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第十五章 ハイヒールを鳴らして
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今日はいつもの家でのルーティンをこなした後、新しい靴を履いて出勤した。
僕は靴も好きだけれども、さすがに靴は作れる気がしないので、お気に入りのブランドをいくつかチェックして、必要に応じて買っている。
いつか靴のデザインなんかもしてみたいけれども、そのためには一度どこかの工房で靴を作る体験をした方がいいかもしれない。なんせ今の僕には、どんな足型だと歩きやすい靴になるのかがわからない。だから、デザインをして発注する段になってどの工房で作ってもらえばいいのかのあたりが付けられないのだ。
そんなことを考えながらお店の掃除をしていると、桐和とマトイさんが出勤してきた。
このところこのふたりは同じタイミングで出勤してくることが多いのでなんでかと聞いたら、最近桐和のシェアハウスにマトイさんも加わったとのことだった。たしかに、マトイさんの実家からだとこのお店はかなり遠いのでわからないでもない。
桐和にいつも通りにレジの確認をしてもらって、マトイさんには作業場の掃除をまかせる。今日は床にしつこめの汚れを見つけてしまったのでそこを雑巾で擦っていると、レジの方から桐和が声を掛けてきた。
「店長、新しい靴のようですがしゃがんでしまって大丈夫ですか?」
どうやら今日履いてる靴が新品だと気づいたようだ。
「癖つかないようにしゃがんでるから大丈夫だよー」
僕がそう返すと、桐和は心配そうな声で続ける。
「そうは言っても、今日もハイヒールじゃないですか。腰に来ますよ」
「それは言えてる」
そんな話をしている間にも汚れが落ちたので、立ち上がりがてら腰を伸ばす。そうすると、いつもより僕の身長が高いのに気づいたようすの桐和が、棒金をレジに入れながらこう言った。
「今回の靴は随分とヒールが高いですね。
店長は本当に、ハイヒールが好きだなぁ」
半ば独り言になっているその言葉に、僕はにっこりと笑って返す。
「だってハイヒールかわいいから欲しくなっちゃうんだもん」
「それはわかりますが……」
「桐和だって、いつも中ヒールくらいの履いてるじゃん」
僕がそう言うと、桐和は自分の足下を見てから、照れたように口を尖らせる。
「……僕も一応、背が低いのを気にしているので」
「なるほど」
あらためて桐和の身長を見ると、ハイヒールを履いていない状態の僕よりもすこし低い。僕もそんなに背が高い方ではないので、桐和はかなり背が低い方になってしまうだろう。
そうこうしているうちに開店時間になったので、入り口のガラスのドアにかけたCLOSEの札をOPENに変える。そこで掃除道具を片付けてないことに気づいて慌てて雑巾やクリーニングシートを作業場へと戻した。
他になにかやり残しはないかと僕がもう一度店頭に戻ると、早速お客さんがやって来た。このお店の柄タイツを履いて、膝丈まであるバルーンシルエットのコートを着た理奈さんだ。
「ミツキさん、桐和さん、ひさしぶりー」
にこにこと笑って挨拶をしてくる理奈さんに、僕と桐和も愛想よく返す。
「おひさしぶりですー」
「どうも、お久しぶりです」
それから理奈さんは、早速レジカウンターの側にあるアクセサリーの棚を見はじめる。
「新作のリングを入荷したってあったから早速見に来たんだよね」
「ありがとうございますー。
そちらのキャンディリングがそうですね」
リングケースに填められた、宝石型のキャンディを小さくしたようなモチーフがついている色とりどりの指輪を僕が指し示すと、理奈さんは早速手に取って指に填めてみている。
「あー、かっわいい……
これ、やっぱりフリーサイズなんだよね?」
「そうですね、フェイス面の下でサイズを調整するようになっています」
「あーん、お手頃価格だから色チ買いしたくなっちゃう」
「これは外注で作って在庫いっぱいあるんで色チ買い歓迎ですよー」
しばらく理奈さんとリングの話をしていたら、ふと、理奈さんが僕の足下を見る。
「あ、ミツキさん新しい靴買ったんだ」
さすが理奈さん、気づくのが早い。僕は履いているハイヒールのデザインがよく見えるように足を少し上げたりしながら返す。
「そうなんですよ。このヒール前から欲しかったやつで、やっと買ったんです」
すると理奈さんは、納得したように頷いてこう言った。
「そのヒール、桜靴店のやつでしょ?
