39 / 62
第四章
第三十九話
しおりを挟む
紙芝居の舞台が閉じられていく。子どもたちは「ストリキ様みたいになる」と言って、早速思い思いの本を取りに広間から散っていった。セイランはただぼんやりと閉じられた舞台を見つめていた。
ストリキ・ラピュア。それが、今の王の名。そんな立派な人がこの世にいる反面、自分みたいな人間も存在している。努力。そんなもの、ずっとしていた。魔法も勉強も、人の何倍も努力しているつもりだった。だが、セイランの努力は報われなかった。ただ、自分は何もできないという現実を叩きつけただけ。
――こんな立派な人でも、おれのことを見たら貶すのかな。
王に会うことなんて、あるはずもないけれど。今まではみんな駄目だった。セイランがどんなに信用しようと、この人ならと期待しようと、全ての人が、セイランの真実を知ると目の色を変えた。軽蔑され、侮蔑され、気づけば人を信じることが出来なくなっていた。
「……ルピナスたち、終わったかな」
セイランは小さく独り言を零す。ルピナスと、ミハネ。セイランの真実を知っても、変わらなかった人。ミハネの方はどこまで知っているのか分からないけれど。ふと二人に会いたくなって、元来た道を戻ろうとしたセイランの耳に、ヒソヒソとした話し声が聞こえ足を止める。
「ストリキ王、ねぇ。統率力も魔力も一流だけど、どうやら子育ては苦手らしいの」
「子育て? あ、まさかまた息子さん……」
「そう! うちの夫、王都で傭兵してて、こないだ少し帰って来てたんだけどね、まーた息子さんお家飛び出してっちゃったみたいよ?」
「あらぁ、反抗期かなぁ? お父さんとしては苦労してるんだ、ストリキ王って」
読み聞かせを聞きに集まっていた子どもの親たちがセイランの真下辺りでそんな世間話をしている。親子、反抗期、家出……。セイランの人生に、そんなものは存在しなかった。父と呼べる存在がいて、反抗出来るほど自分の意見を言えて、帰るべき家がある。少しだけ、その息子のことが羨ましかった。王様の子なんてものに生まれてしまったことで、セイランの想像できない苦しみはたくさんあるのだろう。それでも、その子がきっと父親譲りの魔力や知識、周囲の温かい手があることが、セイランには羨ましく映った。
「そういえば、息子さんってなんて名前だったっけ?」
「あぁそれね、うちの夫も名前は聞いたことないって! 不思議ねぇ、隠してるのかなぁ……」
王の嫡子なのに、名前が知られていない? セイランも当然名前は知らなかったが、それは単純に自分が無知だからだと考えていた。まだ幼いから公表されていないとか、そういうことだろうか。しかし少なくとも反抗期を向かえているようだし、家出をするならそこまで幼くはないようだが。話の続きが気になって、セイランはルピナスたちの元へ戻ろうとしていた体を戻す。
「確か息子さんってお母さん似でとってもかわいらしいんでしょ? 一回見てみたいなぁ」
「そうそう! かわいいお顔なのに父親譲りの強い魔力をお持ちで、もううちの子も敵わないって! まだ十はっ「セイラン! こんなところにいたんだ、ごめんね、つまらなかった?」
「あ……、いや、そういうんじゃないけど、……ごめん、ルピナス」
下から聞こえてくる声を遮ったのは、廊下の少し手前に立つルピナスだった。ルピナスは遠くからセイランの姿を見つけ声をかけたようで、セイランが振り返るのを見ると小走りでセイランに駆け寄る。ルピナスはセイランの隣まで来ると、ちらとセイランが眺めていた図書館の様子を一瞥する。
「ミハネさんはいっしょじゃなかったのか?」
「ミハネは絶賛逆周り中だよ。ボクが当たりだったみたいだね。ふふん、当然ボクが世界で二番目にセイランのこと知ってるからね」
「一番、って?」
「それはもちろんセイラン自身さ」
鼻をならして自信たっぷりに語るルピナスに、セイランは思わず笑ってしまう。ほんの数日前までのセイランだったなら、こんな言葉を信用は出来なかっただろう。目の前にいるのが、ルピナスだから。きっとその場限りの適当な嘘ではなくて、本心で言っているのだろうなと思えた。
