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第二章
第十七話
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男はあちこちに跳ねた癖の強い茶髪で、見るからに腰の低い謙虚そうな立ち姿だった。丸い縁の眼鏡をかけており、細い眉と目付きも相まって、優しく穏やかな印象も受ける。が、その表情には興奮が浮かんでおり、カッと見開いた瞳はセイランを一点に見つめていた。知らない男からの熱い視線に、セイランは思わずルピナスを盾にするようにして身を隠す。といっても、二人の体格差からしてセイランの輪郭線はほとんど隠れはしなかったが。
男はセイランが隠れようとしていることも気に止めず、一気に距離を詰め、ルピナスを間に置いて声をあげた。
「シャムロックって言いましたッ!?」
「ほぁぁ! 言いました!」
より声を張って繰り返された問いかけに、セイランはびくっと肩を跳ねさせてルピナスを前に突き出しながらコクコクと頷いた。ずいと前に押し出されることになったルピナスは黙って男を見上げ視線を合わせた。その目付きが鋭く男を睨み上げる。
「ヒェッ」
「距離感って言葉知らないの? セイランが、怖がってるよねぇ? 分からない?」
「ももももも、申し訳ありませんッ!」
男にのみ聞こえるように放たれたルピナスの小さいながらどすが効いた声に男は身震いし素早く身を引く。直後勢いよく頭を下げた。ルピナスが呆れたようにため息をつく肩越しからセイランがそっと顔を出す。男の様子からルピナスが何かしたであろうことを察したセイランは、ルピナスの背中から出て自ら男の方に近づいた。
「えっと、シャムロックが、どうかしたんですか?」
「はぁぁーっ! よくぞ聞いてくれました!」
セイランが声をかけると、男はばっと頭を上げてセイランの手をがっと握る。それから男は早口に言葉を続けていく。
「申し遅れました、わたくし、学者をしておりますミハネ、という者なのですが……、聞けば! 数日前に発見された古代の遺物がシャムロックの博物館に運び込まれたというではありませんか! 歴史学者としては当然放ってはおけない、この目で内容を確認したい! しかし! しがない学者程度の魔法では、ここから一人でシャムロックまでなんて命がいくつあっても足りない……、それならばとこちらのギルドで護衛を雇おうとしたのですが……、わたくし程度の学者の財力では仕事を受けていただけないのです。ここで足止めを食らってはや半月……、このままでは宿代だけで一文無しになってしまう……。そこで! あなた! セイランさん、とおっしゃいましたかね?」
「……はぁ」
つらつらと並べられる言葉を嚙み砕くことで精一杯であったセイランは力の無い返事をする。確かに、ミハネと名乗った男は腰から拡大鏡やノートなどをぶら下げており、学者と言われても頷ける身なりをしていた。
リリィエからシャムロックの道なりが危険であることはセイランも熟知している。距離があるということと同時に、その危険性からルピナスが言い出した際にも渋い反応をしたのだから。
「もしシャムロックに行かれるのでしたら、ついでで構いません! わたくしも同行させては頂けないでしょうか」
「あー、えっと、でも……」
「お願いします! 他の方に依頼することも叶わない、あなたしか頼れないのです!」
「……だってよ?」
「……」
歯切れの悪いセイランに追い打ちをかけるようにミハネが詰め寄る。ルピナスも今度は助け船を出そうとはしなかった。
ミハネが言うことが、すべて本当のことであることはセイランも理解していた。このギルドに所属しているからこそ分かる。きっと、このギルドの構成員の中に、名も知らないような学者を安い報酬でシャムロックまで護衛するなんて依頼受けるようなやつは、一人もいない。やつらは人助けのためにここで働いているようなやつじゃないから。
――自分のことを、必要としてくれるのなら。
答えを出そうと、セイランが顔を上げる。その瞬間だった。
道の端とはいえ、ギルドの目の前で騒いでいたからか、周りの視線を集め始めていた。通りすがる人がちらちらこちらを見たり、邪魔くさそうに舌打ちをしたりして通り過ぎていく。その中で、セイランの耳に誰かの声が聞こえた。
「見ろよ、アイツあの金無し学者に捕まってんぞ」
「あ、マジ? はは、いい気味じゃん、アイツにはお似合いの仕事じゃね?」
「ばーか、アイツがシャムロックまで行けるわけないだろ。途中で一緒に野垂れ死ぬのがオチだよ」
その声は、ギルドの中から聞こえてきた。答えようとしたはずの言葉が出なくなる。そうだ、自分がシャムロックになんて、行けるはずはない。
