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桜のように散った私たち【読み切り版】【僕Ver.】(未完)

君に向けた気持ちの行方

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「起きなさい。朝よ、幸太郎。ご飯が食べたかったさっさと降りてらっしゃい」

日が完全に登りきり、日差しがさすように降り注ぐ朝。

母の声で、半覚醒の頭を動かしてベッドから起き上がる。

部屋から出て、ボーッとしながら階段を下っていく。

階段の途中で、母の独り言が聞こえてきた。

「少しぐらいは自分で起きなさいよ」

少し呆れを込めたその声に、少し申し訳なくなる。

リビングに入ると、キッチンに立ち、料理をしている母が居た。

「おはよう」

「おはよう」

母は、僕の朝の挨拶にフライパンから目線を上げることなく答えた。

「ちょっとこれ運んじゃって。さっさと、朝ごはん食べちゃいなさい」

野菜炒めの乗った更を食卓へ運ぶ。その間に、母はエプロンを取って食卓についていた。

「「いただきます」」

二人して、手を合わせて、食事を始める。

食事中、母が事務的な口調で言った。

「食器洗っといてね。他の家事してるから」

10分もしないうちに平らげ、終わりもきちんと手を合わせる。

「「ごちそうさまでした」」

僕は、僕と母の食器をまとめて、シンクへ向かう。

慣れた手付きで、食器を洗う。

いつも母に食事を作ってもらっているので、一緒に食べるときは僕か父が交代で皿洗いをしている。

僕が、食器を洗っている間に母は掃除を始めた。

僕の鼻歌と掃除機の音だけが響く。

僕が食器を洗い終えると同時に、母が一度手を止め、こっちを向いて言った。

「さっさと着替えてらっしゃい」

そういえば寝起きでそのまま朝食を食べたからまだパジャマのままであった。

部屋に戻り急いで着替えて、再びリビングに降りてくる。

リビングに戻ると、母は支度を終えて、今にも出かけようとしていた。

母はこちらを一瞥して、一言簡潔に言う。

「じゃあそろそろ行くわよ」

それから車に乗り込み、30分ほど掛けて駅の近くの百貨店に向かった。



百貨店の自動ドアを前にする。

ドアが開き、目の前に広がるきらびやかな店々。そのきらびやかさに負けない、派手ではなく落ち着いた雰囲気、高貴な雰囲気を漂わせる客。

百貨店の荘厳な雰囲気に気後れする。

僕の隣から母が堂々と入っていった。

僕にはそんな自信はなく、背中を丸めて、母の腰巾着のようになりながら自動ドアをくぐった。

その時、後ろから、聞き馴染みのある声で声をかけられた。

「あ、幸太郎くん」

振り向くと、こちらに走って向かってくる癒月の姿があった。

「あ、癒月」

言葉につまりながら、返事をした。

今、一番会いたくない人と遭遇してしまった。

告白の件で一方的に気まずく思っていることもあるし、好きな人にこんな情けない姿を見られてしまったという恥ずかしさもある。

癒月は、振り返った僕の前で立ち止まる。そして、僕と母を交互に見ながら言う。

「やっぱり幸太郎くんだ。隣の方は、お姉さん?」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。どうも、幸太郎の母です」

僕に話しかけて来ていたはずなのになぜか母が横から会話に入ってきた。あまりそういうことを母がしたところを見たことがなかったので驚いた。僕は、結月に対して一方的に気まずく思っているので、正直ありがたかった。

「え、お母様なの?若っ。お姉さんかと思いました。こんにちは、幸太郎くんのクラスメイト?友達?の東雲癒月です」

願わくば、女子会的なものになってこっちに話題の矛先が向きませんように。そういう思いで、話題を広げようとチャチャを入れる。

「まぁ、若作りしてるから。実質詐欺みたいなもんだよ」

「あら、幸太郎ったらなんてことを言うの。帰ったら覚えてらっしゃい」

「そうだよ幸太郎くん。そんなこと言っちゃだめだよ」

何故か二人共を敵にしてしまったようだ。

母の説教は、心身ともに滅入るのでぜひやめていただきたい。

「説教はご勘弁を~」

弱々しい声で減刑を求めた。

しかし母からの返事はない。

あぁ、これはちゃんと怒っているやつだ。つい身内を友だちの前でいじっちゃって、解散した後にめちゃくちゃ怒られるあれだ。

やっぱり怒ってる。だって、顔真っ赤だもん。

それとは対象的に、僕の顔はだんだんと青ざめていく。家に帰ってから起こるきつい説教を想像して。

「ふふっ。仲いいんだね、お母さんと」

癒月は温かい目線をこちらに向ける。

笑ってないで助けてもらえるかな?わりと、ちゃんとピンチなんだけど。

これのどこが仲良さそうなの?

