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第二章
第二十話
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ルピナスはセイラン自身にはそのことについては話さず、「なんでもないよ」と笑いまたセイランを支えながら歩き出した。相変わらず二人はギルド内の視線を集めていたが、ルピナスはやはり何も気に留めず進んでいく。ただ真っ直ぐ前を見て、時折こちらを見ては「大丈夫?」と気にかけてくれるルピナスの存在のお陰か、ギルドを出るまでの間にセイランが周りの嘲笑の声を聞くことはなかった。
「あぁ! セイランさん足は大丈夫ですか!? 申し訳ありません、手助けに向かえず……」
二人がギルドの外へ出ると、すぐそこで待ち受けていたミハネが慌ててセイランへ駆け寄った。気落ちした表情で肩を落とし頭を下げるミハネに、セイランも咄嗟に首を左右に振って頭を上げるように促す。
「そんな、謝らないでください! 転んだのはおれが鈍臭いから……」
「ホントだよミハネ、そんなんじゃリリィエに置いてっちゃうよ?」
「えぇっ、そんな……!」
「……そういう意地悪言ってたら、あんたを置いてくぞ?」
「へぇ、いいの?」
「……んんん、もう……、」
意図したのか否か、セイランの口から溢れかけた言葉を遮ったルピナスは、茶化すような軽い冗談で話を変えさせる。ミハネがいる手前、その話題を避けたいセイランはチラと横目に首を傾げるミハネを確認して口をつぐんでしまう。ほんの少し頬を染めて、困ったように眉を下げてマフラーに口元を埋めるセイランを眺めながら、ルピナスはクスクスと楽しそうに笑っていた。
「……あの、出発は明日じゃだめ、かな?」
「うん? 構わないけど、今日じゃだめなの?」
控えめに、静かに切り出したセイランに対し、ルピナスは疑問を返す。日付の指定は特になされていないため、出発する日は護衛であるセイランの自由である。だが、先ほどのミハネの様子からすると早いに越したことはないのだろう。セイランは申し訳なさそうに視線を落とし、言葉を続ける。
「ほら、言ったろ? おれ、護衛の仕事は初めてなんだ。一度、シャムロックまでのルートをしっかり定めておきたいし、二人も急に出立するより支度する時間が必要だろ?」
「それはそうかもね」
「それと、おれこのあと少し用事があって……」
「……どんな?」
「へ? え、えーと……」
最初はそれっぽい理由を並べていたにも関わらず、急に語気が弱くなったのをルピナスは逃さなかった。軽く踏み込んだだけで、セイランはすぐ歯切れが悪くなり視線を彷徨わせる。その仕草を確認したルピナスは一瞬目を細めるが、すぐに笑みを作る。
「わかってるよ。ニアさん? だっけ? お届けものがあるんだったよね」
「あ、そ、そうだった」
「なるほど、お仕事があるのですね! 足のこともありますし、確かに出発は明日にした方が良いですね!」
セイランはまるで言われて初めて思い出したかのように、近くに置いていた荷物に視線を向けていた。それはセイランの言う「用事」がそれではないことを示唆していたが、間髪入れずに口を挟んだミハネによって、その話題はかき消されてしまう。しかし、セイランの反応から違和感を感じ取っていたはずのルピナスはそれ以上セイランの言葉を深く詮索しようとはしなかった。
「ごめんなさい、足止めしちゃって……ミハネさんの宿代はおれが……」
「いえいえ、そんなそんな! セイランさんのお陰でやっと動けるのですから! あ、宿もお気遣いなく! あまりに長期滞在しているからか、宿の方に同情され三日前から無賃宿泊中ですので!」
「えぇ……それは、良かった……?」
セイランの首が困惑によって傾いていく。明らかに良いことではないが、ミハネがあまりにもニコニコと朗らかな笑顔で話すものだから、セイランもそれに流されてしまう。対して、ルピナスは呆れたようにため息をついていた。
「はぁ、いいよ。セイランは気にしないで。この人の分の宿代はボクが出すよ。で、宿、どこ?」
「あ、この道を真っ直ぐ行って右手側の建物ですね」
「はいはい、あれね。じゃあボクはさっさと宿で明日に向けて休んでようかなぁ」
「ん、……そうしてもらえると、助かる。明日迎えに行くから」
そうして話はまとまり、ルピナスはミハネと共に宿に向かうことになった。セイランはまだルピナスに何か言いたげな表情であったが、もはやルピナスの金銭の事情について尋ねることは野暮だと考えたのか、彼も深く踏み入ることはしなかった。
二人と一時的に別れることになったセイランは、一旦置いていた荷物を抱えあげると、ギルドの中へと再び向かっていく。ルピナスはその背中が真っ直ぐ階段へ向かってギルドの二階に上っていき、完全にその背中が見えなくなるまで見送る。そして視界からセイランの姿が消えてしまってから、ぽつりと一言、呟いた。
