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第二章
第十九話
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ギルドの中に一人で向かったセイランは駆け足でカウンターへと向かう。ルピナスはミハネと共に、ギルドの入り口からそれを見守っていた。しかし、不意にルピナスの眉間に皺が寄る。そしてルピナスはセイランを追うようにギルドの中へと足を踏み入れていた。
「っ、おぁっ!」
セイランのギルドの真ん中で前のめりに転んだのはその直後のことだった。その場所は足場が悪いわけでもない、何もない平な床の上。セイランは黙って床の上で身を起こし、すぐに立ち上がろうとするが、足首を捻ってしまったのか、力を籠めた瞬間鋭い痛みを感じ、反射的に膝をついてしまう。
そんなセイランの耳に周囲から包み隠しもしない嘲笑の声が届く。
相変わらず鈍臭いやつ。
あんなのがマスターの子だなんて、恥さらしもいいところだ。
さっさと出て行けばいいものを。
「セイラン」
「……、」
「セーイランっ!」
「わっ、あぇ、あんた、なんで……」
その場で耳を塞ぎたくなる衝動に襲われるセイランの耳に、自分の名を呼ぶ声が届く。慌てて顔を上げたセイランの目に映ったのは、ルピナスだった。ルピナスはセイランが戸惑うのも無視をして、その場に膝をつきそっと足首に手を添えた。
「捻った? 平気? 歩ける?」
「あ、あぁ、これくらい大丈夫だよ」
「ん、良かったぁ。痛そうな受け方してたから心配しちゃった。ほら、立てる?」
ルピナスにも周りの声は届いていたはずだというのに、そんなものは全く意に介していない様子でセイランへと手を差し伸べた。それに驚いているのはセイランだけではない。明らかに全員の笑い物にされていたセイランを躊躇なく助けた。その事実はギルド内にいる全ての視線が集めていた。
ルピナスはセイランの手を引き立ち上がらせると、痛む足を庇って歩くセイランを支えながらカウンターへと向かっていく。ギルド内に木霊していた嘲笑の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「受付さん? 護衛依頼の受付お願いしまーす。目的地はシャムロックね。あ、指名はセイランでね。あと、ミハネって学者さんのは下げてこの依頼と一緒にしてもらえる?」
「……あー、坊ちゃん? 悪いことは言わないから、そいつはやめときな? 死ぬぞ」
「何? 依頼人自らのご指名だよ?」
ルピナスはカウンターに着くや否や、受付に向かって矢継ぎ早に依頼の話を進めていく。対して受付の男は気が進まないようで、聞くだけ聞いて依頼表を取ることもなくルピナスへ言葉を返した。その態度が気に食わないルピナスの語気が静かに荒くなっているのを感じ取り、セイランはルピナスを落ち着けようと袖を引く。
「おい……」
「依頼が完遂された場合の報酬は、はい。一万マニー」
「……は?」
ルピナスは懐から取り出した麻袋をドサッとカウンターに乗せる。口の開いた袋の中には大量の金貨が覗いていた。受付も、セイランも、思わず言葉を失ってしまう。一万マニーなんて大金、相当な金持ちでなければ出せないものだ。それをポンと軽く懐から取り出されても、現実として受け入れられない。
「……坊主、もしこれが本物だっていうのなら、なおさらそいつは止めとけ。こんな腑抜けに出すもんじゃねぇ。それに、そんだけ出せるなら、うちで一番優秀なやつを付けてやる。シャムロックまでなら、それでもまだお釣りが出るレベルだぞ」
「それはお断りだね。勘違いしないでもらいたいんだけど、僕は何も『ギルド・ロベリア』に依頼がしたいわけじゃない。僕は『セイラン』に依頼がしたいんだ。どうしても受けてもらえないなら、今回の話はなかったことにして個人的にセイランを雇わせてもらうよ。ギルドを通して受けた依頼は報酬の三割がギルド行き、個人で受けた依頼は報酬の補償がない代わりに全部自分のものなんでしょ? ボクみたいな大きな顧客を逃すのって、ギルドの受付としてどうなの?」