癒月の後ろに走ってこちらに向かってくる女性の姿が見えた。

「もう癒月ったら先に行かないでよ。いきなり走り出したからびっくりしたわよ。あら、癒月のお友達?」

癒月の横で止まると、息の上がった声で会話に入ってきた。誰だろう?癒月を穏やかにしたような顔で、癒月より少し低い身長の女性。癒月の横に立つってことは癒月の関係者っぽいし、とりあえず挨拶しとくか。

「どうもこんにちは。癒月さんのクラスメイト?御学友?の神崎幸太郎です」

「幸太郎の母でーす」

僕の挨拶に合わせて母がとても軽い自己紹介をした。高校生ばりに軽い自己紹介だ。気持ちの面でも、まだまだ若いのかもな。

「あら、御若いのね」

少し顔をひきつらせ苦笑いをする女性。

「若いよね。私さっきお姉さんかと思ったよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

母が頬を赤らめ、少し照れたように返した。

まさか、うちの母は、この見え見えなお世辞を真に受けているんじゃないだろうか?

「自己紹介忘れていたわ。私は癒月の母です」

「お若いですね。」

癒月の母が、癒月の隣から一歩前に出て自己紹介をした。

改めて見るととても若く見える。何も知らなかったら、癒月のお姉さんに見えるぐらい若い。

うちの母は、癒月と癒月の母を2,3度交互に見た後、驚いたように言った。

「優しそうで良いお母さんだね」

僕は、当たり障りのないことを言った。褒めるのもなんか変だし、正直難しい。

「そうだよ、自慢のお母さんだもん」

癒月は、胸を張って自慢するように言った。

癒月の家、家族仲がいいんだなぁ。

「ふふっ、ありがとうございます。お世辞まで言ってもらって」

癒月の母は、余裕のある笑みを浮かべて受け流していた。多分言われ慣れているのだろう。

「今日はどういう御用で?」

癒月の母は、続けてスムーズに話題を変えた。さすが大人だぁ。とても手慣れている。

「幸太郎の高校の制服を買いに。ついでに、幸太郎が最近元気がないから、うなぎでも食べていこうかと思いまして」

「私も癒月の高校に制服を買いに来たんです」

癒月たちも制服を買いに来たらしい。まぁ、ここらへんで高校の制服を扱っているのここくらいだしな。

「よかったらお昼ご一緒します?」

は?なんで急にそういうことになるの?