あそこの靴、ヒールが高くても履きやすいよね」
「あ、さすが理奈さん。わかります?
僕、桜靴店の靴が大好きで」
「わかるわかる。私もあそこの靴よく買うもん」
桜靴店というのは、名前だけ聞くと古い商店のようだけれども、実の所は僕がこのお店をはじめた頃に立ち上がった靴のブランドだ。元々は大手メーカーで靴のデザインをやっていたデザイナーさんが独立して作ったとブランドページに書かれていた。
その桜靴店の話で理奈さんと盛り上がっていると、理奈さんがレジカウンターの内側にいた桐和の方を向いてこう訊ねた。
「桐和さんはどこの靴よく買うの?」
その問いに、桐和は斜め上を見て返す。
「そうですね、色々なメーカーのものを買いはしますが、中ヒールとなると、やっぱり桜靴店のものが具合がいいですね」
「そういえば桐和さん、いつも中ヒール履いてるよね」
桐和はいつも長めの裾で靴のヒールを隠しているけれど、理奈さんは気づいていたか。
申告するまで中ヒールを履いていることに気づかれていないと思っていたのか、桐和がすこし照れ隠しをするように言葉を続ける。
「桜靴店は足型が豊富で足に合う靴がなにかしらあるので。疲れにくいですし」
それを聞いて、理奈さんは何度も頷く。
「わかる。あそこの靴って足型が合わない靴履こうとすると、履いた途端にダサくなるからすぐわかるんだよね」
「目視でわかるのは助かります」
理奈さんの言うとおり、桜靴店の靴は履いてみてかわいければ大体足型があっている。たまに気に入ったデザインの物が合わなくてがっかりすることはあるけれど、足を痛めるよりは良い。それに、思いも寄らないデザインのものが自分の脚をかわいく見せてくれることもあるので、そういう発見も楽しい。
ふと、理奈さんが思いついたようにこんなことを言った。
「ミツキさん、桜靴店とコラボしたりはしないの?」
「えっ? 桜靴店とですか?」
「そうそう。コラボデザインの靴とか出しちゃったりしない?」
それを聞いて悩む。たしかに、僕のブランドからも靴を出したいとは思っているし、桜靴店が使っている工房で仕上げて貰うなら、確実に履き心地の良いものが出来上がるだろう。加えて、色々なサイズの人に合うようにというコンセプトは、うちのお店と桜靴店共通のものだ。けれども。
「こっちは一方的に桜靴店を知っていますけど、向こうがこっちを知っているかわからないんですよね。
このお店なんだかんだで小さいから……」
そう、桜靴店は大手ブランドというわけではないけれども、ファッションビルなんかにも入るような中堅どころだ。自分のお店の外に出ることがほとんど無い、僕のブランドのことなんて知らないだろう。
思わずそう弱気になっていると、桐和がいつも通りの澄ました口調で僕に言う。
「店長にその気があるなら、まずは問い合わせのメールでも送ってみたら良いんじゃないですか?」
「問い合わせかぁ……」
コラボしてみたいと思っているだけじゃ、こっちの存在はいつまでも知られない。それなら思い切って、ダメ元でメールを送ってみてもいいかもしれない。でも、その前にどんなコラボ内容にするかの概要を考えないと。うまいことプレゼンしないと向こうとしても判断しづらいだろう。
「ミツキさん、メールしちゃう?」
理奈さんが期待に満ちた目で僕を見る。
「うーん、メール……しちゃおうかな!」
僕が思いきってそう言うと、理奈さんは僕の手を握ってうれしそうに振る。
「ほんと? コラボできるの楽しみにしてるね!」
コラボの打診メールを送る前に色々と考えたり調べたりしないといけないことはあるけれど、やれるだけやってみよう。
大好きなブランドとは、なるべく上手くやっていきたいのだから。
僕は靴も好きだけれども、さすがに靴は作れる気がしないので、お気に入りのブランドをいくつかチェックして、必要に応じて買っている。