「調べものはもういいのか?」
「うん、満足だよ」
「……なにか分かったのか?」
「んー……、そうだね。その話はミハネと合流してからしよう。ひとまず、ミハネが一周してくるの待とっか」
ルピナスは微かに渋い表情を見せ、セイランの傍らで図書館の様子を眺め始めた。そもそも何を知りたくてその史料を見に来たのかセイランは知らない。恐らく、先ほど話していた天使とかについてのことなのだろうけれど。それにしても、ルピナスの年齢で学者というのは、かなり若いのではないだろうか。それこそ、まだこの図書館のような場所で勉学に勤しむくらいの歳でも違和感はない。それはセイラン自身にも言えることかもしれないが。それだけルピナスは頭が良い、ということだろうか。
「あの、さ」
「ん?」
「どうして、あんたは天使について調べてるんだ?」
その質問に深い意味はなかった。ただただ純粋な疑問。ルピナスはしばらくセイランの瞳をジッと見つめてから、そっと視線を流す。
「セイランは知らないかな? あのね、天使って、かつて悪魔の先天術が効かなかったって言われているんだ」
「……しらない」
「だろうね。まぁほとんどの人は知らないことだよ。なぜ天使は悪魔の先天術を無効化出来たのか。……ボクはね、それを知りたいんだ。ある人を、助けるために」
「ある人……」
ルピナスの真剣な瞳が遠くを見つめている。その目は、虚空の中にルピナスのいう「ある人」を見つめているようだった。ルピナスがそれだけ想っている相手、強かで優しいルピナスが想う相手なのだから、きっと素敵な人なのだろう。どんな人なのだろう、という疑問はセイランの中にあったが、それを聞く勇気はなかった。聞いたら、ルピナスの隣にいられなくなる気がして、やっと見つけた居心地のいい居場所を失ってしまう気がして、言えなかった。きっと自分は、その人より劣っているから。
ストリキ・ラピュア。それが、今の王の名。そんな立派な人がこの世にいる反面、自分みたいな人間も存在している。努力。そんなもの、ずっとしていた。魔法も勉強も、人の何倍も努力しているつもりだった。だが、セイランの努力は報われなかった。ただ、自分は何もできないという現実を叩きつけただけ。
――こんな立派な人でも、おれのことを見たら貶すのかな。
王に会うことなんて、あるはずもないけれど。今まではみんな駄目だった。セイランがどんなに信用しようと、この人ならと期待しようと、全ての人が、セイランの真実を知ると目の色を変えた。軽蔑され、侮蔑され、気づけば人を信じることが出来なくなっていた。
「……ルピナスたち、終わったかな」
セイランは小さく独り言を零す。ルピナスと、ミハネ。セイランの真実を知っても、変わらなかった人。ミハネの方はどこまで知っているのか分からないけれど。ふと二人に会いたくなって、元来た道を戻ろうとしたセイランの耳に、ヒソヒソとした話し声が聞こえ足を止める。
「ストリキ王、ねぇ。統率力も魔力も一流だけど、どうやら子育ては苦手らしいの」
「子育て? あ、まさかまた息子さん……」
「そう! うちの夫、王都で傭兵してて、こないだ少し帰って来てたんだけどね、まーた息子さんお家飛び出してっちゃったみたいよ?」
「あらぁ、反抗期かなぁ? お父さんとしては苦労してるんだ、ストリキ王って」
読み聞かせを聞きに集まっていた子どもの親たちがセイランの真下辺りでそんな世間話をしている。親子、反抗期、家出……。セイランの人生に、そんなものは存在しなかった。父と呼べる存在がいて、反抗出来るほど自分の意見を言えて、帰るべき家がある。少しだけ、その息子のことが羨ましかった。王様の子なんてものに生まれてしまったことで、セイランの想像できない苦しみはたくさんあるのだろう。それでも、その子がきっと父親譲りの魔力や知識、周囲の温かい手があることが、セイランには羨ましく映った。
「そういえば、息子さんってなんて名前だったっけ?」
「あぁそれね、うちの夫も名前は聞いたことないって! 不思議ねぇ、隠してるのかなぁ……」
