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第一章 利用するやつとされるやつ
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御茶ノ水には、いくつかの医大がある。俺はそのうちのひとつに通っていて、日々忙しく過ごしていた。
多分、他の真面目なやつみたいに勉強しかしないんだったらもう少し余裕はあるのだろうけれど、折角親元を離れてひとり暮らしをしているのだから、遊ばなくては損だ。
もちろん、大学の方の勉強もそこそこはやっている。単位を落として留年なんてことになったら、親の仕送りを止められかねない。それは避けたいのだ。
大学の昼休み中、今日はひとり食堂で昼食を食べたあと、スケジュール帳を開いていた。その中には色々な予定が書き込まれている。レポートの締め切りはもちろん、いつどの女の子と遊ぶかの予定も見やすいようにきっちり記入してある。
すこし先にレポートの提出期限があるのを確認してからスケジュール帳を閉じ、食堂を見渡す。いつもの窓際の席に、背の低い男がひとりで座って、黙々と菓子パンを食べている。
席を立ってそいつの方へ行き、明るい声で声を掛ける。
「よう金町。ちょっとお願いがあるんだけど~」
すると、金町は呆れたような目を俺に向けて菓子パンから口を離す。
「なんだい黒崎。またなにか面倒なことを押しつけるつもりかな?」
「まぁ、面倒と言えば面倒なんだけどさ。
この論文の和訳頼むよ~。
ドイツ語わかんなくってさ」
不満そうな金町に、鞄から出したドイツ語が印刷された紙の束を渡す。
金町は、俺と同学年だけれども一個年上だ。浪人していた一年間にどんな勉強をしたのかはわからないけれども、ヨーロッパ圏の言語に詳しいので、そういった言語の論文を自力で訳しながら読むのが面倒なときはいつもこいつに和訳を頼んでいる。もっとも、論文なんて日本語だって読むのは面倒だけれど、読まなきゃレポートもなにも書けないので、こうして頼んでいるわけだ。
金町は俺から紙の束を受け取って、ぱらぱらとめくっている。それから、にっこりと笑ってこう言った。
「よろしい。君が真面目に勉強をするというのなら協力してあげよう」
上から見ているようなこの言い草は気に入らない。金町が俺のことを良く思っていないのは知っているけれども、それはお互い様だ。
「ありがとな。どれくらいかかる?」
「レポートの締め切りはいつ頃だい?」
「来月中頃」
「わかった。今月もまだ一週間はある。今月中に訳そう。
読んでレポートを書くのは自力でやるんだよ」
「わかってるって」
レポートを丸写しさせて貰って教授にばれてハネられるなんてへまをやるわけにはいかない。いくら勉強が面倒だといってもそこまで俺はバカじゃない。
「一週間後にここで」
金町がそう言って紙の束を鞄にしまうのを見届けてから、手を振ってその場を離れた。
金町から離れた場所にまた席を取って、自販機で買ったペットボトルのお茶を飲む。
なにともなしに金町のことを考える。あいつと話すようになったのはわりと入学間もない頃で、やっぱり講義のノートを見せてくれだとか、そういったことで話し掛けた。それはあいつが真面目そうで、なんでもいうことを聞くように見えたからだ。
あいつのことは都合よく使えると思っていた。だから、入学からすこし経った頃に俺と仲の良いやつで企画した合コンに誘ったのだけれども、その席で、その場で一番美人な女、けれどもまだ未成年だったやつに、騙して酒を飲ませようとしたら、金町がそれを暴いて女を怒らせて帰らせてしまった。もちろん、その後金町が合コンに居座っていたということはない。女と自分の分の参加費を多めに払ってすぐに店を出た。その時にあいつはこう言った。
「君たちは最低だね」
最低なのはどっちだ。波風立てずにいれば俺達みたいにいい思いもできたのに、それを不意にして、バカらしいとしかいえない。
こんなことを考えているうちに、食堂の時計が進んでいく。そろそろ講義室に向かわないと。
教科書やノートが詰まって重い鞄を持って席を立つ。廊下を歩いていると、金町がゼミで使っている研究室を通りかかった。鞄の重みを感じながらそのドアを見ると、金町がゼミだけでなくほかの教授からも気に入られているのを思いだして嫌な気持ちになった。
きっと教授達は、金町のようになんでもいうことを聞く素直で真面目な生徒がお気に入りなんだろう。
まぁ、金町が教授に気に入られているとかそんなことは、あいつが教授に口出しして俺の成績に疵を付けるとかでもしない限り、俺には関係が無い。
この学校に在籍している間、来年からはじまるインターンが終わるまでは、俺も金町の世話になることも多いだろう。
けれども、そこから先、卒業してからはできれば関わり合いになりたくない。いろいろと口を出してくる良い子ちゃんの相手なんて、こっちに利益がない限りは面倒なだけだ。
