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第四章
第四十一話
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あれから数時間後。三人はシャムロックの外にいた。すでに日も暮れる時間。この時間に町の外に出るのは当然危険なことだが、承知の上だ。三人、セイランにとっては、魔物よりも人間の方が今は恐ろしい。いつセイランの正体を手配犯だと気づく者が現れるか分からない町の中にいるよりは、人気のない町の外の方がよっぽど安全だ。
シャムロックを出た一行は、現在王都へと向かっていた。それはミハネとルピナスの提案である。図書館でミハネと合流した後、セイランは二人から調査の結果を聞かされた。
発見された史料には確かにルピナスが求めていた「天使が先天術を無効化できた理由」に関する記述は存在したらしい。それによると、無効化は全ての天使が可能で、天使独自の性質が影響していたとのことだった。そこで、二人は「天使の持つ魔力と相反する力、「天力」が悪魔の術を打ち消したのではないか」という仮説を立てたらしい。そこで、ルピナスはセイランにこう告げた。
——王都に運び込まれたという遺物が必要かもしれない。
文献と共に発見され、王都へと運ばれたという遺物。実際に見た図書館の警備兵によると、それは不思議な光を輝かせた石だったという。二人はそれを、魔力を高める「魔法石」と相反する貴重品、天力を高める「天法石」ではないかと読んでいた。
敵の懐に飛び込んでいくことになることは分かっている。それでも、ボクにはその石が必要なんだ。ルピナスに言われ、セイランが断るはずもなかった。もとより、自分はルピナスに雇われた護衛なのだから。
こうして一行は次の目的地を王都に定め、天法石という石を手に入れるために町を出た、という経緯であった。シャムロックを出た時間がかなり遅かったこともあり、三人はひとまず夜間も人が通らないであろう場所に隠れることを優先した。
「とまぁ、意気揚々と暗がりに飛び出してきたわけですが、シャムロックの周囲ってそういえば森ありませんでしたね」
「ボクらはともかく、ミハネ来る時運転席いたんじゃなかったの? 見てなかったの?」
「いやいやいや到着寸前はそれどころじゃなかったこと当人が忘れたんです!?」
シャムロックから出た三人は見渡す限りの開けた土地にポツンと立っていた。見る限り、森と呼べる代物は遠くに薄っすら見える程度。しかもそこまで深い森ではないようで、もし見つかったとしたら逃げ場がない。かといってシャムロックに戻るわけにもいかない。
セイランは騒ぐ二人を尻目に、懐から地図を取り出す。昔からどうにも地形が頭に入らなくて、迷子にばかりなっていた。いつからかセイランにとって地図は必需品になり、近場でも出歩くときは必ず持つようにしていた。それが功を奏し、セイランは地図の中に気になる箇所を見つける。
「なぁ、これ。えーっと、あっち、かな。うん、あそこにある立ち入り禁止ってなってる建物は地下道への入り口らしい。この辺りがまだ整備されていない頃、山越えを避けるために使われてた、のかな……?」
「ほぇー、いいねぇ地下。立ち入り禁止なら人も来なさそうだし!」
「火を焚いても勘付かれないですし、身を隠すなら最適ですね」
セイランが差し出した地図を覗きながら、ルピナスとミハネは笑って頷く。たったそれだけだというのに、セイランもまた嬉しそうに笑顔を零す。自分の意見を聞いてもらえることも、同意を得られることも、セイランにとっては数少ない経験だったから。二人が頭ごなしに否定せず肯定してもらえることは、こんなに幸せなことなのかと大げさなことを思うほどには。
「他に行き場もないし、行ってみようか」
「ですね。ここでまごついて不審がられては元も子もないですから」
ルピナスは二人を先導して、地下道の出入り口となっていた古い建物へと向かって行く。その間にミハネは肩にかけていたカバンからランタンを取り出す。それに魔法で火を灯すと、ミハネはそれをセイランに渡した。