いつか靴のデザインなんかもしてみたいけれども、そのためには一度どこかの工房で靴を作る体験をした方がいいかもしれない。なんせ今の僕には、どんな足型だと歩きやすい靴になるのかがわからない。だから、デザインをして発注する段になってどの工房で作ってもらえばいいのかのあたりが付けられないのだ。
そんなことを考えながらお店の掃除をしていると、桐和とマトイさんが出勤してきた。
このところこのふたりは同じタイミングで出勤してくることが多いのでなんでかと聞いたら、最近桐和のシェアハウスにマトイさんも加わったとのことだった。たしかに、マトイさんの実家からだとこのお店はかなり遠いのでわからないでもない。
桐和にいつも通りにレジの確認をしてもらって、マトイさんには作業場の掃除をまかせる。今日は床にしつこめの汚れを見つけてしまったのでそこを雑巾で擦っていると、レジの方から桐和が声を掛けてきた。
「店長、新しい靴のようですがしゃがんでしまって大丈夫ですか?」
どうやら今日履いてる靴が新品だと気づいたようだ。
「癖つかないようにしゃがんでるから大丈夫だよー」
僕がそう返すと、桐和は心配そうな声で続ける。
「そうは言っても、今日もハイヒールじゃないですか。腰に来ますよ」
「それは言えてる」
そんな話をしている間にも汚れが落ちたので、立ち上がりがてら腰を伸ばす。そうすると、いつもより僕の身長が高いのに気づいたようすの桐和が、棒金をレジに入れながらこう言った。
「今回の靴は随分とヒールが高いですね。
店長は本当に、ハイヒールが好きだなぁ」
半ば独り言になっているその言葉に、僕はにっこりと笑って返す。
「だってハイヒールかわいいから欲しくなっちゃうんだもん」
「それはわかりますが……」
「桐和だって、いつも中ヒールくらいの履いてるじゃん」
僕がそう言うと、桐和は自分の足下を見てから、照れたように口を尖らせる。
「……僕も一応、背が低いのを気にしているので」
「なるほど」
あらためて桐和の身長を見ると、ハイヒールを履いていない状態の僕よりもすこし低い。僕もそんなに背が高い方ではないので、桐和はかなり背が低い方になってしまうだろう。
そうこうしているうちに開店時間になったので、入り口のガラスのドアにかけたCLOSEの札をOPENに変える。そこで掃除道具を片付けてないことに気づいて慌てて雑巾やクリーニングシートを作業場へと戻した。
他になにかやり残しはないかと僕がもう一度店頭に戻ると、早速お客さんがやって来た。このお店の柄タイツを履いて、膝丈まであるバルーンシルエットのコートを着た理奈さんだ。
「ミツキさん、桐和さん、ひさしぶりー」
にこにこと笑って挨拶をしてくる理奈さんに、僕と桐和も愛想よく返す。
「おひさしぶりですー」
「どうも、お久しぶりです」
それから理奈さんは、早速レジカウンターの側にあるアクセサリーの棚を見はじめる。
「新作のリングを入荷したってあったから早速見に来たんだよね」
「ありがとうございますー。
そちらのキャンディリングがそうですね」
リングケースに填められた、宝石型のキャンディを小さくしたようなモチーフがついている色とりどりの指輪を僕が指し示すと、理奈さんは早速手に取って指に填めてみている。
「あー、かっわいい……
これ、やっぱりフリーサイズなんだよね?」
「そうですね、フェイス面の下でサイズを調整するようになっています」
「あーん、お手頃価格だから色チ買いしたくなっちゃう」
「これは外注で作って在庫いっぱいあるんで色チ買い歓迎ですよー」
しばらく理奈さんとリングの話をしていたら、ふと、理奈さんが僕の足下を見る。
「あ、ミツキさん新しい靴買ったんだ」
さすが理奈さん、気づくのが早い。僕は履いているハイヒールのデザインがよく見えるように足を少し上げたりしながら返す。
「そうなんですよ。このヒール前から欲しかったやつで、やっと買ったんです」
すると理奈さんは、納得したように頷いてこう言った。
「そのヒール、桜靴店のやつでしょ?