母が、突拍子もない事を言っている。

「ぜひぜひお願いします」

それになんで癒月の母も了承するんだろう?今日初対面だよね?てか、家の端はそんな陽キャみたいな人じゃなかったはずなんだけどなぁ。

それから母親たちが、井戸端会議をはじめてしまった。

二人の会話に取り残される僕と癒月。

すると、癒月がこちらの了承を得ないで、腕を引っ張ってきた。

「ちょっと、幸太郎くんと二人で話してくるね」

癒月はそう言うと、百貨店の奥の方へと僕を連れて行った。




母親たちが見えなくなる辺りの休憩スペースまで僕たちは来ていた。

「ありがとう。幸太郎くんのお陰で薫と付き合えたよ」

癒月に唐突に頭を下げられた。

あぁ、やっぱりこの話題に触れてくるんだなぁ。

心に負荷がかかるように感じた。

吐き気を催し口の中が酸っぱくなってくる。

「僕のお陰?僕なにかしたっけ?」

この負荷から逃げるために、僕はとぼけてみた。

「幸太郎くんが、薫のこと色々教えてくれたお陰で、3年間の恋が実を結んだんだよ。本当にありがとう」

あぁ、僕が会話を弾ませていたと思っていた時間は、癒月にとってはただの情報収集に過ぎなかったのか。僕はただの協力者。勝負の土俵にすら立たなかった人。

心が壊れていく。

もうすでにボロボロに砕けていた、壊れるところのなかったはずの心が、更に崩れていく。

吐き気も血の気も引いて、感情も落ち着き、冷静でいられた。

ただ体が酷く冷たくはんじた。

「どういたしまして?それって、癒月が頑張って告白したからじゃない?癒月は自らの努力で薫の恋人というポジションを手に入れたんだと思うよ」

冷たくなった心を表すかのように少し、圧のある口調で癒月に返答した。

「そうかな?私は、幸太郎くんが恋のキューピットだと思ってるんだけど」

癒月は変わらず浮かれたような声色で言った。

あぁ、もとからこっちには何も向けていないんだな。私がどんなに態度を変えても気づかない。君が求めてるのは、薫の情報であって僕の言葉じゃない。

彼女への思いが急激に冷めていく。

3年かけて溜め込み、卒業式後の一件で弾けそうなほどに膨れ上がった思いが、急激にしぼんでいく。

こんなことなら気持ちを爆発させればよかった。まぁ、そんなことしたら、人間関係を全部巻き込んで、崩れていきそうだけど。

「改めて、告白成功おめでとう。3年も片思いしてたんだ。盛大な片思いが実を結んでよかったね」

自分の言葉じゃない。純粋な嘘が口からこぼれた。あぁもう、この人に本音を語る価値はないんだと体が勝手に判断した。

「この間ね、薫とお家デートしてたら親と鉢合わせちゃって、お父さんがすごい剣幕で薫るを質問攻めしてたの。でもね、私が少し席を外して、戻ってきたときにはもう、意気投合してたの。薫るお父さんにめちゃくちゃ気に入られてて…」

その後散々癒月の薫に対する惚気を聞かされた。

好きな人が他の人とのイチャイチャを嬉しそうに語る苦しみではなく、興味がないことを永遠と聞かされる苦しみが体を支配する。

しばらくすると、休憩スペースに母親たちが顔を出した。

親の顔が見えた瞬間に癒月の惚気が止んだ。やっと僕は苦痛から開放された。

「そろそろ、採寸行くわよー」

「幸太郎も行くわよー」

それにしてもどうやって僕たちの場所を探し出したんだろう?

母親たちはすっかり仲良くなっていた。

「あ、いい忘れてたけど、今日のお昼、東雲さんたちも一緒に食べることになったわよ」

「えっ、そうなの?」

驚いた。さっき言ってたことがまさか本気だったとは。正直冗談だと思ってた。

「癒月、今日のお昼、神崎さんたちと、うなぎになったわよ」

「やったー。うなぎー。幸太郎くんたちと一緒にお昼食べられるの?やったー」

癒月は嬉しそうにはしゃいでいた。

「じゃさ、さっさと採寸しに行こう。うなぎを想像しちゃったらなんだかお腹空いてきちゃった」

四人並んで、特設で用意されている制服の販売スペースまで行った。



「…身長が164cmと。これなら少し小さめの制服を軽く調整するくらいで大丈夫そうですね、制服のサイズ的に平均的な胸囲と袖丈、股下なのであまり調整に時間はかからなそうですね。それではこちらの書類に目を通していただいて、…」

出された書類に母が一つずつ丁寧にサインをしていく。僕はその横でただ行儀よく座っているだけだった。

契約を終えて、母は書類をバッグに入れた。そして二人して席を立ち出口へと向かう。

「…それでは良い高校生活を」

後ろから店員さんがお見送りをしてくれているらしい。


「こっちも採寸終わったよ。じゃあお昼行こっか」

制服販売の会場を抜けると、癒月親子が待っていた。

癒月たちは僕たちより早く制服を購入できたらしい。

僕が行く学校は隣の市だから、あまり扱ってなくて少し手間取った。だから僕たちのほうが遅かったのだろう。

「採寸どうだった?ちなみに、私のは結構調整が必要になるらしいよ。胸のあたりが窮屈になっちゃうからって聞いたよ」

とても反応しづらい話題を振ってくる癒月。

ここで反応するのは違うし、スルーを選択。

ドキドキするんじゃなくて、反応しづらいって思いが一番に出てくる。あぁ、やっぱり気持ちが冷めたんだな。

3年間なんだったんだろうな。

「僕のはあまり調整がいらないって。この身長の平均的な長さの胸囲と袖丈、股下だって言われた」

「展示場にあった他校の制服見た?どこの制服もめちゃくちゃ良かったね。私立とか特に凝ってるなぁって思ったよ」

身振り手振りを入れて興奮気味に、離す癒月。目がキラキラと輝いている。

癒月の中には幸福感しか無いんだろうなぁ。

「もちろん見たよ。母が店員さんと話しをしてる時暇だったし。散々高校のパンフレットで見たはずなのに、実物を見ると、おぉってなるよね」

母親たちが、店に向かって歩き出したので置いて行かれないように、僕も癒月と歩き出した。

しばらく歩いていると、横から癒月が顔を覗き込んできた。

僕の前に立ち後ろ向きに歩きながら話しかけてくる。

「打ち上げのときもそうだったけど、最近体調悪いの?あまり顔色が優れないけど。それとも、悩み事?なにか私に力になれることがあったら言ってね。幸太郎には、薫と付き合えたことで恩があるから。恩人の為なら一肌だって二肌だった脱いじゃうよ」

