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第五章
第四十九話
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その日の夜、セイランは真っ白な背中に身を預けながらぼんやりと夜空を眺めていた。あれから一行は魔物たちの背に乗って地下道を進み、一日で相当な距離を移動していた。陽が暮れる頃には王都の側にある出口にまで到着し、今夜はそこで野宿することになった。この速度ならば、明日には王都に到着するだろう。
暗い森の中では、星々がとても美しく見える。途方もない星の数を数え、分からなくなってはまた一から数えなおしを繰り返す。そんな意味のないことをしても、セイランはなかなか寝付けず小さくため息をつく。セイランのすぐ隣では、同じく白いふわふわに埋まって寝ているルピナスの姿があった。白髪と白毛が重なって、どこまでがルピナスの頭なのか分からない。ぐっすりと眠るルピナスが目を覚ます様子はない。こうしていると、やはり幼く見える。
「眠れませんか?」
「あ、ミハネさん……」
いくら目を瞑って意識は明瞭なままで、全く微睡みに沈めないセイランが再び目を開け身動ぎをしていると、囁く声が聞こえそっと顔をあげる。すると別の二匹の魔物の側にいたミハネが静かに立ち上がり、セイランの隣に腰を下ろした。
「明日には王都に到着します。ゆっくり休んだ方が良いのですが……セイランくんはそうはいきませんよね。やっぱり、不安ですか?」
「不安……」
ミハネの優しい声が頭上から降りてくる。セイラン自身も、自分がどうして眠れないのか理由は分かっていなかった。不安は、確かにある。でもセイランが持っているのは王都に行くことへの明確な不安ではなくて、これから自分はどうすればいいのかという、もっと大きな漠然とした不安だった。ルピナスもミハネも、守ってくれると言っている。でも、それはいつまで続くのだろう。明日王都に着いて、二人が調べたいことを調べて、それからどうなるのだろう。分からないことばかりだ。
「ミハネさん、一つ、聞いてもいいですか」
「はい、なんでしょう」
「おれって、何の罪で手配されているんですか?」
そもそも、自分は何の罪でこんなに大きく手配されているのか。それすらもセイランは知らなかった。手配書は見たが、セイランが読めたのは自分の名前くらいで、その他の罪状と言ったものは読み解けなかった。ミハネは微かに視線を逸らす。それは知っている人間の反応だ。
「知っても後悔しませんか?」
「……はい」
「それでは、セイランくん。……あなたの罪状は外患罪。他国と通謀し、我が国と戦争を起こそうとした罪です」
「……戦争、? おれが……?」
ミハネが告げた罪は、セイランが全く予想もしていなかった規模のものだった。それが大罪であることは、セイランにでも分かる。それなら国からの国際手配されるのも、なんとなく分かる。しかし、そんな大きな罪で冤罪なんてあるものなのか。セイランには当然他国の人間と通謀した覚えはない。リリィエなんて小さな町のギルドで、ひっそりとお使いのような依頼をこなしていた人間が、そんなこと出来るはずがない。そんなの国の力を持ってすればすぐに分かることだろう。
「なぜセイランくんにそんな冤罪が降りかかったのかは分かりませんが、私たちはあなたでないことは十分承知しております。必ず事実を証明し、あなたを守りますから。大丈夫ですよ」
「……ミハネさん」
「安心して眠ってください。あ、せっかくですし私が眠れるまで昔話をしましょうか! 私の話、長くて眠くなると評判なんですよ!」
「あはは、なら、お願いしていいですか?」
ミハネの言葉は、ルピナスとは違う安心感があった。強く叩きつけるものでなく、優しく包み込んでくれるような声色。ざわざわと燻っていた胸の内を落ち着けてくれるような柔らかさ。それはセイランの腹の底に生じていた黒い感情を抑え込んだ。
