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星降る夜に君と (未完)
1話
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彗星の降る丘で少女は振り返った。
存在自体が蝋燭の火のようにおぼろげな彼女が、小首をかしげて、満面の笑みで、こちらに問いかけてくる。
「ねえ、君はあの彗星のように、駆け抜けたいと思わない?何もかも犠牲にして、最後の一瞬に誰もが目を奪われるような光を放つの!」
彼女の言葉に胸を打たれたような気がした。
衝撃とともに目が覚めた。
目を開けるとそこには満面の笑みを浮かべた弟が「キャッキャ」と言いながら俺の上で跳ねていた。
彼女の言葉に胸を打たれたのではなく、弟が物理的に胸を打っていたのだと気づいた。
「おはよう、啓太。お前は朝から元気だな~」
「おふぁお、にぃいに」
舌足らずの声で、必死に挨拶を返してくれる弟に微笑ましさを感じながら、弟の脇を抱える。
「お前もう二歳だからな。流石に上ではねられると、胃の中身出てきちまうよ。もう朝だし、お母さんのところ行こうな」
こみ上げる吐き気に耐えながら、なるべく優しく、諭すように伝える。
「うん!」
ベットの脇に降ろしてやると、元気よく頷き、おぼつかない足取りで部屋から出ていった。
もう一度寝ようという悪魔の誘いを振り切って、立ち上がり洗面所に向かう。
歯磨き粉のほのかな苦味で目を覚ます。
顔を洗うことで、体を起こす。
朝のルーティンを終えた頃、母の上機嫌な声が聞こえてきた。
「和也ご飯できたわよー。冷める前に食べましょう」
食卓に向かう。父が新聞を広げて難しい顔をしていた。母はその横に予想通りの上機嫌な顔で座っている。弟はまだ持ち慣れないスプーンを振り回して楽しそうにしている。
どうやら俺が最後だったようだ。気持ち急ぎめで席につく。私が席につくタイミングで食事を始める。
「「「いただきまーす」」」
今日の朝食は、ご飯と味噌汁、あと、鮭の切り身だ。
うちの朝ごはんは基本的に和食だ。
味噌汁をすすり、母に問いかける。
「どうしたの?かあさん。今日はすごく上機嫌だけど」
「ねえ、聞いて。今日初めて、啓太が一人で椅子に座ったの!!すごくない?!!」
食い気味で、身を乗り出して言う母から、親ばかのオーラをプンプンと感じた。
「よくやったな啓太。よしよし」
母の話に答える代わりに、弟の頭を撫でて褒めてやる。
「よくやった啓太」
父がボソッと呟いた。
父も口下手なだけで、だいぶ親ばかなのではないかと最近感じてきた。
それからは、近所の〇〇さんちで子供が生まれただの、〇〇ちゃんがピアノのコンクールで入賞しただの、などの母親のマシンガントークを聞きながら、朝食を食べた。
その後、新聞を流し読みして、情報を入れる。そこから素早く学校の用意をして、家から出る。
「いってきまーす」
十年以上繰り返している流れなだけに、流れるように行われていく。
登校をしながら、今朝の夢について考える。
あの夢は何なのだろうか?
おじいちゃんが死んだあの日の夜から、俺は不思議な夢を見ている。
その夢は、毎週日曜の夜に現れる。
いつも同じ見覚えのない丘から、自分の息遣いや草木の揺れる音などないなか、見たことのない星空を、見上げる。この繰り返しだ。
他の曜日には一切出て来ることはない。
あの夢だけはなぜか、目が覚めても忘れない。思い出そうとすれば夢で見たところよりも細かいところまで頭の中に景色を浮かべることができる。
今までは、音のない事以外が完璧な不思議な夢の世界ぐらいに思っていた。
でも今日は、いつもと違った。どんな季節であれ常に一定だった星空が、彗星の輝きで照らされ、夏を思わせる青々とした草木は、花を咲かせ、春のような景色が広がっていた。無人だった丘で、おぼろげな少女が問いかけてきた。
顔もうまく思い出せない少女、白いワンピース姿で顔に靄がかかったような不自然さがある。いつも通り目を閉じて思い出そうとすれば、彼女の顔だけが思い出せない。
あれは一体何だったのだろう?
