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第五章
第五十四話 **
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そんなぐちゅぐちゅとした性交の音が響いている地下牢に別の音が増えていることにセイランは気づく。いつの間にか誰かがまたこのフロアに訪れている。足音がこちらに向かっている。セイランは快楽の中で、震える唇を噛む。
ギルドにいた頃は、こうやって時間も場所も構わず犯されるのなんて日常茶飯事だった。深夜に帰宅した構成員に仕事の不満をぶつけられたり、朝勃ちしたからヤらせろと言われたり、ギルドのカウンターの裏で暇だからしゃぶれと言われたりなんてこと、もはや慣れてしまっていた。拒絶すれば酷くされるだけだと最初に触れられた時に教えられたから。暴れることも最初から止めてしまった。
どうせこれからまた気が済むまで輪姦されるのだろう。セイランは諦めきった感情のない表情で早く終われと頬を濡らす。
足音が近づいてくる。それは、やはりセイランの牢の前で止まった。その人物はすぐには牢に入っては来ず、外からセイランを見下ろしていた。だが男が前にいるせいで、それが誰かは分からない。すると男は不意にニヤリと頬を吊り上げると急にセイランの頭部に手を下ろし、前髪を鷲掴む。一瞬床に頭を叩きつけられるのかと感じたセイランは思わず身を庇うが、想像に反して男は一旦体を引き栓を抜くと、頭を飛ばして牢の鉄格子の前に倒される。
それから男はセイランをうつ伏せにすると、後ろから再び挿入を始める。尻を持ち上げ突き出させ、容赦なく腰を振る。
「あっ、ぅ、あ゛ッ!」
「ほら、やらしい顔見せろよ」
再び襲う快感に、セイランは床に置いた両手に額をつけるが、後ろから髪を掴んで顔を持ち上げられる。そうされて、まだ外から覗いていた人物がそこにいることに気づく。
「は……、ぇ?」
「はしたないな、そんなによがって」
目の前にいたのは、先ほど研究所でセイランたちを襲った男。セイランの養父にして、ルピナスの実父でもあった、ストリキ・ラピュアだった。ストリキはやはり蔑んだ目付きでセイランを見下している。
相手が養父だとようやく気付いたセイランは、一瞬で火照っていた顔を青ざめさせる。こんなことをされていると、一番知られたくなかった相手。それが今、目の前にいる。
「っ、なんで……! みないでッ、ひぁッ! あ、あっ、み、ないでっ!」
「いいねぇ、最高だ」
セイランは嫌がって腰を逃がそうとするが、背後の男は前に追撃するように責めを続ける。セイランは必死で首を振って、「見ないで」と何度も泣き叫んだ。だが目の前のストリキはそこから動こうとせず、犯されながら泣き喚くセイランの姿を見下ろしていた。
ギルドで生きることがどんなに辛くても、セイランは一度も養父に助けを求めることはしなかった。魔法が使えないせいで、凄絶な差別といじめにあっていること。毎日精神的にも肉体的にも、追い詰められていること。セイランはそれをひた隠して、年に一回帰ってくるか来ないかの養父に向けて、「良い子」を装った。もし、そんなことをされていると知ったら、養父にまで見放されると思ったから。セイランは、健やかに生きる養子を演じ続けた。それなのに。
「見るな? ふっ、まさか私が知らないとでも思っていたのか?」
「ぅ、ぁ、」
「愚かな子どもだ。お前があのギルドで蔑まれ軽蔑され続けたのは、私の指示だ」
振りかかる言の葉が、セイランの身を静かに引き裂いていく。セイランはもはや声も出せなかった。
「ギルドの構成員の一部は、ラピュア家の関係者だ。お前を見張りつつ、貶めるように指示していたが……ふはは、私に気付かれまいと振る舞うお前は大層滑稽だったよ」
「…………う、そッ……、ぃッ、あァッ!」
なら、なら自分は、何のために努力をしていた?
