ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第二章

第十六話

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 リリィエとは、シーズと比べる必要もないほど栄えた街である。人口も領土もシーズの十倍以上はある街で、この辺りでは人の往来が最も盛んな国の西方部の中心地であった。と言っても、政府のお膝元である城下町や有名都市からすれば、中途半端に都会かぶれた街だった。それが故に、シーズと比較すると驕った傲慢な人間が多く、治安が悪く住人と住人の隔たりも大きいという問題を抱えていた。

 セイランが構成員として所属している「ロベリア」というギルドは、そんなリリィエの中で圧倒的な存在感を放つ建物を本拠地としていた。赤茶けたレンガの屋根に、黄土色の壁。街で一際高い四階建ての上層階は背後の山肌に支えられるように接していた。実際、一階からだけでなく、四階からもギルド内に入ることが可能な構造だった。ただの建物ではなく、山肌を利用するという変わった様式の建物。その珍しさからか、ロベリアはリリィエを訪れた人々の観光地としても有名なギルドであった。

 ロベリアは観光地としてだけではなく、ギルドとしても優秀な魔法使いを多数抱えているということでも有名であった。そのため今日も昼前にも関わらず、構成員と依頼者がひっきりなしに出入りを繰り返している。

 セイランとルピナスは、現在そのロベリアの前にいた。早朝に出発したこともあり、道中で他の旅人と遭遇することもなく、二人は何事もなくリリィエに辿り着いていた。ロベリアの入り口付近、通行の妨げにならない位置でセイランは一旦重い荷物を下ろし腕や肩を休ませていた。そんなセイランの前にルピナスは立ちふさがり、二人は向き合う形になる。

「ねぇセイラン。考えてくれた?」

「なにをだ?」

「とぼけたって無駄だよ~、セイランずっと眉間にシワよってたもん」

「……む、」

 肘を曲げて肩を回しているセイランに、ルピナスは早速詰め寄っていく。セイランは近づくルピナスの桃色の瞳だけは見ないように視線を逸らしながら、ここに着くまでのことを思い返した。

 ――ボクの護衛の依頼を受けてくれない?

 リリィエに向かう森の中で、ルピナスはそんな提案をしてきた。ルピナスの先天術の名残がセイランの中に残る限り、セイランはルピナスから離れられない。どうせ一緒にいなければならないのなら、周りからも違和感のない繋がりを作ろう、というのがルピナスの考えだった。しかし、その提案に対してセイランは複雑な顔をして頷かなかった。それは、単純な理由。

「……だから、おれ、護衛の依頼は受けてない……っていうか、受けたことない、から」

「散々聞いたよ。でも、受けたくないんじゃないでしょ?」

「そうだけど……経験ないやつが護衛なんて、危ないだろ。ここで術が抜けるのを待つんじゃだめ、か?」

「だめ。何故ならボクが退屈だから」

 即答を極めたルピナスの返事の速さに、セイランは口をつぐむ。ルピナスが譲る気配は微塵もない。しかしセイランにもここだけは譲れない理由があった。聞き分けの悪い子どもに手を焼いているような窮した表情のセイランに対し、ルピナスはいつもの余裕のある顔を崩さない。その表情はまるですでに自分の意見が通ることを確信しているようなものだった。

「セイランも何もしないでここでボクとセックス三昧よりも仕事してた方が収入もあっていいでしょ? シャムロック、連れてって?」

「セッ……こんなところで大きな声で言ったら変な目で見られちゃうぞ! っていうか、シャムロックって言ったか!?」

「うん、シャムロック」

 公衆の面前で躊躇いなく卑猥な言葉を言い放ったルピナスに対し、セイランは慌てて周囲に注目されてはいないか辺りを見渡そうとした。が、その視線はすぐにまたルピナスに戻される。

 ルピナスの言うシャムロックという場所は、ここからそう遠くはない場所にある町だった。遠くはない、と言ってもシーズの距離とは比べ物にならないほどであり、移動用の馬車を使っても二日ほどかかる。徒歩ではそれ以上かかることになるだろう。

 町としての規模はリリィエと変わらない程度であるが、シャムロックは別名「知識の町」とも呼ばれる学者の町であり、リリィエよりも有名な町だった。国内でも最大規模の図書館があり、多くの歴史書や遺物が集められているという、リリィエよりもよっぽど優れた学を持った人間が集まる場所。セイランにとっては無縁の場所であった。

「そんな当たり前みたいに言われても……あそこは、」

「んん!? 今シャムロックって言いました!?」

 何かを言いかけたセイランの言葉を遮り、数秒前のセイランの言葉が何故か繰り返される。二人してキョトンとしながら声のした方を見つめる。そこにいたのは、道の真ん中で足を止めてこちらを見る、一人の男だった。
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