59 / 62
第六章
第五十九話
しおりを挟む
暗く深い海の底に落ちたように、闇の中をセイランは揺蕩っていた。こんな簡単なことに、どうして今まで気づかなかったのだろう。最初から、さっさとこうして閉ざしてしまえば良かった。そしたら、傷つくことなんてなかったのに。闇の中に喜びはない。でも、苦しみもない。楽しいことなんて、嬉しいことなんて、これまでほとんどなかった。あるのは痛いこと、怖いこと、寒いこと。そんなのばかり。引きこもってしまえば、そんなもの感じなくて済む。セイランは重く瞳を閉ざす。
「これでよかったんだ」
だって、この存在は求められていなかった。誰にも、必要とされていなかった。ここにある『セイラン』という心は、邪魔だった。
【セイラン】
誰かが名前を呼んでいる。これは誰の声だろう。……そういえば、セイランというのは誰のことだろう。すべてを失ったセイランは、その名を自分と認識できなかった。声から逃れようと、セイランは空虚で身を転がし、両耳を塞ぐ。それでも声は響く。
【セイラン、ボクだよ。分からない?】
記憶にない誰かの声が、優しく奏でられる。わからない。誰の声なのか、誰を呼んでいるのか、わからない。こうやって引きこもってもまだ足りないというのか。まだ声は消えないのか。まだ責められなければいけないのか。セイランは胎児のように身を丸め、震えながら耳を強く塞ぐ。得体の知れない声は止まない。
【セイラン。お前は孤独じゃない。ボクがいる。それに、ほら、お前を救おうとしているのはボクだけじゃない】
【お前は世界の誰よりも、悲しいくらいに優しい素敵な人だよ? ボクはお前のそんなところを好きになったんだ】
【真っ白で、無垢で、細い指先に透き通った肌を持った柔らかい赤毛を揺らした儚げな子ども。優しすぎて臆病な、触れると壊れてしまいそうな、繊細な子ども。ボクはお前と出会ったときに、誓ったんだ】
【ボクはお前の側にいる。お前を守る。お前が、そうしてくれたように、今度はボクがお前の光になる】
【……だから、また笑ってよ。セイラン】
セイランの強張っていた体から、わずかに力が抜ける。セイランは耳から手を浮かせ、ぼんやりと空を見上げる。闇の中に浮かぶ、小さな白い光。その向こうには細い白髪を揺らす幼い子どもがいた。
あぁ、あれは。
――あの日の、記憶。
〈お前、名前は?〉
〈わからない?〉
〈そっか……、昔のボクと一緒だね〉
〈ボクの名前はね、かあさまがとうさまに秘密でつけてくれたんだ〉
〈だから、今度はボクがお前の名前をつけてあげる〉
〈とうさまにはないしょだよ?〉
〈お前の名前は……〉
――おれの、名前は。
「坊ちゃん! 避けて!」
突如として二人と世界を隔てていた音の壁が消え、ミハネの叫び声が届く。ハッと顔をあげたルピナスの視界に入るのは、傷だらけになって声を張り上げるミハネと、何度呼んでも答えないセイランにしびれを切らしたストリキが放った巨大な魔力の塊。魔力の持つエネルギーをそのまま打ち出した漆黒の弾。
咄嗟にセイランを庇おうと前に出ようとしたルピナスを制したのは、力強い手のひらだった。
次の瞬間、カッと火薬が爆発したような轟音が玉座の間に巻きおこる。煙の中で、ミハネは自らの目を疑う。それは、目の前で何が起きたのか理解が追いつかなかったから。ミハネの目の前で倒れているのは、ストリキだった。
エネルギー弾が二人に着弾する寸前、青色の半透明の膜のようなドーム状のものが二人を包んだ。エネルギー弾はそれに触れた瞬間、向かってきた際の何倍もの速度で来た方向、ストリキの方へと帰っていった。あまりの速度にストリキが対応できるはずもなく、エネルギー弾がそのまま主であるストリキに着弾し、爆発を引き起こしたのである。
「これでよかったんだ」
だって、この存在は求められていなかった。誰にも、必要とされていなかった。ここにある『セイラン』という心は、邪魔だった。