セイランは瞼を閉じてミハネの話に耳を傾ける。ミハネはセイランにだけ届く小さな声で、ぽつりぽつりと話し始めた。
……これはとある男の話。
男は、有名な魔法使いの一族に生まれた優秀な魔法使いであり、とてつもない野心家だった。二十歳になる頃には一族最強の魔法使いとなり、当主の座についた。
しかし、野心家の男はそれでは満足できなかった。男は一族の当主のさらに上、「王」になることを志した。
だが、男にその力はなかった。確かに男は一族の中では最も強かった。それでもそれが国の中で一番強いということにはならなかった。男は、先王に勝てなかった。
野心家の男は、それでも「王」を諦めきれなかった。そして男は、ただ「王」になるために大きく道を踏み外す。
男は自らの魔力と近しい魔力を持った女を探しだし、強引に婚約すると三十歳で一人の子を産ませた。相性の良い魔法使い同士の間に産まれた子は、男の望み通り、素晴らしい魔力を持って産まれた。子は生まれつきの魔力がこれまで生まれたどんな人間よりも強く、さらに強力な先天術を持っていた。
そんなに強い子が産まれたというのに、男はその子だけで満足しなかった。そして、男は魔法と相反する力、天法に目を付けた。
己の子が五つになる頃、男はついにその手を染めた。男は五年かけて見つけ出した天使の末裔たちが暮らす里で、一人の子どもを拉致した。男はその子の両親を子の目の前で惨殺し、記憶を奪った。
そして男は拉致してきた子どもと自分の子どもを引き合わせ、魔法と天法、両方が使える最強の魔法使いを作り出そうとした。そのために、男は拉致してきた子どもに恐怖や苦痛を与え、秘めた天力を引き出そうとした。
だが、その作戦は失敗に終わる。天使の子どもは先天術こそ使ったがそれ以外の術を使わなかった、使えなかったのである。それは、男がすべての記憶を奪った影響だった。
それでも男は後に引けなかった。そして男は策を立てた。それが、内乱の扇動だった。男は自らの息子が持つ「思考を操る先天術」と拉致してきた子どもが持つ「傷を癒す先天術」を使い、まんまと人々を出し抜き、英雄となり、「王」となったのだった。
「……なんて話、あなたたちは知らなくても良いのです」
ミハネが最後の言葉を吐き捨てる頃には、セイランはとっくに眠りについていた。
暗い森の中では、星々がとても美しく見える。途方もない星の数を数え、分からなくなってはまた一から数えなおしを繰り返す。そんな意味のないことをしても、セイランはなかなか寝付けず小さくため息をつく。セイランのすぐ隣では、同じく白いふわふわに埋まって寝ているルピナスの姿があった。白髪と白毛が重なって、どこまでがルピナスの頭なのか分からない。ぐっすりと眠るルピナスが目を覚ます様子はない。こうしていると、やはり幼く見える。
「眠れませんか?」
「あ、ミハネさん……」
いくら目を瞑って意識は明瞭なままで、全く微睡みに沈めないセイランが再び目を開け身動ぎをしていると、囁く声が聞こえそっと顔をあげる。すると別の二匹の魔物の側にいたミハネが静かに立ち上がり、セイランの隣に腰を下ろした。
「明日には王都に到着します。ゆっくり休んだ方が良いのですが……セイランくんはそうはいきませんよね。やっぱり、不安ですか?」
「不安……」
ミハネの優しい声が頭上から降りてくる。セイラン自身も、自分がどうして眠れないのか理由は分かっていなかった。不安は、確かにある。でもセイランが持っているのは王都に行くことへの明確な不安ではなくて、これから自分はどうすればいいのかという、もっと大きな漠然とした不安だった。ルピナスもミハネも、守ってくれると言っている。でも、それはいつまで続くのだろう。明日王都に着いて、二人が調べたいことを調べて、それからどうなるのだろう。分からないことばかりだ。
「ミハネさん、一つ、聞いてもいいですか」
「はい、なんでしょう」
「おれって、何の罪で手配されているんですか?」