「長らく使われていないのなら照明なんてものは期待できないので」
「え、でも、ミハネさんのなんだからミハネさんが……」
「お気になさらないでください、私たちはいくらでも火を灯せますので」
ミハネは優しく微笑み、人差し指の先に小さな炎を灯して見せた。出発する前、図書館でセイランはミハネにも真実を打ち明けていた。自分は魔法を使えないことや、人より知力が劣っていること、癒しの術が使えること。それでも、ミハネは穏やかな表情を崩さず、ただ「辛かったでしょう? 話してくださり、ありがとうございます。セイランくんが頑張っていることは十分伝わっていますよ」と受け入れてくれた。そんな言葉でまた泣いてしまい、ルピナスが「ミハネが泣かせた! 同じ分だけ血を流せ!」とミハネを追い回していたのはまた別の話だ。
地下道への入り口となっている建物は、ここを通っていた人々の休憩所となっていったようで、随分と古い扉を開くと木製のベンチや食事をするためのカウンターがあった。その中央に地下へと繋がる穴と、下へと向かう階段がある。放置されているためか、あちこち雑草が生えていたり魔物が侵入したのか相当散らかっているように見えた。
ルピナスは手のひらに火を灯しそれを宙に浮かせると、その火を自在に動かし自分の視線の向かう先を照らしながらさっそく階段を下っていく。遠目に見ると人魂がついて回っているようにしか見えない。
「砂で結構滑るから気をつけてね」
「ん、ありがとう」
先に階段を降り切ったルピナスは、振り返り炎をセイランの足元へ移動させる。風で動く程度の軽い砂が溜まった階段は確かに滑りやすく気を抜くと転びそうだった。ランタンの灯りよりも強い炎が周囲をしっかり照らしてくれている。
「結構道幅あるね、これどれくらい続いてるんだろう」
「確か地図では出口はあちこちにあるらしい。さすがに王都までは、繋がってないけど……」
「それだけ広い地下道なら、途中に休憩所くらいありそうですね。ひとまずそこを目指しましょうか」
地下道の道幅は二十メートルほどはあった。もともと山越え出来ない大きな荷物を運ぶための道だったのだからそれなりの幅はあって当然なのだろう。空間に声が反響している。地下道に響くのは、三人分の足音と話し声。これなら、もし魔物がいたとしても音で気づくことが可能だろう。
シャムロックを出た一行は、現在王都へと向かっていた。それはミハネとルピナスの提案である。図書館でミハネと合流した後、セイランは二人から調査の結果を聞かされた。
発見された史料には確かにルピナスが求めていた「天使が先天術を無効化できた理由」に関する記述は存在したらしい。それによると、無効化は全ての天使が可能で、天使独自の性質が影響していたとのことだった。そこで、二人は「天使の持つ魔力と相反する力、「天力」が悪魔の術を打ち消したのではないか」という仮説を立てたらしい。そこで、ルピナスはセイランにこう告げた。
——王都に運び込まれたという遺物が必要かもしれない。
文献と共に発見され、王都へと運ばれたという遺物。実際に見た図書館の警備兵によると、それは不思議な光を輝かせた石だったという。二人はそれを、魔力を高める「魔法石」と相反する貴重品、天力を高める「天法石」ではないかと読んでいた。
敵の懐に飛び込んでいくことになることは分かっている。それでも、ボクにはその石が必要なんだ。ルピナスに言われ、セイランが断るはずもなかった。もとより、自分はルピナスに雇われた護衛なのだから。
こうして一行は次の目的地を王都に定め、天法石という石を手に入れるために町を出た、という経緯であった。シャムロックを出た時間がかなり遅かったこともあり、三人はひとまず夜間も人が通らないであろう場所に隠れることを優先した。
「とまぁ、意気揚々と暗がりに飛び出してきたわけですが、シャムロックの周囲ってそういえば森ありませんでしたね」
「ボクらはともかく、ミハネ来る時運転席いたんじゃなかったの? 見てなかったの?」
「いやいやいや到着寸前はそれどころじゃなかったこと当人が忘れたんです!?」