見たこともない景色に、会ったことのない少女。変化しだした夢。次の変化を心待ちにしながら学校へと向かった。
キーン、コーン、カーン、コーン
一瞬の静寂のあと、クラスは突然騒がしくなった。
「「「昼飯じゃー!!」」」
テンションの高い一部の男子が、奇声を発している。
「なあ、和也。今日昼飯どうする?」
相当声を張っているのに、喧騒の中では、かき消される寸前のような声で、紫音が話しかけてきた。
「今日は弁当ないから、学食行かね?」
紫音の耳元でささやく。紫音は体をブルッと震わせて、こちらを睨んできた。
「耳元でささやくな!ゾクッとしたわ。そして首筋に息を当てるな!」
「で、学食でいいの?」
紫音の抗議をまるっきり無視して、俺は小首をかしげる。
「あぁもう。お前に何を言っても無駄なのは小学生の頃から知ってるが、やっぱりその反応をされるとムカつくわ。はいはい、学食でいいですよ」
「じゃあ学食行くか」
二人で騒がしいクラスを抜け、より騒がしいであろう学食へと向かう。
「なあ、今日って月曜日だろ。やっぱり今朝もあの夢見たのか?」
紫音がカツ丼を頬張りながら、天気の話題ぐらいののりで聞いてくる。
「ああ見たよ」
俺はカツカレーを食べる手を止めて答える。
「お前っていつもそればっかりだよな。小5あたりでその夢を見出したとき、俺はこの景色を眺めなくちゃいけない、とか言ってたよな。それから地理と天文の勉強を始めて、高校までずっとその使命感のまま突き進むってすげえよな。でも、そのせいでお前、まともに人間関係あるの俺くらいだもんな。」
褒められているのか、貶されているのか、ちょうど分からない塩梅の言葉をかけられた。
俺は、反応に困ったので、話題を少し変えることにした。
「今日はな、何故かいつもと違かったんだよ」
その言葉で、ガハッと紫音が顔を上げる。
「いつもと違った?!!そうだよ、そういうのが聞きたかったんだよ。いつも同じようなこと言いやがって、変化が大事なんだよ。で、で、で、何が違ったんだよ?!!」
身を乗り出して目を輝かせた紫音に迫られる。
「いつもが夏っぽい感じっていうのは、前言ったよな?それが、春っぽい感じになってたんだよ」
「ふわっとし過ぎだよ。もっと具体的に話せ。何が春っぽかったんだ?」
「ええっとね。桜が咲いていたんだよ。あと、たんぽぽとか」
「他にはなかったのか?他に!」
餌を待つ犬のような興奮した様子で、更に紫音が顔を近づけてくる。
「あっ、あと、なんか少女がいた」
「少女?!!誰だ?誰に似ていた?!!」
はなが触れそうな距離まで詰めてきた紫音を押しのけて答える。
「それが、顔だけは思い出せないんだよ。服装はワンピースに麦わら帽子だったよ」
「なんだ、面白そうな展開になると思ったのに……」
紫音がガックリと肩を落とす。
「なんか、服装が妙に夏っぽいな」
少し考え込んでから紫音がポツリと呟いた。
それからさらに、紫音に質問攻めにされ、納得した顔で乗り上げた上半身を戻した頃には、カツカレーは覚めてしまっていた。
午後の授業も順調に過ぎ、放課後。
家に帰ると、父が待ち構えていた。
「和也、これからおばあちゃんに会いに行くぞ。咳とかないか?体調は大丈夫か?」
「急にどうしたの?母さんとか、啓太は?」
靴を脱ぎながら、父に話しかける。
「母さんたちならもう準備ができてるぞ。和也が準備ができたら出発だ。なんでも、急におばあちゃんが顔を出せって言っていたらしい。今朝、老人ホームの方から連絡があってな。思い立ったが吉日、とよく言うだろう。だから、今日行くことにしたのだ。準備はゆっくりやっていいぞ。久しぶりにおばあちゃんに会うんだから、身だしなみは整えて行けよ」
予め準備してきたかのような、スラスラと読まれた回答をもらう。
それから部屋へと生き、制服から着替え軽く鏡を見てから、居間に戻ってきた。
俺が居間に入るなり父が、言った。
「じゃあ、全員準備ができたことだし、早速行くか!」
父が、せっかちさと、化け物みたいなバイタリティーで急かしてくる。
