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第五章
第四十七話
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心地のいい微睡みの中。セイランは数日ぶりに穏やかに目覚めた。起きた瞬間に直前の不安が脳裏を過らないのは久しぶりだ。ここ最近、いつも目覚めると同時に眠る直前に起きたことを思い出して落ち着かなかった。が、今日はそんな不安はない代わりに強い羞恥がセイランを襲っていた。
セイランは恐る恐る体を動かしてみる。思った通り、腰が痛い。あんなに長い時間していたら、当たり前だ。そしてどうやら自分は服を着ていない。誰かが一枚布団代わりにローブをかけていてくれているようだ。
この視線をあげた先にルピナスはいるのだろうか。あんなに淫乱を晒した自分を、ルピナスはどう見るのだろう。セイランは自分にかけられているローブをそっと握り、意を決して視線をあげた。
「……ん? へ……、」
「……フルルルッ」
「うぇぇぇっ!!」
目の前で上手にベッドを使って眠っていたのは、ルピナスと同じ美しい真っ白な毛をなびかせ、ルピナスとは似ても似つかない大きな図体の、魔物だった。あまりのことに、セイランは声を張り上げて身を起こす。その声に反応して、魔物もまた目を覚まし、大きな瞳をギョロとセイランに向けた。
セイランは慌てて辺りを見渡すが、見渡す限りの場所にルピナスとミハネの姿はない。加えて自分は全裸で、大剣も携帯していない。
素手でやるしかない。覚悟を決めて、セイランはベッドから飛び降りると間合いを開き、魔物の方を見据える。臨戦態勢のセイランに対し、魔物の方は呑気にベッドの上であくびをすると、セイランの方をおっとりとした瞳で見つめた。
「……ん?」
魔物にしては、あまりにも敵意がなさすぎる。セイランは不思議そうに首を傾げ、じっと魔物と見つめ合ってみる。すると魔物は視線を合わせることを嫌がるどころか、ご主人に見つめられた犬よろしく、嬉しそうに尾を振りだした。
「え、ぇ? ほあっ!」
「セイラン! って……、これはまた随分と懐かれたね」
セイランの大声に反応したルピナスが駆けつけた時には、すでにセイランは魔物に飛び付かれ顔を舐め回されていた。飛びつかれたのがまだ筋力のあるセイランだったから良かったものの、普通の人間なら間違いなく床まで押し倒されていたであろう勢い。セイランはあげられた魔物の前足を掴み、唾液まみれになりながら困ったようにルピナスに助けを求めた。
「ルピナス……、こいつ、犬?」
「魔物じゃないの?」
「魔物か……? ぁ、こら首すんすんしたらくすぐったい……、んっ」
「は?」
犬、とも魔物ともつかない生物は前足をセイランに持たれたまま器用に後ろ足で立ち、鼻先をセイランのうなじに押し付けた。何も纏っていないセイランには、鼻から伝わる熱い息が素肌に触れてくすぐったい。
「……まぁ、その子には感謝しときなよ。昨日あんなところで寝たお前を湖から引き上げてくれたのはその子なんだから」
「そう、なのか? ……ありがとな」
昨晩、セイランが水に浸かりながら疲労と幸福感でつい眠ってしまった後のことだった。どこからかフラりと現れたこの神々しい生き物は、自ら湖に飛び込み、セイランを鼻先で支えルピナスがセイランを引き上げるのを手伝った。見たこともない姿の魔物はセイランを守るようにして添い寝し、今に至るという。
犬にしては大きすぎる。が、仕草は犬のようで魔物のような狂暴さはない。目の前の生き物を眺めながらセイランも首を捻るが、こんな魔物はセイランも知らなかった。
「……ここを巣にしてた、珍しい魔物とかなのかな?」
「ボクも最初はそう思ったんだけど、ね……」
息を荒らげる魔物、とおぼしきものをセイランは優しく撫でてみる。すると嬉しそうに手を追いかけて頭を擦り付ける生き物を、セイランはどうにも魔物とは思えなかった。
エンジェルリーパーの森でもそうだったように、セイランは比較的魔物に襲われやすい体質を持っていた。そこまで狂暴性のない、一般的な生活で利用される魔物にすら威嚇される。これまでこうやって自分に大人しく撫でられる魔物にセイランは出会ったことがなかった。
綺麗な白くて長い毛を持っていて、長いマズルをセイランへ向けている魔物の顔は凛々しいものだった。そこだけみるとキツネのようにも見える。といっても体の大きさはキツネのようなものでなく、オオカミかはたまたそれ以上か。
ルピナスも魔物かどうか疑問を持っているようで、考え込むような仕草をしながらふさふさとした尻尾を揺らす生き物をジッと見つめていた。そうして二人を悩ませていることも知らず、謎の生き物は無邪気に耳を伏せて気持ちよさそうにセイランに撫でられていた。試しにセイランが「おすわり?」と指示してみると、素直にその場に腰を下ろす。
「セイラン、その子、この先の足にしたらどう?」
「足?」
「徒歩で行くには王都は遠いし危険だ。と言っても、他者を頼るわけにもいかない。この子みたいな魔物に送ってもらうしかないんじゃない?」