セイランが口を挟める隙もなく、ルピナスは受付と静かな論争を繰り広げていた。結局、最終的には受付が「死んでも知らねぇぞ」と折れ、ルピナスが言った通りの条件で依頼が受諾された。完全に置いてけぼりにされたまま、あれよあれよという間に話が進むのをただポカンと見ていたセイランは、不意に誰かが隣に立ったことでようやく我に返る。
誰か受付に用があるものと思い、少し避けようとしたセイランを隣に立った男は捕まえる。それからセイランの耳元で二言三言囁くと、男はそのままその場を去っていった。
「ほらセイラン! 依頼受けてもらえたよー……って、どうかした?」
「え? いや、なんでもな……って、あんた本当に報酬一万にしてる……」
「そう言ったじゃん」
完成した依頼表を見せながらセイランを振り返ったルピナスはセイランの様子を見て首を傾げるが、当のセイランは咄嗟に顔を緩ませ表情を隠す。ルピナスが書かせた依頼表には、先ほどルピナスが言った通りの内容が記されていた。
「さ、ミハネに報告しに行こうか」
「ん、あぁ……」
「と、その前に」
セイランが「うん?」と首を傾げるのに対し、ルピナスは微笑みを返す。その微笑みにまたセイランがキョトンとするのを横目に、ルピナスは受付の方を振り返る。ルピナスはカウンターに身を寄せると、セイランに聞こえない声で囁いた。
「次にあんな真似したら、今度はボクがお前の首を吹き飛ばすから」
受付の男が「ひっ」と息を飲むのを無視して、ルピナスは興味を無くしたようにカウンターから身を離し、また顔に笑顔を貼り付け、不思議そうな顔をしたまま待っていたセイランを振り返った。
ルピナスのその言葉は、先ほどセイランが転んだ時、ルピナスが見ていたものへの怒りによって放たれたものだった。あの時、セイランは何もない場所で自ら転んだわけではない。セイランが転んだ理由、それはセイランの足元に放たれた風の魔法だった。走っていたセイランの足はその風に掬われバランスを崩し、足を捻りそのまま倒れ込んだ。端から見たら何もない場所で転んだように見えるだろう。しかし、実際は他者の遠隔魔法によって転ばされていた。恐らく、セイラン本人も気づいてはいないだろう。それで周囲の笑い物にするなど、悪趣味なことこの上ない。
「っ、おぁっ!」
セイランのギルドの真ん中で前のめりに転んだのはその直後のことだった。その場所は足場が悪いわけでもない、何もない平な床の上。セイランは黙って床の上で身を起こし、すぐに立ち上がろうとするが、足首を捻ってしまったのか、力を籠めた瞬間鋭い痛みを感じ、反射的に膝をついてしまう。
そんなセイランの耳に周囲から包み隠しもしない嘲笑の声が届く。
相変わらず鈍臭いやつ。
あんなのがマスターの子だなんて、恥さらしもいいところだ。
さっさと出て行けばいいものを。
「セイラン」
「……、」
「セーイランっ!」
「わっ、あぇ、あんた、なんで……」
その場で耳を塞ぎたくなる衝動に襲われるセイランの耳に、自分の名を呼ぶ声が届く。慌てて顔を上げたセイランの目に映ったのは、ルピナスだった。ルピナスはセイランが戸惑うのも無視をして、その場に膝をつきそっと足首に手を添えた。
「捻った? 平気? 歩ける?」
「あ、あぁ、これくらい大丈夫だよ」
「ん、良かったぁ。痛そうな受け方してたから心配しちゃった。ほら、立てる?」
ルピナスにも周りの声は届いていたはずだというのに、そんなものは全く意に介していない様子でセイランへと手を差し伸べた。それに驚いているのはセイランだけではない。明らかに全員の笑い物にされていたセイランを躊躇なく助けた。その事実はギルド内にいる全ての視線が集めていた。
ルピナスはセイランの手を引き立ち上がらせると、痛む足を庇って歩くセイランを支えながらカウンターへと向かっていく。ギルド内に木霊していた嘲笑の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「受付さん? 護衛依頼の受付お願いしまーす。目的地はシャムロックね。あ、指名はセイランでね。あと、ミハネって学者さんのは下げてこの依頼と一緒にしてもらえる?」