「相変わらず、お前は嘘が下手だね」
「はい?」
「……ミハネには言ってないよ」
その言葉の真意を問う者は、誰もいない。
ルピナスがそのとき見せた表情を知る者もまた、誰もいなかった。
「あぁ! セイランさん足は大丈夫ですか!? 申し訳ありません、手助けに向かえず……」
二人がギルドの外へ出ると、すぐそこで待ち受けていたミハネが慌ててセイランへ駆け寄った。気落ちした表情で肩を落とし頭を下げるミハネに、セイランも咄嗟に首を左右に振って頭を上げるように促す。
「そんな、謝らないでください! 転んだのはおれが鈍臭いから……」
「ホントだよミハネ、そんなんじゃリリィエに置いてっちゃうよ?」
「えぇっ、そんな……!」
「……そういう意地悪言ってたら、あんたを置いてくぞ?」
「へぇ、いいの?」
「……んんん、もう……、」
意図したのか否か、セイランの口から溢れかけた言葉を遮ったルピナスは、茶化すような軽い冗談で話を変えさせる。ミハネがいる手前、その話題を避けたいセイランはチラと横目に首を傾げるミハネを確認して口をつぐんでしまう。ほんの少し頬を染めて、困ったように眉を下げてマフラーに口元を埋めるセイランを眺めながら、ルピナスはクスクスと楽しそうに笑っていた。
「……あの、出発は明日じゃだめ、かな?」
「うん? 構わないけど、今日じゃだめなの?」
控えめに、静かに切り出したセイランに対し、ルピナスは疑問を返す。日付の指定は特になされていないため、出発する日は護衛であるセイランの自由である。だが、先ほどのミハネの様子からすると早いに越したことはないのだろう。セイランは申し訳なさそうに視線を落とし、言葉を続ける。
「ほら、言ったろ? おれ、護衛の仕事は初めてなんだ。一度、シャムロックまでのルートをしっかり定めておきたいし、二人も急に出立するより支度する時間が必要だろ?」
「それはそうかもね」
「それと、おれこのあと少し用事があって……」
「……どんな?」
「へ? え、えーと……」
最初はそれっぽい理由を並べていたにも関わらず、急に語気が弱くなったのをルピナスは逃さなかった。軽く踏み込んだだけで、セイランはすぐ歯切れが悪くなり視線を彷徨わせる。その仕草を確認したルピナスは一瞬目を細めるが、すぐに笑みを作る。
「わかってるよ。ニアさん? だっけ? お届けものがあるんだったよね」
「あ、そ、そうだった」
「なるほど、お仕事があるのですね! 足のこともありますし、確かに出発は明日にした方が良いですね!」
セイランはまるで言われて初めて思い出したかのように、近くに置いていた荷物に視線を向けていた。それはセイランの言う「用事」がそれではないことを示唆していたが、間髪入れずに口を挟んだミハネによって、その話題はかき消されてしまう。しかし、セイランの反応から違和感を感じ取っていたはずのルピナスはそれ以上セイランの言葉を深く詮索しようとはしなかった。
「ごめんなさい、足止めしちゃって……ミハネさんの宿代はおれが……」
「いえいえ、そんなそんな! セイランさんのお陰でやっと動けるのですから! あ、宿もお気遣いなく! あまりに長期滞在しているからか、宿の方に同情され三日前から無賃宿泊中ですので!」
「えぇ……それは、良かった……?」
セイランの首が困惑によって傾いていく。明らかに良いことではないが、ミハネがあまりにもニコニコと朗らかな笑顔で話すものだから、セイランもそれに流されてしまう。対して、ルピナスは呆れたようにため息をついていた。
「はぁ、いいよ。セイランは気にしないで。この人の分の宿代はボクが出すよ。で、宿、どこ?」
「あ、この道を真っ直ぐ行って右手側の建物ですね」
「はいはい、あれね。じゃあボクはさっさと宿で明日に向けて休んでようかなぁ」
「ん、……そうしてもらえると、助かる。明日迎えに行くから」
そうして話はまとまり、ルピナスはミハネと共に宿に向かうことになった。セイランはまだルピナスに何か言いたげな表情であったが、もはやルピナスの金銭の事情について尋ねることは野暮だと考えたのか、彼も深く踏み入ることはしなかった。
二人と一時的に別れることになったセイランは、一旦置いていた荷物を抱えあげると、ギルドの中へと再び向かっていく。ルピナスはその背中が真っ直ぐ階段へ向かってギルドの二階に上っていき、完全にその背中が見えなくなるまで見送る。そして視界からセイランの姿が消えてしまってから、ぽつりと一言、呟いた。
「相変わらず、お前は嘘が下手だね」
「はい?」
「……ミハネには言ってないよ」
その言葉の真意を問う者は、誰もいない。
ルピナスがそのとき見せた表情を知る者もまた、誰もいなかった。
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