「まあ落ち着きなさい。そんなに急がなくてもおばあちゃんは逃げませんって。とりあえず、なんでおばあちゃんが呼んでいるのか、ぐらい和也に説明してあげなさいよ」
母が父を諭すように言う。
「ごほん。じゃあ、なんでおばあちゃんがうちの家族を呼んでいるのかなんだが、和也、おばあちゃんからお前に伝えたいことがあるらしいぞ」
気を取り直して父が、冷静に語った。
「そうなんだ。具体的に何かってのは分からないの?」
「すまんが、全くもって見当がつかない。だから、行ってからのお楽しみだ」
「じゃあ、行きますか!」
俺の合図のもと、全員が席を立った。
それから、車に乗り、市街地から少し離れた、緑があふれる老人ホームへと向かった。
おばあちゃんは、おじいちゃんが亡くなってから少しボケてしまった。
だから、今回もなにか突然思い立っただけでたいして大切なことではないのだと、このときは思ってた。
老人ホームに入り面会室の前に立つ。中からは和やかなおばあちゃんの声が聞こえてくる。
元気そうで、扉を開ける前からホッとする。
コンコンコン
ノックを軽く3回する。すると中から、
「どうぞー」
と若い声が返ってきた。
胃を決して扉を開くと、そこには、優しそうな穏やかな目をしたおばあちゃんと、おばあちゃんに目線を合わせるためかしゃがんでいる若い職員の方がいた。
「それでは失礼しますね」
職員さんが部屋から出ていく。
話が盛り上がっていたので、少し罪悪感を覚えながら、職員さんと入れ替わるようにおばあちゃんの前に座る。俺が座ると、後から入ってきた父たちは、俺の後ろに椅子を持ってきて座った。
全員が着席したのを見計らって、おばあちゃんに声をかける。
「久しぶり、おばあちゃん。前会ったのが、おばあちゃんの誕生日の時だから、だいたい半年ぶりくらいかな?相変わらず元気そうだね。さっきも、職員の人と楽しそうに話してたけど、邪魔しちゃったかな?」
おばあちゃんは、俺の話をゆっくりと頷きながら聞いて、ゆっくりと話しだした。
「久しぶりだね。半年で随分と大きくなったね。顔もなんだか大人っぽくなった気がするよ。おばあちゃんはまだまだ元気に、あと20年ぐらいは生きるつもりさね。孫を邪魔なんて思うはずがないさね。あの子、もっくんののファンだっていうからね、久しぶりに若い頃の血が騒いでね、つい話し込んじゃったのさ」
元気良く答えるおばあちゃんの姿に、20年といわず、何十年も行きそうな気配がした。
世間話はそのくらいにして、さっそく本題に入ることにした。
「おばあちゃん、急に呼び出すからびっくりしたよ。それで、俺に話があるって、どんな話?」
するとおばあちゃんは、少し驚いたあと父を見てニヤニヤとした。
「いや、急に呼び出したわけじゃないさね。『時間ができたら遊びに来い』って伝えたはずなんだがね。どこかのせっかちさんが、急いできただけさね。それで、話は別に、和也一人の話じゃないさね。とりあえず、和也。この写真お風景に見覚えはないかね?」
おばあちゃんが懐から、黄ばんで、端のほうがぼろぼろになった写真をこちらに差し出してきた。
その写真を見て、衝撃を受けた。
そこには、毎週見るあの夢の中の丘と夜空が写されていた。
全体的に荒いが間違いなくあの夢の中の場所だ。
思わず目を見開いた。そして、おばあちゃんの方に身を乗り出して興奮しながら聞く。
「ねえ、おばあちゃん。そこはどこなの?」
「まあまあ、落ち着きなさいね。やっぱり知ってるんだね、この景色を。ちなみにどこで見たんだね?」
おばあちゃんは、呆れたあと、少し早口で問いかけてきた。
「えっとね、どう言ったらいいんだろう?あの…おじいちゃんが亡くなってから、日曜寝ているときに、その景色を夢で見るようになったんだ」
「爺さんの妄言は嘘じゃなかったんだね」
俺の答えを聞いて、おばあちゃんがボソッと呟く。
それから、おばあちゃんは、また落ち着きを取り戻して、静かにそして、厳かに語りだした。
