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第二章
第二十三話
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それから何時間が経過したのか。セイランが重い瞼を開いたのは、見知らぬ暗い部屋のベッドの上だった。まだ覚醒しきっていない頭を動かし周囲を見渡してみると、部屋の中の椅子に人影を認め、身を起こそうと身動ぐ。
「……ぅ、」
「うん? セイラン、起きた?」
頭を動かすと微かに頭の奥がジンと痛み、反射的に小さく声をあげた。するとその声に反応し、椅子の上の人影がこちらを振り返る。届いた声はルピナスのもので、セイランは安堵したように息を吐き出し、頭を押さえながらやっと身を起こす。
「ここは……?」
「ボクとミハネが泊まってる宿だよ。そんなことより、起きて平気? 頭を怪我したんだから、無理しちゃダメだよ?」
ルピナスは優しい声色でそんなセイランを気にかける言葉を並べながら、セイランの額に手のひらを触れさせた。ひんやりとした指先が、額を撫でていくのが心地よい。ルピナスはそうやってセイランに熱がないことを確認すると、そのままセイランの前髪の生え際に手を忍ばせ、する、と指を髪に絡めすいていく。
「……言っとくけど、今日はシないぞ」
「失礼な、怪我人犯す趣味はないよ」
「屋外で強姦する趣味はあるのに?」
「あー、そういうこと言うなら無理矢理でも抱いちゃうよ?」
まるで愛しい者でも愛でるようなルピナスに対し、セイランはくすぐったそうに身を逸らす。照れ隠しでもするかのようなセイランの皮肉にも、相変わらずルピナスはいつもの余裕の姿勢を崩さなかった。
セイランはほんの少し、「コイツなら本当に怪我しててもお構いなしに犯してきそうだな」なんて考えていたが、そんな思惑は外れルピナスは言葉と裏腹に静かに手を引いた。
「お腹すいてる? スープでももらってこようか?」
次に口から出るのは、またしてもセイランを気にかける言葉。それが純粋な厚意なのか判断できないセイランは、何も言わずに視線を逸らす。
――優しくしたら、おれが許すと思っているのか。
昼間、自分がルピナスにかけた言葉がセイランの脳裏を過る。それと同時に、あの男の言葉も思い出される。
体目当て。ルピナスがこうやって優しくしてくれるのは、自分との体の関係を繋ぎ止めるため?
「……」
「……セイラン? まだぼーっとする?」
首を傾げて、心配そうにセイランを見つめるルピナスの瞳を、セイランも見つめ返す。何を考えているのか分からない、底の知れない桃色の瞳。その瞳に自分が写る時、下心が宿っているなんて考えたくなかった。
「いや……、なぁ、なんで聞かないんだ?」
「なにを?」
「なにって……、なんで、あんなことしてたのか、とか……」
ルピナスの瞳が、わずかに細められる。あの状況、ルピナスの目には、強姦されていたように見えて当然だった。根掘り葉掘りとまではいわないが、「相手は誰なんだ」とか「なぜ助けを呼ばなかったのか」とか、聞かれるものと身構えていた。だからこそ、何があったのか何一つ尋ねようとしてこないことが、セイランにとっては違和感だった。
実際、セイラン自身でも、他人からすると異様な状況だったと言える。あれだけ乱暴されておきながら、自分は明らかに抵抗していなかった。それどころか、あの男を庇おうとまでした。何も知らないはずのルピナスにとっては、聞きたいことなど山ほどあるはずだ。
「泣くほどツラかった時のことを、わざわざ話す必要はないんじゃない? セイランが泣いていた。それだけで、お前が痛くて、怖くて、苦しかったことは分かった。それ以上、辛い思いをする必要はないよ」
「……おれが、……?」
「でも、お前が話した方が楽になれるっていうなら、もちろん聞くよ。話したくないのなら、何も言わなくていい」
「……あぁ」
ルピナスの声は、ただ真っ直ぐだった。そこに下心など感じさせない、ただただ純粋な心配と気遣い。疑ってしまったセイランの方が、ひっそり自己嫌悪してしまうほどだった。少しでも、あの男と同じなのかと思ってしまったことをセイランは一人後悔する。
――違う。
――この男は、アイツらとは、違う。でも、
「……ごめん」
「んー……、何に? どうして謝るの?」
