上 下
41 / 257
桜のように散った私たち【読み切り版】【俺Ver.】(未完)

幸せのエピローグ

しおりを挟む
俺は今日、改めて結婚の挨拶をしに癒月の実家へと向かった。

中学生の終わりの頃から、癒月の両親とは面識があった。だからあまり緊張せずに挨拶の望むことができた。

あの優しくておおらかな親御さんなら、怒鳴り散らされることはないだろう。そんな自信があったからだ。

今日のために新調したスーツに身を包み、癒月の実家へと訪れた。

インターフォンを押す俺の手が震えていた。

隣に立つ癒月がくすりと笑った。

「薫は、緊張しているの?先月一緒にキャンプいったじゃない。絶対に大丈夫よ。お父さんはあなたのことをえらく気に入っているのだから」

俺の緊張をほぐそうと、声をかけてくれた。

いくら先月一緒にキャンプに行ったからといって、結婚の挨拶をするということは多少緊張するらしい。精神的には穏やかでも、体が少し震えてしまう。

俺の手に癒月の手が添えられて一緒にインターフォンを押した。

ピンポーン…

インターフォンの音が完全に消えた頃、玄関のドアが開かれた。

「いらっしゃい、二人とも。中でお父さんが待っているわよ。さあさあ、上がって上がって」

ドアをあけたのは癒月のお母さんだった。

「お久しぶりです」

いつ見ても、癒月のお姉さんかと思うほど若々しい、癒月のお母さん。

癒月のお母さんに急かされながら、癒月の家に入った。

「お邪魔します」

靴を揃えておき、失礼のないように気を使いながら奥へと入っていく。

「薫、まだ緊張してるの?声と表情が硬いけど」

癒月が耳打ちをしてきた。

癒月の耳元で、小さな声でその問いに答えた。

「違う。緊張じゃなくて、真剣な表情をしているだけだ。一生に一度のことだから、真剣にやらなきゃだからな」

すると、癒月は納得したような顔をしていた。

そんなことをしていると、リビングに着いてしまった。

俺達の前を歩いていた癒月のお母さんは振り返り、言う。

「じゃあここに座ってね。癒月は薫くんの隣ね」

癒月のお母さんが指さした席は、やはり癒月のお父さんの席の前だった。

座る前にお父さんに挨拶をする。

「お久しぶりです、お義父さん」

あ、うっかりお義父さんって呼んじゃった。

どうしよう?この後、定番の「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない」って言われるのかな?

あぁ、初手でミスっちまった。

先が思いやられるな。

お義父さんはたっぷり間をおいて応えた。

「久しぶりだな、薫くん。お父さんと呼んだということはとうとう腹決めたのだね。さぁ、ここに座りたまえ」

まるで、ラスボスのような雰囲気をまとうお義父さん。

動きに非礼がないように座る。

いつもなら趣味などの話で盛り上がるのだが、今日に限っては、重苦しい空気が漂っていた。

そんななか、俺には言わなければいけないセリフがあったので口を開ける。

「娘さんと結婚させていただけないでしょうか」

その一言で更に空気が張り詰める。

お義父さんの視線が一瞬険しくなる。

肉食動物のような眼力。正直冷や汗が止まらない。

親父さんは一度目を閉じた後、再び目を開けて言った。

「あぁ、よいぞ。こちらこそ娘をよろしくな」

その一言の後は、空気が和み、和気あいあいとした夕食となった。

いつもどおり他愛もない話をしていると、すっかり夜になってしまった。

11時を回ったところで、俺たちは帰ることにした。

「そろそろ終電の時間なので、お暇しようと思います。今日は本当にありがとうございました」

俺が頭を下げると、お義父さんが、

「あぁ、こちらこそ。これからも娘をよろしくな。夜道は暗いし危険だから気をつけるのだよ」

お義父さんの言葉を聞いて頭を上げる。

それから二人して癒月の実家を出た。

俺の予想は裏切られることなく、和やかに結婚の挨拶をすることができた。

元々、何故か癒月のお父さんには気に入られていたことが、スムーズに行った要因なんじゃないだろうか。


それから俺たちは、懐かしい道を通って、駅へと向かった。

高校生の頃デートで行った様々なところを一つ一つ思い出した。

三年間を一緒に過ごした高校の校舎、放課後によっていたカフェ、よく暇なときに二人で行ったカラオケ。

流石に、商店街デートの思い出を癒月の実家の商店街で思い出して、懐かしさに浸ることはしなかった。

ただ、思い出を思い出すたびに、それより前のあいつとの記憶まで思い出される。

もう会うことはないだろうかつての親友のことを。

喧嘩別れしたあの公園も、散々遊んだあのゲームセンターも、癒月との思い出の下にあいつとの記憶が溢れるほど隠れている。

アイツのことを思い出してしまうから、あまり地元には戻りたくなかった。

後悔も、罪悪感も、悲しさも、あの時、俺には全く塞ぐことのできないほど大きな穴があいてしまった。それは癒月ですら埋めることはできなかった。

そんな事を考えていると、癒月に話しかけられた。

「どうしたの?そんなにボーっとして。もしかして思い出に浸っているの?あまり過去のことばかり見ていちゃダメだよ。なんていったって、わたしたち来年には結婚するんだから」

そうだ、俺はこれから結婚するんだ。

前を向かなきゃいけないんだ。

だから、こんなところで過去の傷に浸ってられない。

そう思い、この気持ちに再び重い蓋をした。


年が明け俺たちは結婚した。

俺たちは、人生最高の日を迎えた。

兵法の両親からも心から祝福されながら結婚した。

美しい花嫁をもらい、そのことを沢山の友人に祝福された。

俺は、幸せの絶頂を感じた。

いつまでも、こんなに幸せでいられますように。


後から知ったことなのだが、実は、癒月があいつに招待状を送っていたらしい。

やはりというか、あいつは俺たちの結婚式に来なかった。

あの時にできた俺とあいつとの溝は、俺の結婚式一つで改善されるほど浅くないのだ。むしろ深まったのではないだろうか。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

処理中です...