ルピナスの言う通り、ここから王都までは少し歩くことになる。さらに、王都に向かう道となると、これまでに訪れたシャムロックやリリィエ、シーズと比べ人の往来も多くなることだろう。見回りの兵など、セイランが手配されていることを知った人間に見つかった場合、徒歩では逃げ遅れる可能性がある。行くにも逃げるにも、何かしらの素早い足があるのに越したことはない。
セイランは恐る恐る体を動かしてみる。思った通り、腰が痛い。あんなに長い時間していたら、当たり前だ。そしてどうやら自分は服を着ていない。誰かが一枚布団代わりにローブをかけていてくれているようだ。
この視線をあげた先にルピナスはいるのだろうか。あんなに淫乱を晒した自分を、ルピナスはどう見るのだろう。セイランは自分にかけられているローブをそっと握り、意を決して視線をあげた。
「……ん? へ……、」
「……フルルルッ」
「うぇぇぇっ!!」
目の前で上手にベッドを使って眠っていたのは、ルピナスと同じ美しい真っ白な毛をなびかせ、ルピナスとは似ても似つかない大きな図体の、魔物だった。あまりのことに、セイランは声を張り上げて身を起こす。その声に反応して、魔物もまた目を覚まし、大きな瞳をギョロとセイランに向けた。
セイランは慌てて辺りを見渡すが、見渡す限りの場所にルピナスとミハネの姿はない。加えて自分は全裸で、大剣も携帯していない。
素手でやるしかない。覚悟を決めて、セイランはベッドから飛び降りると間合いを開き、魔物の方を見据える。臨戦態勢のセイランに対し、魔物の方は呑気にベッドの上であくびをすると、セイランの方をおっとりとした瞳で見つめた。
「……ん?」
魔物にしては、あまりにも敵意がなさすぎる。セイランは不思議そうに首を傾げ、じっと魔物と見つめ合ってみる。すると魔物は視線を合わせることを嫌がるどころか、ご主人に見つめられた犬よろしく、嬉しそうに尾を振りだした。
「え、ぇ? ほあっ!」
「セイラン! って……、これはまた随分と懐かれたね」
セイランの大声に反応したルピナスが駆けつけた時には、すでにセイランは魔物に飛び付かれ顔を舐め回されていた。飛びつかれたのがまだ筋力のあるセイランだったから良かったものの、普通の人間なら間違いなく床まで押し倒されていたであろう勢い。セイランはあげられた魔物の前足を掴み、唾液まみれになりながら困ったようにルピナスに助けを求めた。
「ルピナス……、こいつ、犬?」
「魔物じゃないの?」
「魔物か……? ぁ、こら首すんすんしたらくすぐったい……、んっ」
「は?」
犬、とも魔物ともつかない生物は前足をセイランに持たれたまま器用に後ろ足で立ち、鼻先をセイランのうなじに押し付けた。何も纏っていないセイランには、鼻から伝わる熱い息が素肌に触れてくすぐったい。
「……まぁ、その子には感謝しときなよ。昨日あんなところで寝たお前を湖から引き上げてくれたのはその子なんだから」
「そう、なのか? ……ありがとな」
昨晩、セイランが水に浸かりながら疲労と幸福感でつい眠ってしまった後のことだった。どこからかフラりと現れたこの神々しい生き物は、自ら湖に飛び込み、セイランを鼻先で支えルピナスがセイランを引き上げるのを手伝った。見たこともない姿の魔物はセイランを守るようにして添い寝し、今に至るという。
犬にしては大きすぎる。が、仕草は犬のようで魔物のような狂暴さはない。目の前の生き物を眺めながらセイランも首を捻るが、こんな魔物はセイランも知らなかった。
「……ここを巣にしてた、珍しい魔物とかなのかな?」
「ボクも最初はそう思ったんだけど、ね……」
息を荒らげる魔物、とおぼしきものをセイランは優しく撫でてみる。すると嬉しそうに手を追いかけて頭を擦り付ける生き物を、セイランはどうにも魔物とは思えなかった。
エンジェルリーパーの森でもそうだったように、セイランは比較的魔物に襲われやすい体質を持っていた。そこまで狂暴性のない、一般的な生活で利用される魔物にすら威嚇される。これまでこうやって自分に大人しく撫でられる魔物にセイランは出会ったことがなかった。
綺麗な白くて長い毛を持っていて、長いマズルをセイランへ向けている魔物の顔は凛々しいものだった。そこだけみるとキツネのようにも見える。といっても体の大きさはキツネのようなものでなく、オオカミかはたまたそれ以上か。
ルピナスも魔物かどうか疑問を持っているようで、考え込むような仕草をしながらふさふさとした尻尾を揺らす生き物をジッと見つめていた。そうして二人を悩ませていることも知らず、謎の生き物は無邪気に耳を伏せて気持ちよさそうにセイランに撫でられていた。試しにセイランが「おすわり?」と指示してみると、素直にその場に腰を下ろす。
「セイラン、その子、この先の足にしたらどう?」
「足?」
「徒歩で行くには王都は遠いし危険だ。と言っても、他者を頼るわけにもいかない。この子みたいな魔物に送ってもらうしかないんじゃない?」
ルピナスの言う通り、ここから王都までは少し歩くことになる。さらに、王都に向かう道となると、これまでに訪れたシャムロックやリリィエ、シーズと比べ人の往来も多くなることだろう。見回りの兵など、セイランが手配されていることを知った人間に見つかった場合、徒歩では逃げ遅れる可能性がある。行くにも逃げるにも、何かしらの素早い足があるのに越したことはない。
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