぁ。

そうだ、俺には『公爵のジジイ』のところに行くって約束があるじゃねえか。

やってやろうじゃねえか。

100回に99回死のうが1回でも成功する可能性があるなら、そこに賭けない理由はねえよな。

この加護を使いこなしてみせようじゃねえか。今まで成功した人の中に抽象的な加護のやつがいないなんてことはねえ。具体的な加護に比べて、次元が違う扱いにくさがあるだけだ。

なんで俺は、こんなにもネガティブになっちまったんだろう?ビビっちまってたのかねぇ?

まぁ、いっか。過去のことなんて。



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