そもそも、自分は何の罪でこんなに大きく手配されているのか。それすらもセイランは知らなかった。手配書は見たが、セイランが読めたのは自分の名前くらいで、その他の罪状と言ったものは読み解けなかった。ミハネは微かに視線を逸らす。それは知っている人間の反応だ。
「知っても後悔しませんか?」
「……はい」
「それでは、セイランくん。……あなたの罪状は外患罪。他国と通謀し、我が国と戦争を起こそうとした罪です」
「……戦争、? おれが……?」
ミハネが告げた罪は、セイランが全く予想もしていなかった規模のものだった。それが大罪であることは、セイランにでも分かる。それなら国からの国際手配されるのも、なんとなく分かる。しかし、そんな大きな罪で冤罪なんてあるものなのか。セイランには当然他国の人間と通謀した覚えはない。リリィエなんて小さな町のギルドで、ひっそりとお使いのような依頼をこなしていた人間が、そんなこと出来るはずがない。そんなの国の力を持ってすればすぐに分かることだろう。
「なぜセイランくんにそんな冤罪が降りかかったのかは分かりませんが、私たちはあなたでないことは十分承知しております。必ず事実を証明し、あなたを守りますから。大丈夫ですよ」
「……ミハネさん」
「安心して眠ってください。あ、せっかくですし私が眠れるまで昔話をしましょうか! 私の話、長くて眠くなると評判なんですよ!」
「あはは、なら、お願いしていいですか?」
ミハネの言葉は、ルピナスとは違う安心感があった。強く叩きつけるものでなく、優しく包み込んでくれるような声色。ざわざわと燻っていた胸の内を落ち着けてくれるような柔らかさ。それはセイランの腹の底に生じていた黒い感情を抑え込んだ。
セイランは瞼を閉じてミハネの話に耳を傾ける。ミハネはセイランにだけ届く小さな声で、ぽつりぽつりと話し始めた。
……これはとある男の話。
男は、有名な魔法使いの一族に生まれた優秀な魔法使いであり、とてつもない野心家だった。二十歳になる頃には一族最強の魔法使いとなり、当主の座についた。
しかし、野心家の男はそれでは満足できなかった。男は一族の当主のさらに上、「王」になることを志した。
だが、男にその力はなかった。確かに男は一族の中では最も強かった。それでもそれが国の中で一番強いということにはならなかった。男は、先王に勝てなかった。
野心家の男は、それでも「王」を諦めきれなかった。そして男は、ただ「王」になるために大きく道を踏み外す。
男は自らの魔力と近しい魔力を持った女を探しだし、強引に婚約すると三十歳で一人の子を産ませた。相性の良い魔法使い同士の間に産まれた子は、男の望み通り、素晴らしい魔力を持って産まれた。子は生まれつきの魔力がこれまで生まれたどんな人間よりも強く、さらに強力な先天術を持っていた。
そんなに強い子が産まれたというのに、男はその子だけで満足しなかった。そして、男は魔法と相反する力、天法に目を付けた。
己の子が五つになる頃、男はついにその手を染めた。男は五年かけて見つけ出した天使の末裔たちが暮らす里で、一人の子どもを拉致した。男はその子の両親を子の目の前で惨殺し、記憶を奪った。
そして男は拉致してきた子どもと自分の子どもを引き合わせ、魔法と天法、両方が使える最強の魔法使いを作り出そうとした。そのために、男は拉致してきた子どもに恐怖や苦痛を与え、秘めた天力を引き出そうとした。
だが、その作戦は失敗に終わる。天使の子どもは先天術こそ使ったがそれ以外の術を使わなかった、使えなかったのである。それは、男がすべての記憶を奪った影響だった。
それでも男は後に引けなかった。そして男は策を立てた。それが、内乱の扇動だった。男は自らの息子が持つ「思考を操る先天術」と拉致してきた子どもが持つ「傷を癒す先天術」を使い、まんまと人々を出し抜き、英雄となり、「王」となったのだった。
「……なんて話、あなたたちは知らなくても良いのです」
ミハネが最後の言葉を吐き捨てる頃には、セイランはとっくに眠りについていた。
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