「その場所はね、私と爺さんの生まれ故郷なのさ。これは、二人で故郷の村を出ることになったときに、記念に撮ったものなのさ。爺さんと私は、15のときに、故郷を出てこっちに来たのさね。それから、こっちに定住したのさね。だから実家は、まだそこにあるさね。その実家が最近、壊れそうだ、って地元の知り合いが教えてくれたさね。だから、そこに行って実家を見てきてくれないかね?写真の一枚でもあれば、この故郷への未練も、断ち切れると思うさね」
「そんな場所があることは、初耳だな。おじいさんたちが、幼少期に過ぎした家か…少し気になるな」
後ろから、父が言っている。ここに来て初めて言葉を発している。
父の方を向くために後ろを振り返ると、美しい景色にうっとりしている母と、おじいさんたちの幼少期に興味があるのかウズウズしている父と、出かけることを感じ取ってか、目をキラキラとさせて、ワクワクを表現している弟がいた。
「じゃあ、その村に行ってみるってことでいい?」
私の問いかけに、ヘッドバンキング並みに首を縦に振ってうなずく3人。
前に向き直り、おばあちゃんの目を見ながら言う。
「おばあちゃん、その村に行ってくるよ。なにかこの夢のヒントになりそうな気がするし、そして何より楽しそうだし」
それから、おばあちゃんにその村の住所やら、知り合いへの伝言やらを聞き、事前に用意していたらしい、その村の知り合いへのお土産などを受け取って家に帰った。
存在自体が蝋燭の火のようにおぼろげな彼女が、小首をかしげて、満面の笑みで、こちらに問いかけてくる。
「ねえ、君はあの彗星のように、駆け抜けたいと思わない?何もかも犠牲にして、最後の一瞬に誰もが目を奪われるような光を放つの!」
彼女の言葉に胸を打たれたような気がした。
衝撃とともに目が覚めた。
目を開けるとそこには満面の笑みを浮かべた弟が「キャッキャ」と言いながら俺の上で跳ねていた。
彼女の言葉に胸を打たれたのではなく、弟が物理的に胸を打っていたのだと気づいた。
「おはよう、啓太。お前は朝から元気だな~」
「おふぁお、にぃいに」
舌足らずの声で、必死に挨拶を返してくれる弟に微笑ましさを感じながら、弟の脇を抱える。
「お前もう二歳だからな。流石に上ではねられると、胃の中身出てきちまうよ。もう朝だし、お母さんのところ行こうな」
こみ上げる吐き気に耐えながら、なるべく優しく、諭すように伝える。
「うん!」
ベットの脇に降ろしてやると、元気よく頷き、おぼつかない足取りで部屋から出ていった。
もう一度寝ようという悪魔の誘いを振り切って、立ち上がり洗面所に向かう。
歯磨き粉のほのかな苦味で目を覚ます。
顔を洗うことで、体を起こす。
朝のルーティンを終えた頃、母の上機嫌な声が聞こえてきた。
「和也ご飯できたわよー。冷める前に食べましょう」
食卓に向かう。父が新聞を広げて難しい顔をしていた。母はその横に予想通りの上機嫌な顔で座っている。弟はまだ持ち慣れないスプーンを振り回して楽しそうにしている。
どうやら俺が最後だったようだ。気持ち急ぎめで席につく。私が席につくタイミングで食事を始める。
「「「いただきまーす」」」
今日の朝食は、ご飯と味噌汁、あと、鮭の切り身だ。
うちの朝ごはんは基本的に和食だ。
味噌汁をすすり、母に問いかける。
「どうしたの?かあさん。今日はすごく上機嫌だけど」
「ねえ、聞いて。今日初めて、啓太が一人で椅子に座ったの!!すごくない?!!」
食い気味で、身を乗り出して言う母から、親ばかのオーラをプンプンと感じた。
「よくやったな啓太。よしよし」
母の話に答える代わりに、弟の頭を撫でて褒めてやる。
「よくやった啓太」
父がボソッと呟いた。
父も口下手なだけで、だいぶ親ばかなのではないかと最近感じてきた。
それからは、近所の〇〇さんちで子供が生まれただの、〇〇ちゃんがピアノのコンクールで入賞しただの、などの母親のマシンガントークを聞きながら、朝食を食べた。
その後、新聞を流し読みして、情報を入れる。そこから素早く学校の用意をして、家から出る。
「いってきまーす」
十年以上繰り返している流れなだけに、流れるように行われていく。
登校をしながら、今朝の夢について考える。
あの夢は何なのだろうか?