今はあいつを便利に使っているけれど、卒業したら用無しだ。
利用できるものは利用して、無事に卒業したら、俺は誰の指図も受けずに好きなようなことをして生活をするんだ。
それまで、今しばらくの我慢だ。
多分、他の真面目なやつみたいに勉強しかしないんだったらもう少し余裕はあるのだろうけれど、折角親元を離れてひとり暮らしをしているのだから、遊ばなくては損だ。
もちろん、大学の方の勉強もそこそこはやっている。単位を落として留年なんてことになったら、親の仕送りを止められかねない。それは避けたいのだ。
大学の昼休み中、今日はひとり食堂で昼食を食べたあと、スケジュール帳を開いていた。その中には色々な予定が書き込まれている。レポートの締め切りはもちろん、いつどの女の子と遊ぶかの予定も見やすいようにきっちり記入してある。
すこし先にレポートの提出期限があるのを確認してからスケジュール帳を閉じ、食堂を見渡す。いつもの窓際の席に、背の低い男がひとりで座って、黙々と菓子パンを食べている。
席を立ってそいつの方へ行き、明るい声で声を掛ける。
「よう金町。ちょっとお願いがあるんだけど~」
すると、金町は呆れたような目を俺に向けて菓子パンから口を離す。
「なんだい黒崎。またなにか面倒なことを押しつけるつもりかな?」
「まぁ、面倒と言えば面倒なんだけどさ。
この論文の和訳頼むよ~。
ドイツ語わかんなくってさ」
不満そうな金町に、鞄から出したドイツ語が印刷された紙の束を渡す。
金町は、俺と同学年だけれども一個年上だ。浪人していた一年間にどんな勉強をしたのかはわからないけれども、ヨーロッパ圏の言語に詳しいので、そういった言語の論文を自力で訳しながら読むのが面倒なときはいつもこいつに和訳を頼んでいる。もっとも、論文なんて日本語だって読むのは面倒だけれど、読まなきゃレポートもなにも書けないので、こうして頼んでいるわけだ。
金町は俺から紙の束を受け取って、ぱらぱらとめくっている。それから、にっこりと笑ってこう言った。
「よろしい。君が真面目に勉強をするというのなら協力してあげよう」
上から見ているようなこの言い草は気に入らない。金町が俺のことを良く思っていないのは知っているけれども、それはお互い様だ。
「ありがとな。どれくらいかかる?」
「レポートの締め切りはいつ頃だい?」
「来月中頃」
「わかった。今月もまだ一週間はある。今月中に訳そう。
読んでレポートを書くのは自力でやるんだよ」
「わかってるって」
レポートを丸写しさせて貰って教授にばれてハネられるなんてへまをやるわけにはいかない。いくら勉強が面倒だといってもそこまで俺はバカじゃない。
「一週間後にここで」
金町がそう言って紙の束を鞄にしまうのを見届けてから、手を振ってその場を離れた。
金町から離れた場所にまた席を取って、自販機で買ったペットボトルのお茶を飲む。
なにともなしに金町のことを考える。あいつと話すようになったのはわりと入学間もない頃で、やっぱり講義のノートを見せてくれだとか、そういったことで話し掛けた。それはあいつが真面目そうで、なんでもいうことを聞くように見えたからだ。
あいつのことは都合よく使えると思っていた。だから、入学からすこし経った頃に俺と仲の良いやつで企画した合コンに誘ったのだけれども、その席で、その場で一番美人な女、けれどもまだ未成年だったやつに、騙して酒を飲ませようとしたら、金町がそれを暴いて女を怒らせて帰らせてしまった。もちろん、その後金町が合コンに居座っていたということはない。女と自分の分の参加費を多めに払ってすぐに店を出た。その時にあいつはこう言った。
「君たちは最低だね」
最低なのはどっちだ。波風立てずにいれば俺達みたいにいい思いもできたのに、それを不意にして、バカらしいとしかいえない。
こんなことを考えているうちに、食堂の時計が進んでいく。そろそろ講義室に向かわないと。
教科書やノートが詰まって重い鞄を持って席を立つ。廊下を歩いていると、金町がゼミで使っている研究室を通りかかった。鞄の重みを感じながらそのドアを見ると、金町がゼミだけでなくほかの教授からも気に入られているのを思いだして嫌な気持ちになった。
きっと教授達は、金町のようになんでもいうことを聞く素直で真面目な生徒がお気に入りなんだろう。
まぁ、金町が教授に気に入られているとかそんなことは、あいつが教授に口出しして俺の成績に疵を付けるとかでもしない限り、俺には関係が無い。
この学校に在籍している間、来年からはじまるインターンが終わるまでは、俺も金町の世話になることも多いだろう。
けれども、そこから先、卒業してからはできれば関わり合いになりたくない。いろいろと口を出してくる良い子ちゃんの相手なんて、こっちに利益がない限りは面倒なだけだ。
今はあいつを便利に使っているけれど、卒業したら用無しだ。
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