「……気にしないでいい、おれの、自己満足」
セイランには、ルピナスがあのギルドの連中と何が違うのか分からなかった。ただ、勝手にいっしょにしたことを謝りたかった。当然そんなことセイランは口に出していないのだから、ルピナスの知ったことではない。セイランは声に出して謝る必要もない。
それでも、少しでも自分に非を感じた瞬間に「ごめんなさい」と口に出してしまうのは、もはやセイランにとって当たり前だったから。そんなセイランの気質を感じ取っているのか、ルピナスはセイランの返答に対し何か言いたげに口を開くが、結局何も言わず代わりにため息を吐き出した。
「お前がそれでいいならそれでいいけど……って、どこ行く気?」
「へ? ギルドに帰るよ、だって、これあんたのベッドだよな?」
セイランがベッドから体を出し、足を下ろすとルピナスは素早くセイランが立ち上がるのを制止するように正面に立ちはだかった。まるで脱走しようとした猫を食い止めるようなルピナスに、セイランはキョトンとした表情でルピナスを見上げる。
宿の部屋にはどう見ても一人分のベッドしかない。ここでセイランがベッドを占領している限り、ルピナスが休めないことは一目瞭然だった。それでも退かないルピナスを見つめながら、セイランは頭を回す。そして数秒後、ハッとした顔になったセイランは訝し気にルピナスを見上げた。
「まさか、いっしょに寝るとか言わないよな?」
「……それも悪くないね」
「なんだよそれ……ともかく、おれはかえ、る……っぅ……」
正面のルピナスを押し退けながらセイランは立ち上がろうと床に下ろした両足に体重を乗せる。が、そうしようとした瞬間、足が体重を支えきれず体がぐらりと傾いた。それを見透かしていたルピナスは、ちょうどセイランの体が傾いてきた位置で体を支え、ベッドの方に体を返す。そのお陰で、セイランはペタンと元の場所に腰を下ろすことになる。
「あ、あれ?」
「帰れるなら別に帰ってもらって構わないけど、ボクは無理だと思うなぁ」
「っ、」
思い通りに体が動かないことにセイランが戸惑う間もなく、ルピナスはセイランの肩を押してベッドに押し倒し、自分はその上に馬乗りになるようにベッドに乗り上げる。二人分の体重に、ベッドが軋んだ。すぐさまルピナスを押し返そうとセイランは手足を動かすが、体勢不利以上に、妙なくらいに自分の体に力が入らないせいでルピナスの体は微動だにしない。
「……ぅ、」
「うん? セイラン、起きた?」
頭を動かすと微かに頭の奥がジンと痛み、反射的に小さく声をあげた。するとその声に反応し、椅子の上の人影がこちらを振り返る。届いた声はルピナスのもので、セイランは安堵したように息を吐き出し、頭を押さえながらやっと身を起こす。
「ここは……?」
「ボクとミハネが泊まってる宿だよ。そんなことより、起きて平気? 頭を怪我したんだから、無理しちゃダメだよ?」
ルピナスは優しい声色でそんなセイランを気にかける言葉を並べながら、セイランの額に手のひらを触れさせた。ひんやりとした指先が、額を撫でていくのが心地よい。ルピナスはそうやってセイランに熱がないことを確認すると、そのままセイランの前髪の生え際に手を忍ばせ、する、と指を髪に絡めすいていく。
「……言っとくけど、今日はシないぞ」
「失礼な、怪我人犯す趣味はないよ」
「屋外で強姦する趣味はあるのに?」
「あー、そういうこと言うなら無理矢理でも抱いちゃうよ?」
まるで愛しい者でも愛でるようなルピナスに対し、セイランはくすぐったそうに身を逸らす。照れ隠しでもするかのようなセイランの皮肉にも、相変わらずルピナスはいつもの余裕の姿勢を崩さなかった。
セイランはほんの少し、「コイツなら本当に怪我しててもお構いなしに犯してきそうだな」なんて考えていたが、そんな思惑は外れルピナスは言葉と裏腹に静かに手を引いた。
「お腹すいてる? スープでももらってこようか?」
次に口から出るのは、またしてもセイランを気にかける言葉。それが純粋な厚意なのか判断できないセイランは、何も言わずに視線を逸らす。
――優しくしたら、おれが許すと思っているのか。
昼間、自分がルピナスにかけた言葉がセイランの脳裏を過る。それと同時に、あの男の言葉も思い出される。
体目当て。ルピナスがこうやって優しくしてくれるのは、自分との体の関係を繋ぎ止めるため?