王の嫡子なのに、名前が知られていない? セイランも当然名前は知らなかったが、それは単純に自分が無知だからだと考えていた。まだ幼いから公表されていないとか、そういうことだろうか。しかし少なくとも反抗期を向かえているようだし、家出をするならそこまで幼くはないようだが。話の続きが気になって、セイランはルピナスたちの元へ戻ろうとしていた体を戻す。
「確か息子さんってお母さん似でとってもかわいらしいんでしょ? 一回見てみたいなぁ」
「そうそう! かわいいお顔なのに父親譲りの強い魔力をお持ちで、もううちの子も敵わないって! まだ十はっ「セイラン! こんなところにいたんだ、ごめんね、つまらなかった?」
「あ……、いや、そういうんじゃないけど、……ごめん、ルピナス」
下から聞こえてくる声を遮ったのは、廊下の少し手前に立つルピナスだった。ルピナスは遠くからセイランの姿を見つけ声をかけたようで、セイランが振り返るのを見ると小走りでセイランに駆け寄る。ルピナスはセイランの隣まで来ると、ちらとセイランが眺めていた図書館の様子を一瞥する。
「ミハネさんはいっしょじゃなかったのか?」
「ミハネは絶賛逆周り中だよ。ボクが当たりだったみたいだね。ふふん、当然ボクが世界で二番目にセイランのこと知ってるからね」
「一番、って?」
「それはもちろんセイラン自身さ」
鼻をならして自信たっぷりに語るルピナスに、セイランは思わず笑ってしまう。ほんの数日前までのセイランだったなら、こんな言葉を信用は出来なかっただろう。目の前にいるのが、ルピナスだから。きっとその場限りの適当な嘘ではなくて、本心で言っているのだろうなと思えた。
「調べものはもういいのか?」
「うん、満足だよ」
「……なにか分かったのか?」
「んー……、そうだね。その話はミハネと合流してからしよう。ひとまず、ミハネが一周してくるの待とっか」
ルピナスは微かに渋い表情を見せ、セイランの傍らで図書館の様子を眺め始めた。そもそも何を知りたくてその史料を見に来たのかセイランは知らない。恐らく、先ほど話していた天使とかについてのことなのだろうけれど。それにしても、ルピナスの年齢で学者というのは、かなり若いのではないだろうか。それこそ、まだこの図書館のような場所で勉学に勤しむくらいの歳でも違和感はない。それはセイラン自身にも言えることかもしれないが。それだけルピナスは頭が良い、ということだろうか。
「あの、さ」
「ん?」
「どうして、あんたは天使について調べてるんだ?」
その質問に深い意味はなかった。ただただ純粋な疑問。ルピナスはしばらくセイランの瞳をジッと見つめてから、そっと視線を流す。
「セイランは知らないかな? あのね、天使って、かつて悪魔の先天術が効かなかったって言われているんだ」
「……しらない」
「だろうね。まぁほとんどの人は知らないことだよ。なぜ天使は悪魔の先天術を無効化出来たのか。……ボクはね、それを知りたいんだ。ある人を、助けるために」
「ある人……」
ルピナスの真剣な瞳が遠くを見つめている。その目は、虚空の中にルピナスのいう「ある人」を見つめているようだった。ルピナスがそれだけ想っている相手、強かで優しいルピナスが想う相手なのだから、きっと素敵な人なのだろう。どんな人なのだろう、という疑問はセイランの中にあったが、それを聞く勇気はなかった。聞いたら、ルピナスの隣にいられなくなる気がして、やっと見つけた居心地のいい居場所を失ってしまう気がして、言えなかった。きっと自分は、その人より劣っているから。
1
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。
天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。
しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。
しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。
【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる