ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第四章

第三十九話

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 紙芝居の舞台が閉じられていく。子どもたちは「ストリキ様みたいになる」と言って、早速思い思いの本を取りに広間から散っていった。セイランはただぼんやりと閉じられた舞台を見つめていた。

 ストリキ・ラピュア。それが、今の王の名。そんな立派な人がこの世にいる反面、自分みたいな人間も存在している。努力。そんなもの、ずっとしていた。魔法も勉強も、人の何倍も努力しているつもりだった。だが、セイランの努力は報われなかった。ただ、自分は何もできないという現実を叩きつけただけ。

 ――こんな立派な人でも、おれのことを見たら貶すのかな。

 王に会うことなんて、あるはずもないけれど。今まではみんな駄目だった。セイランがどんなに信用しようと、この人ならと期待しようと、全ての人が、セイランの真実を知ると目の色を変えた。軽蔑され、侮蔑され、気づけば人を信じることが出来なくなっていた。

「……ルピナスたち、終わったかな」

 セイランは小さく独り言を零す。ルピナスと、ミハネ。セイランの真実を知っても、変わらなかった人。ミハネの方はどこまで知っているのか分からないけれど。ふと二人に会いたくなって、元来た道を戻ろうとしたセイランの耳に、ヒソヒソとした話し声が聞こえ足を止める。

「ストリキ王、ねぇ。統率力も魔力も一流だけど、どうやら子育ては苦手らしいの」

「子育て? あ、まさかまた息子さん……」

「そう! うちの夫、王都で傭兵してて、こないだ少し帰って来てたんだけどね、まーた息子さんお家飛び出してっちゃったみたいよ?」

「あらぁ、反抗期かなぁ? お父さんとしては苦労してるんだ、ストリキ王って」

 読み聞かせを聞きに集まっていた子どもの親たちがセイランの真下辺りでそんな世間話をしている。親子、反抗期、家出……。セイランの人生に、そんなものは存在しなかった。父と呼べる存在がいて、反抗出来るほど自分の意見を言えて、帰るべき家がある。少しだけ、その息子のことが羨ましかった。王様の子なんてものに生まれてしまったことで、セイランの想像できない苦しみはたくさんあるのだろう。それでも、その子がきっと父親譲りの魔力や知識、周囲の温かい手があることが、セイランには羨ましく映った。

「そういえば、息子さんってなんて名前だったっけ?」

「あぁそれね、うちの夫も名前は聞いたことないって! 不思議ねぇ、隠してるのかなぁ……」

 王の嫡子なのに、名前が知られていない? セイランも当然名前は知らなかったが、それは単純に自分が無知だからだと考えていた。まだ幼いから公表されていないとか、そういうことだろうか。しかし少なくとも反抗期を向かえているようだし、家出をするならそこまで幼くはないようだが。話の続きが気になって、セイランはルピナスたちの元へ戻ろうとしていた体を戻す。

「確か息子さんってお母さん似でとってもかわいらしいんでしょ? 一回見てみたいなぁ」

「そうそう! かわいいお顔なのに父親譲りの強い魔力をお持ちで、もううちの子も敵わないって! まだ十はっ「セイラン! こんなところにいたんだ、ごめんね、つまらなかった?」

「あ……、いや、そういうんじゃないけど、……ごめん、ルピナス」

 下から聞こえてくる声を遮ったのは、廊下の少し手前に立つルピナスだった。ルピナスは遠くからセイランの姿を見つけ声をかけたようで、セイランが振り返るのを見ると小走りでセイランに駆け寄る。ルピナスはセイランの隣まで来ると、ちらとセイランが眺めていた図書館の様子を一瞥する。

「ミハネさんはいっしょじゃなかったのか?」

「ミハネは絶賛逆周り中だよ。ボクが当たりだったみたいだね。ふふん、当然ボクが世界で二番目にセイランのこと知ってるからね」

「一番、って?」

「それはもちろんセイラン自身さ」

 鼻をならして自信たっぷりに語るルピナスに、セイランは思わず笑ってしまう。ほんの数日前までのセイランだったなら、こんな言葉を信用は出来なかっただろう。目の前にいるのが、ルピナスだから。きっとその場限りの適当な嘘ではなくて、本心で言っているのだろうなと思えた。

「調べものはもういいのか?」

「うん、満足だよ」

「……なにか分かったのか?」

「んー……、そうだね。その話はミハネと合流してからしよう。ひとまず、ミハネが一周してくるの待とっか」

 ルピナスは微かに渋い表情を見せ、セイランの傍らで図書館の様子を眺め始めた。そもそも何を知りたくてその史料を見に来たのかセイランは知らない。恐らく、先ほど話していた天使とかについてのことなのだろうけれど。それにしても、ルピナスの年齢で学者というのは、かなり若いのではないだろうか。それこそ、まだこの図書館のような場所で勉学に勤しむくらいの歳でも違和感はない。それはセイラン自身にも言えることかもしれないが。それだけルピナスは頭が良い、ということだろうか。

「あの、さ」

「ん?」

「どうして、あんたは天使について調べてるんだ?」

 その質問に深い意味はなかった。ただただ純粋な疑問。ルピナスはしばらくセイランの瞳をジッと見つめてから、そっと視線を流す。

「セイランは知らないかな? あのね、天使って、かつて悪魔の先天術が効かなかったって言われているんだ」

「……しらない」

「だろうね。まぁほとんどの人は知らないことだよ。なぜ天使は悪魔の先天術を無効化出来たのか。……ボクはね、それを知りたいんだ。ある人を、助けるために」

「ある人……」

 ルピナスの真剣な瞳が遠くを見つめている。その目は、虚空の中にルピナスのいう「ある人」を見つめているようだった。ルピナスがそれだけ想っている相手、強かで優しいルピナスが想う相手なのだから、きっと素敵な人なのだろう。どんな人なのだろう、という疑問はセイランの中にあったが、それを聞く勇気はなかった。聞いたら、ルピナスの隣にいられなくなる気がして、やっと見つけた居心地のいい居場所を失ってしまう気がして、言えなかった。きっと自分は、その人より劣っているから。

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