おじいちゃんが死んだあの日の夜から、俺は不思議な夢を見ている。
その夢は、毎週日曜の夜に現れる。
いつも同じ見覚えのない丘から、自分の息遣いや草木の揺れる音などないなか、見たことのない星空を、見上げる。この繰り返しだ。
他の曜日には一切出て来ることはない。
あの夢だけはなぜか、目が覚めても忘れない。思い出そうとすれば夢で見たところよりも細かいところまで頭の中に景色を浮かべることができる。
今までは、音のない事以外が完璧な不思議な夢の世界ぐらいに思っていた。
でも今日は、いつもと違った。どんな季節であれ常に一定だった星空が、彗星の輝きで照らされ、夏を思わせる青々とした草木は、花を咲かせ、春のような景色が広がっていた。無人だった丘で、おぼろげな少女が問いかけてきた。
顔もうまく思い出せない少女、白いワンピース姿で顔に靄がかかったような不自然さがある。いつも通り目を閉じて思い出そうとすれば、彼女の顔だけが思い出せない。
あれは一体何だったのだろう?
見たこともない景色に、会ったことのない少女。変化しだした夢。次の変化を心待ちにしながら学校へと向かった。
キーン、コーン、カーン、コーン
一瞬の静寂のあと、クラスは突然騒がしくなった。
「「「昼飯じゃー!!」」」
テンションの高い一部の男子が、奇声を発している。
「なあ、和也。今日昼飯どうする?」
相当声を張っているのに、喧騒の中では、かき消される寸前のような声で、紫音が話しかけてきた。
「今日は弁当ないから、学食行かね?」
紫音の耳元でささやく。紫音は体をブルッと震わせて、こちらを睨んできた。
「耳元でささやくな!ゾクッとしたわ。そして首筋に息を当てるな!」
「で、学食でいいの?」
紫音の抗議をまるっきり無視して、俺は小首をかしげる。
「あぁもう。お前に何を言っても無駄なのは小学生の頃から知ってるが、やっぱりその反応をされるとムカつくわ。はいはい、学食でいいですよ」
「じゃあ学食行くか」
二人で騒がしいクラスを抜け、より騒がしいであろう学食へと向かう。
「なあ、今日って月曜日だろ。やっぱり今朝もあの夢見たのか?」
紫音がカツ丼を頬張りながら、天気の話題ぐらいののりで聞いてくる。
「ああ見たよ」
俺はカツカレーを食べる手を止めて答える。
「お前っていつもそればっかりだよな。小5あたりでその夢を見出したとき、俺はこの景色を眺めなくちゃいけない、とか言ってたよな。それから地理と天文の勉強を始めて、高校までずっとその使命感のまま突き進むってすげえよな。でも、そのせいでお前、まともに人間関係あるの俺くらいだもんな。」
褒められているのか、貶されているのか、ちょうど分からない塩梅の言葉をかけられた。
俺は、反応に困ったので、話題を少し変えることにした。
「今日はな、何故かいつもと違かったんだよ」
その言葉で、ガハッと紫音が顔を上げる。
「いつもと違った?!!そうだよ、そういうのが聞きたかったんだよ。いつも同じようなこと言いやがって、変化が大事なんだよ。で、で、で、何が違ったんだよ?!!」
身を乗り出して目を輝かせた紫音に迫られる。
「いつもが夏っぽい感じっていうのは、前言ったよな?それが、春っぽい感じになってたんだよ」
「ふわっとし過ぎだよ。もっと具体的に話せ。何が春っぽかったんだ?」
「ええっとね。桜が咲いていたんだよ。あと、たんぽぽとか」
「他にはなかったのか?他に!」
餌を待つ犬のような興奮した様子で、更に紫音が顔を近づけてくる。
「あっ、あと、なんか少女がいた」
