ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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序章

第七話

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 先天術。それはこの世に生きるすべての人間が一人一つ、生まれた瞬間から先天的に持っている魔法のことだった。魔法の強さは熟練度がものを言う。赤子の頃から使える魔法がその後歳を取るに連れて会得していくその他の魔法に比べ熟練度が先にあがるのは当たり前のことで、おのずとその人間の得意魔法となる魔法のことでもあった。先天魔法の種類は豊富であり、純粋に【火の魔法】や【水の魔法】であったり、【硬直魔法】など直接身体に影響を及ぼすものや、彼のように相手の精神や脳に影響を及ぼすものなど、多種多様であった。

 それでも後者のような他人の心身に直接影響を及ぼす魔法は、生まれつきの魔力が大きい、いわゆる〈魔法使い〉の家に生まれでもしなければなかなか持ちえない先天術だった。

 それは青年の「魔法が苦手」だと言う発言と矛盾していた。しかし、セイランの体を襲った熱は本物である。それが先天術だというのなら、先ほどのことも納得がいく。

「……わかった。ただし、シーズまでだからな」

「わーい! お兄さんやっさしー!」

 セイランは青年の矛盾には気づかず、目的地までの同行を許すことにした。ここでまた襲われて、本当にこんなところで二人仲良く野垂れ死ぬなんて、笑えない話だ。当初は共に行くつもりだったというのに、たいそう遠回りをしてしまった。

 青年はアシンメトリーな細い白髪を揺らしてセイランの前に歩み出る。先ほどまで自分を組み敷いていた時のあの獣のような表情はどこへ行ったのか。青年は年相応な、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。それはあのへらへらしたものとは違う。確かな笑み。

「脅したやつが言うことか? ……あと、そのお兄さんってやつ、止めたり出来ないか?」

 先を歩き出した青年を追いかけて、セイランも今度こそ足を進める。そんなときにふと思い立って青年に切り出してみると、青年は少しだけ驚いた顔でこちらを振り返るが、すぐに表情を変え不服そうに口を尖らせた。
 シーズまでの短距離の同行、呼び方の指定なんてわざわざ言う必要はなかった。しかしその呼び方がセイランの胸の中で、微かに違和感があり、気になってしまったから。

「えー?」

「そんなに歳離れてない、と思うから」

「ボク十八だよ」

「ん、たぶん、だいたい同じ」

「……だいたい」

「うん。セイラン、じゃ、イヤかな……?」

 セイランの曖昧な返事に、青年は訝しげに目を細めるが、セイランはそれには気づかず、首のマフラーで口元を隠しながら首を傾げた。青年はセイランのその恐る恐る様子を窺うような仕草を黙って数秒見つめてから、セイランを安心させるように柔らかく笑い、セイランの正面に歩み寄る。青年は数センチ上にあるセイランの額に向かって手を伸ばす。その手は額を覆っていたバンダナをぐいと押し上げ、前髪を上げていく。そして青年は今度こそセイランと視線を重ねる。セイランの身に、あの熱が襲うことはなかった。

「イヤなわけないでしょ。……セイラン、ボクはルピナスだよ」

「あ……、あぁ! ありがとな」

 青年・ルピナスの快い返事に対してセイランが見せたのは安堵の笑顔だった。ルピナスもその笑顔に対して暖かい笑みを返し、柔らかい前髪に手櫛を通しながら手を離す。伸ばしっぱなしであちこちに跳ねた髪とバンダナとマフラーでセイランの顔はほとんどが隠れているが、隠れたその下にあるセイランの顔つきはそれなりに整ったものだった。それをセイラン本人が自覚しているかはさておき、はっきりとした目鼻立ちで、形の良い眉。表情さえ伴えば、周りの人間は放っておかないだろうに。

 セイランは時折、ほんの数秒だけ見せる笑顔以外は、ほとんど伏し目がちでどこか自信のなさそうな表情をしていた。あれだけの大剣を振るえるほどの体躯であり、こんなにも綺麗な顔立ちなのに、その表情だけがどうにも不釣り合いだった。

 ルピナスはそんなセイランのことを意味ありげな視線で見つめていた。

「ん? どうした?」

「へ? あぁ、いや、なんでも……」

「ほら、日が暮れる前に行こう、なす」

「……あれぇ? 聞き間違えたのかなー、ルピナスだよー」

「なすび」

「いやそこに『び』が来るならもう分かってるじゃん確信犯じゃんセイラン聞いてる?」

 今度はセイランが前に立ち、二人はようやくその場を後にする。その森の中に、二人以外の人はいない。

 セイランとルピナス。二人は他愛もない会話をしながら日の落ちていく森の中を急ぎ足で抜けていく。そんな二人の姿を見て、まさかあんな最悪な出会いのワンシーンがあったとは到底誰も思わないだろう。まして、セイランにとってルピナスは先ほど初めて会ったばかりの相手だなんて、思いもしない。二人の距離は、まるでこれまでずっと側にいた友達か、それ以上のように近しいものとなっていた。

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