養父のために、辛いことを自分の中だけで秘めて、苦しくても鍛練を続けて、痛みを飲み込み続けた。十年間、ロベリアという地獄を生きてきたのは、みんな養父のためだったというのに。最初からずっと、騙されていた。知らないのは自分だけだった。「すべて嘘だ」というセイランが求めた言葉が、与えられるはずなんてなかった。
深い絶望が心を満たしていく最中、不意に深い挿入がセイランを襲った。忘れていた律動がガクガクと激しく体を揺さぶる。生理反応として零れる涙が、声が、セイランの頭を狂わしていく。
「あぅっ、あ、あっ! と、ぅさん、たすけて、とうさんッ!」
それはほとんど無意識に出た言葉だった。真実を認めたくなくて、全部嘘だと言って欲しくて、そんな叶わない夢が引き出した言葉。ルピナスとミハネに出会う前まではセイランにとって、唯一の味方だと信じていた養父。
「穢らわしい、私を父と呼ぶな」
それが、こんな冷たい目で自分を見ているなんて、夢であって欲しかった。セイランは音もなく涙を流しながら、今にも壊れてしまいそうな自分の心を必死で支える。熱いはずなのに、寒い。指先に感覚がない。涙が止まらない。
「る、ぴなす……っ、う、ぁ……」
「あれがそんなに気に入ったか? ふ、ならば与えてやろうか?」
ぽつりと蚊の鳴くような声で、セイランはもう一人信用している男の名前を呼ぶ。届くはずなんてないと、分かっている。それでも呼ばずにいられなかった。今すぐに抱き締めて欲しい。あの優しい声を聞かせて欲しい。
ストリキはそんなセイランの頭へ、鉄格子越しに手を翳す。瞬間、セイランの頭の中に知らない記憶が流れ込んでくる。その記憶の中のセイランの隣にはいつも、ルピナスがいた。セイランは一瞬その記憶が理解できず固まるが、少しずつ記憶の意味を理解していく。知らないはずのルピナスとの記憶。だけどそれは間違いなく自分とルピナスの思い出。それが表すこと。
「十年前、先王を消し王になったことで、私にとってお前は一旦用済みとなった。そのため次の計画の実行まで、あのギルドに置いておくことにしたのだが……、どういうわけか全ての記憶を消したはずだというのに、お前はあれが勝手につけた名前を忘れなかった。そのため、私はお前に定期的に一部の記憶を消去するように仕組んだ」
「ぁ、あっ、あぁ……っ!」
「思い出したか? お前が何度あれのことを忘れたか」
体の震えが止まらない。甦った記憶の中にあったのは、何度も何度も繰り返されたルピナスとの「はじめまして」。あの森で出会うもっと前から、ルピナスはすでに側にいた。側でセイランのことを守り続けていた。
――おれは、そんなルピナスのことを、何度も、何度も忘れてしまった。
何度忘れても、ルピナスは再びセイランの前に現れて「はじめまして」を繰り返した。確かに、それを知ればルピナスのいくつかの謎については辻褄があう。しかし、ルピナスはそんなこと一言も言わなかった。ただ、記憶が消える度にほんの少しだけ悲しそうに、寂しそうに笑っていた。
「ルピナス……っ、るぴな……ぁぐッ!」
「よくねぇなぁ、抱かれてる最中に違う男の名前を呼ぶんじゃねぇよ!」
ガツガツと責められて、苦しげな声をあげてセイランははらはらと涙を落とす。ルピナス。その名前を、何度も胸のうちで繰り返しながら。
――おれは何回お前を忘れた?
――何回、お前を傷つけた?
ギルドにいた頃は、こうやって時間も場所も構わず犯されるのなんて日常茶飯事だった。深夜に帰宅した構成員に仕事の不満をぶつけられたり、朝勃ちしたからヤらせろと言われたり、ギルドのカウンターの裏で暇だからしゃぶれと言われたりなんてこと、もはや慣れてしまっていた。拒絶すれば酷くされるだけだと最初に触れられた時に教えられたから。暴れることも最初から止めてしまった。
どうせこれからまた気が済むまで輪姦されるのだろう。セイランは諦めきった感情のない表情で早く終われと頬を濡らす。
足音が近づいてくる。それは、やはりセイランの牢の前で止まった。その人物はすぐには牢に入っては来ず、外からセイランを見下ろしていた。だが男が前にいるせいで、それが誰かは分からない。すると男は不意にニヤリと頬を吊り上げると急にセイランの頭部に手を下ろし、前髪を鷲掴む。一瞬床に頭を叩きつけられるのかと感じたセイランは思わず身を庇うが、想像に反して男は一旦体を引き栓を抜くと、頭を飛ばして牢の鉄格子の前に倒される。
それから男はセイランをうつ伏せにすると、後ろから再び挿入を始める。尻を持ち上げ突き出させ、容赦なく腰を振る。
「あっ、ぅ、あ゛ッ!」
「ほら、やらしい顔見せろよ」
再び襲う快感に、セイランは床に置いた両手に額をつけるが、後ろから髪を掴んで顔を持ち上げられる。そうされて、まだ外から覗いていた人物がそこにいることに気づく。
「は……、ぇ?」
「はしたないな、そんなによがって」
目の前にいたのは、先ほど研究所でセイランたちを襲った男。セイランの養父にして、ルピナスの実父でもあった、ストリキ・ラピュアだった。ストリキはやはり蔑んだ目付きでセイランを見下している。
相手が養父だとようやく気付いたセイランは、一瞬で火照っていた顔を青ざめさせる。こんなことをされていると、一番知られたくなかった相手。それが今、目の前にいる。
「っ、なんで……! みないでッ、ひぁッ! あ、あっ、み、ないでっ!」
「いいねぇ、最高だ」
セイランは嫌がって腰を逃がそうとするが、背後の男は前に追撃するように責めを続ける。セイランは必死で首を振って、「見ないで」と何度も泣き叫んだ。だが目の前のストリキはそこから動こうとせず、犯されながら泣き喚くセイランの姿を見下ろしていた。
ギルドで生きることがどんなに辛くても、セイランは一度も養父に助けを求めることはしなかった。魔法が使えないせいで、凄絶な差別といじめにあっていること。毎日精神的にも肉体的にも、追い詰められていること。セイランはそれをひた隠して、年に一回帰ってくるか来ないかの養父に向けて、「良い子」を装った。もし、そんなことをされていると知ったら、養父にまで見放されると思ったから。セイランは、健やかに生きる養子を演じ続けた。それなのに。
「見るな? ふっ、まさか私が知らないとでも思っていたのか?」
「ぅ、ぁ、」
「愚かな子どもだ。お前があのギルドで蔑まれ軽蔑され続けたのは、私の指示だ」
振りかかる言の葉が、セイランの身を静かに引き裂いていく。セイランはもはや声も出せなかった。
「ギルドの構成員の一部は、ラピュア家の関係者だ。お前を見張りつつ、貶めるように指示していたが……ふはは、私に気付かれまいと振る舞うお前は大層滑稽だったよ」
「…………う、そッ……、ぃッ、あァッ!」
なら、なら自分は、何のために努力をしていた?
