ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

文字の大きさ
上 下
42 / 62
第四章

第四十二話

しおりを挟む
 三人は地下道を進みながらシャムロックで買い足した食べ物を晩飯とする。買ったリンゴを水の魔法で洗って、風の魔法で皮を剝き切り分ける。強力な魔法もさることながら、二人はそんな繊細な魔法も器用にこなしていた。

「はいセイラン、あーんしてー」

「ん……、……甘い、ハチミツかけてる……」

「ボク甘いのが好きなんだもん」

 ルピナスが自分の持っていた分をつまんで差し出してくるのをセイランは素直に口を開けて迎え入れる。するとリンゴ本来の甘さ以上のものが舌を包み、つい眉間に皺を寄せる。このリンゴはもともと十分甘いのに、それ以上に甘くしている。ルピナスの持つ木皿のリンゴはすべてハチミツがかかっていた。特にハチミツが嫌いなわけではないが、さすがに見ているだけで胃がもたれそうになる。当のルピナスはそんなことないようで、幸せそうに甘そうなリンゴを口に運んでいる。本人が幸せなら、それでいいか、と、セイランは何も言わずにおいた。

 そうして他にもパンをちぎり合って食べたりと軽い食事を進みながら済ませる。地下だと地上の様子が分からないが、それなりにもう遅い時間だろう。そろそろ休みたいと考え始めたところ、三人は開けた場所に到着する。

 そこは先ほどの建物のような腰を落ち着けるためのベンチや椅子の他、しっかり休むためのベッドがあった。もちろん、柔らかい布団があるわけではないが、文句は言えない。

「やったー、ボクたくさん歩いて疲れたからここで休もう?」

「そうですね。夜通し歩くよりも休息を取るべきですし。……セイランくん、ここで眠れますか?」

「え? おれは全然平気です。むしろ、二人の方がツラいんじゃ……」

 セイランが言いかける間に、ルピナスは纏っていたローブを枠だけのベッドに敷いて早速横になる。あんなに質の良い布を躊躇なくベッドシーツ代わりにするものだから、セイランは思わず固まってしまう。

「これ布地が柔らかいからとっても寝心地いいんだよ」

「へ、ぇ……」

「これは魔法使いが作った特殊な繊維なので、我々魔法使いにとっては変幻自在の布なのです。風を魔法を宿せば、ふわふわのクッションに早変わり」

「セイランはボクの隣においでよ、ボクが代わりにするからさ」

 確かに、特殊なローブだとは思っていたけれど。魔法使いというのはそんなことも出来るものなのか。そんな特別な道具はこれまでセイランも見たことはなかった。恐らく、そんなに容易く手に入る代物ではない。

 どんなに賢くないと言っても、さすがにセイランでもなんとなく察している。この二人がただの学者ではないことくらい。二人もどうやらそれを隠すつもりはもうほとんどないように見える。かといって、直接「何者なんだ」と聞くことも出来なかった。

 セイランは纏っていたローブを脱いで、ルピナスの隣の寝台を押し、ルピナスの手が届く範囲に近づける。最初は少し隙間を残していたが、結局ルピナスが隙間が埋まるまで「もっと」と言い続けるものだからくっつける羽目になる。

「え、私めちゃくちゃ寂しいんですが。私もセイランくんにくっつけても」

「ダメだよ」

「そんな……」

「……ルピナス」

 あまりにもあからさまにミハネが肩を落とすものだから、申し訳なさが勝り、セイランは静かにルピナスを諭す。そもそも、ミハネにはセイラン自身のことは話したがルピナスとの関係は話していない。あまりに露骨すぎたら、疑われる。ルピナスはそれでいいのかもしれないが、セイランは気が気ではやかった。

「んー、なら、一個挟んでよ。セイランの隣の寝台には魔物避けの炎を焚いといて」

「やったー! 喜んで焚きます」

 ミハネは嬉々としてセイランの反対隣に寝台を付け、そこに周囲から集めた木片で作った焚き火を設置し、もう一つ隣にミハネは寝台をおいた。魔物を避けるための炎。護衛対象なのだから、普通ならミハネとルピナスが近くにいるべきなのだが、あれだけ強力な魔法を見せられた手前何も言えなかった。戦いにだけはそれなりに自信があったはずなのに、どう頑張っても剣じゃ魔法には敵わない以上自信を失わざるを得ない。

「ほら、セイラン。寝てごらん」

「……、わ……っ! なんか、不思議な感じだ」

 ローブをベッドに敷くと、ルピナスがその端に触れる。すると、柔らかい風が巻き起こり、寝転がる体をふんわりと包んでいった。普通のベッドとは少し違った感覚。例えるなら、雲の上で寝たらこんな感じだろうなぁというもの。

 ふわふわした感覚を楽しんでいたセイランは、そのまま穏やかに眠りについた。すぐそばにルピナスの寝息を感じる。誰かと眠るのなんて、いつぶりだろう。セイランとルピナスは向かいあったまま静かに眠りにつく。それを最後まで見守っていたミハネは、子どものような表情で眠る二人に微笑み、「おやすみなさい」と囁いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【道徳心】【恐怖心】を覚えた悪役の俺はガクブルの毎日を生きています。

はるか
BL
優しき人々が生きる国で恨まれていた極悪非道なグレン。 彼は幼少の頃に頭を強く打ち、頭のネジが抜けた事により【道徳心】と【恐怖心】が抜け落ちてしまった為に悪役街道をまっしぐらに進み優しい人々を苦しめていた。 ある時、その恨みが最高潮に達して人々はグレンを呪った。 呪いによって、幼少の頃無くした【道徳心】と【恐怖心】を覚えたグレンは生まれて初めて覚える恐怖に怖れ戦き動揺する。だってこれから恐ろしい報復が絶対に待ってる。そんなの怖い! 何とかして回避できないかと、足掻き苦しむ元悪役宰相グレン(27才)の物語です。 主人公が結構クズのままです。 最初はグレンの事が大嫌いな国の最強兵器である騎士のディラン(20才)が今まで隙の無かったグレンの様子がおかしい事に気付いて、観察したり、ちょっかい出したりする内にグレンが気になる存在になっていき最後は結ばれる物語です。 年下人間兵器騎士(金髪碧眼イケメン)×年上宰相(黒髪黒目イケメン)(固定CP) ※設定が緩いのはこの世界が優しい人々しか居なかった為で決して作者のせいではありません。 ※突っ込みは全て「優しい人々しか居ない世界だったので」でお返ししたいと思います。 ※途中、顔文字が出てきます。苦手な方はご注意下さい。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

コワモテαの秘密

たがわリウ
BL
コワモテ俳優α×兎獣人Ω 俳優の恵庭トキオは撮影の疲れを癒やすために、獣人の添い寝店に通っていた。 その店では兎の獣人、結月を毎回指名し癒やしてもらっていたトキオ。しだいに結月に合うこと自体が楽しみになっていく。 しかし強面俳優という世間のイメージを崩さないよう、獣人の添い寝店に通っていることはバレてはいけない秘密だった。 ある日、結月が何かを隠していることに気づく。 変な触り方をしてくる客がいると打ち明けられたのをきっかけに、二人の関係は変化し──。 登場人物 ・恵庭トキオ(攻め/24歳) メディアでは強面イケメン俳優と紹介されることが多い。裏社会を扱う作品に多く出演している。 ・結月(受け/19歳) 兎の獣人で、ミルクティー色の耳が髪の間から垂れている。獣人の添い寝店に勤めている。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

処理中です...