あそこの靴、ヒールが高くても履きやすいよね」
「あ、さすが理奈さん。わかります?
僕、桜靴店の靴が大好きで」
「わかるわかる。私もあそこの靴よく買うもん」
桜靴店というのは、名前だけ聞くと古い商店のようだけれども、実の所は僕がこのお店をはじめた頃に立ち上がった靴のブランドだ。元々は大手メーカーで靴のデザインをやっていたデザイナーさんが独立して作ったとブランドページに書かれていた。
その桜靴店の話で理奈さんと盛り上がっていると、理奈さんがレジカウンターの内側にいた桐和の方を向いてこう訊ねた。
「桐和さんはどこの靴よく買うの?」
その問いに、桐和は斜め上を見て返す。
「そうですね、色々なメーカーのものを買いはしますが、中ヒールとなると、やっぱり桜靴店のものが具合がいいですね」
「そういえば桐和さん、いつも中ヒール履いてるよね」
桐和はいつも長めの裾で靴のヒールを隠しているけれど、理奈さんは気づいていたか。
申告するまで中ヒールを履いていることに気づかれていないと思っていたのか、桐和がすこし照れ隠しをするように言葉を続ける。
「桜靴店は足型が豊富で足に合う靴がなにかしらあるので。疲れにくいですし」
それを聞いて、理奈さんは何度も頷く。
「わかる。あそこの靴って足型が合わない靴履こうとすると、履いた途端にダサくなるからすぐわかるんだよね」
「目視でわかるのは助かります」
理奈さんの言うとおり、桜靴店の靴は履いてみてかわいければ大体足型があっている。たまに気に入ったデザインの物が合わなくてがっかりすることはあるけれど、足を痛めるよりは良い。それに、思いも寄らないデザインのものが自分の脚をかわいく見せてくれることもあるので、そういう発見も楽しい。
ふと、理奈さんが思いついたようにこんなことを言った。
「ミツキさん、桜靴店とコラボしたりはしないの?」
「えっ? 桜靴店とですか?」
「そうそう。コラボデザインの靴とか出しちゃったりしない?」
それを聞いて悩む。たしかに、僕のブランドからも靴を出したいとは思っているし、桜靴店が使っている工房で仕上げて貰うなら、確実に履き心地の良いものが出来上がるだろう。加えて、色々なサイズの人に合うようにというコンセプトは、うちのお店と桜靴店共通のものだ。けれども。
「こっちは一方的に桜靴店を知っていますけど、向こうがこっちを知っているかわからないんですよね。
このお店なんだかんだで小さいから……」
そう、桜靴店は大手ブランドというわけではないけれども、ファッションビルなんかにも入るような中堅どころだ。自分のお店の外に出ることがほとんど無い、僕のブランドのことなんて知らないだろう。
思わずそう弱気になっていると、桐和がいつも通りの澄ました口調で僕に言う。
「店長にその気があるなら、まずは問い合わせのメールでも送ってみたら良いんじゃないですか?」
「問い合わせかぁ……」
コラボしてみたいと思っているだけじゃ、こっちの存在はいつまでも知られない。それなら思い切って、ダメ元でメールを送ってみてもいいかもしれない。でも、その前にどんなコラボ内容にするかの概要を考えないと。うまいことプレゼンしないと向こうとしても判断しづらいだろう。
「ミツキさん、メールしちゃう?」
理奈さんが期待に満ちた目で僕を見る。
「うーん、メール……しちゃおうかな!」
僕が思いきってそう言うと、理奈さんは僕の手を握ってうれしそうに振る。
「ほんと? コラボできるの楽しみにしてるね!」
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