ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第五章

第五十五話 **

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「ひんッ、んんッ! ぁ、……あッ!」

 甘く啼き続けるセイランを見下ろしていたストリキは歪に口角を吊りあげる。そして再びセイランに向けて手を翳した。

「ヒッ……なに、なに、これ……ッ! ぃや……、いやだいやだいやだァッ!」

 セイランの頭に流し込まれたのは、断片的な記憶の塊。これまで、十年前のあの日以前の記憶は全く思い出せなかったのに。消えていた記憶が今になって急に断片的ではあるが甦る。その記憶は、どれも幸せなものではなかった。

 幼い自分は、冷たい机のようなものに寝かされていて、頭と両手両足を固定されていた。周囲を白衣を着た大人たちに囲まれ、色々な機材を繋がれて、色んな注射を打たれて。気持ち悪くて吐いて、高熱で魘されて。ある日は首輪つけられ、自分に何か指示を出されて、出来なかったら電流を流されて。毎日恐怖で震えていた。幼い自分が、そこにいた。

 その中にあった一つの古い記憶、知らない男性と女性がもっと幼い自分を庇っている。二人は何か叫んでいて、そんな二人が、少しずつ赤く染まっていく。気付けば、セイランは思わずその場で胃液を吐き出していた。

「ぐ、ぅ……、うぇ……」

 同時に後ろにも精を注がれたようで、体が支えを失う。セイランは牢の中で力無く倒れ、震える体を抱き締めた。心が急激に冷えていく。知らない記憶のはずなのに、セイランはそれを自分の記憶だと何故か確信していた。

 信じていた養父に裏切られたこと。ずっと側にいてくれたルピナスを何度も悲しませたこと。過去に自分を襲った数々の恐怖。もともと不安定だった精神を押し潰す絶望によって放心状態に陥ったセイランは、目を見開き頬を濡らしながら何度も何度も「ごめんなさい」と呟いていた。

 そんなセイランのいる牢の中に、ストリキはついに立ち入った。セイランはもうほとんど壊れかけているのは誰の目にも分かっていた。それに止めを刺すかのように、ストリキはセイランを強引に仰向けにし両足を広げさせると、濡れた後孔にひたりと熱を触れさせた。

「だめ、だめッ! したくない、いやだ、とうさ……――ッッ!」

「誰が拒絶していいと言った? 父と呼ぶなと言ったよな?」

 セイランに襲ったのは、右頬の強い衝撃。殴られたと理解すると同時に、セイランの涙腺は完全に崩壊する。先ほどまでセイランを犯していた男がセイランの隣に回り、腕を頭の上で押さえつける。

 固い熱がつぷつぷと体内に侵入してくる。目の前が滲んで何も見えない。川が氾濫したかのような涙が溢れて、嗚咽が止まらない。ストリキの性器は、あえなくセイランを貫いた。

「ひっ……ぁ、ごめんなさい……、あぅッ、あ、ごめんなさいごめんなさい……っ!」

 開始される律動に揺られながらセイランは泣き続けた。だがどれだけ泣いても、行為は止まらない。

「ゆるして、くださいッ! いいこになるから、悪いとこッ、なおすから……あぅッ! おねがぃ、ゆるして、すてないで、ぇッ!」

 喘ぐというより、もはや泣き喚いているセイランに高笑いと、冷笑が返される。ぐちゅんぐちゅんという激しい音を立てながら、後ろを何度もかき混ぜられる。目の前で自分を犯しているのが養父であることを見たくない。しかし振りかかる声は間違いなく養父の声だった。

「捨てないで? 本当に愚かな子どもだ。役立たずのお前に居場所などあるわけがないだろう」

 言葉が吐き捨てられる。心が急激に冷えていく。セイランのたった一つの居場所。養父に捨てられないように、役に立てるように、何千回も込み上げた「きえたい」という感情を振り払って、努力に身を捧げた。ストリキのその言葉は、その行為は、セイランの心を支えていた最後の砦を壊した。

 ぼんやりと虚ろな目で何もない空虚を見つめ始めたセイランに、ストリキはそっと手を伸ばす。その手が頭に翳されると、奇妙な暖かさが脳を撫でていく。また、すべてが消えていく。苦しみから解放されることを望んだセイランは、ストリキの先天術に完全に身を委ねていた。

 ――ルピナス。

 ――るぴなす。

 ――…………。

 ――……あれ? るぴなす、って、誰だろう。

 セイランの心が崩壊する直前、地下牢に潜んでいた影が飛び出していく。影は青ざめた顔で地上に帰り、どこかへ駆け出していく。

 息を切らして走る影、ミハネの目指す先はただ一つ。ルピナスのもとだった。
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