養父のために、辛いことを自分の中だけで秘めて、苦しくても鍛練を続けて、痛みを飲み込み続けた。十年間、ロベリアという地獄を生きてきたのは、みんな養父のためだったというのに。最初からずっと、騙されていた。知らないのは自分だけだった。「すべて嘘だ」というセイランが求めた言葉が、与えられるはずなんてなかった。
深い絶望が心を満たしていく最中、不意に深い挿入がセイランを襲った。忘れていた律動がガクガクと激しく体を揺さぶる。生理反応として零れる涙が、声が、セイランの頭を狂わしていく。
「あぅっ、あ、あっ! と、ぅさん、たすけて、とうさんッ!」
それはほとんど無意識に出た言葉だった。真実を認めたくなくて、全部嘘だと言って欲しくて、そんな叶わない夢が引き出した言葉。ルピナスとミハネに出会う前まではセイランにとって、唯一の味方だと信じていた養父。
「穢らわしい、私を父と呼ぶな」
それが、こんな冷たい目で自分を見ているなんて、夢であって欲しかった。セイランは音もなく涙を流しながら、今にも壊れてしまいそうな自分の心を必死で支える。熱いはずなのに、寒い。指先に感覚がない。涙が止まらない。
「る、ぴなす……っ、う、ぁ……」
「あれがそんなに気に入ったか? ふ、ならば与えてやろうか?」
ぽつりと蚊の鳴くような声で、セイランはもう一人信用している男の名前を呼ぶ。届くはずなんてないと、分かっている。それでも呼ばずにいられなかった。今すぐに抱き締めて欲しい。あの優しい声を聞かせて欲しい。
ストリキはそんなセイランの頭へ、鉄格子越しに手を翳す。瞬間、セイランの頭の中に知らない記憶が流れ込んでくる。その記憶の中のセイランの隣にはいつも、ルピナスがいた。セイランは一瞬その記憶が理解できず固まるが、少しずつ記憶の意味を理解していく。知らないはずのルピナスとの記憶。だけどそれは間違いなく自分とルピナスの思い出。それが表すこと。
「十年前、先王を消し王になったことで、私にとってお前は一旦用済みとなった。そのため次の計画の実行まで、あのギルドに置いておくことにしたのだが……、どういうわけか全ての記憶を消したはずだというのに、お前はあれが勝手につけた名前を忘れなかった。そのため、私はお前に定期的に一部の記憶を消去するように仕組んだ」
「ぁ、あっ、あぁ……っ!」
「思い出したか? お前が何度あれのことを忘れたか」
体の震えが止まらない。甦った記憶の中にあったのは、何度も何度も繰り返されたルピナスとの「はじめまして」。あの森で出会うもっと前から、ルピナスはすでに側にいた。側でセイランのことを守り続けていた。
――おれは、そんなルピナスのことを、何度も、何度も忘れてしまった。
何度忘れても、ルピナスは再びセイランの前に現れて「はじめまして」を繰り返した。確かに、それを知ればルピナスのいくつかの謎については辻褄があう。しかし、ルピナスはそんなこと一言も言わなかった。ただ、記憶が消える度にほんの少しだけ悲しそうに、寂しそうに笑っていた。
「ルピナス……っ、るぴな……ぁぐッ!」
「よくねぇなぁ、抱かれてる最中に違う男の名前を呼ぶんじゃねぇよ!」
ガツガツと責められて、苦しげな声をあげてセイランははらはらと涙を落とす。ルピナス。その名前を、何度も胸のうちで繰り返しながら。
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