「……ごめん、おれは、やっぱり……」
「……うるさいなぁ」
ようやく紡がれたセイランの震える声を、間髪入れずに遮ったのはルピナスの言葉だった。明らかに機嫌の悪い、低くぶっきらぼうな声。それが自分に向けられたものだと思い込んだセイランは、思わず息を飲み、恐る恐るルピナスを振り返る。
男はセイランが隠れようとしていることも気に止めず、一気に距離を詰め、ルピナスを間に置いて声をあげた。
「シャムロックって言いましたッ!?」
「ほぁぁ! 言いました!」
より声を張って繰り返された問いかけに、セイランはびくっと肩を跳ねさせてルピナスを前に突き出しながらコクコクと頷いた。ずいと前に押し出されることになったルピナスは黙って男を見上げ視線を合わせた。その目付きが鋭く男を睨み上げる。
「ヒェッ」
「距離感って言葉知らないの? セイランが、怖がってるよねぇ? 分からない?」
「ももももも、申し訳ありませんッ!」
男にのみ聞こえるように放たれたルピナスの小さいながらどすが効いた声に男は身震いし素早く身を引く。直後勢いよく頭を下げた。ルピナスが呆れたようにため息をつく肩越しからセイランがそっと顔を出す。男の様子からルピナスが何かしたであろうことを察したセイランは、ルピナスの背中から出て自ら男の方に近づいた。
「えっと、シャムロックが、どうかしたんですか?」
「はぁぁーっ! よくぞ聞いてくれました!」
セイランが声をかけると、男はばっと頭を上げてセイランの手をがっと握る。それから男は早口に言葉を続けていく。
「申し遅れました、わたくし、学者をしておりますミハネ、という者なのですが……、聞けば! 数日前に発見された古代の遺物がシャムロックの博物館に運び込まれたというではありませんか! 歴史学者としては当然放ってはおけない、この目で内容を確認したい! しかし! しがない学者程度の魔法では、ここから一人でシャムロックまでなんて命がいくつあっても足りない……、それならばとこちらのギルドで護衛を雇おうとしたのですが……、わたくし程度の学者の財力では仕事を受けていただけないのです。ここで足止めを食らってはや半月……、このままでは宿代だけで一文無しになってしまう……。そこで! あなた! セイランさん、とおっしゃいましたかね?」
「……はぁ」
つらつらと並べられる言葉を嚙み砕くことで精一杯であったセイランは力の無い返事をする。確かに、ミハネと名乗った男は腰から拡大鏡やノートなどをぶら下げており、学者と言われても頷ける身なりをしていた。
リリィエからシャムロックの道なりが危険であることはセイランも熟知している。距離があるということと同時に、その危険性からルピナスが言い出した際にも渋い反応をしたのだから。
「もしシャムロックに行かれるのでしたら、ついでで構いません! わたくしも同行させては頂けないでしょうか」
「あー、えっと、でも……」
「お願いします! 他の方に依頼することも叶わない、あなたしか頼れないのです!」
「……だってよ?」
「……」
歯切れの悪いセイランに追い打ちをかけるようにミハネが詰め寄る。ルピナスも今度は助け船を出そうとはしなかった。
ミハネが言うことが、すべて本当のことであることはセイランも理解していた。このギルドに所属しているからこそ分かる。きっと、このギルドの構成員の中に、名も知らないような学者を安い報酬でシャムロックまで護衛するなんて依頼受けるようなやつは、一人もいない。やつらは人助けのためにここで働いているようなやつじゃないから。
――自分のことを、必要としてくれるのなら。
答えを出そうと、セイランが顔を上げる。その瞬間だった。
道の端とはいえ、ギルドの目の前で騒いでいたからか、周りの視線を集め始めていた。通りすがる人がちらちらこちらを見たり、邪魔くさそうに舌打ちをしたりして通り過ぎていく。その中で、セイランの耳に誰かの声が聞こえた。
「見ろよ、アイツあの金無し学者に捕まってんぞ」
「あ、マジ? はは、いい気味じゃん、アイツにはお似合いの仕事じゃね?」
「ばーか、アイツがシャムロックまで行けるわけないだろ。途中で一緒に野垂れ死ぬのがオチだよ」
その声は、ギルドの中から聞こえてきた。答えようとしたはずの言葉が出なくなる。そうだ、自分がシャムロックになんて、行けるはずはない。
「……ごめん、おれは、やっぱり……」
「……うるさいなぁ」
ようやく紡がれたセイランの震える声を、間髪入れずに遮ったのはルピナスの言葉だった。明らかに機嫌の悪い、低くぶっきらぼうな声。それが自分に向けられたものだと思い込んだセイランは、思わず息を飲み、恐る恐るルピナスを振り返る。
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