ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第六章

第五十八話

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 本当の望みは、セイランがまた笑ってくれること。あの頃と同じ、少しだけくすぐったそうな優しくて儚げな笑顔。そんなセイランに、また会いたいだけだ。

「いい機会だ。魔法が順調に成長しているか見てやろう」

「っ!」

 ストリキが低く笑ったかと思うと、炎の熱と風を絡めた熱波がルピナスを襲う。呼吸が出来なくなるほどの熱にルピナスは息を詰まらせるが、目の前から蛇の形状の炎が迫ることに気付き咄嗟の水の壁を作り出し蛇を防ぐ。ルピナスはその水の壁を急速に冷やし氷の壁にすると、それを衝撃波で砕き風を纏わせ細氷を作りストリキへ向け放つが、ストリキはそれを一閃の炎で溶かしてしまう。

 秘める魔力自体はルピナスの方が上手だというのに、ルピナスには自分の術がストリキを貫くビジョンが浮かばなかった。「魔法は経験が物を言う」。例え魔力が強かろうと、ルピナスとストリキの間にある圧倒的な経験の差の前では、そんなものは意味がない。

 それから始まったのは戦闘と呼ぶには一方的なものだった。

 ストリキの放った閃光で目が眩み、思わず目を瞑ってしまったルピナスに雷撃が迫る。音を頼りにそれを躱すが、地面から伝わった電流が足を伝って体を痺れさせる。痺れで倒れながら、ルピナスは空間に満ちた電力を拾い、筒状の電気の光線が勢い良くストリキへ向かった。

「……っ、他者の魔法の残骸を利用したのか」

 光線はストリキの右肩に直撃し、お互い電気の痺れによって動きを止めた。しかし、ストリキの方はすぐさまセイランを呼び、傷を癒させた。

 ルピナスがどれだけストリキを傷つけようと、ストリキはセイランにすべての傷を癒させ続けたのだった。傷を負うのはルピナス側のみ。ルピナスが一方的に傷つくばかり。これではキリがない。どうにかしてセイランを止めなければ勝ち目はない。だが、ルピナスがセイランを攻撃できるはずはなかった。それは共闘しているあの生物も同じである。

「くっ……」

「……フルル、キュイッ」

 ギリと歯を食い縛ったルピナスに、不思議な鳴き声が届く。何を言っているかは分からない。だが、白の中の赤い瞳は強い決意で満ちていた。

 鬣を揺らして、白い塊はストリキへと向かっていく。これまで遠距離での攻撃がメインで近づこうとしていなかったというのに。その行動の目的をルピナスは素早く察し、白い毛並みを追いかけて突っ込む。

「っ、コイツ!」

「ガアアァッ!」

 獣の牙を立て、ストリキへと飛びかかっていく。その攻撃に対し、ストリキも思わず身を引いた。それは、ストリキとセイランを引き離す、またとないチャンス。ルピナスはそちらに気を取られているストリキに見向きもせず、ポツンと固まっていたセイランの手を取り引こうとする。だが、その足は動かない。

「セイラン、セイラン! お願い、動いて……!」

「馬鹿が、無駄だぁッ!」

「! ぅ、くっ……」

 ストリキは容赦なくセイランごとルピナスを攻撃した。硬い隕石のような炎の塊は二人の目の前で爆発し、二人は数メートル飛ばされ床を転がる。ルピナスは自分の痛みを堪え、すぐさま隣に転がっていたセイランの無事を確認する。セイランは頭部を負傷したのか、額から血を流していた。

「セイラン……!」

「起きろ」

 ルピナスが止血しようとするのを無視し、ストリキは倒れていたセイランに向けて指示をした。するとセイランは痛むはずだというのに体を無理やり起こして、はたはたと血を落とした。床に赤い雫が落ちていく。

「セイラン聞くな!」

「何をしている早くこっちへ来い!」

 二つの声の板挟みなりながら、セイランは床に手を突いて体を起こす。今のセイランはストリキの言葉にのみ反応する傀儡。ルピナスがどれだけ叫んでも、それは耳に入らない。

 セイランは立ち上がろうとするが、今の傷と蓄積された疲労の影響か、足に体重を乗せた瞬間ふらふらと倒れ込んでしまう。ルピナスは慌ててそれを受け止めた。しかしセイランはそんなこと気に止めず、ルピナスを振り払って再び立ち上がろうとする。

「セイラン、行くな。行かないでよ……」

 それでもルピナスはセイランを抱き締める。虚ろな瞳と視線が重ならなくても、この声に耳を傾けてくれなくても、それでもルピナスはその名前を呼び続けた。

 すると、セイランの動きが急に止まる。

「……? なぜ止まった? 早くこちらに来て私の傷を癒せ!」

 予測のつかない獣の攻撃に翻弄されながら、ストリキががなりたてるが、その強い指示にもセイランは動かない。まるで糸の切れたマリオネットのようにルピナスの腕の中でぴたりとその動きを止めていた。

 傀儡術が解けているわけではない。変わらず焦点は定まらず空虚を見つめているし、自発的な言動はみられない。術者であるストリキの指示に逆らうことなどできないはず。では、なぜ動かない?

「……っ! まさか……!」

 ストリキは一度強風で白い獣との距離を取ると、玉座の間を見渡した。そしていつの間にか玉座の間に侵入していたもう一人の魔法使いを見つけ、鋭く睨み付けた。

「お覚えでしょうか。いつか貴殿が私に放った言葉」

 立っていたローブを纏った魔法使いはコツコツと前に歩み出る。

「『役に立たない先天術だ、能無しに与える役目はない』。そう言って貴殿は一族から私の存在を抹消し、己の子の世話役にした」

 玉座の間を進む魔法使いは、座り込んでいたルピナスとセイランの前に躍り出ると、被っていたフードを脱いだ。

「どうです? その『役立たずの先天術』に邪魔される気分は?」

「きさま……ミハネ……ッ! 音を消したな!」

 ルピナスは目の前に立ちはだかったミハネを黙って見上げる。ミハネは背後のルピナスと数秒だけ視線を交わすと、微かに微笑みまた前方を見据える。

 瞬間、ルピナスの耳からすべての音が消える。恐らく、セイランも今同じ状態だ。ミハネの先天術、「音を自在に操る力」は、セイランからストリキの声を遮断した。聞こえない指示に、セイランが従うことはない。

 セイランに届くのはただ一つ。ルピナスの声だけ。

 ミハネは時間を稼ぐつもりだ。自分がストリキの気を引いているうちに、二人だけの空間でセイランを呼び戻せと、そういうことだろう。その覚悟を無駄には出来ない。ルピナスは抱きしめていたセイランの瞳を真っすぐに見据える。変わらず空を見つめるガラス玉は、ルピナスを見ようとはしない。

「セイラン」

 無音の世界で、ルピナスはその名前を呼ぶ。ここは互いに互いの声しか聞こえない世界。閉ざしてしまったその心に、どうか届いてくれ。ルピナスはセイランに語り掛ける。その声が、彼に届くことを願って。
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