癒月の優しさが、心を抉る。

変わってしまったのは、僕の気持ちと、関係だけ。癒月は全く変わっていない。

関係も変わったと思っているのは僕だけなんだろうなぁ。

『このまま悩みをすべてぶちまけてしまいたい。』昨日までの僕だったらそう思っていたに違いない。そんな熱意はもう持ち合わせていなかった。

「大丈夫だよ。卒業式が終わってちょっと燃え尽き症候群になっちゃっただけだから。顔色が悪いのは卒業で気が緩んで、ちょっと体調を崩しちゃったからかな?」

とっさに嘘をついてしまった。変わってしまった自分を隠すように。輝いていたあの頃の自分を演じてしまった。

やっぱり、素直に、「薫と癒月が付き合ってショックだった。君のことが好きだったから」って言えなかった。言う勇気も、熱意もなく虚しさだけが胸に残る。

流石に親がいるこの場でそんな事は言えない。でも、その言葉が喉辺りまで、出かかっていた。もうこの関係をぶち壊してやろうかという悪魔のささやきが聞こえる。

「何かあったら相談してね。必ず力になるから」

癒月はそういった後、前に向き直り暖簾をくぐっていった。

どうやら気づかないうちにうなぎ屋まで来ていたらしかった。

僕も癒月に続き暖簾をくぐる。

席に付き母たちがテキパキと注文をしていく。僕たちに選択権はないらしい。まぁ、うなぎ高いもんね。

それからうなぎが来るまで他愛もない雑談をした。

話が盛り上がってきたところ、香ばしいタレの香りが漂ってきた。

店員がうなぎを僕たちの前に置く。

「わぁ、うなぎ来たよ。いい匂い。私、鰻食べるの初めてだと思う」

「前に一度食べたでしょ。癒月は忘れっぽいんだから」

「食欲がそそるいい匂いだね。僕も入学式のときに食べて以来だから二度目かな?」

「いや、あんたは何回か食べてるわよ」

正直癒月と話すより、目の前のうなぎが食べたい気持ちが大きくなってきた。

「わぁ、すごい湯気が出てる。つやつやしてる、美味しそう」

「思ったより大きいね。器いっぱいにうなぎが詰められてるね。こんなに食べきれるかな?僕はあまり自信ないや」

「「「「いただきまーす」」」」

みんなもう我慢できなくなったのか、店員さんが下がった瞬間に食べ始めた。

「美味しい。めっちゃ美味しいよ幸太郎。そんなに味が濃くないのに、どんどんご飯が進んでいくよ」

ご飯粒を口元につけている癒月。興奮でいつもより早口になっている。

「美味しいね。ご飯も鰻も柔らかくて、すごく食べやすいね」

それからは食事に集中して、黙々と食べ進めた。

あっという間にうなぎがなくなって、もう無いのかという寂しさと、もうお腹いっぱいという満腹感が僕の中を満たしている。

「「ごちそうさまでした」」

「あんたら食べるの早いわね。もうちょっと味わって食べたら良かったのに。もったいない」

母が横から、呆れたように言う。その母の、うなぎの重箱は、ご飯粒一つ無いほどきれいに食べ終えられていた。

やっぱり親子なんだなぁと改めて思った。

「箸が止まらなくって」

「思ったよりペロッと行けちゃったね」

またほっぺにご飯粒をつけた癒月も会話に入ってきた。

「ボリュームがあったのに、不思議とすんなり入っていったね」

癒月のお母さんが四人で一番大きいサイズを頼んで、一番早く食べ終えていた。

予定をおえたので解散の流れになり駐車場まで移動してきた。

「それじゃあ、またね。次は薫も入れて3人で遊びに行こうね。本当にありがとうね恋のキューピットさん」

「その恥ずかしいあだ名は今後使わないでね。またね。」

去っていく癒月達が乗り込んだ車は、ゴリゴリのスポーツカーだった。

癒月のお母さんって一体何者?



帰りの車で、母がいつものからかうテンションで話しかけてきた。

「あの子誰なの?あんたあにあんな美少女の知り合いなんていたの?」

「クラスメイトだよ、クラスメイト。ただ、薫の彼女だから関わりがあるだけの」

いつもより冷たさ4割増しで返してしまった。

まだ僕の中に彼女へ思うところがあるんだと自分で驚く。

「薫くんに彼女いたんだ。硬派な感じで『恋愛なんてしない』とか言いそうなのに。あんたはどうなの?実際。」

「なにが?」

思わず反抗期がぶり返してしまった。

「彼女よ彼女。浮ついた話の一つもないのかって、聞いてるのよ」

僕の変わりようを察したのか、少し早口で母が話題を戻そうとした。

「居ないよ彼女なんて。居たらこんなに落ち込んでないよ」

「それもそうね。彼女が居たら、落ち込んでても慰めてくれるわよね。ごめんなさいね。野暮なこと聞いたわ」

母は災害が去ってホッとしたかのような顔をしていた。

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