「少女?!!誰だ?誰に似ていた?!!」
はなが触れそうな距離まで詰めてきた紫音を押しのけて答える。
「それが、顔だけは思い出せないんだよ。服装はワンピースに麦わら帽子だったよ」
「なんだ、面白そうな展開になると思ったのに……」
紫音がガックリと肩を落とす。
「なんか、服装が妙に夏っぽいな」
少し考え込んでから紫音がポツリと呟いた。
それからさらに、紫音に質問攻めにされ、納得した顔で乗り上げた上半身を戻した頃には、カツカレーは覚めてしまっていた。
午後の授業も順調に過ぎ、放課後。
家に帰ると、父が待ち構えていた。
「和也、これからおばあちゃんに会いに行くぞ。咳とかないか?体調は大丈夫か?」
「急にどうしたの?母さんとか、啓太は?」
靴を脱ぎながら、父に話しかける。
「母さんたちならもう準備ができてるぞ。和也が準備ができたら出発だ。なんでも、急におばあちゃんが顔を出せって言っていたらしい。今朝、老人ホームの方から連絡があってな。思い立ったが吉日、とよく言うだろう。だから、今日行くことにしたのだ。準備はゆっくりやっていいぞ。久しぶりにおばあちゃんに会うんだから、身だしなみは整えて行けよ」
予め準備してきたかのような、スラスラと読まれた回答をもらう。
それから部屋へと生き、制服から着替え軽く鏡を見てから、居間に戻ってきた。
俺が居間に入るなり父が、言った。
「じゃあ、全員準備ができたことだし、早速行くか!」
父が、せっかちさと、化け物みたいなバイタリティーで急かしてくる。
「まあ落ち着きなさい。そんなに急がなくてもおばあちゃんは逃げませんって。とりあえず、なんでおばあちゃんが呼んでいるのか、ぐらい和也に説明してあげなさいよ」
母が父を諭すように言う。
「ごほん。じゃあ、なんでおばあちゃんがうちの家族を呼んでいるのかなんだが、和也、おばあちゃんからお前に伝えたいことがあるらしいぞ」
気を取り直して父が、冷静に語った。
「そうなんだ。具体的に何かってのは分からないの?」
「すまんが、全くもって見当がつかない。だから、行ってからのお楽しみだ」
「じゃあ、行きますか!」
俺の合図のもと、全員が席を立った。
それから、車に乗り、市街地から少し離れた、緑があふれる老人ホームへと向かった。
おばあちゃんは、おじいちゃんが亡くなってから少しボケてしまった。
だから、今回もなにか突然思い立っただけでたいして大切なことではないのだと、このときは思ってた。
老人ホームに入り面会室の前に立つ。中からは和やかなおばあちゃんの声が聞こえてくる。
元気そうで、扉を開ける前からホッとする。
コンコンコン
ノックを軽く3回する。すると中から、
「どうぞー」
と若い声が返ってきた。
胃を決して扉を開くと、そこには、優しそうな穏やかな目をしたおばあちゃんと、おばあちゃんに目線を合わせるためかしゃがんでいる若い職員の方がいた。
「それでは失礼しますね」
職員さんが部屋から出ていく。
話が盛り上がっていたので、少し罪悪感を覚えながら、職員さんと入れ替わるようにおばあちゃんの前に座る。俺が座ると、後から入ってきた父たちは、俺の後ろに椅子を持ってきて座った。
全員が着席したのを見計らって、おばあちゃんに声をかける。
「久しぶり、おばあちゃん。前会ったのが、おばあちゃんの誕生日の時だから、だいたい半年ぶりくらいかな?相変わらず元気そうだね。さっきも、職員の人と楽しそうに話してたけど、邪魔しちゃったかな?」
おばあちゃんは、俺の話をゆっくりと頷きながら聞いて、ゆっくりと話しだした。