シャムロックから出た三人は見渡す限りの開けた土地にポツンと立っていた。見る限り、森と呼べる代物は遠くに薄っすら見える程度。しかもそこまで深い森ではないようで、もし見つかったとしたら逃げ場がない。かといってシャムロックに戻るわけにもいかない。
セイランは騒ぐ二人を尻目に、懐から地図を取り出す。昔からどうにも地形が頭に入らなくて、迷子にばかりなっていた。いつからかセイランにとって地図は必需品になり、近場でも出歩くときは必ず持つようにしていた。それが功を奏し、セイランは地図の中に気になる箇所を見つける。
「なぁ、これ。えーっと、あっち、かな。うん、あそこにある立ち入り禁止ってなってる建物は地下道への入り口らしい。この辺りがまだ整備されていない頃、山越えを避けるために使われてた、のかな……?」
「ほぇー、いいねぇ地下。立ち入り禁止なら人も来なさそうだし!」
「火を焚いても勘付かれないですし、身を隠すなら最適ですね」
セイランが差し出した地図を覗きながら、ルピナスとミハネは笑って頷く。たったそれだけだというのに、セイランもまた嬉しそうに笑顔を零す。自分の意見を聞いてもらえることも、同意を得られることも、セイランにとっては数少ない経験だったから。二人が頭ごなしに否定せず肯定してもらえることは、こんなに幸せなことなのかと大げさなことを思うほどには。
「他に行き場もないし、行ってみようか」
「ですね。ここでまごついて不審がられては元も子もないですから」
ルピナスは二人を先導して、地下道の出入り口となっていた古い建物へと向かって行く。その間にミハネは肩にかけていたカバンからランタンを取り出す。それに魔法で火を灯すと、ミハネはそれをセイランに渡した。
「長らく使われていないのなら照明なんてものは期待できないので」
「え、でも、ミハネさんのなんだからミハネさんが……」
「お気になさらないでください、私たちはいくらでも火を灯せますので」
ミハネは優しく微笑み、人差し指の先に小さな炎を灯して見せた。出発する前、図書館でセイランはミハネにも真実を打ち明けていた。自分は魔法を使えないことや、人より知力が劣っていること、癒しの術が使えること。それでも、ミハネは穏やかな表情を崩さず、ただ「辛かったでしょう? 話してくださり、ありがとうございます。セイランくんが頑張っていることは十分伝わっていますよ」と受け入れてくれた。そんな言葉でまた泣いてしまい、ルピナスが「ミハネが泣かせた! 同じ分だけ血を流せ!」とミハネを追い回していたのはまた別の話だ。
地下道への入り口となっている建物は、ここを通っていた人々の休憩所となっていったようで、随分と古い扉を開くと木製のベンチや食事をするためのカウンターがあった。その中央に地下へと繋がる穴と、下へと向かう階段がある。放置されているためか、あちこち雑草が生えていたり魔物が侵入したのか相当散らかっているように見えた。
ルピナスは手のひらに火を灯しそれを宙に浮かせると、その火を自在に動かし自分の視線の向かう先を照らしながらさっそく階段を下っていく。遠目に見ると人魂がついて回っているようにしか見えない。
「砂で結構滑るから気をつけてね」
「ん、ありがとう」
先に階段を降り切ったルピナスは、振り返り炎をセイランの足元へ移動させる。風で動く程度の軽い砂が溜まった階段は確かに滑りやすく気を抜くと転びそうだった。ランタンの灯りよりも強い炎が周囲をしっかり照らしてくれている。
「結構道幅あるね、これどれくらい続いてるんだろう」
「確か地図では出口はあちこちにあるらしい。さすがに王都までは、繋がってないけど……」
「それだけ広い地下道なら、途中に休憩所くらいありそうですね。ひとまずそこを目指しましょうか」
地下道の道幅は二十メートルほどはあった。もともと山越え出来ない大きな荷物を運ぶための道だったのだからそれなりの幅はあって当然なのだろう。空間に声が反響している。地下道に響くのは、三人分の足音と話し声。これなら、もし魔物がいたとしても音で気づくことが可能だろう。
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