【セイラン】
誰かが名前を呼んでいる。これは誰の声だろう。……そういえば、セイランというのは誰のことだろう。すべてを失ったセイランは、その名を自分と認識できなかった。声から逃れようと、セイランは空虚で身を転がし、両耳を塞ぐ。それでも声は響く。
【セイラン、ボクだよ。分からない?】
記憶にない誰かの声が、優しく奏でられる。わからない。誰の声なのか、誰を呼んでいるのか、わからない。こうやって引きこもってもまだ足りないというのか。まだ声は消えないのか。まだ責められなければいけないのか。セイランは胎児のように身を丸め、震えながら耳を強く塞ぐ。得体の知れない声は止まない。
【セイラン。お前は孤独じゃない。ボクがいる。それに、ほら、お前を救おうとしているのはボクだけじゃない】
【お前は世界の誰よりも、悲しいくらいに優しい素敵な人だよ? ボクはお前のそんなところを好きになったんだ】
【真っ白で、無垢で、細い指先に透き通った肌を持った柔らかい赤毛を揺らした儚げな子ども。優しすぎて臆病な、触れると壊れてしまいそうな、繊細な子ども。ボクはお前と出会ったときに、誓ったんだ】
【ボクはお前の側にいる。お前を守る。お前が、そうしてくれたように、今度はボクがお前の光になる】
【……だから、また笑ってよ。セイラン】
セイランの強張っていた体から、わずかに力が抜ける。セイランは耳から手を浮かせ、ぼんやりと空を見上げる。闇の中に浮かぶ、小さな白い光。その向こうには細い白髪を揺らす幼い子どもがいた。
あぁ、あれは。
――あの日の、記憶。
〈お前、名前は?〉
〈わからない?〉
〈そっか……、昔のボクと一緒だね〉
〈ボクの名前はね、かあさまがとうさまに秘密でつけてくれたんだ〉
〈だから、今度はボクがお前の名前をつけてあげる〉
〈とうさまにはないしょだよ?〉
〈お前の名前は……〉
――おれの、名前は。
「坊ちゃん! 避けて!」
突如として二人と世界を隔てていた音の壁が消え、ミハネの叫び声が届く。ハッと顔をあげたルピナスの視界に入るのは、傷だらけになって声を張り上げるミハネと、何度呼んでも答えないセイランにしびれを切らしたストリキが放った巨大な魔力の塊。魔力の持つエネルギーをそのまま打ち出した漆黒の弾。
咄嗟にセイランを庇おうと前に出ようとしたルピナスを制したのは、力強い手のひらだった。
次の瞬間、カッと火薬が爆発したような轟音が玉座の間に巻きおこる。煙の中で、ミハネは自らの目を疑う。それは、目の前で何が起きたのか理解が追いつかなかったから。ミハネの目の前で倒れているのは、ストリキだった。
エネルギー弾が二人に着弾する寸前、青色の半透明の膜のようなドーム状のものが二人を包んだ。エネルギー弾はそれに触れた瞬間、向かってきた際の何倍もの速度で来た方向、ストリキの方へと帰っていった。あまりの速度にストリキが対応できるはずもなく、エネルギー弾がそのまま主であるストリキに着弾し、爆発を引き起こしたのである。
11
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
迷える子羊少年と自称王様少年
ユー
BL
「その素晴らしい力オレの側にふさわしい、オレの家来になれ!」
「いや絶対嫌だから!」
的なやり取りから始まる
超能力が存在するSF(すこしふしぎ)な世界で普通になりたいと願う平凡志望の卑屈少年と
自分大好き唯我独尊王様気質の美少年との
出会いから始まるボーイミーツボーイ的な青春BL小説になってればいいなって思って書きました。
この作品は後々そういう関係になっていくのを前提として書いてはいますが、なんというかブロマンス?的な少年達の青春ものみたいなノリで読んで頂けるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる