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第二章
第二十二話 **
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「ねぇ、なにしてるの?」
「……へっ?」
「あ? 誰かと思えば、さっきのガキかよ」
それは、ルピナスの声だった。信じられず、慌てて顔を上げてそちらを振り返ると、そこには間違いなくルピナスその人が立っていた。さすがに男も律動を止め訝しげな視線を送るが、ルピナスの視線がセイランに注がれていることに気づくとニヤリと笑う。
「な、んで、あんた……ッ! ひ、ッァ、ま、ってッ!」
「これに釣られて来たんだろ? ほら、イイ声聞かせてやれよ」
セイランがルピナスに震えた視線を向けていることも知らず、男は油断していたセイランに向けて律動を再開する。そのままセイランの髪を掴み乱暴に顔をあげさせ、それまでとは違いより奥を狙った、セイランに快楽を与えるための動きをする。セイランのよがる声が、堪えきれずに溢れていく。
「……ボクは『なにしてるの?』って聞いたんだけど」
「そんなん見りゃ分かるだろ。見ろよ、この悦びよう。最高だろ?」
「いだッ……! あ、あッ、ごめんなさいっ、ごめんなさいッ!」
男は笑いながら掴んでいたセイランの頭を山肌に叩きつけた。ゴッと言うような鈍い音の直後、セイランの額から赤い筋が伝っていく。その痛みは、セイランの喘ぎ声を、叫び声に変えた。男はそれすらも面白そうに笑って、再び頭を握る手に力を籠める。しかし、握った手に力を籠めているのは、男だけではなかった。
「ボクには、喜んでいるようには見えないなぁ」
「あがッ!」
そんな声とほとんど同時に、男の体が吹き飛んでいく。直後、数メートル離れた位置に男の体が落ちていた。急に体を解放されたことで支えを無くしたセイランがへたりこむのを、咄嗟に支えたのはルピナスの手だった。
「セイラン? ごめんね、痛いよね。あんなことするなんて思ってなくて……、見つけた瞬間殴れば良かった……」
「…………、」
セイランの体は子犬のように小刻みに震えていた。震えた喉は言葉を紡げないようで、セイランはただ静かにルピナスに手を伸ばした。その指先はルピナスの袖に触れ、微かに指をかける。それは、セイランの精一杯の弱音だった。
すがり付いて泣くことすら出来ないセイランが、ほんの微かに見せた助けを求める仕草。ルピナスが返せたのは、ただ優しく抱きしめることだけだった。
「大丈夫だよ。もう怖くないから、ね?」
「…………、……ん、」
「よし、……ちょっと待っててね」
「う、ん?」
あやすように背中をさすると、セイランは少しずつその震えを落ち着けていった。ルピナスはセイランが自分の力でその場に座れるようになるまで支えていたが、セイランが腰を据えるや否やセイランの髪を撫でて立ち上がる。きょとんとセイランが首を傾げるのを見下ろしながら、ルピナスはそれは華やかに笑った。
「まだ、止めさしてないからね」
「……へ、え?」
ルピナスの台詞は、到底そんな笑顔から放たれたとは思えないものだった。しかしルピナスはセイランが固まっているのも知らず、近場で伸びていた男に向かって歩き出す。
その背中には、確かな殺気があった。
「……? セイラン?」
咄嗟に、セイランはルピナスの足を掴んでいた。地を這うようにして伸ばした手は、ルピナスの片足を確かに掴み、離すまいとしている。
「……セイラン、やめなよ。あれはお前がそんなに必死になって庇わなきゃいけない器の人間じゃない」
「……いいよ、いいんだ。みんな、おれが悪いんだ。責めるなら、おれを責めていい。だから、おれなんかのせいで、手を汚さないで」
セイランの震えた声を聞いて、ルピナスは深々とため息をついた。進めようとしていた足を戻して、セイランの方を振り返ると地面に倒れていた体を起こし、土を叩き落とす。そしてルピナスは纏っていたローブを脱いで、セイランに被せる。
「……ごめん」
「はぁ、勘違いしないでね。ボクはお前のために手を汚すのが嫌だから止めたわけでも、お前を責めるために止めたわけでもないから。セイランの優しさに免じて、見逃しただけ。お前がやっぱりヤれって言うなら、ヤる」
そう言いながら、ルピナスは膝をつき視線を合わせると、セイランの額の傷を見るために手を翳した。そのルピナスの拳にはいつの間にか武具が装備されていた。それは微かな火の魔法を注ぐだけで、強い威力の拳を繰り出せるという魔法武具の一種だった。魔法は使えるが、身体能力が低い、多くは女性が護身用に使うもの。殺傷能力はない、はずだが。一人の男を吹っ飛ばす、あんな威力を出すところは初めて見た。
これで殴ったのかと、セイランは理解すると同時にその拳に血が滲んでいることに気づいた。
「ケガ、してる」
「ん? これ? そりゃまぁ、人殴ったらこれくらいはね? ていうより、セイランも人の心配してる場合じゃないでしょ? 頭痛い? めまいはする?」
セイランに指摘され、ルピナスは自分の拳を一瞥するが些細な怪我だとすぐにセイランに視線を戻す。頭に負った怪我の方が明らかに優先すべきであるし、ルピナスがそうしようとするのは当然なのだがセイランはそのルピナスを止めるようにしてその手を取った。
「……セイラン?」
「……ごめんな、おれの、せい」
「っ、セイラン!」
セイランはぼんやりと血の滲んだルピナスの拳に向かって、自分の手を翳す。ルピナスは慌ててその手を引くが、ルピナスが自分の方に手を戻した時にはすでに、その手の傷は綺麗さっぱり消えていた。ルピナスは傷が無くなったことに対して驚くのではなく、「しまった」という顔をしてセイランを見返す。
「これで、もう痛くない……、ん……、」
「セイランッ!」
ルピナスの手から傷が消えたことを確認したセイランは、微かに微笑んだ。が、直後ふっとその意識は途絶えてしまう。ルピナスが張り上げた呼び掛けに、セイランが答えることはなかった。
「……へっ?」
「あ? 誰かと思えば、さっきのガキかよ」
それは、ルピナスの声だった。信じられず、慌てて顔を上げてそちらを振り返ると、そこには間違いなくルピナスその人が立っていた。さすがに男も律動を止め訝しげな視線を送るが、ルピナスの視線がセイランに注がれていることに気づくとニヤリと笑う。
「な、んで、あんた……ッ! ひ、ッァ、ま、ってッ!」
「これに釣られて来たんだろ? ほら、イイ声聞かせてやれよ」
セイランがルピナスに震えた視線を向けていることも知らず、男は油断していたセイランに向けて律動を再開する。そのままセイランの髪を掴み乱暴に顔をあげさせ、それまでとは違いより奥を狙った、セイランに快楽を与えるための動きをする。セイランのよがる声が、堪えきれずに溢れていく。
「……ボクは『なにしてるの?』って聞いたんだけど」
「そんなん見りゃ分かるだろ。見ろよ、この悦びよう。最高だろ?」
「いだッ……! あ、あッ、ごめんなさいっ、ごめんなさいッ!」
男は笑いながら掴んでいたセイランの頭を山肌に叩きつけた。ゴッと言うような鈍い音の直後、セイランの額から赤い筋が伝っていく。その痛みは、セイランの喘ぎ声を、叫び声に変えた。男はそれすらも面白そうに笑って、再び頭を握る手に力を籠める。しかし、握った手に力を籠めているのは、男だけではなかった。
「ボクには、喜んでいるようには見えないなぁ」
「あがッ!」
そんな声とほとんど同時に、男の体が吹き飛んでいく。直後、数メートル離れた位置に男の体が落ちていた。急に体を解放されたことで支えを無くしたセイランがへたりこむのを、咄嗟に支えたのはルピナスの手だった。
「セイラン? ごめんね、痛いよね。あんなことするなんて思ってなくて……、見つけた瞬間殴れば良かった……」
「…………、」
セイランの体は子犬のように小刻みに震えていた。震えた喉は言葉を紡げないようで、セイランはただ静かにルピナスに手を伸ばした。その指先はルピナスの袖に触れ、微かに指をかける。それは、セイランの精一杯の弱音だった。
すがり付いて泣くことすら出来ないセイランが、ほんの微かに見せた助けを求める仕草。ルピナスが返せたのは、ただ優しく抱きしめることだけだった。
「大丈夫だよ。もう怖くないから、ね?」
「…………、……ん、」
「よし、……ちょっと待っててね」
「う、ん?」
あやすように背中をさすると、セイランは少しずつその震えを落ち着けていった。ルピナスはセイランが自分の力でその場に座れるようになるまで支えていたが、セイランが腰を据えるや否やセイランの髪を撫でて立ち上がる。きょとんとセイランが首を傾げるのを見下ろしながら、ルピナスはそれは華やかに笑った。
「まだ、止めさしてないからね」
「……へ、え?」
ルピナスの台詞は、到底そんな笑顔から放たれたとは思えないものだった。しかしルピナスはセイランが固まっているのも知らず、近場で伸びていた男に向かって歩き出す。
その背中には、確かな殺気があった。
「……? セイラン?」
咄嗟に、セイランはルピナスの足を掴んでいた。地を這うようにして伸ばした手は、ルピナスの片足を確かに掴み、離すまいとしている。
「……セイラン、やめなよ。あれはお前がそんなに必死になって庇わなきゃいけない器の人間じゃない」
「……いいよ、いいんだ。みんな、おれが悪いんだ。責めるなら、おれを責めていい。だから、おれなんかのせいで、手を汚さないで」
セイランの震えた声を聞いて、ルピナスは深々とため息をついた。進めようとしていた足を戻して、セイランの方を振り返ると地面に倒れていた体を起こし、土を叩き落とす。そしてルピナスは纏っていたローブを脱いで、セイランに被せる。
「……ごめん」
「はぁ、勘違いしないでね。ボクはお前のために手を汚すのが嫌だから止めたわけでも、お前を責めるために止めたわけでもないから。セイランの優しさに免じて、見逃しただけ。お前がやっぱりヤれって言うなら、ヤる」
そう言いながら、ルピナスは膝をつき視線を合わせると、セイランの額の傷を見るために手を翳した。そのルピナスの拳にはいつの間にか武具が装備されていた。それは微かな火の魔法を注ぐだけで、強い威力の拳を繰り出せるという魔法武具の一種だった。魔法は使えるが、身体能力が低い、多くは女性が護身用に使うもの。殺傷能力はない、はずだが。一人の男を吹っ飛ばす、あんな威力を出すところは初めて見た。
これで殴ったのかと、セイランは理解すると同時にその拳に血が滲んでいることに気づいた。
「ケガ、してる」
「ん? これ? そりゃまぁ、人殴ったらこれくらいはね? ていうより、セイランも人の心配してる場合じゃないでしょ? 頭痛い? めまいはする?」
セイランに指摘され、ルピナスは自分の拳を一瞥するが些細な怪我だとすぐにセイランに視線を戻す。頭に負った怪我の方が明らかに優先すべきであるし、ルピナスがそうしようとするのは当然なのだがセイランはそのルピナスを止めるようにしてその手を取った。
「……セイラン?」
「……ごめんな、おれの、せい」
「っ、セイラン!」
セイランはぼんやりと血の滲んだルピナスの拳に向かって、自分の手を翳す。ルピナスは慌ててその手を引くが、ルピナスが自分の方に手を戻した時にはすでに、その手の傷は綺麗さっぱり消えていた。ルピナスは傷が無くなったことに対して驚くのではなく、「しまった」という顔をしてセイランを見返す。
「これで、もう痛くない……、ん……、」
「セイランッ!」
ルピナスの手から傷が消えたことを確認したセイランは、微かに微笑んだ。が、直後ふっとその意識は途絶えてしまう。ルピナスが張り上げた呼び掛けに、セイランが答えることはなかった。
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