ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第一章

第八話

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 目立った建造物や名所はないが、豊かな土と純な山水で育った農作物が有名で様々な州類の作物を生産している人口一万人規模の平和な町。それが「シーズ」という町だった。人々の多くは農家か商人であり、日が沈むころには酒場に集う。セイランとルピナスがシーズの町に着いたのは、ちょうどそれくらいの時刻だった。

「あー疲れたー。よかったね、完全に日が暮れる前に着いて」

「……なんで遅くなったんだろうな」

「え? なんでだっけ?」

 セイランの皮肉に対して何食わぬ顔でルピナスはいやらしく笑う。あんなことが起きなければ、昼前に着いていたはずなのに。こんに遅くなったのはどう考えてもルピナスのせいだ。という意図を込めて、セイランは何も言わず冷ややかな目でルピナスを見つめる。怒りとも、軽蔑とも取れない、微妙な感情の篭った視線。ルピナスはその視線に対して「あー」と居心地が悪そうに顔を引き攣らせ、視線から逃れるようにセイランの斜め後ろに引き下がる。

「ともかく、シーズには着いた。おれは仕事に行く。あんたはあんたの目的があるんだろ? だから、ここまで……」

「へぇ、仕事! ねね、セイランってどんな仕事してるの?」

「……んん、」

 セイランは、「シーズの町まで」という条件で同行を許したつもりだった。が、町に入ってからもルピナスはちょこちょこセイランに付いて回り、離れる気配がなかった。ルピナスも目的地はここだと言っていたのだから、てっきり何か用事があるものとばかり考えていたというのに。

「おれ、ここの隣のリリィエっていう大きい町にある『ロベリア』ってギルドの人間なんだ。そこで色んな頼みを聞いてあちこち飛び回るのが仕事だよ。で、今日の依頼は……、えっと、ん、なんだっけ……?」

「えー? 大丈夫?」

 どこの馬の骨とも分からないルピナスに対して自分の素性を話す必要なんてどこにもなかったが、話さない理由もなかった。セイランは素直に自分の立場を明らかにすることを選び、自分の目的についてルピナスに話す。リリィエはここシーズの数倍は大きな町で、ここ近辺の町の中でも発展している町だった。

 そこにある、ギルド・ロベリア。

 ギルドの存在自体は珍しいものではなく、大きな町には必ず一つ二つあるもので、魔法を仕事の道具にしている『魔法使い』たちが多く在籍していた。そこで一般人より強い魔法を使い、魔物を退治したり、遠征の護衛をしたり、荷物や手紙などを運んだりと、強い魔力を持たない人々に代わって様々な仕事をこなす。

 セイランはそんなギルドのうちの一つに在籍する構成員だった。今日もそこで受けた仕事をこなすためにここに来たはずだった、が。それを思い出せない。

「あぁ、平気だよ。いつものことだから……、なんか、よく記憶が飛ぶんだ。おれ頭悪いからかな」

「ふーん、……んー、リリィエからシーズでの仕事でしょ? お届け物とか?」

「届け物……、あ、ニアさんのか? えっと……? ん……、あ! この包み布はそうだ、良かった。ありがとう、助かった」

「ボクは何もしてないよ。思い出せてよかったね」

 ルピナスの助言を受けてごそごそと自分の荷物を漁りだしたセイランは、赤と黄の模様の入った布で包まれた長方形の箱のようなものを取り出した。その包装には見覚えがあるらしく、セイランは安堵から笑みを浮かべる。それからルピナスを振り返り素直に礼を告げると、ルピナスはただ優しく笑い返す。

「お届け先は?」

「町の東側の赤い屋根の家……って、ついて来る気か?」

「ダメ?」

「だめってわけじゃ……」

「じゃあいいよね。さぁ行こー」

 ルピナスは強引にセイランの手を引いて歩き出す。その強引さに押し切られ、セイランは続けようとした言葉を飲み込んでしまう。ダメだからということではなく、もう遅い時間なのだから自分の用事を優先した方がいい、と言いたかったのだけど。もしかすると、ルピナスはルピナスで先ほどの皮肉を気にしていて、それで手伝おうとしてくれているのかもしれない。それなら余計なことは言わない方がいい、と思うことにしてセイランは結局何も言わなかった。

 するすると人の波を避けて歩いていくルピナスに、セイランは静かについて行く。ルピナスは枕にしていたあの大きなコートを着ており、さらにフードまでしているから後ろから見ると真っ黒だった。あの細い白髪と、透き通った白肌とは対照的な色。不意にパッと見たくらいではルピナスだと気づけないだろうな、なんてことをセイランはぼんやりと考えていた。

 そうこうしているうちに、二人は酒盛りをしている男たちの声で賑わう酒場を抜け、静かな住宅街に辿り着く。町の東の、赤い屋根。立ち並ぶいくつかの民家を通り過ぎ、セイランは一軒の温かい光の灯った家の前で立ち止まる。

「ここだ」

「ボクここで待ってるね。いってらっしゃーい」

 ルピナスは少し離れた木陰に身を隠し、セイランを見送る。ここまで来たのだから、最後までついてこればいいだろうに。隠れる必要もないのでは、とも思ったが、ルピナスが自分でそうしたのだから口を挟むことでもないだろうと、セイランは一人、目的地の扉を軽く叩く。

「はーい」

「夜分に申し訳ございません。ニアさんからのお届け物……ほぁっ!」

「あらあらごめんなさい。セイランくんの声だったから、つい開けちゃったわ」

 セイランが名乗る前に勢いよく扉を開けたのは、一人の老婆だった。老婆はセイランの姿を認めると柔らかく微笑みかける。まるで家族でも見るような、優しい表情にセイランは同じように笑い返した。

「こんばんは、ノユキさん。これ、ニアさんからです」

「はい、いつもありがとね。リリィエからシーズ程度の近距離でお使いしてくれるのなんてセイランくんしかいないから……」

「気にしないでください。おれでよければ、いつだって力になりますよ」

 セイランは荷物からあの長方形の箱を取り出し、老婆に差し出す。老婆は大事そうにそれを両手で受け取り、セイランに頭を下げた。そんな老婆に対して、セイランは首を左右に振り、安心させるように温かい視線を向ける。

「本当、セイランくんがいてくれて良かった。あ、そうだ、あのね、ご近所さんから頂いたお野菜で作ったお惣菜があるの。良かったらセイランくんもらっていかない?」

「え、いいんですか? ノユキさんのお料理、とっても優しい味がするから大好きです」

「あらぁ、お上手ね」

 老婆とセイランの周囲には、ただただ優しくて温かい雰囲気が満ちていた。そんな二人の様子を離れた位置で眺めていたルピナスは静かに頬を緩ませる。実際、ルピナスが見ていたのは二人の様子ではなくセイランのみであったけれど。

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