「……」
「……セイラン? まだぼーっとする?」
首を傾げて、心配そうにセイランを見つめるルピナスの瞳を、セイランも見つめ返す。何を考えているのか分からない、底の知れない桃色の瞳。その瞳に自分が写る時、下心が宿っているなんて考えたくなかった。
「いや……、なぁ、なんで聞かないんだ?」
「なにを?」
「なにって……、なんで、あんなことしてたのか、とか……」
ルピナスの瞳が、わずかに細められる。あの状況、ルピナスの目には、強姦されていたように見えて当然だった。根掘り葉掘りとまではいわないが、「相手は誰なんだ」とか「なぜ助けを呼ばなかったのか」とか、聞かれるものと身構えていた。だからこそ、何があったのか何一つ尋ねようとしてこないことが、セイランにとっては違和感だった。
実際、セイラン自身でも、他人からすると異様な状況だったと言える。あれだけ乱暴されておきながら、自分は明らかに抵抗していなかった。それどころか、あの男を庇おうとまでした。何も知らないはずのルピナスにとっては、聞きたいことなど山ほどあるはずだ。
「泣くほどツラかった時のことを、わざわざ話す必要はないんじゃない? セイランが泣いていた。それだけで、お前が痛くて、怖くて、苦しかったことは分かった。それ以上、辛い思いをする必要はないよ」
「……おれが、……?」
「でも、お前が話した方が楽になれるっていうなら、もちろん聞くよ。話したくないのなら、何も言わなくていい」
「……あぁ」
ルピナスの声は、ただ真っ直ぐだった。そこに下心など感じさせない、ただただ純粋な心配と気遣い。疑ってしまったセイランの方が、ひっそり自己嫌悪してしまうほどだった。少しでも、あの男と同じなのかと思ってしまったことをセイランは一人後悔する。
――違う。
――この男は、アイツらとは、違う。でも、
「……ごめん」
「んー……、何に? どうして謝るの?」
「……気にしないでいい、おれの、自己満足」
セイランには、ルピナスがあのギルドの連中と何が違うのか分からなかった。ただ、勝手にいっしょにしたことを謝りたかった。当然そんなことセイランは口に出していないのだから、ルピナスの知ったことではない。セイランは声に出して謝る必要もない。
それでも、少しでも自分に非を感じた瞬間に「ごめんなさい」と口に出してしまうのは、もはやセイランにとって当たり前だったから。そんなセイランの気質を感じ取っているのか、ルピナスはセイランの返答に対し何か言いたげに口を開くが、結局何も言わず代わりにため息を吐き出した。
「お前がそれでいいならそれでいいけど……って、どこ行く気?」
「へ? ギルドに帰るよ、だって、これあんたのベッドだよな?」
セイランがベッドから体を出し、足を下ろすとルピナスは素早くセイランが立ち上がるのを制止するように正面に立ちはだかった。まるで脱走しようとした猫を食い止めるようなルピナスに、セイランはキョトンとした表情でルピナスを見上げる。
宿の部屋にはどう見ても一人分のベッドしかない。ここでセイランがベッドを占領している限り、ルピナスが休めないことは一目瞭然だった。それでも退かないルピナスを見つめながら、セイランは頭を回す。そして数秒後、ハッとした顔になったセイランは訝し気にルピナスを見上げた。
「まさか、いっしょに寝るとか言わないよな?」
「……それも悪くないね」
「なんだよそれ……ともかく、おれはかえ、る……っぅ……」
正面のルピナスを押し退けながらセイランは立ち上がろうと床に下ろした両足に体重を乗せる。が、そうしようとした瞬間、足が体重を支えきれず体がぐらりと傾いた。それを見透かしていたルピナスは、ちょうどセイランの体が傾いてきた位置で体を支え、ベッドの方に体を返す。そのお陰で、セイランはペタンと元の場所に腰を下ろすことになる。
「あ、あれ?」
「帰れるなら別に帰ってもらって構わないけど、ボクは無理だと思うなぁ」
「っ、」
思い通りに体が動かないことにセイランが戸惑う間もなく、ルピナスはセイランの肩を押してベッドに押し倒し、自分はその上に馬乗りになるようにベッドに乗り上げる。二人分の体重に、ベッドが軋んだ。すぐさまルピナスを押し返そうとセイランは手足を動かすが、体勢不利以上に、妙なくらいに自分の体に力が入らないせいでルピナスの体は微動だにしない。
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