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第六章
第五十九話
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暗く深い海の底に落ちたように、闇の中をセイランは揺蕩っていた。こんな簡単なことに、どうして今まで気づかなかったのだろう。最初から、さっさとこうして閉ざしてしまえば良かった。そしたら、傷つくことなんてなかったのに。闇の中に喜びはない。でも、苦しみもない。楽しいことなんて、嬉しいことなんて、これまでほとんどなかった。あるのは痛いこと、怖いこと、寒いこと。そんなのばかり。引きこもってしまえば、そんなもの感じなくて済む。セイランは重く瞳を閉ざす。
「これでよかったんだ」
だって、この存在は求められていなかった。誰にも、必要とされていなかった。ここにある『セイラン』という心は、邪魔だった。
【セイラン】
誰かが名前を呼んでいる。これは誰の声だろう。……そういえば、セイランというのは誰のことだろう。すべてを失ったセイランは、その名を自分と認識できなかった。声から逃れようと、セイランは空虚で身を転がし、両耳を塞ぐ。それでも声は響く。
【セイラン、ボクだよ。分からない?】
記憶にない誰かの声が、優しく奏でられる。わからない。誰の声なのか、誰を呼んでいるのか、わからない。こうやって引きこもってもまだ足りないというのか。まだ声は消えないのか。まだ責められなければいけないのか。セイランは胎児のように身を丸め、震えながら耳を強く塞ぐ。得体の知れない声は止まない。
【セイラン。お前は孤独じゃない。ボクがいる。それに、ほら、お前を救おうとしているのはボクだけじゃない】
【お前は世界の誰よりも、悲しいくらいに優しい素敵な人だよ? ボクはお前のそんなところを好きになったんだ】
【真っ白で、無垢で、細い指先に透き通った肌を持った柔らかい赤毛を揺らした儚げな子ども。優しすぎて臆病な、触れると壊れてしまいそうな、繊細な子ども。ボクはお前と出会ったときに、誓ったんだ】
【ボクはお前の側にいる。お前を守る。お前が、そうしてくれたように、今度はボクがお前の光になる】
【……だから、また笑ってよ。セイラン】
セイランの強張っていた体から、わずかに力が抜ける。セイランは耳から手を浮かせ、ぼんやりと空を見上げる。闇の中に浮かぶ、小さな白い光。その向こうには細い白髪を揺らす幼い子どもがいた。
あぁ、あれは。
――あの日の、記憶。
〈お前、名前は?〉
〈わからない?〉
〈そっか……、昔のボクと一緒だね〉
〈ボクの名前はね、かあさまがとうさまに秘密でつけてくれたんだ〉
〈だから、今度はボクがお前の名前をつけてあげる〉
〈とうさまにはないしょだよ?〉
〈お前の名前は……〉
――おれの、名前は。
「坊ちゃん! 避けて!」
突如として二人と世界を隔てていた音の壁が消え、ミハネの叫び声が届く。ハッと顔をあげたルピナスの視界に入るのは、傷だらけになって声を張り上げるミハネと、何度呼んでも答えないセイランにしびれを切らしたストリキが放った巨大な魔力の塊。魔力の持つエネルギーをそのまま打ち出した漆黒の弾。
咄嗟にセイランを庇おうと前に出ようとしたルピナスを制したのは、力強い手のひらだった。
次の瞬間、カッと火薬が爆発したような轟音が玉座の間に巻きおこる。煙の中で、ミハネは自らの目を疑う。それは、目の前で何が起きたのか理解が追いつかなかったから。ミハネの目の前で倒れているのは、ストリキだった。
エネルギー弾が二人に着弾する寸前、青色の半透明の膜のようなドーム状のものが二人を包んだ。エネルギー弾はそれに触れた瞬間、向かってきた際の何倍もの速度で来た方向、ストリキの方へと帰っていった。あまりの速度にストリキが対応できるはずもなく、エネルギー弾がそのまま主であるストリキに着弾し、爆発を引き起こしたのである。
「これでよかったんだ」
だって、この存在は求められていなかった。誰にも、必要とされていなかった。ここにある『セイラン』という心は、邪魔だった。
【セイラン】
誰かが名前を呼んでいる。これは誰の声だろう。……そういえば、セイランというのは誰のことだろう。すべてを失ったセイランは、その名を自分と認識できなかった。声から逃れようと、セイランは空虚で身を転がし、両耳を塞ぐ。それでも声は響く。
【セイラン、ボクだよ。分からない?】
記憶にない誰かの声が、優しく奏でられる。わからない。誰の声なのか、誰を呼んでいるのか、わからない。こうやって引きこもってもまだ足りないというのか。まだ声は消えないのか。まだ責められなければいけないのか。セイランは胎児のように身を丸め、震えながら耳を強く塞ぐ。得体の知れない声は止まない。
【セイラン。お前は孤独じゃない。ボクがいる。それに、ほら、お前を救おうとしているのはボクだけじゃない】
【お前は世界の誰よりも、悲しいくらいに優しい素敵な人だよ? ボクはお前のそんなところを好きになったんだ】
【真っ白で、無垢で、細い指先に透き通った肌を持った柔らかい赤毛を揺らした儚げな子ども。優しすぎて臆病な、触れると壊れてしまいそうな、繊細な子ども。ボクはお前と出会ったときに、誓ったんだ】
【ボクはお前の側にいる。お前を守る。お前が、そうしてくれたように、今度はボクがお前の光になる】
【……だから、また笑ってよ。セイラン】
セイランの強張っていた体から、わずかに力が抜ける。セイランは耳から手を浮かせ、ぼんやりと空を見上げる。闇の中に浮かぶ、小さな白い光。その向こうには細い白髪を揺らす幼い子どもがいた。
あぁ、あれは。
――あの日の、記憶。
〈お前、名前は?〉
〈わからない?〉
〈そっか……、昔のボクと一緒だね〉
〈ボクの名前はね、かあさまがとうさまに秘密でつけてくれたんだ〉
〈だから、今度はボクがお前の名前をつけてあげる〉
〈とうさまにはないしょだよ?〉
〈お前の名前は……〉
――おれの、名前は。
「坊ちゃん! 避けて!」
突如として二人と世界を隔てていた音の壁が消え、ミハネの叫び声が届く。ハッと顔をあげたルピナスの視界に入るのは、傷だらけになって声を張り上げるミハネと、何度呼んでも答えないセイランにしびれを切らしたストリキが放った巨大な魔力の塊。魔力の持つエネルギーをそのまま打ち出した漆黒の弾。
咄嗟にセイランを庇おうと前に出ようとしたルピナスを制したのは、力強い手のひらだった。
次の瞬間、カッと火薬が爆発したような轟音が玉座の間に巻きおこる。煙の中で、ミハネは自らの目を疑う。それは、目の前で何が起きたのか理解が追いつかなかったから。ミハネの目の前で倒れているのは、ストリキだった。
エネルギー弾が二人に着弾する寸前、青色の半透明の膜のようなドーム状のものが二人を包んだ。エネルギー弾はそれに触れた瞬間、向かってきた際の何倍もの速度で来た方向、ストリキの方へと帰っていった。あまりの速度にストリキが対応できるはずもなく、エネルギー弾がそのまま主であるストリキに着弾し、爆発を引き起こしたのである。
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