「……あー、坊ちゃん? 悪いことは言わないから、そいつはやめときな? 死ぬぞ」
「何? 依頼人自らのご指名だよ?」
ルピナスはカウンターに着くや否や、受付に向かって矢継ぎ早に依頼の話を進めていく。対して受付の男は気が進まないようで、聞くだけ聞いて依頼表を取ることもなくルピナスへ言葉を返した。その態度が気に食わないルピナスの語気が静かに荒くなっているのを感じ取り、セイランはルピナスを落ち着けようと袖を引く。
「おい……」
「依頼が完遂された場合の報酬は、はい。一万マニー」
「……は?」
ルピナスは懐から取り出した麻袋をドサッとカウンターに乗せる。口の開いた袋の中には大量の金貨が覗いていた。受付も、セイランも、思わず言葉を失ってしまう。一万マニーなんて大金、相当な金持ちでなければ出せないものだ。それをポンと軽く懐から取り出されても、現実として受け入れられない。
「……坊主、もしこれが本物だっていうのなら、なおさらそいつは止めとけ。こんな腑抜けに出すもんじゃねぇ。それに、そんだけ出せるなら、うちで一番優秀なやつを付けてやる。シャムロックまでなら、それでもまだお釣りが出るレベルだぞ」
「それはお断りだね。勘違いしないでもらいたいんだけど、僕は何も『ギルド・ロベリア』に依頼がしたいわけじゃない。僕は『セイラン』に依頼がしたいんだ。どうしても受けてもらえないなら、今回の話はなかったことにして個人的にセイランを雇わせてもらうよ。ギルドを通して受けた依頼は報酬の三割がギルド行き、個人で受けた依頼は報酬の補償がない代わりに全部自分のものなんでしょ? ボクみたいな大きな顧客を逃すのって、ギルドの受付としてどうなの?」
セイランが口を挟める隙もなく、ルピナスは受付と静かな論争を繰り広げていた。結局、最終的には受付が「死んでも知らねぇぞ」と折れ、ルピナスが言った通りの条件で依頼が受諾された。完全に置いてけぼりにされたまま、あれよあれよという間に話が進むのをただポカンと見ていたセイランは、不意に誰かが隣に立ったことでようやく我に返る。
誰か受付に用があるものと思い、少し避けようとしたセイランを隣に立った男は捕まえる。それからセイランの耳元で二言三言囁くと、男はそのままその場を去っていった。
「ほらセイラン! 依頼受けてもらえたよー……って、どうかした?」
「え? いや、なんでもな……って、あんた本当に報酬一万にしてる……」
「そう言ったじゃん」
完成した依頼表を見せながらセイランを振り返ったルピナスはセイランの様子を見て首を傾げるが、当のセイランは咄嗟に顔を緩ませ表情を隠す。ルピナスが書かせた依頼表には、先ほどルピナスが言った通りの内容が記されていた。
「さ、ミハネに報告しに行こうか」
「ん、あぁ……」
「と、その前に」
セイランが「うん?」と首を傾げるのに対し、ルピナスは微笑みを返す。その微笑みにまたセイランがキョトンとするのを横目に、ルピナスは受付の方を振り返る。ルピナスはカウンターに身を寄せると、セイランに聞こえない声で囁いた。
「次にあんな真似したら、今度はボクがお前の首を吹き飛ばすから」
受付の男が「ひっ」と息を飲むのを無視して、ルピナスは興味を無くしたようにカウンターから身を離し、また顔に笑顔を貼り付け、不思議そうな顔をしたまま待っていたセイランを振り返った。
ルピナスのその言葉は、先ほどセイランが転んだ時、ルピナスが見ていたものへの怒りによって放たれたものだった。あの時、セイランは何もない場所で自ら転んだわけではない。セイランが転んだ理由、それはセイランの足元に放たれた風の魔法だった。走っていたセイランの足はその風に掬われバランスを崩し、足を捻りそのまま倒れ込んだ。端から見たら何もない場所で転んだように見えるだろう。しかし、実際は他者の遠隔魔法によって転ばされていた。恐らく、セイラン本人も気づいてはいないだろう。それで周囲の笑い物にするなど、悪趣味なことこの上ない。
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