Black Lamb

藤和

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第二章 透明標本

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 大学卒業後、無事に医師免許も取れてメンタルクリニックを開業した。
 卒業後すぐに開業するのは無謀だとは言われたけれども、精神科はいままさに需要が増えている科だ。そしてその読み通り、そこそこの数の患者を抱えている。
 もっとも、精神科の患者、特に若い世代は希望する薬を出してやれば大体それで満足して俺のクリニックに足を運ぶことに疑問を持たなくなる。薬を使う事を渋る患者は、頓服だと言って薬を出しておけばそれで文句を言わない。たとえ薬が捨てられていたとしても俺の知るよしではない。役所の手続き関連の書類も、患者の有利になるように診断書なりなんなりを書いてやればいい。それだけで大体は文句を言われない。簡単な仕事だ。
 俺がこんな仕事をしていると知ったら、金町はどう思うだろうか。きっとまたいつかのように怒るのだろうな。
 あいつのことを考えてもなににもならないのに、時々意識に登ってきてしまう。それはきっと、インターン中に優秀な学生としてことあるごとに金町を比べられたから、そのことがしこりになっているのだろう。今となってはそんなことどうでもいいはずなのに。
 仕事が終わって家に帰ると、いつもくだらないことを考えてしまう。それを振り払うように、机に入れたスケジュール帳を出してページを捲る。マンスリーのページには、平日休日を問わず付き合っている彼女と会う日が書き込まれている。もちろん、それは俺にしか意味がわからないような書き方だ。
 今付き合っている彼女は、四人ほどだろうか。万が一これを彼女たちに見つかって複数人と付き合っているのがばれたら面倒なことになる。だから暗号めいた記述をしているのだけれど。
 それから、もうひとつ確認しないといけないことがあるので机の下にある金庫を開けて、その中に入れているもう一冊のスケジュール帳を取り出す。そのスケジュール帳には、クリニックの仕事とは別にやっている仕事の作業スケジュールと、行きつけの会員制のバーへ行く日程が書かれている。
 このバーへ行くときは、いつもひとりだ。そこそこ高級な店なので彼女たちを連れて行けば喜ばれるのだろうけれども、それはしない。下手に連れていって騒がれて、店の場所を不必要に覚えられても困るからだ。
 俺が行きつけにしているこのバーは、できればいわゆる『一般人』には知られたくない。言ってしまえばこのバーはいわゆる地下バーで、俺はこの店を仲介してあるものを売りさばいて莫大な利益を上げている。
 そのあるものをそろそろバーへと納品しに行く頃合いなので、その品物を準備しないとと机の背面を見る。そこには壁と同化してしまうようなカモフラージュがされたドアがある。カムフラージュはしてもしなくても良いような程度のものなので、そこには厳重に鍵がかけられている。椅子から立ち上がってその部屋へと向かう。
 鍵を開けてドアを開けると、中は窓がなく真っ暗だ。ドア近くにあるスイッチを入れると明るいライトがつく。部屋の中にはセミダブルのベッドと、右手の壁際にスライド式の本棚が置かれている。
 本棚の棚をスライドさせると、そこには幾つかの瓶入りの透明な標本が置かれている。最近流行りの透明標本というやつで、自分で作ったものだ。
 ただ、俺が作っている透明標本はそこらのバラエティショップで売っているものとはわけがちがう。瓶をひとつ手に取って、じっくりと標本を見る。
 瓶の中には、色が付いているけれども透き通っている胎児の標本が入ってる。我ながら良い出来だ。
 この胎児の透明標本を趣味の悪い金持ちに売って、俺は多大な利益を得ている。クリニックをはじめてすぐの頃はこれをやっていなくてたまに金が足りなくなることはあったけれども、これを売り始めてから随分と羽振りが良くなった。なので、販路を教えてくれた新宿の知り合いには折に触れてお礼をしている。それはどこにどんなカモがいるかという情報だったり、いざという時の隠れ蓑になったりだとかそういうものだ。
 さて、今ある標本をいつものバーに納品したら、そろそろ次の胎児を確保しないといけない。
 とりあえず、胎児ひとつ分についてはもう仕込みが終わっている。それは今度手元に確保するとして、それ以外にもまたいくつか胎児が欲しい。そんな事を考えながら、部屋の中に置いてある金属製の鞄に標本を詰めていく。あらかた詰め終わったら、バーに持って行くものの準備は終わりだ。
 標本の部屋から出て、普段使い用のスケジュール帳をぱらぱらとめくる。
 さて、今胎児を育ててる女以外に、次は誰を孕ませるのがいいだろうか。あまりいちどきに何人も欲張ると、後々面倒なことになるだろうから、慎重に選ばないと。
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