「久しぶりだね。半年で随分と大きくなったね。顔もなんだか大人っぽくなった気がするよ。おばあちゃんはまだまだ元気に、あと20年ぐらいは生きるつもりさね。孫を邪魔なんて思うはずがないさね。あの子、もっくんののファンだっていうからね、久しぶりに若い頃の血が騒いでね、つい話し込んじゃったのさ」
元気良く答えるおばあちゃんの姿に、20年といわず、何十年も行きそうな気配がした。
世間話はそのくらいにして、さっそく本題に入ることにした。
「おばあちゃん、急に呼び出すからびっくりしたよ。それで、俺に話があるって、どんな話?」
するとおばあちゃんは、少し驚いたあと父を見てニヤニヤとした。
「いや、急に呼び出したわけじゃないさね。『時間ができたら遊びに来い』って伝えたはずなんだがね。どこかのせっかちさんが、急いできただけさね。それで、話は別に、和也一人の話じゃないさね。とりあえず、和也。この写真お風景に見覚えはないかね?」
おばあちゃんが懐から、黄ばんで、端のほうがぼろぼろになった写真をこちらに差し出してきた。
その写真を見て、衝撃を受けた。
そこには、毎週見るあの夢の中の丘と夜空が写されていた。
全体的に荒いが間違いなくあの夢の中の場所だ。
思わず目を見開いた。そして、おばあちゃんの方に身を乗り出して興奮しながら聞く。
「ねえ、おばあちゃん。そこはどこなの?」
「まあまあ、落ち着きなさいね。やっぱり知ってるんだね、この景色を。ちなみにどこで見たんだね?」
おばあちゃんは、呆れたあと、少し早口で問いかけてきた。
「えっとね、どう言ったらいいんだろう?あの…おじいちゃんが亡くなってから、日曜寝ているときに、その景色を夢で見るようになったんだ」
「爺さんの妄言は嘘じゃなかったんだね」
俺の答えを聞いて、おばあちゃんがボソッと呟く。
それから、おばあちゃんは、また落ち着きを取り戻して、静かにそして、厳かに語りだした。
「その場所はね、私と爺さんの生まれ故郷なのさ。これは、二人で故郷の村を出ることになったときに、記念に撮ったものなのさ。爺さんと私は、15のときに、故郷を出てこっちに来たのさね。それから、こっちに定住したのさね。だから実家は、まだそこにあるさね。その実家が最近、壊れそうだ、って地元の知り合いが教えてくれたさね。だから、そこに行って実家を見てきてくれないかね?写真の一枚でもあれば、この故郷への未練も、断ち切れると思うさね」
「そんな場所があることは、初耳だな。おじいさんたちが、幼少期に過ぎした家か…少し気になるな」
後ろから、父が言っている。ここに来て初めて言葉を発している。
父の方を向くために後ろを振り返ると、美しい景色にうっとりしている母と、おじいさんたちの幼少期に興味があるのかウズウズしている父と、出かけることを感じ取ってか、目をキラキラとさせて、ワクワクを表現している弟がいた。
「じゃあ、その村に行ってみるってことでいい?」
私の問いかけに、ヘッドバンキング並みに首を縦に振ってうなずく3人。
前に向き直り、おばあちゃんの目を見ながら言う。
「おばあちゃん、その村に行ってくるよ。なにかこの夢のヒントになりそうな気がするし、そして何より楽しそうだし」
それから、おばあちゃんにその村の住所やら、知り合いへの伝言やらを聞き、事前に用意していたらしい、その村の知り合いへのお土産などを受け取って家に帰った。
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